
今日9月2日は、世界の大半(特にアメリカ)が規定する第2次世界大戦の終結日である。つまり日本の敗戦記念日だ。
天皇を中心に物事を考え引きずり回すことが得意な旧弊族が、未だに社会を支配しがちな日本では、昭和天皇がラジオで国民に終戦を伝えた日、すなわち8月15日にこだわる。
あまつさえ彼の声を玉音と呼んでひれ伏したりもする。だが、善悪混交する戦中と戦後の彼の評判はさておき、昭和天皇はまぎれもなく先の大戦の最大の戦犯であることは疑いようがない。
僕は日本の敗戦日をここイタリアに倣って「解放記念日」と呼んでみたい。イタリアでは民衆がムッソリーニを処刑しファシズムを撃破したので、終戦の日を「解放記念日」と呼ぶのである。
しかし日本の場合は、戦争が終わっても戦犯の昭和天皇&軍部が徹底処罰されなかった無念の歴史があるため、とても「解放記念日」とは規定できない。
日本は他者、つまりかつては占領軍による断罪、今日なら例えば世界世論などの“外圧”による指弾ではなく、日本国民自身が自主的に戦争を徹底総括する過程を経なければ決して生まれ変わることはできない。
それをしない限り、日本は将来必ずまた戦争を始めるだろう。
戦前を懐古するのみならず、日本社会を再び天皇中心の狂った仕組み、あるいは全体主義に作り変えようとするカルト的勢力が、急激に台頭しているのがその証だ。
戦犯の昭和天皇はもはや存在しない。だからといって彼の極大の罪がなくなるわけではない。
それでも彼の罪は、明仁上皇つまり平成の天皇の人徳と行動とによって、ある程度は軽減されたと考えることができるかもしれない。
平成の天皇は、 戦前、戦中における日本の過ちを直視し、自らの良心と倫理観に従って事あるごとに謝罪と反省の心を示し続けた。
さらに彼は、被害国と戦場を訪問してはひたすら頭を垂れて贖罪し、平和への歩みをたゆみなく続けた。その事実によって、少なくとも「天皇家の罪」は浄化されたと個人的には考えたい。
それはひとえに明仁上皇の、軍国主義日本による被害国への謝罪行脚と、誠実な人柄を尊崇しての思いである。
当代の徳仁天皇は、罪人の昭和天皇といわば聖人の明仁上皇の、それぞれの「負の遺産」と「業績」を継承したが、彼は断じて彼が天皇、つまり“何者であるか”によって評価されるべきではない。
そうではなく、彼は“何を成すか”によって評価されるべき存在だ。言葉を換えれば彼は、天皇としてではなく、人としてどう動くか、によって歴史の審判を受けるのである。
僕は徳仁天皇の同時代人として、彼が先の大戦の徹底総括に向けて「何かを成すこと」を期待する。
だが、言うまでもなくそれは、天皇よりもまずわれわれ国民が先鞭をつけるべき事案であり義務である。