ゲイの島
ギリシャ・キクラデス諸島のうちのミコノス、パロス、ナクソス島を旅した。
このうちミコノス島には旅の初めに半日、終わりに一泊二日だけ滞在。乗り換えおよび中継地としてあわただしく通り過ぎた。
それでも島のにぎやかさと楽しさ、またオーバーツーリズム気味の歪みにも十分に触れたと感じた。同島では短い滞在の間に目からうろこの料理にも出会った。
ミコノス島はLGBTQの人々が好んで訪ねる島としても知られるが、それは最近になって出てきた拡大解釈で、ゲイの人々が愛する島、というのが元々の状況だろうと思う。
ミコノスタウンの通りやカフェ、バーなどではゲイらしい男性カップルを見かけたが、それは欧州のどこにでも見られる風景。そこだけが特別とは感じなかった。
情報ではそれらの皆さんが集まる店やビーチや溜り場などが別にあるようである。
僕はゲイではないが、明るくて愉快な彼らが好きでゲイの友人も多い。ミコノス島でも会えるのをどこかで期待していた。
なぜゲイ旅行者の人々がコノス島を目指すようになったかというと、元ケネディ大統領夫人だったあのジャクリーン・オナシスさんが、1970年代にゲイの島として推奨・紹介したのが発端だった。
それとは全く別に、僕はギリシャ神話のアポロンにまつわる話を考えていた。
美しい青年の神・アポロンは多彩な力を持ち恋愛にも多く関わった。相手は女性が大半だが、美少年のキュパリッソスやヒュアキントスとも愛し合った。
アポロンはミコノス島の目と鼻の先にある古代遺跡のメッカ、デロス島に祭られている。ゲイの人々は、男を愛した美しいアポロンを慕って、隣のミコノス島に集まるようになった。。。
エピソードとしてはギリシャ神話にからめるほうが面白いと思うが、それはあくまでも僕の妄想である。
有名観光地のミコノス島には、欧州全域をはじめとする世界各国から旅行者が押し寄せる。むろんゲイではない人々が大多数だ。
宮古島よりも小さなミコノス島は開発が進み人があふれている。ギリシャ国内や世界の富裕層が、家や別荘を所有しているため土地建物は極めて高価だ。
物価もきわめて高いミコノス島は、将来は一般の観光客を締め出して、富裕層オンリーのリゾート地として特化されるのかもしれない。だが、現在のところはクルーズ船などを利用して押し寄せる大衆観光客もあふれている。
一見したところではオーバーツーリズム気味である。特に島の中心地のミコノスタウンの人出はすさまじい。
ミニ・ミコノス島
次に訪れたパロス島は、ミコノス島を追いかけて観光地化が急速に進み、滞在した島の第2の街ナウサは、ミニ・ミコノスタウンの趣きがあった。
洒落たカフェやバーやレストラン、各種店舗、またナイトスポッなどが目白押しだが、都会的な中にどうしても「垢抜け切れない」ような不思議な雰囲気が漂っていた。それは不快ではなく、むしろほほえましい印象で興味深かった。
今回はナウサのホテルに滞在したが、連日レンタカーで島の南岸のビーチに通った。一帯のビーチが広く静かで美しかったからだ。車では面白い体験もした。
レンタカー会社に「小型の車を」と予約しておいたら、なんとベンツに当たったのだ。ベンツを運転したのは初めての体験。実際にハンドルを握ってみてベンツがなぜ優れた車なのかを体感した。
路面をがっしりと掴んで一気に加速するような走りで、爽快かつ安全確実な印象を常に抱き続けた。
パロス島の物価はミコノス島に匹敵するほど高い。
だが、島の中心地のパリキアやナウサを離れると、野趣あふれる野山や素朴な集落を背景にビーチが多くあって、宿泊費用もやや安い印象があった。
食事も郊外のレストランがより美味しいと感じた。
ナウサの港には、数百から1千卓を並べて大型クルーズ船から吐き出される大量の観光客を受け入れているレストランなど、過剰に観光化した店も多くやや食傷させられた。
過度に観光化した全ての店の料理が不味いとは言えないだろうが、あまりにも多くのツアー客が群がる店に足を向けるのは勇気がいる。
魅惑のカスバ
パロス島のすぐ隣にあるナクソス島は、キクラデス諸島最大の島である。ビーチも多く山岳地帯も広がっている。
島の中心地のホラ(ナクソスタウン)には、北アフリカなどのカスバを髣髴とさせる一画があって非常に驚いた。古い歴史的マーケットで、地元の人はその町をオールドタウンと呼んでいる。
アルジェリアあたりのカスバ、あるいはイスタンブールのバザールなどを、規模を小さくした上で洗練された店やレストランや装飾などをはめ込んだ街、とでもいうような雰囲気がある。
建物の全体は古い時代のものがそっくり残されているが、そこに入っているあらゆるものがひどく趣があって垢抜けている。芸術的センスにあふれているのだ。
店やレストランを経営する人々もイギリスやフランス、アメリカや北欧出身者が多い。
地元の経営者に混じって店を切り盛りする、それらの人々の新しいアイデアやセンスや営業方針などが相まって、市場の雰囲気を磨き上げている、と見えた。
いわば「都会的に洗練されたカスバ」がホラの歴史的マーケットなのである。
パロス島ではホラから車で15分ほどのビーチ脇にアパートを借りた。
アパートからビーチに降りる小道の角にレストランがあった。
レストランでは子豚と子羊の丸焼きがほぼ毎日提供されていた。食べてみるとどちらも秀逸な味だった。特に子豚の丸焼きが印象深かった。
子羊の丸焼きも疑いなく特上級の味だったが、ナクソスでは他の店でも美味い子羊レシピが多々あったため、その分印象が薄れたのである。
ナクソス島は一級のバカンス施設を備えた魅惑的なリゾート地である。それでいながらミコノス島や隣島のパロス島と比べると、観光開発がすこし緩やかなペースで行われているように見える。
観光業以外にはほとんど産業のないキクラデス諸島内にあって、ナクソス島は畜産や農業が盛んで食料の自給率も圧倒的に高い。
雄大な自然と洒落たリゾート施設が共存するナクソス島は、キクラデス諸島のうちのミコノス、ミロス、サントリーニ、パロスなどの島々よりは知名度は低い。
だが僕にとっては、たちまち再訪したい島の筆頭格に躍り出た。