南西諸島に中国ルーツのプラスチックゴミが押し寄せるのは、海流と季節風の影響が大きい。
ゴミは黒潮によって島々の近海に運ばれ、冬場の季節風によって海岸に打ち上げられる。
それは沖縄から北海道まで全国共通のメカニズムだが、南の島々のゴミは陸地が小さい分だけ目立ちやすい。
島々のプラスチックゴミは中国起源ミがほとんどだ。だが公平を期して言うと、膨大なプラスチックゴミを生み出しているのは日本も、また欧米等も同じである。
のみならず世界中の国が多かれ少なかれプラスチックゴミを生み出してしている。
中国は世界最大の海洋プラスチックごみ排出国と見られていて、国を挙げての処理施設の貧困に加え、ポイ捨てなども多い。また意図的な海洋投棄も行われているとされる。
そうはいうものの、しかし、太平洋上に漂う日本の国土面積の4倍もの広大なゴミの塊り、いわゆる太平洋ゴミベルトを調べると、製造国が分かったもののうちでは日本製が最も多かったという統計もある。
東日本大震災によって日本製の大量のプラスチックゴミが押し流されたという事情もあるが、日本もプラスチックゴミ排出の最大の犯人の一であることに変わりはない。
ゴミの放棄は言語道断だが、それの元になるペットボトルを始めとするプラスチック製品の使用を、ドラスティックに減らすことが求められるのは言うまでもない。
島だけに関して言えば、僕は個人的に自己チューな思いも抱いている。
つまり美しいビーチに押し寄せる膨大な中国ゴミを、わざとそのまま放置するのだ。
するとその醜さと苛立ちが、もしかすると観光客の増大を抑え、島を昔ながらの静かな環境に保つのではないか、と考えたりするのだ。
島に住む人々は、観光客を誘致して仕事を得たい、豊かになりたい、と切実に願っている。
僕の考え方は彼らに憎まれるだろう。
だが、イタリアの大観光地や京都をはじめとする日本の有名観光地のオーバーツーリズムの惨憺たる状況を見るにつけ、無節操な観光客誘致には懐疑的にならざるを得ないのである。


















