天皇制の是非、男系にこだわる高市・麻生一派の異形と危険性、その他もろもろの戦前回帰願望心算etc,etc。
外から見る日本の政治状況は醜状以外のなにものでもないが、諸悪の根源の根源に「近代的自我」の確立の遅れがある。
何よりもまずそこを見据えないと日本の教育事情は変わらず、まともな学校教育なくしては敗戦からの日本の真の再生はない。
そのことが僕の関心の最大のものだが、今は4年に1度の世界祭、ワールドカップを語ろうと思う。
サッカーのファンタジスタについてである。
いまこの時のファンジスタの最高峰はメッシでありエムバペでありヤマルである。彼らを擁するアルゼンチンとフランスとスペイン、さらにファンタジスタ似のベリンガムを擁するイングランドが4強に残った。
そのうち昨夜、フランスとスペインが準決勝を戦ってヤマルのスペインが勝った。僕は正直、エムバペのフランスがやや有利かと考えていた。だが両者とも強力な布陣なので、結果オーライと感じる。
プレーヤーとしての経験が長い分、ヤマルよりもエムバペの動きが目覚しいので、彼の姿が消えたのは少し寂しい。しかし、ヤマルが決勝でエムバペの域に迫る活躍をしそうな予感もある。
今夜、アルゼンチンとイングランドがもうひとつの準決勝を戦う。
アルゼンチンには僕が純然たるファンタジスタと見なすメッシがいて、イングランドにはもしかするとピードとフィジカルを兼ね備えた新タイプのファンタジスタ?とやはり僕がひとり思い悩むベリンガムがいる。
ベリンガムがメッシ・エムバペ・ヤマル級のファンタジスタなら、イングランドは強力なストライカーのケインが控えている分、どこよりも手強いとも見える。
だがそうではなく、ベリンガムがフィジカルとスピードに優れた飽くまでもイングランド的なスポーツマンプレーヤーに過ぎないのなら、イングランドは今回もまた優勝はできないだろう。
ベリンガムとケインは前回カタール大会でもコンビを組んで戦ったが、準々決勝でエムバペのフランスに敗れた。
今回大会でも2人がイングランドの主力だ。
しかし、繰り返しになるが、ベリンガムがイングランド的“ムキムキマン”プレーヤーから脱して、創造力に富むファンタジスタに完全変貌しているなら、メッシの力をもってしてもアルゼンチンは勝てないかもしれない。
ちなみに日本がもっとも不得意とするのが、ファンタジスタの創造である。
日本的メンタリティーまた文化がファンタジスタの誕生を阻むのだ。
今後50年かけてもあるいは無理かもしれない。
そいうことをからめて見、考えることができるのが、サッカーの面白さである。
