死を見つめるのもそこから目を逸らすのも本質は同じ。死への恐怖である
死という言葉が死を呼ぶという言霊信仰や迷信の影響、という世界共通のありようを別にして語ろうと思う。
イタリア人は、あるいはキリスト教徒は、学問や文学などの領域を除けば、死について日常的に語ることを避ける傾向がある。
日本人のように死は避けられないものと受忍して、折に触れてそれを意識したり口に出すことは少ない。
元々そうではなく、キリスト教徒も死を恐れつつ救いを求めて、行住坐臥に死を語り死を受け入れていた。死の苦しみをやわらげる手助けをするのが宗教である。キリスト教も例外ではない。
だが教会が権威拡大のために死の恐怖を強調し、救いを求める信者が教会への依存を強めるよう画策したことが反発を呼んで、人々はやがて死を語らなくなった。
また近代になって終末期医療の現場が家庭から病院へと移り、死が人々の日常から遠ざかるにつれて、それを不断に意識する機会が減り死に関する話題が避けられるようになった。
加えて次のような理由もある、と僕は考える。
デカルトが「我思う、故に我あり」というシンプルな命題に託して、それまでの支配観念であった「コミュニティが先ずあって個人がある」というスコラ哲学の縛りを破壊した。
いわゆる“近代的自我”の確立である。
私という個人の自我意識によって世界を見、判断して、人生を切り開いていく、という現代人にとっては当然過ぎるほど当然の価値観は、人々の自己への自信を深めた。
自信を深めた我、あるいは私という個人は、諦めずに闘い、進化する存在になった。死生観にもそれは現れた。
死は避けられないものだが、それを恐れたり語ったりするよりも、今生きて在る自分自身を大切にし前進し続けることこそが重要、という考え方が尊重されるようになった。
そうやって現代西洋人はますます死を語る習慣をなくしていった。僕はそこに西洋近代の不首尾の一つを見る。
いつ、どこで、いかに死ぬか、という自身では制御できない問いをあえて問うことは、つまるところ「いかに生きるか」と問うことである。
なぜならば生は死がなければ完結しない。畢竟、死は生の一部にほかならない。
いかに死ぬかを問うことが、いかに生きるか、という問いと整合するのは、そのことだけでも明らかである。
いかに生きるかを問わない生き方は、いかに生きるかと問い続ける生き方よりも少し寂しく見えないこともない。
