プーチン大統領が停戦に応じるのではないかという見方と、逆にさらに険悪な展開に持ち込むのではないかという意見が交錯している。
プーチン大統領が停戦に肯定的らしいという見方は、彼が3月17日、トルコのエルドアン大統領と行った電話会談のあとに広がった。
会談の中でプーチン大統領は、 ウクライナが中立を保つと同時に北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請しないことを条件とする、と一方的に伝えた。
それに対してウクライナのゼレンスキー大統領は、「NATOには加盟できないと認識している」と公言するなどして、譲歩する姿勢を示してきた。
ロシアはまた、ウクライナが中立状態になるために軍縮を完了すること、国内のナチス的勢力を排除すること、同国内でロシア語を保護することなど、メンツを保ちたいだけらしいやや重みに欠ける要求なども明らかにした。
だがプーチン大統領の真の狙いは、ウクライナ東部のドンバス地方の割譲や、2014年に強奪したクリミア半島の永久ロシア領土化などが含まれる、という見方は根強い。
さらにウクライナを2分して、一方を北朝鮮化させる意図もあると言われる。それどころか、大帝国ロシアの復活を目指して、バルト3国ほかの国々に侵攻、併合する計画さえもあるとされる。
プーチン大統領が胸の奥に秘めているかもしれない壮大な計画は、決して荒唐無稽とは言えない。ロシアがウクライナに侵攻した当初は、多くの人々が彼の野望を危惧した。
だがロシア軍が前線で躓き、ウクライナを支持する欧米が速やかに一致団結し、世界の大半も欧米に同調して反プーチンの世論が形成されると、プーチン大統領の大望は挫かれて滑稽な様相さえ呈し始めた。
しかしプーチン大統領自身は、骨の髄まで“密偵”に違いない彼の正体に即して行動し続けた。
平然と嘘をつき、強権を行使して情報統制に躍起になり、核兵器の使用まで示唆して、ウクライナのみならず世界全体を恫喝し続けている。
停戦に向けたウクライナへの要求も、エルドアン大統領との会談後は合意に至るのが不可能な内容に終始。意図的にしか見えない手法とレトリックを駆使して、時間稼ぎを繰り返している。
それでも戦況そのものとプーチン大統領に対する世界の民意は、ひたすら逆風となって吹きまくっているのが実情だ。
国内世論を弾圧している彼には、軍部や側近らが戦況や国際世論の情勢を曲げて伝えて、結果プーチン大統領は多くの判断ミスを犯した、という憶測もある。
それらもいわば情報統制だ。国民を抑圧して情報を遮断し歪めた付けが、プーチン大統領自身への情報規制となって跳ね返ったに過ぎない。因果応報というべきものである。
停戦が実現するか戦争が泥沼化するかはむろん予断を許さない。追い詰められたプーチン大統領が、生物・化学兵器や核兵器を使用する悪夢のような展開の可能性も依然として低くない。
だがどんな経過をたどるにしても戦争は必ず終結する。そのときプーチン大統領がまだ生きているなら、-そしてもしも停戦が明日にも実現する僥倖があったとしても-プーチン大統領は決して許されるべきではない。
人は間違いを起こす。だから罪を犯した者もいつかは許されるべきだ。なぜならその人は間違ったからだ。人が犯した間違いと罪を決して忘れてはならない。だが人は究極には許されるべきである。
それが人と人が生きていく世界の縄墨であるべきだ。人は許しあうときに真に人になるのである、
だがその規範は果たしてプーチン大統領にも当てはまるのだろうか。
ロシア側に即して事態を吟味した場合、プーチン大統領の行為にはなるほどとうなずけるような歴史や、事実や、出来事などがないこともない。
だがそれらの“詳細”は、プーチン大統領が「文明世界ではもはやあり得ない」と思われていた侵略戦争をいとも簡単に引き起こし、無辜の人民を殺戮している蛮行によって全て帳消しになった。
彼がたとえ何を言い、弁解し、免罪符を求めても一切無意味だ。それらは全て枝葉末節であり言い逃れであり虚偽となったのだ。
事態の核心は、彼が歴史を逆回転させて大義の全くない侵略戦争を始めたことに尽きる。それによって第2次大戦後に獲得された欧州の恒常的な平和が瓦解した。
その重大な事実と共に、ウクライナに殺戮と破壊をもたらした張本人として、プーチン大統領は末代までも指弾されなければならない。
だが彼は、早い段階で停戦に応じた場合、あたかも善行を行ったのでもあるかのように見なされて、なし崩しに罪を許されてしまう可能性も十分にある。
しかし凡人で非寛容な自分は、とても彼を許す気にはなれない。もしも彼が許されるなら、ヒトラーも許されるべきではないか、とさえ思う。それはあり得ないことだ。
ヒトラーは間違いを許されるべき衆生ではない。彼は衆生の対極にいる魔物である。あるいはわれわれ衆生が魔物と規定せずにはいられない異形の存在である。
プーチン大統領はヒトラーではない。彼はユダヤ人ほかの抹殺を目指したホロコーストは「まだ」引き起こしていない。子供たちを含むウクライナの人民を虐殺し、政敵を弾圧しロシア国民を虐げているのみだ。
だがプーチン大統領は、「ヒトラーを凌駕する魔物」とも規定されるべき不吉な縁を性根に帯びている。
つまり、ヒトラー自身はヒトラーを知らなかったが、プーチン大統領はヒトラーを知っている、という真実だ。
彼はその上で、敢えてヒトラーを髣髴とさせる残虐行為に及んだ。
それは極めて危険な兆候だ。
彼はわれわれが性善説に当てはめて、2022年2月24日まで思い描いてきたプーチン・ロシア大統領ではない。ヒトラーと同類の、衆生の向こう側にいる得体の知れない何者かなのである。
われわれはそのことをしっかりと認識しつつ、今後のウクライナ情勢とそれに影響また規定されていくであろう、世界のあり方を見つめ続けるべきだ。
繰り返して言いたい。
人は間違いを犯す。従って間違いによって生まれた罪は許されなければならない。だがプーチン大統領が犯している間違いと罪を許すのは容易ではない。
それは神のみが下せる険しい審判なのかもしれない。