背後からドロンを斬ろうとする三船500

仏映画界のスター、アラン・ドロンが亡くなった。短い追悼記事を書こうとしてふと筆が止まった。

彼の追悼記事を書くなら僕は人種差別に関連した話をしなければならない。

ところが、全くの偶然ながら僕は直近、イタリアの女子バレーボールのヒロインに関連して人種差別の話ばかりをしている。また重過ぎる内容だと少し躊躇した。

しかし僕が話したいのは、彼を責める趣旨の楽屋話ではないので、やはり書いておくことにした。

ロンドンの映画学校時代、三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンが共演した「レッドサン」について、シナリオの教授と話しをした。彼は自身もハリウッドのシナリオライターという立場の人だった。

設定がちょっと荒唐無稽だが、日米仏の大物俳優の共演は面白かった。特に三船とブロンソンのからみが良かったと思う、と僕が伝えると教授が「う~む」と言葉を噛みしめてから言った。

「あの映画の撮影現場スタッフから聞いた話だがね、チャールズ・ブロンソンは三船を人種差別的に見下していたんだ。一方アラン・ドロンは三船を一貫して尊重していた」と言った。

意外な感じがした。チャールズ・ブロンソンの風貌や所作にはヒスパニック系やアジア系のオーラもあり、「レッドサン」でもワイルドな西部劇世界に紛れ込んだ珍妙な侍の三船に、エンパシーを感じている風情が濃厚だった。

アラン・ドロン演じる盗賊のほうが、むしろ珍奇な東洋人をあざ笑っている感じがした。むろんそれは劇中の話で現実の俳優の人となりはまた別物だけれど。

「この話は何人もの人から確認を取った実話だ」と教授は続けた。ハリウッドに浸り生身で泳ぎ回っている人らしい説得力があった。

チャールズ・ブロンソンが好きだった僕はちょっとがっかりしたが、ま、あまり賢こそうな男ではないしそういうこともあるのかな、と捉えてほとんど気にしなかった。

だがアラン・ドロンに関しては、華やかな美男スターがぐっと身近に寄ったきたような好感を抱いたことを覚えている。

僕のその印象は、欧州住まいが長くなり「欧州の良心」あるいは「欧州の慎み」に触れることが多くなって、ますます強固になった。

欧州人には、同じ文化圏内にありながら米国人とは明確に違ういわば教養に裏打ちされた謙抑さがある。

アラン・ドロンは欧州人である。彼には欧州人特有の自制心がある、と僕は常に感じてきた。それが人種差別を克服する密かな力になっているような気がしないでもない。

アラン・ドロンは「レッドサン」で共演したあと三船敏郎と親密な関係を結ぶが、ブロンソンと三船が親しくなったという話は聞かない。

決して健全ではなかった幼少年期から俳優として成功するまで、私生活ではアラン・ドロンは陰影が深い印象の時間を生きた。

名優と謳われるようになっても暗晦な噂にまみれ、ことし2月には銃器の大量不法所持で警察のやっかいになったりもした。

同時に家族崩壊のドラマが、他人の不幸を見るのが大好きな世間の下種な目にさらされたりもした。

僕はそうした彼の不運に同情しながら、偉大なパーソナリティー、アラン・ドロンの訃報を、人種差別に絡めとられなかった目覚ましい男の大往生、と努めて明るく考えることにした。


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