《加筆再録》
アルマーニが亡くなり一時代が終わったという実感をかみしめつつ、もう少しファッションにこだわっておくことにした。
ミラノコレクションを取材したのは80年代後半~90年代初め頃のことである。
この仕事をしたことで、僕はそれまで無視あるいは軽視していたファッションとファッションビジネスを見直した。よくあることだ。
実は僕はファッションを無視あるいは軽視していたのではなく、無知ゆえに何も見えなかっただけの話だった。
ドキュメンタリーまた報道取材に関わっていると、時としてそういう僥倖に行き逢う。
ミラノでファッションショーを取材する時にいつも感じたことがある。
それは、なぜこの小さな街がロンドンやパリやニューヨークや東京などの巨大都市と対抗して、あるいはそれ以上の力強さで、世界をリードするファッションやデザインを発信して行けるのだろうか、ということだ。
ロンドンとパリは都市圏の人口がそれぞれ約1400万人と1200万人、ニューヨークは2000万人もいる。東京の都市圏の人口3700余万人には及ばな いにしても、巨大な都会であることに変わりはない。
それらの大都市に対してミラノ市の人口はおよそ140万人、その周辺部を含めた都市圏でもわずか390万人余りに過ぎない。
もちろん人口数が全てではないが、人が多く寄ればそれだけ多くの才能が集まるのが普通だから、小さなミラノがファッションの世界で多くの巨大都市に負けない力を発揮しているのはやはり稀有なことである。
それは多分ミラノが、都市国家の伝統を持つ自治体として機能し、完結したひとつの小宇宙を作って独立国家にも匹敵する特性を持っているからではないか、と考えられる。
つまり、ニューヨークやパリやロンドンが飽くまでも国家の中の一都市に過ぎないのに対して、ミラノは街そのものが一国なのである。
都市と国が相対するのだから、ミラノが世界の大都市と競合できたとしても何の不思議もないわけだ。
言葉を換えれば、都市国家メンタリティーをルーツにするイタリアの多様性の良さが、最も先鋭的に表れているのがミラノのファッション界ではないか、と思うのである。
