子羊のモツの炙り焼きである。
心臓、肝、胃、腎臓、横隔膜ほかの内臓をさばき腸に詰めて巻き固め、炭火でじっくりと回し焼いた一品。
腸を入れ物に使う食べ物の代表格としては、ミンチ肉を詰めて熟成させるサラミがあるが、完成するとサラミの皮になる腸は普通は食べない。
ところが子羊モツの炙り焼きは、サラミとは違って中身を詰めて巻きつけた腸自体も美味しく食べられる。
肉とは違う食感と香り、そしてなによりも各部がこんがりと焼けた腸にからまって絶妙な味わいを演出していた。
僕はレバ(肝)の味が苦手である。日本で食べるレバニラ炒めも、レバ抜きで、と頼むほどだ。
ところが子羊モツの炙り焼きに含まれているレバは、えぐみが他の具材で抑えられていてほとんど気にならなかった。
地中海域の旅ではヤギ・羊肉料理を食べ歩いている。
言うまでもなくそこでは魚介料理をはじめ牛、豚、鶏などの当たり前の肉料理も楽しむ。
その合間に日本ではあまりなじみのない、だが世界ではよく食べられているヤギ・羊肉レシピを敢えて探し求めるのである。
ヤギ&羊肉は地中海域ではごく普通の食材だ。珍味とは呼べない。それでも旅人の僕らにとっては少し珍しい。
珍しさに魅かれて食べるうちに、その美味さにのめり込んだ。今ではイタリア国内を含む旅先のレストランで、メニューを手にするとすぐにヤギ・羊肉料理の項を探す。
10年以上も前に始まったその習慣は、僕に付き合ってくれる妻が次第に「ヤギ・羊肉料理好き」になったことでますます深まった。妻はかつてはヤギ・羊肉料理が嫌いな人だったのだ。
僕がこだわるヤギ・羊肉料理はもともと成獣の肉ではなく、子ヤギと子羊肉のレシピのことだった。
ヤギや羊の肉には独特の臭いがある。それは成獣になるほど強くなる。
そのために両者の肉は幼獣のものが好まれ成獣のそれは避けられる。北部イタリアなどでは成獣の肉はほとんど市場に出回らない。
だが、南イタリアを含む南部の地中海沿岸では成獣のヤギ・羊肉も食される。その場合は独特の強烈な臭いが消されて風味へと昇華し、深みのある肉の味だけが生かされているケースがほとんどだ。
僕はこれまでにイタリアのサルデーニャ島、スペインのカナリア諸島、トルコのイスタンブールなどで絶品のヤギ・羊の成獣肉料理に出会った。
子ヤギと子羊の場合は、地中海域のあらゆる国で優れたレシピがある。
2022年現在、食べた子ヤギ・子羊レシピのベスト3は、敢えて言えば:
1.ギリシャのロードス島の山中の食堂の一品
2.クロアチア国境に近いボスニア・ヘルツェゴビナのレストランの丸焼き肉
3.イタリア、ギリシャの島々、またその他の地域の多くのレストランのレシピ
という具合いである。
要するに子ヤギ・子羊肉はどこでもよく食べられ、その結果レシピが発達してバラエティに富み、味も多彩になったということである。
長くトルコの支配下にあったギリシャの島々のヤギ&羊肉膳は特に奥が深い。
イスラム教徒のトルコ人は豚を食べない。代わりに羊やヤギを多く食べる。トルコ人の食習慣はギリシャの島々にも定着した。
それは以前から根付いていたギリシャ独自のヤギ&羊肉文化と融合して、より奥深い味を生み出していった。
ギリシャのヤギ&羊肉料理は、欧州ではいわば本場のレシピ。従って当たりはずれはほとんどない。ほぼすべての店の膳が美味しい。
その中でもミコノス島で食べた子羊モツの炙り焼きは、素材のユニークさもさることながら、モツの各部位が絶妙のバランスで融合して感動的なまでの味の良さに仕上がっていた。
ヤギ・羊肉料理は、既述のようにギリシャの島々からイタリアのサルデーニャ島、トルコや北アフリカなどで多くの素晴らしいレシピが存在する。だがモツ料理には出会ったことがなかった。
2018年、サルデーニャ島のレストランでモツ焼き及びモツのパスタソースを味わった。めざましいレシピだったが、それは豚と子牛の内臓でヤギや羊のそれではなかったのである。
子羊の腸に内臓各部を詰めてからめて炙り焼き、深い滋味を作り出すミコノス島の店の手法は見事だった。
そこにはシェフの創造性と多くの努力と試行錯誤の歴史がぎゅうぎゅうに詰まっている。
意外性のある美味いレシピに出会う喜びの真諦は、味もさることながら、料理人の独創性に触れる感動なのである。