自身へのけじめを込めて年が変わる前に書いておくことにした。
僕は高市早苗氏が、日本初の女性首相になることにより極右スタンスの政治姿勢を改めて、より穏健な右派政治家に生まれ変わることを期待した。
それは言葉を替えれば、現実路線に舵を切って日本国のトップらしい主体的で思慮深く、人間的に磨かれたリーダーに生まれ変わることを意味した。
彼女はかつて次のようなおぞましい言動を重ねた。
1.議員一年生の1994年10月12日、国会で村山富市首相に「過去の戦争に関して周辺国に勝手に謝罪をするな」と発言。
2.1995年3月16日、「私自身は、戦争の当事者とは言えない世代だから、反省なんかしていないし、反省を求められるいわれもない」と衆議院外務委員会で言明。
3.2016年2月8日、気に入らないテレビ局の「電波を停めてやる」主旨の傲慢極まる発言もした。
ファシストやナチでさえ真っ青になりそうな呆れた発言を知りつつ、僕は彼女が首相になって変貌することをほんの束の間だけ思い描いたのである。
それはここイタリアのメローニ首相を念頭に置いての、無いものねだりの期待であり希望だった。
ジョルジャ・メローニ首相は、極右という形容は当たり前、政敵からはネオファシスト(新ファシスト)とさえ指弾されたりする存在である。
彼女は2012年にファシスト党の流れを組む右派政党「イタリアの同胞(FdI)」を結成した。
以来、泡沫政党「イタリアの同胞」の党首として、烈烈たる情緒と確固たる信念を胸に活動を続けた。
10年後の2022年、彼女は激しい選挙戦を闘い抜いてついに政権を奪取した。
選挙運動では声高に、過激に右派の主張を展開。その期間中は顔つきがほとんど狂暴にさえ見えた。
ところが彼女は首相になると同時に険しい極右の言動を控えて、いわば強硬右派とも形容されるべき穏健な道を歩みだした。顔つきまで変わった。
見苦しい激甚な表情が母親のように優しくなった。
極右政治家のメローニ首相が、政権奪取後には中道寄りへと舵を切るであろうことを僕は予想し何度もそう書いた。
彼女はその通りの道を歩んでいる。
高市首相は、メローニ首相と同じファシスト気質の政治信条を持つばかりではなく、イタリア同様に圧倒的に男性優位の政治体制を持つ国で初の女性首相になった。
しかし彼女は日本国の首相として現実路線にシフトするどころか、政権の座に就いて間もない2025年11月7日、衆議院予算委員会で、「台湾有事は日本存立危機事態になり得る」と極右きわめ付きの発言をした。
僕はその時点で彼女の「化け」をあり得ないことと判断した。
彼女の台湾有事発言は、自らが師と仰ぐ安倍元首相の「戦略的曖昧さ」を否定して、その遺志を「国策」として具体化しようとする明確な信念の顕れとの意見もあるが、笑止千万だ。
彼女に戦略的な思惑があったとは考えにくい。
そうではなく、発言は彼女がネトウヨヘイト系差別主義教団カルトの仲間内で気勢を上げるノリで、つい言ってみた、というのが真実だろう。
彼女は、イタリアの過去、特にファシズムを明確に否定して国の舵を取る右派政治家のメローニ首相とは似ても似つかない。
このデタラメな政治家が、日本のトップであり続けてはならない。
僕はほんの一時とはいえ、彼女が化けてメローニ首相のように周囲から尊重される存在になるかもしれない、と考えた自らの不明を恥じる。
と同時にそうした方向の発言の一切を撤回する。彼女の本性はもはや隠しようがない。
彼女は戦略的な思考ができない分、安倍元首相よりも危険な歴史修正主義者であり超国家主義者である。
取り返しのつかない事態が起こらないよう一刻も早く排除されるべきだ。
