「古代ローマ人は奴隷を所有していた。現代のローマ人はミラノ人を所有している」
古代ローマ帝国の人々が、奴隷に労働を任せて自身は楽で豊かな生活を送った史実を踏まえて、北イタリアの勤勉なミラノ人は良くそう嘆く。
周知のようにイタリア経済を牽引しているのは、首都ローマではなく商業都市ミラノである。そのことに揺るぎない自信を持っているミラノ人は、そこから来る余裕と、怠惰なローマ人への怒りを込めて、自虐と諧謔が入り混じった複雑な心境を自ら口にするのである。
ミラノ人がそうやって自分自身を笑っている間は、彼らの心にはまだゆとりがある。彼らの気持ちが切羽詰っていない限り、イタリアの「いつもの」経済問題にも救いの道が残されていることが多い。だが、ミラノ人の余裕も切れかけて、事態の深刻さが日々募っているのが、今のイタリアの危機的な財政状況である。
悪名高いイタリア・ローマのPalazzinari(パラッツィナーリ)の悪名が、先日ついにピークに達した。
Palazzinari(パラッツィナーリ)とは建設業者を示す蔑称で、「ハコモノ屋」「ビル屋」あるいは「土建屋」などといったニュアンスがある。
観光業を別にすると、ローマにある産業(らしきもの)はRAI(イタリアのNHK)と映画撮影所のチネチッタくらいのものだが、それだけでは首都の経済は立ち行かない。そこで台頭したのが、古い建物を修改築したり新規に建てたりする建設業である。産業のない歴史都市でそれは隆盛を極めることになった。
その全てを仕切っているのがPalazzinari(パラッツィナーリ)である。それは戦後のイタリアをほぼ半世紀に渡って牛耳ってきた、キリスト教民主党(イタリアの自民党)と癒着した巨大利権だった。その利権は、94年の同党の崩壊の後に権力を握った、ベルルスコーニ氏を首魁とする勢力に受け継がれた。そうやってハコモノ屋が跋扈するローマの状況にはさらに拍車がかかった。
元々が土建屋であるベルルスコーニ氏は、政権を握ると自らの所有する民放ネットワークに加えて、首都を拠点にする公共放送網RAIにまで影響力を行使するかたわら、首都のハコモノ屋らにも隠然たる影響を及ぼし続けた。彼はイタリア政界を牛耳る政界のドンであると同時に土建業のボスでもあり、さらにメディア王の称号までも与えられていた。ベルスコーニ氏はまさにイタリアの帝王と呼んでも構わないほどの権力者であり続けた。
そうした流れの中で、官僚組織を発明したともいわれる巨大官僚国家・古代ローマ帝国の末裔であるローマ市の現代の官僚と、Palazzinari(パラッツィナーリ)が結びついて癒着を深めるだけ深めていった。
そんな折の2014年1月末、次のようなおどろくべき数字が公表された。ローマ在住の役人と土建業を主とするハコモノ屋ら1657人が、それぞれ500軒以上のマンションを所有する、という事態が明るみに出たのである。それらの金持ちのほとんどが税金を払っていないか、払っていても全く本来の額に達しないものであることが明らかになっている。
中でもこれまでのところの圧巻は、ローマ市に1243軒のマンションを所有するアンジョラ・アメッリーニという女性。父親がローマ市の最も有力なPalazzinari(パラッツィナーリ)の一人だった彼女は、現在は住民票をモンテカルロに移しているが、つい最近までれっきとしたローマ市の住人だった。それでいながら彼女は、マンションの売買や賃貸等々にかかる税金を一切支払っていないのである。
彼女の父親レナート・アッメリーニは、かつてのイタリアの支配者・キリスト教民主党と切っても切れないほどの癒着関係にあった。その縁で娘のアンジョラも政治家との腐敗癒着にまみれて行き、やすやすと税金逃れをしてきたのである。彼女と似た境遇にあるのが、一人一人が500軒以上のマンションを所有する先の1657人(アッメリーニを含む)である。僕はこのニュースを聞いて強い憤りを覚えた。
財政危機のまっただ中にあるイタリアの経済状況にも関わらず、巨大な富を蓄積したそれらの人々が平然と脱税をしているのは許しがたい。イタリアの脱税額は1年で2000億ドル、20余兆円程度(それよりもはるかに多いという説もある)と見られているが、ローマの官僚とPalazzinari(パラッツィナーリ)が癒着して、そうした不正に大きく関わっているらしいことが徐々に明らかになってきた。
Palazzinari(パラッツィナーリ)などに代表される不正は、過去20年に渡ってイタリアの政財界を文字通り牛耳り、仕切り、思うように操ってきた、ベルルスコーニ元首相の失脚に伴なって表に出てきた。イタリア財政危機の責任者であり、政敵から戦後最大の不況の元凶だとさえ非難される、ベルルスコーニ氏の権威の失墜と共に見えてきたそれらの変化は、あるいは腐敗したイタリア政財界の膿が出ようとする兆候なのかもしれない。もし僕のその見方が正しいのなら、それはEU・ヨーロッパ連合の影響力でマフィアの力が削がれ、バチカン改革派のフランシスコ教皇の出現によって、ローマ教会の洗浄がなされようとしている世情などともきっと無縁ではないように思う。
出た膿が清算され、不正をはたらいた者たちが断罪されて正義が勝つようなことがあれば、イタリアはもしかすると歴史の大きな曲がり角にさしかかることになるのかも知れない。それも大きな良き曲がり角に。
ま、そんなものはいつもの僕の願望、希望的観測に過ぎない、と誰かに言われれば、返す言葉もないのだけれど・・