エーゲ海まで
6月から7月初めにかけての2週間イタリア本土最南端のカラブリア州に遊んだ。
正確に言えば、カラブリア州のイオニア海沿岸のリゾート。
ビーチを出てイオニア海をまっすぐ東に横切ればギリシャ本土に達する。そこからさらに東に直進すればエーゲ海に至る、という位置である。
地中海は東に行くほど気温が高くなり空気が乾く。
今回の滞在地は、西のティレニア海に浮かぶサルデーニャ島と東のエーゲ海の中間にある。エーゲ海の島々とサルデーニャ島が僕らがもっとも好んで行くバカンス地である。
2021年初夏のカラブリア州のビーチは、定石どおりにサルデーニャ島よりは気温は高いものの、空気はやや湿っていた。
しかし、蒸し暑いというほどではなく、紺碧の空と海を吹き渡る風が、ギラギラと照りつける日差しを集めて燃え、心地良い、だが耐え難い高温を運んでは去り、またすぐに運び来た。
それは四方を海に囲まれた島々にはない、大陸に特有の高温である。僕はイタリア半島が、まぎれもなく大陸の一部であることを、いまさらのように思い起こしたりした。
今回も例によって仕事を抱えての滞在だった。だが、やはり例によって、できる限り楽しみを優先させた。
イタリア最貧州と犯罪組織
カラブリア州はGDPで見ればイタリアで1、2を争う貧しい州だ。
だがそこを旅してみれば、果たして単純に“貧しい”と規定していいものかどうか迷わずにはいられない。
景観の中には道路脇にゴミの山があったり、醜悪な建物が乱立する無秩序な開発地があったり、ずさんな管理が露わなインフラが見え隠れしたりする。
行政の貧しさが貧困を増長する、南イタリアによくある光景である。カラブリア州の場合はあきらかにその度合いが高いと知れる。
時としてみすぼらしい情景に、同州を基盤にする悪名高い犯罪組織“ンドランゲッタ”のイメージがオーバーラップして、事態をさらに悪くする。
イタリアには4つの大きな犯罪組織がある。4つとも経済的に貧しい南部で生まれた。
それらは北から順に、ナポリが最大拠点のカモラ、プーリア州のサクラコロナユニタ 、カラブリア州のンドランゲッタ、そしてシチリア島のマフィアである。
近年はンドランゲッタが勢力を拡大して、マフィアを抑えてイタリア最大の犯罪組織になったのではないか、とさえ見られている。
貧困の実相
それらの闇組織は貧困を温床にして生まれ、貧困を餌に肥え太り、彼らに食い荒らされる地域と住民はさらに貧しさの度合いを増す、という関係にある。
だが、そうではあるものの、カラブリア州の貧しさは「“いうなれば”貧しい」と枕詞を添えて形容されるべき類いの貧しさだと僕は思う。
つまりそこは、やせても枯れても世界の富裕国のひとつ、イタリアの一部なのである。
住民は費用負担がゼロの皆保険制度によって健康を守られ、餓死する者はなく、失業者には最低限の生活維持に見合う程度の国や自治体の援助はある。
それとは別に、よそ者である僕らが2週間滞在したビーチ沿いの宿泊施設は快適そのものだった。海に面した広大なキャンプ場の中にある一軒家である。
海で休暇を過ごすときにはほぼ決まって僕らはそういう家を借りる。今回の場合は普通よりもベランダが広々としていて、快適度が一段と増した。
旅人たちは憩う
僕らは朝早い時間と夕刻にビーチに向かう。
波打ち際を散歩し、泳ぎ、パラソルの下で読書をし、気が向けばアペリティブ(食前酒)を寝椅子まで運んでもらい、眠くなれば素直にその気分に従う。
そうした動きもまた、海で休暇を過ごすときの僕らのお決まりの行事だ。
今回は少しだけ様子が違った。
昼食後にビーチに向かう時間が普段よりもかなり遅くなった。降り注ぐ日差しが強烈過ぎて、午後6時ころまでビーチに出る気がしないのである。
空気は熱く燃え、ビーチの砂は裸足で歩けば確実に火傷をするほどに猛っていた。
今回の休暇でも、1日に少なくとも1回はレストランに出かけた。昼か夜のどちらかだが、初めの1週間はこれまた例によって、1日に2度外食というのが普通だった。
だが時間が経つに連れて、美食また飽食に疲れて2度目を避けるようになった。それもまた「いつもの」成り行きだった。
食べ歩いたレストランはどこも雰囲気が良く、頼んだ料理はことごとく一級品だった。
カラブリア州の可能性
宿泊施設もレストランもあるいは地元住民とは無縁の、「貧しさの中の富裕」とでも形容するべき特権的な事象かもしれない。
しかし、旅人が利用する宿泊施設はさておき、レストランは地元民も利用する。それは地元の人々の嗜好を反映し、いわば民度に即した形で存在する施設だ。
そこで提供される食事も、特に地域グルメや郷土料理の場合は、地元民自身が美味い食事をしていない限り、旅人にとってもおいしいという料理は生まれにくい。
つまり強烈な陽光と青い海に恵まれた「貧しい」カラブリア州は、イタリア随一のバカンス地であるサルデーニャ島や、ギリシャのエーゲ海域にも匹敵する可能性を秘めた、いわば「発展途上の」リゾート地というふうである。