イランとの核合意「JCPOA 」を破棄する、というトランプ大統領の決定に対応するように、北朝鮮が拘束していた3人のアメリカ人を解放した。偶然の出来事とは思えない。
イランとの核合意を破棄しておいて、トランプ大統領はどうやって北朝鮮に核放棄を迫ることができるのか、という議論が欧米のメディアなどを中心に盛んに行われている。核合意を否定するトランプ大統領の論理は、「JCPOA はイランに包括的且つ徹底した核放棄を迫らないという大きな欠点を持っている。したがってアメリカは合意から離脱する」というものである。それは、本気で徹底して核を断念しない限りアメリカは交渉に応じない、というメッセージを北朝鮮に送っている、と見ることもできる。
トランプ大統領は先に、国家安全保障担当の大統領補佐官にボルトン元国連大使 を就任させることで、北朝鮮との核合意を「リビア方式」ですすめる、というメッセージを同国および世界に送った。2003年、当時のリビアの独裁者カダフィ大佐が核開発を断念すると約束したとき、アメリカはまずリビアが核関連設備を完全に廃棄し、その後に経済制裁解除などの見返りを与える、というやり方でリビアの核開発プログラムを阻止した。
ボルトン大統領補佐官はそのリビア方式の信奉者であり、補佐官就任後も公にそのことを認めてきた。トランプ大統領の頭の中にもむろんその考えがあるに違いない。ということは北朝鮮が核開発計画を「延期や凍結ではなく完全に廃止する」という確証が得られない限り、アメリカは北朝鮮との核合意を求めず、従って経済的な見返りなども与えない、ということである。
アメリカからの強いメッセージを受けて北朝鮮は3人の米国人を解放した。それを受けてアメリカはリビア方式を捨てて、段階的な核廃棄方式を北朝鮮に提案した。あるいは逆に、アメリカが段階的な核廃棄方式を北朝鮮に示したから、金正恩金正恩・朝鮮労働党委員長は拘束していたアメリカ人を見返りに解放した。どちらの妥協や提案が先かはこの際は重要ではない。肝心な点は、米朝首脳会談へ向けてアメリカと北朝鮮の間に有意義な話し合いと準備が進んでいるらしいことである。
トランプ大統領による「無茶苦茶な外交」は、無茶苦茶であると同時にある種の筋も通っているといわなければならない。彼はそれらの「無茶苦茶な公約」を盾に選挙戦を戦って大統領になった男だ。彼の無茶苦茶を許した米国民と米国メディアはその事実をしっかりと見据えて、大統領の動向を批判ありきの態度ではなく、客観的に判断する努力もするべきだ。そうした上でやはり間違っている、と彼の政策を指弾すれば説得力も出る。
そうした考え方は、大統領選挙キャンペーン中はいうまでもなく、大統領誕生後もトランプ大統領を批判し続けている僕自身への戒めでもある。
核合意破棄のリスクはもちろん大きい。核合意を取り付けたイランの穏健派のロウハニ大統領は、ただでも国内右翼強硬派の批判にさらされている。アメリカが合意を離脱したことによって、強硬派はロウハ二大統領への攻勢を強め、核プログラムの再開を求めるのは必至の情勢である。
イランが核開発を再開すれば、これを憂慮するサウジアラビアも核兵器を持とうと考え、北朝鮮も追随して核兵器保有・開発のドミノ現象が起きる可能性もある。またイスラエルがイランの動きを封じ込めようとして軍事作戦を展開し、イランが応戦してあらたな戦火が中東に起きる可能性も高い。どの方向に進んでもリスクが存在する。そしてイラン核合意を維持することで発生するリスクと破棄した場合に生じるリスクを比較した場合、後者のほうが大きそうだ。
だがそれも比較予測の範囲にとどまるものであり、真実は誰にもわからない。ただ一つ言えることは、トランプ大統領が中間選挙を意識して思いつく限りの手を打っている、ということだ。彼を突き動かしているのは支持獲得のためのポピュリズム政策への誘惑と、極端な親イスラエル情緒に根ざした手前味噌思考のようだ。それでもトランプ大統領の「周到ではないように見える外交方式」、つまり従来とは異なる外交交渉が、「従来とは異なる」正の効果をもたらすことはない、とは断言できない。