『70才、初めて産みます~セブンティウイザン。』

NHKドラマ『70才、初めて産みますセブンティウイザン』は、面白さと違和感がないまぜになった不思議なドラマだった。

高齢の夫婦が子供を授かった場合にあり得るであろう周囲の反応や、実際の肉体的また精神的苦悩が真剣に描かれていて、それが非常によかった。

従ってそのドラマは質の良い番組の一つと僕は見なしている。

だが、ドラマの内容に関しては、ドラマそのものが成立し得ないであろう、と考えられるほどの根本的な疑問を抱き続けた。

つまりほぼ70歳の男女が、普通に交接して女性が妊娠することがあり得るのかどうか、という点である。

あり得ない、というのが答えではないか。

ここからは高齢者の性愛について書くので、そういう題材を不快に思う人は先に進まないでほしい


『70才、初めて産みますセブンティウイザン』では、小日向文世竹下景子が演じる夫婦が、実際に性交して妻が自然妊娠する。

ほぼ70歳の男女が肉体的に交合するのは、もちろん大いにあり得ることだろう。だが女性が妊娠するのはほぼ不可能なのではないか。

世界には超高齢出産の例がある。

まず体外受精による妊娠のギネス記録は66歳のスペイン女性。ギネスには載っていない世界記録は73歳または74歳とされるインド人の女性である。

ちなみに日本での最高齢は60歳女性。最近では自民党の野田聖子議員が、51歳で卵子提供を受けて出産したことが話題になった。

それらは全て体外受精による妊娠、出産記録だ。

男女の通常の性行為による妊娠、出産ではない。

通常交渉による自然妊娠・出産では、ギネス記録が米人女性の57歳。ギネスに載っていない世界記録としては 59歳のイギリス人女性の例が知られている。

つまり女性は60歳くらいまでは普通に性交をして妊娠する可能性がある、ということである。

そうでない場合は性器と性器の交接ではなく、体外受精による妊娠だけがあり得る。

ところがドラマの主人公の夫婦は、2人ともほぼ70歳なのに通常に性交して、その結果妻が妊娠する。

体外受精ではないのだ。

それは奇跡という名の嘘である。

ドラマに嘘は付き物だ。しかし、その嘘は大き過ぎて僕はなかなか溜飲を下げることができなかった。

そのことにも関連するが、高齢の男女があたかも若者のように何も問題なくセックスする、という設定にも違和感を持った。

江戸の名奉行大岡越前は、不貞をはたらいた男女の取調べの際、(年上の)女が自分を誘った、との男の釈明に納得ができなかった。

そこで彼は自らの母に「女はいつまで性欲があるのか」と訊いた。すると母親は黙って火鉢の灰をかき回して、「灰になるまで。即ち死ぬまで」と無言で告げた。

母親は江戸時代の女性だから、男女の秘め事を言葉にして語るのをはばかったのである。

ここイタリアでは2015年、84歳の女性が88歳の夫が十分に性交してくれない。セックスの回数が少なすぎる。だから離婚したい、と表明して世間を騒がせた。

両方のエピソードはたまたま女性が主人公だが、男性もおそらく同じようなものだろう。

人間は死ぬまでセックスをするのだ。

だがそれは年齢が進むに連れて丸みを帯びていく。性器と性器の結合よりも、コミュニケーションを希求する触れ合いのセックスへと移行する。

仕方なくそうなるのだ。

なぜなら年齢とともに男性は勃起不全やそれに近い足かせ、女性はホルモン障害によって膣に潤いがなくなり、性交痛とさえ呼ばれる困難を抱えたりするからである。

そのため彼らの情交は、愛の言葉に始まり、唇や手足や胸や背中に触れ合って相手をいつくしむ、というふうに変化するとされる。

むろん高齢になっても男性機能が衰えず、女性も潤いを保つケースもまた多いことだろう。ドラマの夫婦もそういうカップルのようだ。

妻は通常性交で妊娠するのだからからまだ閉経していない。従ってホルモンのバランスも良好で膣も十分に濡れる、と理屈は通っている。

一方「普通に」身体機能が衰えていく高齢者のセックスでは、体のあらゆる部分が性器だとされる。それは男女が全身を触れ合う「豊かな癒し合い」という意味に違いない。

同時にそれはもしかすると、若者のセックスよりもめくるめくような喜びを伴なうものであるのかもしれない。

なにしろ体全体が性器だというのだから。

『70才、初めて産みますセブンティウイザン』の夫婦のセックスは、癒し合いではなく性器と性器の交接である。そうやって妻はめでたく妊娠するのだ。

繰り返しになるが人は死ぬまでセックスをする生き物である。従ってドラマの夫婦の性交は当たり前だ。

ドラマはその当たり前を、当たり前と割り切って、一切の説明を省いて進行する。

そして進行する先の内容は十分に納得できる。

面白くさえある。

それでも僕は70歳の女性の自然妊娠という設定を最後まで消化できなかった。

それを引き起こした老夫婦の、「普通の性交」にもかすかな引っかかりを覚え続けた。

高齢の男女は、誰もが肉体的に大なり小なりの問題を抱えている。性的にもむろんそうだ。そのことについては既に触れた。

ドラマの趣旨はそこにはない。高齢の男女の性愛のハードルを越えた先にある「人間模様」が主題である。

それは前述のように面白い。

だが-しつこいようだが-70歳にもなる男女が、夫はどうやら普通に勃起し、(閉経していない!)妻は濡れて、問題なく交わって妊娠のおまけまで付いた、という部分が苦しい。

ドラマの夫婦ほど高齢ではないものの、もはや全く若くもない僕は、ハードルのその部分も気になって仕方がなかった。

そんなわけで、残念ながら完全無欠に「お話」の全てを楽しむことはできなかった。





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