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124日から始まるイタリア大統領選で、フォルツァイタリア、同盟、イタリアの同胞から成る中道右派連合は、 フォルツァイタリア党首のベルルスコーニ元首相を支持すると発表した。

ベルルスコーニ元首相は85歳。2011年に首相の座を追われ、2013年に脱税事件で禁錮4年(恩赦法で減刑)の判決を受けて公職追放された。

2019年には欧州議会議員に当選したが、bungabunga乱交パーティーを始め依然としてさまざまな訴訟案件を抱えている。印象としては、灰色どころか真っ黒な人品の政治家だ。

一政党のボスだったり、イタリア一国の首相だったりの役割ぐらいなら、人柄が少々猥雑でも務まる場合が多い。

政界の魑魅魍魎に対抗し、世界中のタフな政治家や指導者と丁々発止に渡り合うためには、むしろ磊落で粗放な神経の持ち主が適任だったりもする。

首相時代のベルルスコーニ氏がまさにその最たる例だ。

だが、イタリア大統領は少し違う。

自己主張の強い身勝手な政治家や政治勢力をまとめ、仲介し、共存させていく力量が求められる。対立ではなく協調と平和をもたらす人物でなくてはならないのだ。

そのためには人格が高潔で政治的に公正、且つ生き方が身奇麗なベテラン政治家、という理想像が求められる。

少し立派過ぎる人物像に見えるかもしれないが、歴代のイタリア大統領には、多かれ少なかれそうしたキャラクターの政治家が選出されている。

むろん彼らとて政治家だ。嘘とハッタリと権謀術数には事欠かない。

だだベテランの域に入って大統領に選ばれるとき、それらの政治家は英語でいういわゆるステーツマン然とした雰囲気を湛えていて、大統領になった後も実際にそう行動した。

それは肩書きが人を作る、という真実の反映かもしれない。だがそれ以前に、彼らにはそうした資質が既に備わっていた、と考えるのが公平な見方だろう。

例えば現職のマタレッラ大統領は、強固な反マフィアの闘志、という彼の魂の上にリベラルな哲学を纏って、よく政党間の審判の役割を果たした。

マフィアの拠点のシチリア島に生まれたマタレッラ大統領は、シチリア州知事だった兄をマフィアの刺客に暗殺された。彼はその現場に居合わせた。彼の反マフィア魂はそこで揺るぎないものになった。

また彼の前任のナポりターノ大統領は、筋金入りの共産主義者、というぶれない鎧をまとった愛国者であり、国父とも慕われた誠実な国家元首だった。

彼は2013年、総選挙の後に混乱が続いて無政府状態にまで至った国政を見かねて、史上初の2期目の大統領を務める決意をした。そのとき彼は間もなく88歳になろうとしていた。

議会各派からの強い要望を受けて立候補を表明する際、彼は「私には国に対する責任がある」と老齢を押して出馬する心境をつぶやいた。その言葉は多くの国民を感動させた

ベルルスコーニ元首相は、4期9年余に渡って首相を務めた大政治家である。だが彼には大統領に求められる「清廉」のイメージが皆無だ。

清廉どころか、少女買春疑惑に始まる性的スキャンダルや汚職、賄賂、またマフィアとの癒着疑惑などの黒い噂にまみれ、実際に多くの訴訟事案を抱えている。

その上2013年には脱税で実刑判決さえ受けている。彼は公職追放処分も受けたが、しぶとく生き残った。そして2019年、欧州議会議員に選出されて政界復帰を果たした。

それに続いて彼は、今回の大統領選では、右派連合が推す大統領候補にさえなろうとしているのである。

しかしベルルスコーニ元首相の醜聞まみれの過去を見れば、彼はイタリア大統領には最もふさわしくない男、と僕の目には映る。

彼を支持するメローニ「イタリアの同胞」党首とサルビーニ「同盟」党首は、どちらも首相職への野心を秘めた政治家である。

彼らが首相になるためには、求心力が高いドラギ首相を退陣させなければならない。そこで彼らはドラギ首相を大統領候補として推進するのではないか、と見られていた。

だが2人はベルルスコーニ元首相を支持すると決めた。それは見方を変えれば、ドラギ首相が政権を維持することを容認する、という意味でもある。

「イタリアの同胞」と「同盟」は、世論調査で1位と2位の支持率を誇っている。党首の彼らが首相職に意欲を燃やしても少しも不思議ではない。

だが彼らは今回はドラギ内閣の存続を認めて、議会任期が切れる2023年6月以降に、政権奪取と首相就任を模索しようと決めたようである。

彼らの利害は、今このときのイタリアの国益にも合致する。

それというのも、コロナ禍で痛めつけられたイタリアの経済社会を救い、同時にお家芸の政治混乱を避けるためには、求心力が強いドラギ首相が政権を担い続けるのが相応しい、と誰の目にも映るからである。

しかし、ベルルスコーニ元首相が幅広い支持を集めるかどうかは不透明だ。

状況によっては、ベルルスコーニ元首相を含む全ての候補者が消去法で姿を消して、結局ドラギ首相が大統領に祭り上げられる事態になるかもしれない。

そうなった場合には総選挙になる可能性も高い。

総選挙になれば、政権樹立を巡って熾烈な政治闘争が勃発し、イタリアはカオスと我欲と権謀術策が炸裂する、お決まりの政治不安に陥るだろう。

そうなった暁には、選出されたばかりの「ドラギ大統領」が、非常時大権を駆使して政治危機の解消に奔走するという、バカバカしくも悲しいイタリア歌劇ならぬ、「イタリア過激政治コメディー」が見られるに違いない。

そうならないことを祈りつつ、僕は一点考えていることがある。

歪めサングラス口

つまり、ベルルスコーニ元首相が奇跡的に大統領に選出されて、これまでの我欲を捨て目覚ましい大統領に変身してはくれまいか、という個人的なかすかな希望である。

僕はここまで批判的に述べてきたように、政治的にも信条的にもベルルスコーニ元首相を支持しない。

だが彼は悪徳に支配されつつも憎めないキャラクターの男だ。だからいまだに国民の一部に熱愛されている。

人間的に面白い存在なのだ。

僕も彼に対して湧く淡い親しみの感情を捨てきれない。

我ながら不思議なもの思いについては以前ここにも書いた。その機微は今も同じだ。

悪行や失策や罪悪や犯罪を忘れてはならない。

だがそれらを犯した者はいつかは許されるべきだ。なぜなら人は間違いを犯す存在だからだ。

その意味でベルルスコーニ元首相も許されて、過去の過ちや醜聞や思い上がりをかなぐり捨て、真に人々に尽くし、且つ履歴を償うチャンスが与えられてもいいのではないか、とも考えるのである。

言うまでもなく、もはや80歳代も半ばになって、彼の中にそんな善良で真摯な且つ強い願いが芽生えているならば、の話だけれど。




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