そのぺルーを旅した時の話。
旅では標高約5千メートルの峠越え3回を含む、3700メートル付近の高山地帯を主に移動しました。
目がくらむほどに深い渓谷を車窓真下に見る、死と隣り合わせの険しい道のりと、観光客の行かない高山地帯の村々や人々の暮らしは、見るもの聞くものの全てが新鮮で大いに興奮しました。
その中でも特に面白かったのは「ペルーの豚」料理でした。面白かったというのは実は言葉のあやで、筆者は「ペルーの豚」料理に閉口しました。
ペルーには2種類の豚がいます。一つは誰もが知っている普通の豚。山中の村では豚舎ではなく、道路などでも放し飼いにされています。これはとてもおどろきでした。
でももう一種の豚はもっとおどろきです。それは普通の子豚よりもずっと小さな豚で、ここイタリアを含む欧米で「ギニア(西アフリカ)の豚」とか「チビ豚」また「インド豚」などとも称されます。
ペルーでは「クイ」と呼ばれ、それの丸焼き料理がよく食べられます。つまり先に触れた「ペルーの豚」料理です。レストランなどでも正式メニューとして当たり前に提供されています。
クイは見た目は体がずんぐりしていて頭が大きく、確かに極小の豚のようでもあります。だがクイは本当は豚ではなく、モルモットのことです。日本語では天竺鼠とも言います。
筆者はクイの丸焼き料理がどうしても食べられませんでした。天竺鼠の「ネズミ」という先入観が邪魔をして、とても口に入れる気になれないのでした。
クイの丸焼きの見た目は、どちらかと言えばウサギの丸焼きです。イタリアでよく食べられるウサギも、実は筆者は長い間食べることができませんでした。
が、郷に入らば郷に従え、と自分に言い聞かせて後には何とか食べられるようになりました。
ウサギ肉は、自ら望んで「食べたい」とは今も思いませんが、提供されたら食べます。クイもそのつもりでいました。
しかしモルモットでありネズミである、という思いが先にたってどうしてもだめだったのです。
実を言うと筆者がクイを食べられなかったのは、ネズミという先入観が全てではありません。筆者が田舎者であることが真の理由なのだろうと思います。
田舎の人というのは新しい食べ物を受けつけない傾向があります。誤解を恐れずに言えば、いわゆる田舎者の保守体質です。
日本でもそうですが、ここイタリアでも田舎の人たちは、たとえば筆者が日本から土産で持ち込む食べ物を喜ばないことが多い。悪気があるのではなく、彼らは食の冒険を好まないのです。
生まれが大いなる田舎者の筆者は、イタリアに来て丸2年間生ハムを口にしませんでした。それが生肉だと初めに告げられたのが原因でした。ウサギ肉どころの話ではなかったのです。
イタリアでは生ハムは、ほぼ毎日と言っても良いくらいにひんぱんに食卓に供される食物です。2年後に思い切って食べてみました。以来大好きになり、今では生ハムのない食卓は考えもつきません。
ウサギを食べられるようになったのは、生ハムのエピソードからさらに10年以上も経ってからのことです。筆者はそんな具合に田舎者にありがちなやっかいな食習慣を持っています。
日本のド田舎を出て、ついには日本という祖国も飛び出して外国に住んでいる身としては、この「食の保守性」というか偏向性はちょっとまずい性癖です。世界の食は多様過ぎるほど多様なのですから。
それは良く分っているのですが、その面倒くさい性分は、標高が富士山よりはるかに高いアンデス山中でも変わることはありませんでした。
変わるどころか、土地の珍味を食べなくても別に死にはしない、と開き直っている自分がいました。まさに田舎者の保守性丸出しだったのです。