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ワクチンパスポートあるいはグリーンパスに仕掛けたイタリア政府の小さな術策はどうやら成功したようだ。

イタリアでは10月15日から全ての労働者にグリーンパス(ワクチン接種証明書ほか)の携帯が義務付けられた。

統計ではイタリア国民のおよそ3分の2がその措置に賛成しているが、断固反対の人々もいて暴力沙汰を含む抗議デモが繰り返された。

反ワクチン過激派の反対運動は今も続いている。だが、急ぎワクチンを接種したり、グリーンパスをダウンロードする国民が15日以降急増した。

10月15日は金曜日である。

イタリア政府がわざわざ週末を期して法を施行したのは、人々が月曜日からの仕事に備えて週末にワクチン接種をし、グリーンパスを手に入れようと急ぐに違いない、と計算したからだろう。

その思惑は当たって、金曜日だけでも86万7千あまりのグリーンパスがダウンロードされた。土、日にもその傾向は続き、18日の月曜日は1日あたりの過去最高となる104万9千384件のパスが発行された。

駆け込みでグリーンパスを取得した人々の全員がワクチン接種を受けたのではない。グリーンパスはワクチン接種を受けた者と、感染し回復した者、直近の検査が陰性だった者に発行される。

とはいうものの、ワクチンの接種に踏み切った人は多い。それでなければ数日毎に「自費で」PCR検査を受け続けなければならないから負担が重いのだ。

ワクチン接種が自発的な選択で成されなければならないのは、民主主義世界では自明のことだ。誰も個人の自由や権利を冒すことはできないし冒してもならない。

それは例えば、ことし1月に出された 欧州評議会決議2361の「ワクチン接種は義務ではない。ワクチン接種を受けたくない者に、政治的、社会的、その他の圧力をかけてはならない。またワクチン接種を受けたくない者を差別してはならない」という勧告にも明らかだ。

それ以前にも、ワクチン接種に限らず、「医学研究への参加は、自発的な行為でなければならない」とするヘルシンキ宣言や、「人は誰でも自己の身体を尊重する権利がある。人の身体は不可侵である」と謳うフランス民法など、医療にまつわる個人の自由を守る法や宣言は多くある。

新型コロナワクチンの接種に対しても、そうした事例は適応されるべき、という考え方もある。だが新型コロナは社会全体が危険にさらされる緊急事態だ。個人の自由が社会全体の不都合や危機に直結する可能性が高い。

イタリア政府の措置はその考えに基づいた険しい動きだ。それは昨年2月イタリアで始まった未曾有のコロナ危機と、それに続いた前代未聞の全土ロックダウンを意識しての政策だ。

イタリアは全土ロックダウンのあとも、医療従事者へのワクチン接種義務、娯楽施設でのグリーンパス提示義務、そして今回の全労働者へのグリーンパスの提示義務など、世界初や欧州初という枕詞がつく過酷な施策を次々に導入してきた。

全労働者へのグリーンパスの提示義務には、ワクチン接種をさらに加速させるという大きな狙いがある。イタリアは経済的にも社会的にも再びの全土ロックダウンには耐えられない、とドラギ政権は考えている。それは恐らく正しい。

僕もその考えを支持する。だが行政はワクチンを拒否する人々を排除するのではなく、彼らを説得する道筋を辿って不安と不満を取り除く努力をするべきだ。

イタリア共和国は将来の過酷な全土封鎖に耐える体力はもはやなく、国民の大半もそれを避けたい。同時に極右の政治勢力ではない反ワクチン派の人々にとっては、グリーンパスの強制はロックダウンにも匹敵する苦痛であることは、常に意識されるべきと考える。




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