イラストPaolaエゴヌ605

パリ5輪最終日にイタリアの女子バレーボールがアメリカを破って金メダルを獲得した。

たまたま試合を観ていた僕は、ゲーム終了の直後に「イタリア女子バレー、西洋の魔女だぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」と、ここSNSに短くに投稿した。

-0で強豪のアメリカストレート勝ちした雄姿に感じ入った僕は、1964年の東京オリンピックで優勝した日本女子バレーチーム、すなわち「東洋の魔女」になぞらえて思わず「西洋の魔女」と言ってみたのである。

だが投稿後にすぐに気づいた。そのエピソードはもはや60年も前の話である。FB愛好者は大人が大半とはいうものの、「東洋の魔女」の意味を知らない人も多いに違いないと。

当時は幼かった僕自身も、実は第1回東京オリンピックの記憶は薄い。幼かった上にテレビもろくに映らない辺鄙の島で育ったため、オリンピックはラジオ放送で追いかけた記憶がある。

東洋の魔女という言葉とその意味も実はずっと後になってから知ったことだ。

それらの事実が一気に頭に浮かんで僕は投稿を後悔した。だが時すでに遅く、もう何人かの方々が反応してしまっていたので削除せずにそのまま流した。

イタリアのバレーボールの金メダルは、男女を通じて初の快挙である。一夜明けてもイタリア中がまだ興奮し、あらゆるメディがしきりに報道している。

公共放送のRAIに至っては、夜中にもまた夜が明けてからも、試合の全貌を繰り返し電波に乗せている。

60年前の日本もおそらく似たような状況だったにちがいない。

当時は僕は前述のように映像を知らずにいて、その後にそこかしこからの情報で空白を埋めただけだが、今回のイタリアVSアメリカ戦は一部始終をテレビで見て大いに楽しんだ。

さて、前置きが長くなった。

実は僕はその試合の模様をある特別な感慨を抱きながら見ていた。

イタリアのエースで世界バレーボールのスーパースターでもあるパオラ・エゴヌ選手は、その試合でも躍動していた。

彼女はナイジェリア移民の両親のもとにイタリアで生まれ育ったが、肌の色を理由に差別と偏見にさらされ続けた。

それは彼女の才能が開花し、女子バレーボール界のスーパースターになっても変わらなかった。

エゴヌはスパイクのスピードが世界一であり得点能力もそれに比例して高い。そればかりではなくブロックや守備にも優れた名プレーヤーである。

エゴヌはそうやって10代のころからイタリアナショナルチームの要として活躍を続けた。

エゴヌの名を知らないイタリア人はいない、と言われるまでに成長しても、しかし、彼女には「お前は本当にイタリア人か」という侮辱的な質問が投げかけられ続けた。

彼女は人種差別に抗議して、ついにイタリアナショナルチームから去る、と宣言した。

だが幸いにバレーボール界の尽力と彼女を支えるサポーターの多くの声によって事態は改善し、エゴヌはイタリアナショナルチームに復帰した。

パリ5輪決勝戦でエゴヌは、最終的にはMVPに輝く圧倒的な活躍を見せながら、終始怒ったような表情でプレーを継続した。僕はそのことにかすかに胸の痛みを覚え続けた。

スパイクを決め相手のそれをブロックしても、彼女は他の選手のように喜びを表現しない。無表情に、多くの場合は怒りをにじませたような顔でプレーに専念した。

それには人種差別への抗議の意味があるのではないか、と僕は考えずにはいられなかった。

一つひとつのパフォーマンスに一喜一憂しないのはどうやらエゴヌのプレースタイルだとは感じつつも、彼女のむっとした表情に僕は胸騒ぎを覚えた。痛々しい感じさえした。

バレーボールに限らず、女子のゲームでは、世界トップクラスの選手たちが厳しく激しい戦いを続けながらも、そこかしこに笑顔を見せる。

エゴヌは女子プレーヤーの好ましいその心理からは全くかけ離れたところにいると見えた。

僕はそこにエゴヌの悲哀と必死と痛恨を見てさらに憐憫の情にとらわれた。

それでもエゴヌは終始躍動し、相手を圧倒し、味方を力強く引っ張った。そして3-0の勝利の瞬間が来た。

するとエゴヌは破顔一笑、歓喜を爆発させてチームメートに抱きつき、抱きつかれ、飛び上がって喜びの咆哮を上げた。

そして最後には長身の彼女に飛びつきしがみついたチームメートの1人を抱き上げるようにして固まった。そのユーモラスな恰好のまま彼女は笑い続けた。涙を流しているようでもあった。

パオラ・エゴヌが心身共に、また名実共にイタリア人であることは火を見るよりも明らかだった。それは彼女を差別したがるイタリア版ネトウヨヘイト系排外差別主義者らも必ず認めなければならない真実である。

パオラ・エゴヌはそこに至る前に人種差別に対する声を上げ続けてイタリア社会に警鐘を鳴らした。そしてついにはナショナルチームを抜ける、とまで宣言して決定的な一石を投じた。

彼女の努力はオリンピックでの成功を機にさらに大きな果実をもたらすことが確実である。

僕はその意味でもイタリア女子バレーの金メダル獲得を大いに喜ぶのである。




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