悪の双璧トランプ&ネタニヤフが、ハメネイというガチガチの独裁的教条主義者を圧殺。
イランは彼よりもさらなる強硬派とされる息子のモジタバ・ハメネイ師を後継者に選んだ云々、の情報をメディアやネットで追いかけつつ、沖縄、関西、東京回遊の旅の終わりにいる。
日本のメディアやSNSなどでの印象は、アメリカの犬である高市政権の基本姿勢「トランプ擁護&イラン批判」とは違い、イラン擁護派が多数を占めているように見える。
ハメネイ師が家族もろとも殺害されたことへの同情心が強いのだろうか。
トランプ&ネタニヤフがハメネイ・イランを攻撃したのはむろん悪であり国際法違反である。だが、反政府運動を激しく弾圧し続けたハメネイ師もその政権も負けず劣らずに邪悪だ。
ハメネイ師はイラン正規軍よりも強いとされるイスラム革命防衛隊の武力を背景に、約37年もの長きにわたって強大な独裁権力を振るった。
彼の統治期間中は言論の自由が厳しく規制され、ジャーナリストや人権活動家などの拘束が常態化した。
大統領選への抗議デモや「女性、命、自由」運動などへの弾圧も続き、昨年末からことし初めの反政府デモでは、3000~5000人の国民が殺害されたとされる。正確な数字は未だに分からない。
ハメネイ師はレバノンのヒズボラやガザのハマスまたイエメンのフーシ派など、反イスラエル・反米を掲げる中東各地の武装組織ネットワーク、 いわゆる「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」を支援しづけた。
支持者には、1979年のイラン革命の精神を継承してイスラムの価値を守り、西側の搾取やイスラエル+米国の横暴に対抗する英雄として称えられる一面もあった。
だが反政府活動家を拘束し自国民を殺害する指導者など、所詮魔物だ。
後継者の息子モジタバ・ハメネイ師はまだ表舞台には現れず、従って憶測の域は出ないものの、父親のハメネイ師よりもさらに強硬なイスラム原理主義者ではないか、と見られている。
抑圧的なイラン体制が一気に変わるとは到底考えられない。
トランプ・ネタニヤフの悪党コンビの行為を国際法違反と糾弾する人々がいる。それは正論中の正論だが、虚しい指摘でもある。
日本では、攻撃を受けたイランへの同情心が、国際法を犯したトランプ・ネタニヤフ批判を凌駕しているようにも見える。
日本独特の❝判官びいき❞心情だろうが、曖昧模糊とした感情が理性を蹴散らしてしまう、まさしく日本的風景である。
それは極右歴史修正主義者の高市首相を無批判に持ち上げる情動にも通底する心理で、危険極まりない。
米・イスラエル軍によるイラン攻撃は、悪が悪に襲いかかったものでどっちもどっちだ。
だが、イランの国の在り方はイラン国民が決めるべきものであって、トランプ・ネタニヤフが首を突っ込むべきではない、という意味では進撃はむろん指弾されるべきだ。
しかし、繰り返しになるが、ハメネイ師という独裁者もまた、ならず者の抑圧者という観点で糾弾されるべき存在だった。
攻撃は国際法違反であるから即刻止めろという主張も日本には多い。それは正論だが、残念ながらほとんど意味をなさない叫びだ。
国際法はいわばザル法である。法的信念は有するものの慣習に基づく国際合意であり、道徳にも近い一規範である。だから今回のイラン攻撃のように強者によってた易く踏みにじられる。
踏みにじられても、国内法のような強制的な罰則機関がないため、国家間の法的拘束力を持つとされながらも非力なのだ。
世界の多くのまともな国は、「国際法違反」というレッテルを張られることを恐れて行動を慎む。従ってそれが実質的な拘束力を持つ、という意味では重要なものだ。
しかしながら前述のように、トランプ的横暴、あるいは弱肉強食の前では頼りない法則なのである。
だからこそ国際法が重要になるのだが、トランプやネタニヤフのようなならず者がこれを犯せば、世界は手をこまねいてみているしかない、という憂鬱な現実がある。
世界にはその2人のならず者のほかにも、プーチン、習近平、金正恩などの大物、またオルバンほかの小物のならず者も、アフリカ中東などを中心にひしめいている。
それらのならず者は国際法など意に介さない。
だからこそ彼ら蛮人に国際法を順守させるためにも、世界中の自由主義者は戦いを強め、声を挙げ続けなければならないのである。
