合成:ゼレン・シュタマイ650

ウクライナのゼレンスキー大統領が、ドイツのシュタインマイヤー大統領のキーヴ訪問を拒否した。

シュタインマイヤー大統領が、ロシア寄りのスタンスを取り続けたことをゼレンスキー大統領が問題にしての動きだが、僕はその頑なさに危うさを感じる。

ロシアがウクライナを侵略するまでは、日本を含む多くの西側諸国の指導者が多かれ少なかれロシア寄り、つまり親プーチン大統領のスタンスを取ってきた。

そこにはロシアを懐柔しようとする西側の打算と術数が秘匿されていた。

同時にプーチン・ロシアは、西側とうまく付き合うことで得られる巨大な経済的利益と、政治的なそれを常に計算してきた。

西側とロシアのいわば“化かし合いの蜜月”は、おおざっぱに言えば90年代の終わりに鮮明になり、プーチン大統領の登場によってさらに深化し定着した。

なぜか。

西側がプーチン大統領の狡猾と攻撃性を警戒しながらも、彼の開明と知略を認め、あまつさえ信用さえしていたからだ。

言葉を替えれば西側世界は、性善説に基づいてプーチン大統領を判断し規定し続けた。

彼は西側の自由主義とは相容れない独裁者だが、西側の民主主義を理解し尊重する男だ、とも見なされたのである。

西側はプーチン大統領以前からロシアを調略する作戦を取り、ロシアをG7の枠組みに招待してG8クラブに作り変えたりさえした。

だがG8は2014年、プーチン・ロシアがクリミア半島を併合したことを受けて崩壊し、元のG7に戻った。

それでもG7が主導する自由主義世界は、プーチン大統領への「好意的な見方」を完全には捨て切れなかった。

彼の行為を非難しながらも強い制裁や断絶を控えて、結局クリミア併合を「黙認」した。

そうやって西側世界はプーチン大統領に蜜の味を味わわせてしまった。

西側は以後、プーチン・ロシアへの強い不信感を抱いたまま、性懲りもなく彼の知性や寛容を期待し続け、何よりも彼の「常識」を信じて疑わなかった。

「常識」の最たるものは、「欧州に於いてはもはやある一国が他の主権国家を侵略するような未開性はあり得ない」ということだった。

欧州の歴史は、血で血を洗う過酷な殺し合いの連続だった。それでも、ようやく第1次、第2次大戦という巨大な殺戮合戦を経て欧州は生まれ変わった。

民主主義と自由を獲得し、欧州の良心に目覚め、武器は捨てないものの政治的妥協主義の真髄に近づいて、武器を抑止力として利用することができるようになった。できるようになったと信じた。

その欧州はロシアも自らの一部と見なした。従ってロシアも、血で血を洗う過去の悲惨な覇権主義とは決別しているのが当然、と思い込んだ。

ロシアは、専制主義国ながら欧州のその基本原則を理解し、たとえ脅しや嘘や化かしは用いても、殺し合いは避けるはずだった。

ところがどっこい、ロシアは2022224日に主権国家のウクライナを侵略した。ロシアはプーチン大統領という魔物に完全支配された悲劇の国であることが明らかになった。

ロシアは欧州の一部などではなく、またプーチン大統領は、民主主義の精神とはかけ離れた独善と悪意と暴力志向が強いだけの、異様な指導者であることが再確認された。

プーチン大統領がウクライナ侵略を正当化しようとして何かを言い、弁解し、免罪符を求めても、もはや一切無意味だ。それらは全て枝葉末節であり言い逃れであり虚偽になった。

事態核心は、彼が歴史を逆回転させて大義の全くない侵略戦争を始め、ウクライナ国民を惨殺していることに尽きる。

それによって第2次大戦後に獲得された欧州の恒常的な平和が瓦解し、世界秩序が無理やり引き裂かれた。

多くの西側の指導者が突然、プーチン大統領を買いかぶっていたことに気づいた。

シュタインマイヤー大統領もそのひとりだ。彼はそのことに気づいて「ロシアを支持し続けたのは間違いだった」と公式に認めた。

ドイツ大統領は象徴的な置き物で実権はない。

彼のキーヴ訪問を拒否したゼレンスキー大統領の言葉を翻訳すると、大統領ではなく「実権を持つショルツ首相がウクライナに来い」ということだろう。

ドイツはエネルギーの首根っこをロシアに掴まれている弱みから、危機の初めにはウクライナに冷たい態度を示した。

ゼレンスキー大統領の怨みは理解できるが、ドイツを責めるのはこの場合は得策ではない。見当違いでさえある。
過去にはドイツに限らず多くの国が、エネルギー欲しさからもロシアにしきりに擦り寄った。そしてドイツを含む西側のほぼ全ての国が、2022年2月24日を境にそれが大きな誤りだったと悟った。

ゼレンスキー大統領は、来るものは拒まずに共鳴者を獲得し続けるべきだ。敵はロシアだけで十分である。友を、味方を得ることが彼の仕事にならなければならない。彼がこれまで必死でやってきているように。

シュタインマイヤー大統領の訪問を拒否することで得る、ドイツの偽善を暴く、というウクライナにとってのある種の「利益」は空しい。

ゼレンスキー大統領はシュタインマイヤー大統領を許し受け入れて、彼の訪問に感謝し今後の支援を要請していたほうがウクライナの国益に叶い、世界世論の受けも良かったのではないか、と切に思う。



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