世界の殺人事件の被害者は、およそ8割が男性である。女性被害者は一般的ではない。従ってことさらに女性被害者に焦点を当てる、フェミサイド論争はおかしい、という見解が根強くある。
しかしフェミサイドの根底にあるのは、深い女性差別の心理であり、男による女性支配願望である。それは家父長制社会の特徴でもある。
2025年に施行されたイタリアの「新フェミサイド法は、通常の殺人罪の一部とされていたフェミサイド(女性であることを理由にした殺人)を、独立の犯罪類型の「フェミサイド罪」として新設したものである。
単なる殺人の加重処罰ではなく、女性であることを理由に「憎悪、(性)差別、支配、占有、制御、または従属の行為」として行われる殺人や、女性が関係を終わらせたために起こる殺人、あるいは女性が自らの個人の自由(就学、就職、交友関係など)を行使しようとしたこと、または交際や婚姻の開始・継続を拒絶(別れの切り出しなど)したことへの報復が動機で発生する殺人を、独自の犯罪、フェミサイド罪と規定した。
この罪が適用された場合は、自動的に終身刑が科される。死刑のないイタリアでは終身刑が最高刑である。
イタリアがフェミサイドを刑法上の独立した犯罪と規定し、最重刑の終身刑を自動的に科する厳罰化に踏み切った背景には、相次ぐ女性惨殺事件と、それに対する社会全体の猛烈な怒り、そして根深い「家父長制」への危機感がある。
法制化を一気に加速させたのは2023年、卒業を間近に控えた22歳の大学生ジュリア・チェッケッティンさんが元交際相手の男に惨殺された事件。それはイタリア国内に激しい衝撃と怒りをもたらした。
特に、ジュリアさんの姉であるエレナさんがメディアを通じて主張した「犯人は怪物ではない。根深い家父長制(マチスモ)の社会が生んだ『健康な息子(普通の子)』だ」という告発が大きな反響を呼んだ。
事件は単なる「男女間の痴情のもつれ」ではなく、「社会の構造的問題」として議論されるようになった。
イタリアではこれまで、女性がパートナーに殺害されても、いわゆる痴話喧嘩の最悪の結果と見做され、情熱の暴走」「行き過ぎた愛」「強い嫉妬」等々のロマンチックな言葉で動機が歪められたり、減刑されたりするケースが多々あった。
だがそれらは愛などではなく、支配、所有欲、そして上下関係の誇示だ、という厳しい意見が徐々に支持されるようになった。
その結果、憎悪、差別、抑圧、支配や束縛、交際や結婚の拒絶また別れを切り出したことへの報復 等が動機の殺人を「フェミサイド」と定義し、言い訳を一切許さず全て終身刑に処することになった新法では単に刑罰を重くしただけではない。
イタリアは「女性を自分の所有物とみなす古いマチスモの文化」に法的な死刑宣告を下す、というほどの強い決意でフェミサイド法の施行に踏み切ったのである。



















