ブラジルのミニ・トランプ、ボルソナロ大統領がイタリアを訪問して、大方は総スカンを食らったが一部では大歓迎された。
ボルソナロ大統領は、ローマで開催されたG20サミット出席を口実にイタリアを訪れた。彼はサミットでも各国首脳に冷ややかに扱われた。
サミットに出席した各首脳のうちで唯一、新型コロナワクチンを接種していなかったトンデモ男が、ボルソナロ大統領である。
表向きはそのことが冷遇の原因のようだが、米トランプ氏並みの嘘や放言また傲岸な態度への反発もあったと見られる。
また新型コロナを軽視し続けて、ブラジルがアメリカに次いで多い60万人を超える死者を出している事実への非難の空気も強かったとされる。
イタリアの国民の一部はしかし、ボルソナロ大統領を歓迎した。政治家で彼を暖かく迎えたのはイタリアのミニ・トランプ、サルヴィーニ「同盟」党首とその他の右翼の面々。
またベニスに近いアングイラーラでは、ボルソナロ大統領はほとんど熱狂的とも言える持て成しを受けた。彼の先祖はその町からブラジルに移住したイタリア人なのだ。
そこで極右政党「同盟」所属の女性市長が、ボルソナロ大統領に名誉市民の称号を与えた。彼はその授与式典に同地を訪れて大いに歓待されたのである。
世界中から冷たい視線を注がれることも少なくないボルソナロ大統領は、実のところは、イタリアの小さな町での栄誉に気を良くして欧州に来たのではないか、とさえ僕は疑う。
イタリアは痩せても枯れてもG7の一角を成す世界の民主主義大国だ。そこで歓迎を受けることは、何かと非難されることが多い彼にとってはこの上もなく有難い利得に違いない。
新型コロナウイルス感染拡大が続く中、ブラジル国内でのボルソナロ氏の支持率は大きく低迷している。今のままでは来年の大統領選挙での敗北も確実視されているほどだ。
青息吐息の大統領は、たとえわずかでも失地回復に資する可能性があるなら、と考えてイタリアに乗り込んだ可能性は否定できない。
名誉市民の称号獲得、という象徴的な意味合い以外にも イタリアを訪れるメリットはある。同国の右派勢力と親交を深め、あまつさえ提携まで模索することだ。
先に述べたサルヴィーニ氏に始まるイタリアの極右勢力は彼とは親和関係にある。しかもイタリアの極右は右派全体の核となって勢力を広げている。
極右を熱狂的に支持する国民は少数派だが、近年は彼らと保守層およびコロナワクチン懐疑派の人々との接点が増えてきた。
そこにトランプ大統領の登場によって勢いを得た、アメリカと欧州の「ネトウヨ・ヘイト系排外差別主義者」らが交会した。
2018年、イタリアでは極右政党が政権入りを果たした。それと前後して英国ではBrexitが完成し、フランスでは極右の候補者が大統領選の決選投票まで進んだ。ドイツにおいてさえ極右勢力は台頭した。
そうした世界政治の流れは今日現在も続き、トランプ主義者と極右、またそれに親和的な右派の勢いは、多くの国でリベラル派と拮抗するモメンタムであり続けている。
その勢力はボルソナロ大統領とも親和的だ。同時にそれは民主主義と対立するという意味で、世界のならず者国家、つまり中露北朝鮮などとも並列して捉えられるべき政治力学だ。
ボルソナロ大統領を歓迎した、極右が主体のイタリアの右派勢力は、次の選挙で政権を握る可能性もある。フランスでも反移民の政情などが手伝って、極右の勢いはとどまるところを知らない。
加えて英国のBrexit系勢力も健在だ。それどころか、バイデン大統領が圧倒的な支持を集めない限り、2024年の米大統領選ではトランプ前大統領の復活当選の目もある。
トランプ主義の台頭で分断された世界は、コロナパンデミックによってさらに対立を深め、分断され、懐疑主義が横行した。
世界はボルソナロ的勢力、あるいはトランプ主義者のさらなる跳梁によってますます分断化されて憎しみの多い不安定な状況に陥りかねない。
コロナ渦中にもかかわらず且つワクチン接種さえ受けていないブラジルの“仁義なき戦い”大統領が、イタリアの小さな町アングイラーラで満面の笑みを浮かべる姿を、僕は複雑な思いで眺めたのである。