W杯も終わり、サッカー絡みのムダ話はいったん切り上げ、と考えていたらイングランドサッカーを弱いというあなたの意見は主観的で納得できない、という趣旨の「いつもの」メッセージをいくつかいただいた。
また なぜサッカーイングランドにこだわるのかという問いもあった。
それらのメッセージに応える意味もかねて書ておくことにした。
サッカーは、たかがサッカー。されど。。・・たかがサッカー。というのが僕の捉え方である。
それは世界を席巻するファンタジスタ・サッカーあるいはラテンサッカーの代名詞である、とも僕は考えている。
イングランド人は、サッカーは「たかがサッカー、されど、サッカー」と石部金吉に考えている。結果、彼らはサッカーを純粋スポーツと見做して、シャカリキになって体を鍛え身体能力を極限まで高める。
彼らは強いフィジカルを目いっぱい使って速い、高い、構造的に強力なプレーをする。それは見ていてすがすがしいものだが退屈でもある。
そして退屈なサッカーは必ず負ける。彼らはそうやって1966年以降、きっちり60年も負け続けて(優勝から遠ざかって)いる。
イングランドにはサッカーの発祥地としての強烈なプライドがある。サッカーを公正と誠実が核の「真のスポーツ精神」の象徴として神聖視し、「サッカーの母国」として、絶対に世界基準を認めず自らのやり方を優先する驕慢さを持ち続けている。
イングランドは、同じくサッカーが同地で誕生したことを楯に、優勝杯はイングランドに帰還するべき、とさえ考え執拗にそう主張する。
しかも優勝は、サッカーを発明したイングランドの戦法と哲学によって為されるのがあたりまえであり、必ずそうなると全身全霊で思い込んでいる。
それはW杯と並ぶ欧州選手権に於いても同じ。イングランドは欧州選手権では一度も優勝できていないにもかかわらず、自らの優越性を信じて疑わないのである。
イングランドのメディアは、なぜイングランドは欧州や南米の強豪チームに勝てないのか、という論戦をこれでもかとばかりに提起し、論じ、主張し続ける。
それを見ていると、彼らの論理がイングランドのアプローチと理念が至高であり勝てないのは何かの偶然、いわば悪魔の意地悪なジョーク、とでもいうようなニュアンスで固められているのが分かる。
要するに彼らは、他の多くの事案と同様に胸奥で自らが最も優れていると密かに思い込んでいる。つまりは大英帝国の栄光が忘れられないのだ。
それ故に、彼らをいつも木端微塵に打ち負かすファンタジスタサッカー、あるいはラテンサッカーの優位性を認めて、それに倣うということができない。
僕はイングランドのそうした思い上がりに強い違和感をもつ。だから彼らのサッカーにこだわるのである。
イングランドサッカーの弱点は、その精神がBrexitやBBCと同じかつての大英帝国の栄光にすがる自己撞着の肥大した自尊メンタリティーにがんじがらめに縛られているところにある。
イングランド人のそうした噴飯かつ不快なメンタリティーはあらゆるところで「今この時」も変わらずに発揮される。
例えば大事件のBrexit(イングランドが主体の英国のEU離脱)も、大英帝国の往年の輝きを忘れられない、特に高齢者層が、英国の優越と特権意識に絡めとられて激しく主張した結果実現した。
Brexitは、自国が他のEU構成国と同等ではなく、世界を主導する特別な存在であるという英国独特の「大英帝国の栄光」幻想にからめとられた、いつもの優越意識から発した誤謬である。
欧州連合(EU)の官僚機構の縛りから解放され、「自国だけで何でも決定できる」という唯我独尊の主権へのこだわりも大きな原動力となった。
イングランドのもう一つの象徴であるBBC(英国放送協会)は、自らを「客観中立の絶対的基準」と位置づけ、世界的な信頼を獲得してきた。BBCは法的に「不偏不党(impartiality )」を義務付けられた公共放送だ。組織としての公式な「本心」や特定の政治信条を持つことは想定されていない。中立性を保つことが制度上の使命だ。
だが近年は、政府からの圧力と個人の表現の自由、そして「中立性」の定義をめぐって激しい混乱に陥っている。分断が深まる現代社会においては「完璧な中立」など存在しないという現実に直面し、右派からも左派からも批判され、自らの理想の重圧でアイデンティティが揺らいだ。
公平性を金科玉条とするBBCのメディア力は疑いないものだが、 中立や伝統を過度に神格化する大英帝国の亡霊の組織文化が逆に足かせになって、Brexitのような重大な局面でも、中立と不偏不党を隠れ蓑に事実報道をするばかり。ついに自らの信条も主張も披歴しなかった。
結果、Brexit推進派と反対派両方からの批判に晒された。
イングランドを中核とする英国民は、Brexit派の出鱈目な主張にまどわされて、BBCの本心とは逆のEU離脱という取り返しのつかない結果を招いた。
開明性を誇るBBCがBrexitに反対しないならば、それは虚偽でありフェイクである。なぜならBrexitは、大英帝国の失われた栄光を振りかざす時代錯誤な精神が招いた固陋迷妄な出来事だったからだ
ブレグジット、BBC、そしてイングランドサッカーの根底には、いずれも過去の栄光や例外主義に固執する「大英帝国の誇りの残滓」という共通の心理的構造がある。
イングランドサッカーがファンタジスタサッカーあるいはラテンサッカーにどうしても勝てないのは、個々の戦いのディディールではなく、根深く執拗なその心理構造故の悲劇なのである。
