ギリシャ・クレタ島からイタリアに帰った翌日、フランスとの国境の街・アオスタを目指して車を走らせた。
仕事兼遊びの道行。遊びの要素がある分だけ、ギリシャで溜まった“休暇疲れ”はほとんど感じず、真夏のような気候のクレタ島からふいに寒いアルプスの街に入る感覚が新鮮だった。
アオスタは、イタリアの5つの特別自治州のうちの一つ、ヴァッレ・ダオスタ州の首都である。
イタリアには20の州があり、そのうちの5つは特別自治州である。ヴァッレ・ダオスタ のほかにはシチリア島嶼、サルデーニャ島嶼、トレンティーノ=アルト・アディジェ、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州がある。
特別自治州は15の通常州よりも先に州として認定され、そのうえ通常州よりも強い自治権を付与されている。
イタリアの大部分を占める通常州に先んじて、特別自治州のほうが,共和国の構成要素として制定されるところが面白い。多様性の花が咲き乱れるイタリアならではの歴史である。
イタリアは国の中に地方があるのではなく、各地方が蝟集して国家になったというほうが相応しい共和国である。そこでは多様性が非常に重んじられる。
特別自治州はいわば多様性尊重主義の象徴的存在。その名の通り特別に立法権が認められ地域で徴税される国税を分配されるなどの強い自治権がある。
5つの特別自治州はイタリアの一部ながら独立志向が強い。特にシチリア州と トレンティーノ=アルト・アディジェ州がそうである。
そうはいうもののしかし、ドイツ語圏の トレンティーノ=アルト・アディジェ州とは違い、シチリア島嶼州はイタリア本土への敵愾心は強くないと言える。
一方トレンティーノ=アルト・アディジェ州の、特にボルザノ県などでは、事あらばイタリアから独立しようとする勢力がいつもうごめいている。
同州のボルザノ県の大半を占めるいわゆるチロルの人々は、イタリア人というよりもオーストリア人でありドイツ人という印象が強い。 イタリア人とドイツ人では肌合いが大きく違う。
イタリア語とは全く違うドイツ語圏を含むトレンティーノ=アルト・アディジェ特別自治州は、イタリア中央政府と摩擦を起こすことも少なくない。
ヴァッレ・ダオスタ州は外国語のフランス語圏に属する。その意味では ドイツ語圏にあるトレンティーノ=アルト・アディジェ州に似ている。
だがフランス語はイタリア語と同じラテン語であり、フランス人とイタリア人も同じラテン系民族。共通点が多いだけ、ヴァッレ・ダオスタ州はトレンティーノ=アルト・アディジェ州よりもイタリアの大部分と親和的である。
言葉を換えればトレンティーノ=アルト・アディジェ州は独立志向が強く、ヴァッレ・ダオスタ州はイタリアと一体化している。
北方民族の規律や整頓や機能性や小奇麗さよりも、南方ラテン系の猥雑や闊達や不器用やカオスっぽさがどうしても好きな僕は、両州のうちではヴァッレ・ダオスタ州により愛着を覚える。
食べ物もオーストリア・ドイツ風が多い トレンティーノ=アルト・アディジェ州に対して、ヴァッレ・ダオス州の料理はフランス的な面もあるが、ソースなどはあっさりしたイタリア風味が主で僕はとても好きである。