【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

あまりにも、イタリア的な・・

最後の大ボスの逮捕もマフィアの壊滅を意味しない

デナーロ、昔・今650

マフィアの最後の大ボスとも呼ばれる、マッテオ・メッシーナ・デナーロが逮捕された。

デナーロは悪名高いトト・リイナの弟子。リイナとその後継者のベルナルド・プロヴェンツァーノが収監された2006年以降、逃亡先からマフィア組織を統率していたとされる。

デナーロはリイナが逮捕された1993年に逃亡。以後30年に渡って潜伏を続けた。

彼はシチリア島の反マフィアの急先鋒だったファルコーネとボルセリーノ両判事の爆殺に加わり、ミラノ、フィレンツェ、ローマの連続爆弾事件の共犯者とも目されている。

また1996年には裏切り者への報復として、彼の12歳の息子を誘拐し殺害して酸で溶かすという凄惨な事件にも関わった。

警察は過去に何度も彼を逮捕しかけたがその都度逃げられた。

2010年前後にはシチリア島の中心都市パレルモで、デナーロ の顔を建物の壁に描いた落書きが出現して大きなニュースになった。

壁の似顔絵は、デナーロの逮捕が近いことの現われなのではないか、と僕はそのとき密かに思った。

マフィアの大物の逮捕が近づくと、 逮捕されるべき男に関する不思議な話題が突然出現したりするのだ。

だが何事もなく過ぎて、彼の行方はその後も杳として知れなかった。

閑話休題

1992年5月23日、シチリア島のパレルモ空港から市内に向かう自動車道を高速走行していた 「反マフィアの旗手」ジョヴァンニ・ファルコーネ判事の車が、けたたましい爆発音とともに空中に舞い上がった。

マ フィアが遠隔操作の起爆装置を用いて500キロの爆弾をさく裂させた瞬間だった。  

90年代初頭のマフィアは、判事を爆殺し国家に挑戦するとまで宣言して得意の絶頂にいた。だがそこは組織の転落の始まりでもあった。

判事の 殺害は民衆の強い怒りを呼んだ。

イタリア中に反マフィアの空気がみなぎり、司法は世論に押される形で犯罪組織への反撃を開始。

翌93年1月、ほぼ4半世紀に渡って潜伏、逃亡していた、ボスの中の大ボス、トト・リイナを逮捕した。  

シチリア島のマフィアは近年、イタリア本土の犯罪組織ンドランゲッタやカモラに比べて影が薄い。

マフィアはライ バルに「最強者」の地位を奪われているようにさえ見える。だが、実態は分からない。

マフィアは地下に潜り、より目 立たない形で組織を立て直している、と見る司法関係者も多い。

現にコロナパンデミック禍中には、マ フィアが困窮した人々を助ける振りで、彼らを食い物にする実態も明らかになった。

メッシーナ・デナーロが逮捕された今、マフィアの息の根が止まるのではないかという希望的観測もある。

しかしマフィアの絶滅が近いとはまだと ても考えられない。それは文字通りの楽観論。大きな誤謬ではないかと思う。




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柿とカキ

柿2個家壁背景やや鮮明650

数年前に庭に植えた柿の木が実をつけている。

柿はイタリア語でも「カキ」と呼ばれる。そのことから分かる通り柿はもともとイタリアにはなく、昔日本から持ち込まれたもので、ほとんどすべてが渋柿である。

そのままでは食べられないので、イタリア人は容器や袋に密封して暗がりに置き、実がヨーグルトのようにとろとろになるまで熟成させてから食べる。そうすると渋みがなくなって甘くなるのだ。

要するにイタリアには、固い渋柿かそれを超完熟させた、とろとろに柔らかい甘柿しかない。

つまりこの国の人々にとっては、柿とは「液状に柔らかくなった実をスプーンですくって食べる果物」のことなのである。

最近は外国産の固い甘柿も売られているが、彼らはそれもわざわざ完熟させて極端に柔らかくしてから食べる。

かつて日本から柿をイタリアに持ち込んだのは恐らくキリスト教の宣教師だろう。

その際彼らがあえて渋柿を選んだとは考えにくい。きっと甘柿と渋柿の苗木を間違えたのだ。

あるいは甘柿のなる木が多くの場合、接ぎ木をして作られるものであることを知らなかったのだろう。

そんなわけで「普通に固い甘柿」が大好きな僕は秋になるといつも欲求不満になる。

店頭に出回る柔らかい柿はあくまでも「カキ」であって、さくりと歯ごたえのある日本のあの甘い柿とはまるきり別の果物だと感じるのだ。

そこで庭に柿の木を植えて甘柿の収穫を目指した。

植木屋に固い甘柿がほしいのだと繰り返し説明して、柿の木を手に入れ植えた。

数は多くないが甘柿の木はあるのだ。それには蜘蛛の巣のような模様のある実が生る。ところが庭の木に生った実は全て渋柿だった。

植木屋が筆者をだましたとは思えない。

彼はきっと筆者にとっての固い甘柿の重要さが理解できなくて、実がとろとろになるまで熟成させて食べれば渋いも甘いも皆同じじゃないか、と内心で軽く見切って木を筆者に売ったと見える。

少し腹立たしくないこともないが、実をつけた柿の木は景色として絵になるので、まあ好し、と考えることにした。

結局、庭に生る柿は熟成させて家族が食べ、僕は相変わらず店で固い甘柿を買って食べている。



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異端がトリノの個性である


ポルチーニ売るおばさん650

オットブラータ(Ottobrata10月夏)の暖気に促されて繰り返した週末旅で、ピエモンテ州のアルバ(Alba)を訪ねた。

アルバはトリュフで知られた街。ちょうどトリュフ祭り(展示会)が開かれていた。だが僕が食べたいのはトリュフよりもポルチーニ茸だった。

トリュフは嫌いではないが興味もない、というのが僕の昔からの偽りのない気持ちだ。香りも味もピンと来ないのだ。

トリュフのパスタには簡単に出会った。だが、ポルチーニ料理にはありつけなかった。それでもメインで食べた子牛の頬肉煮込みが出色だったので満足した。

遅くなって帰宅の途に就いたが、途中で気が変わって一泊することにした。翌日は日曜日なので成り行き任せの決断でも問題なかった。

ほぼ行きあたりばったりにアスティ(Asti)で宿を取った。実はアルバほかの街々の宿はどこも満員で全く空きがなかった。「仕方なく」アスティに泊まった、というのが真実だ。

コロナが終息した、と考える国民が多いイタリアは旅行ブームだ。厳しい都市封鎖や規制から開放された人々が、観光地へどっと繰り出している。ホテルが混んでいるのもそのせいだった。

アスティは殺風景なたわいない街だった。ひとつ良かったのはアスティ産の甘い「アスティ・モスカートワイン」。アルコール度数がビール並みに低いので、ひとりでほぼ一本を開けた。むろん美味くなければそんなことはしない。

翌日は雨模様だった。

過去に仕事で訪ねた体験からも、地方は期待外れに終わりそうだと判断して、州都のトリノを目指すことにした。

トリノはイタリアの一部だがイタリアではない、と僕は少し誇張して考える。フランスのあるいはパリの下手な写しがトリノという都会である。

それは少し感性のある者なら誰でもすぐに嗅ぎつける同市の属性だ。

物事の多くは模写から始まる。

ところが模写を習いや修行や鍛錬などと称して尊重する日本文化とは違い、西洋のそれはオリジナリティを重視する。のみならず模写を否定する。

その意味ではトリノも否定的に捉えられがちだ。しかしトリノがフランスのそしてさらに詳細にはパリの模倣であっても構わない、と僕は思う。

なぜならトリノはフランスやパリを真似することで、イタリアの中で異彩を放つ都市になった。物真似がトリノの独自性である。

物真似から誕生したトリノは、そのありのままの形で存在することで、全体が個性的な都市や町や地域の集合体であるイタリア共和国の、多様性の一環を成している。

そうではあるものの、僕にとってはトリノは少しも美しくはない。

その理由はトリノの新しさだ。フランス的なものが新しく見えてつまらない。また建物が大げさで、そこかしこの広場や街路も無意味に広大だ。

イタリアの都市に必ず存在する旧市街あるいは歴史的街並がトリノにはない。気をつけて見ればないことはないのだが、それらは近代の建物に圧倒されてほとんど目につかない。

旧市街を別の言葉で言えば中世の街並み。あるいは中世的な古色に染まる景色。はたまた狭い通りや古い建物、崩れ落ちそうな遺跡などが醸し出す豊かな風情。あるいはワビサビの世界。

そういうシーンがトリノにはない。繰り返しになるが全てが比較的新しく、大きく、重厚気味に存在感があり、そしてたまらなく退屈だ。

トリノの街並みを思わせる歴史的なスタイルがイタリアにはもう一つある。それはファシスト時代の建築の構え、つまりリットリア様式の建築物だ。

リットリア様式は古代ローマを模倣しようとした表現法で、武骨且つ単純な力強さがある。尊大なファシストのムッソーリーニと取り巻きが、自らの力を誇示しようとして編み出した。

正確に言えばむろんそれとは違う。だが大きく、重々しく、うっとうしい雰囲気は共通している。

そこには「イタリアを所有している」とまで形容された巨大自動車メーカー、フィアット(FIAT)のイメージも影を落としている。

複合的な心象や写像や現実は、FIATそのものを支配し、果てはトリノという都市まで支配したアニエッリ一族のイメージへとつながる。

古い時代のトリノは、イタリア統一にかかわったサヴォイア王家の拠点だった。フランスの猿真似はサヴィオア家によって完成された。

後年、アニエッリ一族は自動車産業を介してトリノを支配した。街伝統の猿真似を踏襲しつつ貴族を気取ったのがアニエッリ一族だ。そのうさん臭さ。

アニエッリ一族の中でもっとも著名なジャンニ・アニエッリは、欧州に進出する日本のビジネスに恐れをなして「黄禍論」を公然と語った不埒な男だ。

当時の日本は今の中国と同程度に世界に嫌われ恐れられていた。従ってジャンニ・アニエッリの口吻は理解できないこともない。

だがイタリアに来たばかりの若い僕は、その有名人の言動に強い反感を抱いた。時間とともに怒りは収まったが、ジャンニ・アニエッリとアニエッリ家への好感は残念ながら未だに芽生えない。

そんな感慨は、しかし、トリノの街並みや雰囲気への僕のかすかな反感とは無関係だ。

なぜなら僕は、いま述べたように、トリノのみならずピエモンテの各地を巡るとき、他のイタリアの都市や地方とは違い、古色蒼然としたコアな街並みがほとんど存在しない点に、常に物足りなさを感じるからである。






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ヴェローナでリゾットを食べロメオとジュリエットに会った

人混みとジュリエット横顔650

10月、季節はずれのぽかぽか陽気と晴天にはしゃいで近場のヴェローナにも出かけた。

一応の旅の目的を立てた。つまりアマローネ・リゾットを食べること。ヴェローナ近辺で生産される高級ワイン、アマローネを使ったリゾットである。

僕はそれとは別に、なんとかの一つ覚えのように、ポルチーニ料理も頭に思い描いていた。

10月半ば過ぎの北イタリアでは、ほぼどこに行っても新鮮なキノコの料理が食べられる。

中でも僕が“イタリアマツタケ”と勝手に呼んでいるポルチーニは、それ自体でも、またパスタ絡みの調理でも出色の味がする。

ヴェローナはイタリアのエッセンスが詰まった美しい古都の一つだ。

だが晴天と暑気と週末が重なって、街には人出が多く花の都の景観をかなり損なっていた。少し前なら密が怖くて歩けなかったであろうほどに、街じゅうが混雑していた。

ローマ時代の円形闘技場・アレーナがあるブラ広場、街の中心のエルベ広場またシニョーリ広場とそれらを結ぶ大小の道を歩いた。

そこではときどき路上で立ち尽くさなければならないほどの人出があり、思わず雑踏事故の4文字を思い浮かべたりさえした。

イタリアではコロナがほぼ終息したと考えられていて、旅行また歓楽ブームが起きている。

コロナパンデミックに苦しめられ、ロックダウンで窒息した人々の怨念が解き放たれて、心身が雀躍しているのが分かる。

そこにOttabrata(10月夏)の好天が続いたので、人々の外出への欲求がいよいよ高まった。

僕は本職のビデオ取材以外でもヴェローナにはけっこう通った。

義父が製造販売していたワイン展示の手伝いでヴィンイタリー(Vinitaly)会場に出入りしたのだ。

ヴィンイタリー(Vinitaly)は毎年4月、ヴェローナ中心部に近い広大な会場で開催される。1967年に始まった世界最大のワイン展示会である。。

義父は10年ほど前までワインを作っていた。自家のブドウ園の素材を使って生産しVinitaly にも参加していた。

時間が許す限り僕はワインの展示を手伝うために会場に通った。

だが手伝うとは名ばかりで、実は僕はワインの試飲を楽しんだだけだった。展示会場を隈なく回って各種ワインの味見をするのだ。そこではずいぶんとワインの勉強をした。

義父のワイン事業はビジネスとしては厳しいものだった。

ワインは誰にでも作れる。問題は販売である。貴族家で純粋培養されて育った義父には商才は全く無かった。ワインビジネスはいわば彼の贅沢な道楽だった。

義父が亡くなったとき、僕がワイン事業を継ぐ話もあった。だが遠慮した。

僕はワインを飲むのは好きだが、ワインを「造って売る」商売には興味はない。その能力もない。

それでなくても義父の事業は赤字続きだった。

ワイン造りはしなくて済んだが、僕は義父の事業の赤字清算のためにひどく苦労をさせられた。彼の問題が一人娘である僕の妻に引き継がれたからだ。

ワインを造るのはどちらかといえば簡単な仕事だ。日本酒で言えば杜氏にあたるenologo(エノロゴ)というワイン醸造の専門家がいて、こちらの要求に従ってワインを造ってくれる。

もちろんenologoには力量の違いがあり、専門家としてのenologoの仕事は厳しく難しい。

ワイン造りが簡単とは、優秀なenologoに頼めば全てやってくれるから、こちらは金さえ出せばいい、という意味での「簡単」なのである。

ワインビジネスの真の難しさは、先に触れたようにワイン造りではなく「ワインの販売」にある。ワイン造りが好きだった義父は、enologoを雇って彼の思い通りにワインを造っていたが、販売の能力はゼロだった。

だから彼はワイナリーの経営に失敗し、大きな借金を残したまま他界した。借金は一人娘の妻に受け継がれ、僕はその処理に四苦八苦した、といういきさつだった。

vinitalyに顔を出していた頃は、会場から市内中心部まで足を運ぶこともなかった。それ以前にアレーナと周辺のロケをしたことがあるが、記憶があいまいなほどに時間が経った。

淡い記憶をたどりながらアレーナ周りを歩き、観察し、前述の広場や路地を訪ね巡った。

歴史的にはほぼフェイクとされる「ロメオとジュリエット」のジュリエット像と屋敷も見に行った。

そこの人ごみのすごさにシェイクスピアの物語の強烈な影響を思ったが、ただそれだけのことで格別に印象に残るものはなかった。

食べ歩きが主目的なので付け加えておけば、リゾットの後に子羊の骨付き肉を頼んだ。キノコ系のメインコースがなかったからだ。

どこにでもある炭火焼の、ありふれた味の一品だった。

子羊や子ヤギまた子豚などの肉は、炭や薪で焼く場合には丸焼きにしない限り陳腐な口当たりになる。それを地でいくもので作り話のジュリエット像にも似て味気なかった。



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国際都市ジェノヴァの肥溜めの彩

歌碑&顔中ヒキ650

10月の陽気に浮かれて旅したジェノヴァでは、下町の港周辺地区を主に歩いた。特にカンポ通り(Via del Campo)だ。

ジェノヴァは基本的に2地域に分かれると僕は考えている。港の周辺とそれ以外の地区である。

ジェノヴァ港は地中海でも1、2を争う規模と取引量を誇る。ジェノヴァの富の源泉がジェノヴァ港だ。

港周り以外のジェノヴァの地域は、割合で言えば8割程度の重みがある。

そこは街の政治経済文化の中心だ。元々のイタリア人(白人)で、いわば街の支配階級が住む場所である。

一方、そこからフェッラーリ広場を抜けて入るカンポ通りには、港の荷揚げ作業などの苦役に従事する外国人労働者や移民が多く住む。

通りは港の一部と形容しても構わないほどに近接している。

あたりの印象は、外国人に混じってイタリア人あるいはジェノバ人が細々と生きている、という風でさえある。

イタリアきってのシンガーソングライター、ファブリツィオ・デ・アンドレは



「カンポ通りには木の葉色の瞳を持つ娼婦がいる 

(通りも娼婦も街の肥溜めだ) 

ダイヤモンドからは何も生まれない 

だが肥溜めからは花が生まれる


と歌った。※( )内は僕の意訳


肥溜めのように貧しいカンポ通りに生きる娼婦こそ人生を正直に生きる花だ、と讃えたのである。

哀切を誘うメロディーに乗った寓意的な歌詞が、デ・アンドレの低い艶のある声でなぞられて心にぐさりと突き刺さる。

その歌“Via del Campo”は数多いデ・アンドレの名作の中でも最高傑作のひとつと見なされている

カンポ通りの一角の壁には、“Via del Campo”の1節を刻んだ表意絵が掛かっている。

通りを歩くと歌の世界と現実が交錯して、現実が歌を、歌が現実を補填し合い渾然一体となって迫り来る感覚にとらわれる。

歩いた先にあるレストランで食事をした。

そこには地域の住民はいない。街の8割方に住む豊かなジェノヴァ人と旅人が店の客だ。

僕らはその店で散財することができる特権的な旅人のひとりとなって食事を楽しませてもらった。

鮮やかな緑色のペスト・ジェノヴェーゼにからませたパスタは、本場でしか味わえない深い風味があった。

メインで食べたタコ料理に意表を衝かれた。いったいどんな手法なのか、タコが口に含むととろりと溶けるほどにやわらかく煮込まれていたのだ。

タコ料理は今日までにそこかしこの国でずいぶん食べたが、その一品はふいに僕の中で、ダントツのタコ料理レシピとして記憶に刻まれた。

白ワインはリグーリア特産のヴェルメンティーノ(Vermentino)。きんきんに冷えたものを、と頼むと予想を上回るほどに冷えたボトルが出てきた。

味は絶品以外のなにものでもなかった。

ところで

ジェノヴァ市民は、多分イタリアでもっとも親切な人々、というのが僕の持論だ。

特に交通巡査や役人や道行く人々・・つまり全てのジェノヴァ人。

僕はロケでイタリアのありとあらゆるところに行く。その体験から「親切なジェノヴァ人」という結論に行き着いたのである。

情報収集やコンタクトや時間の融通や撮影許可やロケ車の置き場所や始末や・・あるとあらゆる事案にジェノヴァ人は実に懇切、丁寧、に対応してくれる。

それは多分ジェノヴァの人たちが国際的であることと無関係ではない。

港湾都市のジェノヴァには、常に多くの外国人が出入りし居住した。埠頭の人足から豊かな貿易商人まで、様々な境遇の人々だ。

ジェノヴァの人々は言葉の通じない外国人を大事にした。彼らは皆ジェノヴァの重要な貿易相手国の国民だったから。

そこからジェノヴァ人の親切の伝統が生まれた。

国際都市ジェノヴァには、また、国際都市ゆえの副産物も多くあった。

その一つがサッカー。

世界の強豪国、イタリアサッカーの発祥の地も、実はジェノヴァなのである。

その昔、ジェノヴァに上陸したイギリス人の船乗りが母国からサッカーを持ち込んで、それが街に広まった。

今でこそトリノやミラノのチームが権勢を誇っているが、イタリアサッカーの黎明期には、ジェノヴァチームは圧倒的に強かった。

さらに

古来、イタリア半島西端のやせた狭い土地で生きなければならなかったジェノヴァ人は、働き者で節約精神も旺盛だと言われる。

そこで生まれた冗談が「ジェノヴァ人はイタリアのユダヤ人」。イギリスにおけるスコットランド人と同じ。

リグーリア州の大半は山が突然海に落ち込むような地形だ。平地が少なく地味もやせている。

そのため人々は海に進出し、知恵をしぼって貿易にいそしみ巨万の富を得た。

アメリカ大陸を発見したとされるコロンブスもこの地で生まれた。

それは英国におけるスコットランド人や、世界におけるユダヤ人と同じ。

彼らのケチケチ振りを揶揄しながら、人は皆彼らの高い能力をひそかに賞賛してもいる。

「~のユダヤ人」というのは決して侮蔑語ではない。それは感嘆語だ。

親切でこころ優しいイタリアのユダヤ人、ジェノヴァ人に乾杯。

感嘆語のみなもと、ユダヤ人には、もっと、さらに乾杯。




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夏10月を遊ぶ~カモーリ~ 

手前木枝&ビーチ・通り650

イタリア語にOttobrata(オットブラータ)という言い回しがある。Ottobre10月)から派生した言葉で、日本語に訳せば小春日和に近い。

小春日和は初冬のころの暖かい春めいた日のことだ。あえて言えば秋のOttobrataとは時期がずれる。が、イタリアの秋は日本よりも冷えるから小春日和で間に合うようでもある。

Ottobrataも小春日和も高気圧が張り出すことで生まれる。ただOttobrataは小春日和のように1日1日を指すのではなく、数週間単位のいわば“時節”を示す印象が強い。

ことしのOttobrataはほぼ10月いっぱい続き、11月にまでずれこみそうだ。もっともイタリア語では、11月に入ってからの暖かい日々は「サンマルティーノの夏」と呼ぶ。

それは英語のインドの夏とほぼ同じニュアンスの言葉だ。

ことしのOttobrataは期間が長く気温も高い。そこで週末は遠出をしたり1泊程度のプチ旅行をしたりしている。もう10月も終わるが、好天が続いているので過去形よりも現在進行形で語りたい。

このまま晴天が続けば、「サンマルティーノの夏」にまでなだれこんで、12月まで寒さがやってこないかもしれない、と考えたくなるほどの陽気が続いている。

長すぎるOttobrataはやはり温暖化のせい、というのが専門家の見立てである。専門家ではなくとも、近年の異常気象を見れば何かがおかしいと推測できる。

イタリアはことしは冬、異様な旱魃に見舞われ大河ポーが歴史始まって以来の低水位にまで下がった。危険な状況は春には改善したが、夏には再び干上がって警戒水準が続いた。

夏の少雨は強烈な日差しを伴った。記録的な暑さが和らぐと普通に気温が下がるかと見えた。だがそれはほんの数日のことだった。

真夏の暑さは去ったものの、強い日差しが続いて、Ottobrataに突入したのだった。

近場を巡り、少し足を伸ばしてリグーリア州やピエモンテ州にも出かけた。ほとんどが日帰りの旅だったが、リグーリアとピエモンテではそれぞれ一泊した。

車で半時間足らずの距離の小さな湖や、そこより少し遠いヴェローナなども訪ねた。

食べ歩きをイメージした仕事抜きの旅は、夏の休暇を除けば初めての経験である。

最初は10月半ばの週末。リグーリア州に向かった。そこにはジェノヴァがありチンクエテッレがありサンレモがありポルトフィーノもある。

僕はそれらの土地の全てをリサーチやロケなどの仕事で訪れている。

先ずジェノヴァの隣のカモーリを訪れた。

カモーリは崖と海に挟まれた小さなリゾート地。ミニチュアのような漁港がある。

漁港では毎年5月、直径4メートルもの大フライパンで魚を揚げて、人々に振舞う祭りがある。僕は以前その様子を取材したこともある。

レストランやバールが連なる海岸沿いの通りの下には海がありビーチがある。通りの先にあるのがいま触れた港である。

ほぼそれだけの街だが、リゾートの魅力がこれでもかと詰め込まれた印象があって、全く飽きがこない。

通りを行き来して不精をたのしみ、美味い魚介のパスタと土地の白ワインを堪能した。

きんきんに冷えた白ワインと魚介パスタの相性は、昔食べたときも今回も、筆舌に尽くしがたい絶妙な味がした。





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イタリア初の女性首相と極右の因縁

melonigiura berlusca e salvini650

極右と規定されることも多い右派「イタリアの同胞」のジョルジャ・メローニ党首が、イタリア初の女性首相となって1週間が経過した。

連立政権とはいえ、ついに極右政党が政権を握る事態に欧州は驚愕した、と言いたいところだが現実は違う。欧州は警戒心を強めながらもイタリアの状況を静観してきた、というのが真実だ。

メローニ政権は、少しの反抗を繰り返しながらも、基本的にはEU(欧州連合)と協調路線を取ると見られている。

近年、欧州には極右政党が多く台頭した。それは米トランプ政権や英国のBrexitEU離脱)勢力などに通底した潮流である。

フランスの「国民連合」、イタリアの「同盟」と「イタリアの同胞」、スペインの「VOX」ほかの極右勢力が躍進して、EUは強い懸念を抱き続けてきた。

2017年には極右興隆の連鎖は、ついにドイツにまで及んだ。極右の「ドイツのための選択肢」が総選挙で躍進して、初めての国政進出ながら94議席もの勢力になった。

それはEUを最も不安にした。ナチズムの亡霊を徹底封印してきたドイツには、極右の隆盛はあり得ないと考えられてきたからだ。

それらの極右勢力は、決まって反EU主義を旗印にしている。EUの危機感は日増しに募った。

そしてとうとう2018年、極右の同盟と極左の五つ星運動の連立政権がイタリアに誕生した。

ポピュリストの両党はいずれも強いEU懐疑派である。英国のBrexit騒動に揺れるEUに過去最大級の激震が走った。

だが極右と極左が野合した政権は、反EU的な政策を掲げつつもEUからの離脱はおろか、決定的な反目を招く動きにも出なかった。

イタリアでは政治制度として、対抗権力のバランスが最優先され憲法で保障されている。そのため権力が一箇所に集中しない、あるいはしにくい。

その制度は、かつてファシスト党とムッソリーニに権力が集中した苦しい体験から導き出されたものである。同時にそれは次々に政治混乱をもたらす仕組みでもある。

一方で、たとえ極左や極右が政権を担っても、彼らの思惑通りには事が運ばれない、という効果も生む。

過激勢力が一党で過半数を握れば危険だが、イタリアではそれはほとんど起こりえない。再び政治制度が単独政党の突出を抑える力を持つからだ。

イタリアが過激論者に乗っ取られにくいのは、いま触れた政治制度そのものの効用のほかに、イタリア社会がかつての都市国家メンタリティーを強く残しながら存在しているのも大きな理由の一つだ。

イタリアが統一国家となったのは今からおよそ160年前のことに過ぎない。

それまでは海にへだてられたサルデーニャ島とシチリア島は言 うまでもなく、半島の各地域が細かく分断されて、それぞれが共和国や公国や王国や自由都市などの独立国家として勝手に存在を主張していた。

国土面積が日本よりも少し小さいこの国の中には、周知のようにバチカン市国とサンマリノ共和国という2つのれっきとした独立国家があり、形だけの独立国セボルガ公国等もある。

だが、実際のところはそれ以外の街や地域もほぼ似たようなものである。

ミラノはミラノ、ヴェネツィアはヴェネツィア、フィレンツェはフィレンツェ、ナポリはナポリ、シチリアはシチリア…と各地はそれぞれ旧独立小国家のメンタリティを色濃く残している。

統一国家のイタリア共和国は、それらの旧独立小国家群の国土と精神を内包して一つの国を作っているのだ。だから政府は常に強い中央集権体制に固執する。

もしもそうしなければ、イタリア共和国が明日にでもバラバラに崩壊しかねない危険性を秘めているからである。

各都市国家の末裔たちは、それぞれの存在を尊重し盛り立てつつ、常にライバルとして覇を競う存在でもある。

イタリア共和国は精神的にもまた実態も、かつての自由都市国家メンタリティーの集合体なのである。そこに強い多様性が生まれる。

そして多様性は政治の過激化を抑制する。多様性が息づくイタリアのような社会では政治勢力が四分五裂して存在するそこでは、極論者や過激派が生まれやすい。

ところがそれらの極論者や過激派は、多くの対抗勢力を取り込もうとして、より過激に走るのではなくより穏健になる傾向が強い。跋扈する極論者や過激思想家でさえ心底では多様性を重んじるのだ。

2018年に船出した前述の極右同盟と極左五つ星運動による連立政権は、政治的過激派が政権を握っても、彼らの日頃の主張がただちに国の行く末を決定付けることはない、ということを示した。

多様性の効能である。

今回のイタリアの同胞が主導する右派政権もおそらく同じ運命を辿るだろう。

メローニ首相率いるイタリアの同胞は元々はEUに懐疑的でロシアのクリミア併合を支持するなど、欧州の民主主義勢力と相いれない側面を持つ。

「イタリアの同胞」はファシスト党の流れも汲んでいる。だがイタリア国民の多くが支持したのは右派であって極右ではない。ファシズムにいたっては問題外だ。

メローニ新首相はそのことを知りすぎるほどに知っている。彼女は選挙戦を通して反民主主義や親ロシア寄りのスタンスが、欧州でもまたイタリア国内でも支持されないことをしっかりと学んだように見える。

メローニ「右派」政権は、明確に右寄りの政策を打ち出すものの、中道寄りへの軌道修正も行うというスタンスで進むだろう。

それでなければ、彼女の政権はイタリアと欧州全体の世論を敵に回すことになり、すぐにでも行き詰まる可能性が高い。




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ベルルスコーニの最後の奉公

口歪めサングラス原版

ベルルスコーニ元首相に関する直近の記事を読んだ読者の皆さんの中には、彼のイタリアにおける影響力が極めて大きいと考える人も多いようだ。

それは僕の書き方が悪いのが原因だ。非力を謝罪したうえで少し付け加えておきたい。

ベルルスコーニ元首相は90年代初め以降、イタリア政界に多大な影響力を持ち続けたが、アップダウンを繰り返しながらその力は右肩下がりに下がり続けた。

2011年にはイタリア財政危機の責任を取らされて首相を辞任。支持率は急降下した。

そして2013年、脱税で有罪判決を受けて公職追放となり議員失職。彼の政治生命は絶たれたと見られた。

ところが元首相は2019年、公民権停止処分が解除されたことを受けて欧州議会選挙に出馬。何事もなかったかのように欧州議会議員に当選した。

イタリアのメディアの中には彼を《不死身》と形容するものまで出た。

だが、ベルルスコーニ元首相率いる「FI(フォルツァ・イタリア党)」の、先日の総選挙における得票率はわずか約8%。かつて飛ぶ鳥を落とす勢いだった政党としてはさびしい数字だ。

非力なFI党首のベルルスコーニ氏が影響力を持つのは、同党が選挙で大勝した右派連合の一角を占めるからだ。

右派連合の盟主は、次期首相就任が確実比されているジョルジャ・メローニ氏が率いる極右「イタリアの同胞」である。

両者の立場が逆転した今、メローニ氏が自らの政権内でベルルスコーニ氏を優遇する可能性は十分にある。

醜聞と金権と汚職にまみれたベルルスコーニ元首相が、支持率を落としながらもしぶとく生き残ってきたのは、物理的な側面から見れば彼がイタリアのメディアの支配者である事実が大きい。

インターネットが普及した欧州先進国の中にあって、イタリアは未だに既存メディアが大きな影響力を持つ国のひとつだ。特にテレビの力は巨大である。

イタリアのメディア王とも呼ばれる元首相は、自らが所有するテレビ局のニュースや番組やショーに頻繁に登場して自己アピールをする。

日本で言えば民放全体を束ねた勢力である元首相所有のMEDIASETが、堂々とあるいは控えめを装って、ベルルスコーニ元首相の動きを連日報道するのである。

そうした実際的な喧伝活動に加えて、多くの国民が元首相を寛大な目で見ることも彼の生き残りに資する。

ほとんどがカトリック教徒であるイタリア国民は、「罪を忘れず、だがこれを赦す」というカトリックの教義に深く捉われている。

彼らはベルルスコーニ元首相の悪行や嫌疑や嘘や醜聞にうんざりしながらも、どこかで彼を赦す心理に傾く者が多い。

たとえ8%の国民の支持があっても、残りの92%の国民が強く否定すれば彼の政治生命は終わるに違いない。

だがカトリック教徒である寛大な国民の多くが彼を赦す。つまり消極的に支持する。あるいは見て見ぬ振りをする。

結果、軽挙妄動の塊のような元首相がいつまでも命脈を保ち続けることになるのだ。

要するにベルルスコーニ元首相は、右派連合が分裂しない限り、メローニ政権内で直接・間接に一定の影響力を行使するだろう。

彼の動きはいつものように我欲とまやかしに満ちたものになるに違いない。それは連立政権を崩壊させるだけの数の力を持っている。

だがそれだけのことだ。彼の時代は終わっている。もしも政権を瓦解させれば彼自身も今度こそ本当に政治生命を絶たれる。

86歳にもなった元首相はそんな悪あがきをすることなく、彼が唯一イタリア国民のために成せることをしてほしい。

つまり前回も書いたとおり、極右的性格のメローニ政権がEUに反目して国を誤ろうとするとき、諌めて中道寄りに軌道修正させるか、軌道修正の糸口を提供することである。

寛大な国民に赦され続けて政治的に生き延びてきたベルルスコーニ元首相の、それが国民への最後の奉公となるべき、と考えるが、果たしてどうなるだろうか。





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イタリア人がベルルスコーニを許す理由(わけ)

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間もなく発足する予定のイタリアの右派政権には、醜聞と汚職と暴言また金権にもまみれたベルルスコーニ元首相も加わると見られています。

政権を率いるのは極右政党党首のジョルジャ・メローニ氏。彼女はかつてのベルルスコーニ政権で、31歳の史上最年少閣僚として起用された過去を持っています。

以来ベルルスコーニ氏は「政界の親」として、彼女を擁護してきました。

立場が逆転した今、メローニ氏が自らの政権内でベルルスコーニ氏を優遇する可能性は十分にあります。

ベルルスコーニ氏は外相あるいは法相を目指しているとも、上院議長の席を狙っているとも噂されています。

ベルルスコーニ元首相は2013年、脱税で有罪判決を受けて6年間の公職追放措置になりました。だが悪運強く前倒しで解放されました。

彼はすぐに選挙活動を開始。2019年には欧州議会議員に選出されて政界復帰を果たしました。86歳になる今日も変わらずにイタリア政界を掻き回しています。

実業家だったベルルスコーニ氏は1994年、独自のフォルツァ・イタリア党を結成。長年イタリアを牛耳っていたキリスト教民主党の死滅を受けて、ほどなく総選挙で勝利し首相に就任しました。

以後、3期(4期)9年余に渡って首班を務め、下野している間も一貫してイタリア政界に君臨し多大な影響力を持ち続けてきました。

他の先進民主主義国ならありえないようなデタラメな言動・行跡に満ちた彼を、なぜイタリア国民は許し、支持し続けるのか、という疑問が国際社会では良く提起されます。

その答えは、世界中のメディアがほとんど語ろうとしない、一つの単純な事実の中にあります。

つまり彼、シルヴィオ・ベルルスコーニ元イタリア首相は、稀代の「人たらし」なのです。

日本で言うなら豊臣秀吉、田中角栄の系譜に連なる人心掌握術に長けた政治家、それがベルルスコーニ元首相です。

こぼれるような笑顔、ユーモアを交えた軽快な語り口、説得力あふれるシンプルな論理、誠実(!)そのものにさえ見える丁寧な物腰、多様性重視の基本理念、徹頭徹尾の明るさと人なつっこさ、などなど・・・元首相は決して人をそらさない話術を駆使して会う者をひきつけ、たちまち彼のファンにしてしまいます。

彼のそうした対話法は意識して繰り出されるものではなく、自然に身内から表出されます。

彼は生まれながらにして偉大なコミュニケーション能力を持つ人物なのです。

人心掌握術とは、要するに優れたコミュニケーション能力のことです。元首相が、人々を虜にしてしまうのは少しも不思議なことではありません。

元首相はそのコミュニケーション力で日々顔を合わせる者をからめ取ります。

加えて彼の富の基盤である、自身が所有するイタリアの3大民放局を始めとする巨大情報ネットワークを使って、実際には顔を合わせない人々、つまり視聴者まで取り込んで味方にしてしまうのです。

イタリアのメディア王とも呼ばれる元首相は、政権の座にある時も在野の時も、ひんぱんにテレビに顔を出して発言し、討論に加わり、飽くことなく政治主張をし続けてきました。

有罪判決を受けて以降も、彼はあらゆる手段を使って自らの潔白と政治メッセージを明朗に且つ雄弁に申し立ててきたのです。

しかしながら彼の明朗や雄弁には、暗い影もつきまとっています。ポジティブはネガティブと常に表裏一体なのです。

即ち、こぼれるような笑顔とは軽薄のことであり、ユーモアを交えた軽快な口調とは際限のないお喋りのことであり、シンプルで分りやすい論理とは大衆迎合のポピュリズムのことでもあります。

また誠実そのものにさえ見える丁寧な物腰とは、偽善や隠蔽を意味し、多様性重視の基本理念は往々にして利己主義やカオスにもつながります。

さらに言えば、徹頭徹尾の明るさと人なつっこさは、徹頭徹尾のバカさだったり鈍感や無思慮の換言である場合も少なくありません。

そうしたネガティブな側面に、彼の拝金主義や多くの差別発言また人種差別的暴言失言、少女買春、脱税、危険なメディア独占等々の悪行を加えて見てみればいい。

すると恐らくそれは、イタリア国民以外の世界中の多くの人々が抱いている、ベルルスコーニ元首相の印象とぴたりと一致するのではないでしょうか。

それでもイタリア国民は彼を許し続けています。ポジティブ志向のイタリア国民は、元首相のネガティブな側面よりも彼の明朗に多く目を奪われます。

短所はそれを矯正するのではなく、長所を伸ばすことで帳消しにできる、とイタリア国民の多くは信じています。短所よりも長所がはるかに重要なのです。

例えばこういうことです。

この国の人々は全科目の平均点が80点のありふれた秀才よりも、一科目の成績が100点で残りの科目はゼロの子供の方が好ましい、と考えます。

そして どんな子供でも必ず一つや二つは100点の部分があります。その100点の部分を120点にも150点にものばしてやるのが教育の役割だと信じ、またそれを実践しようとします。

具体的な例を一つ挙げます。

ここに算数の成績がゼロで体育の得意な子供がいるとします。すると親も兄弟も先生も知人も親戚も誰もが、その子の体育の成績をほめちぎり心から高く評価して、体育の力をもっともっと高めるように努力しなさい、と子供を鼓舞するのです。

日本人ならばこういう場合、体育を少しおさえて算数の成績をせめて30点くらいに引き上げなさい、と言いたくなるところですが、イタリア人はあまりそういう発想をしません。

要するに良くいう“個性重視の教育”の典型です。醜聞まみれのデタラメな元首相をイタリア人が許し続けるのも、子供の教育方針と似た理由からです。

元首相は未成年者買春や収賄や脱税などの容疑にまみれた男です。

同時に彼は性格が明るく、コミニュケーション能力に長け、一代で巨万の富を築いた知略を持つ傑出した男でもあります。

ならば後者をより重視しよう、という訳です。

イタリア共和国には ― 繰り返しになりますが ― 短所を言い募るのではなく長所を評価するべき、と考える人が多いのです。

実はそこには「過ちや罪や悪行を決して忘れてはならない。しかしそれは赦されるべきである」 というカトリック教の「赦し」の理念も強く作用しているように見えます。

人々は元首相の負の側面を決して忘れてはいません。忘れてはいませんがあえてそれを赦して、彼のポジティブな要素により重きをおいて評価をしている、とも考えられるのです。

閑話休題

ベルルスコーニ元首相が、極右とも規定されるメローニ政権内で国民のために成すことがあるとすれば、政権が反EUに走ろうとする際にこれを引き止めることです。

元首相はEU信奉者です。

メローニ氏は、逆に反EUを標榜してこれまで政治活動をしてきました。メローニ氏の立場は欧州の全ての極右勢力と同じです。

それはつまり、英国のBrexit首謀者やトランプ主義者と同じ穴のムジナ、ということでもあります。

保守主義者でプーチン大統領とも親しいベルルスコーニ氏が、我欲を捨ててEU結束のためにメローニ首相に諫言し立ちはだかるのかどうか、筆者はここからはより注意深く見守ろうと思います。


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右でも左でも中庸を目指せば終わりは必ず良しだ


 melo,sal,lusca650


イタリア総選挙は大方の予想通り右派連合が勝利した。

中でも極右の「イタリアの同胞」が躍進。

同党のジョルジャ・メローニ党首がイタリア初の女性首相になる公算が一層高まった。

メローニ氏はネオ・ファシストの心を持っている。だが、それを顔には出さない努力を続けてきた。彼女が選挙に勝ったのはその努力のおかげ、という一面もある。

だがむろんそれよりも、イタリア国民の多くが、彼女の主張に共感を持ったことが最大の勝因であるのは、言うまでもない。

連立とはいえ、ついに極右政党が政権を握る事態に欧州は驚愕している、と言いたいところだが現実は違う。

欧州は警戒心を強めながらもイタリアの状況を静観している、というのが真実だ。

しかも、メローニ政権は、少しの反抗を繰り返しながらも、基本的にはEU(欧州連合)と協調路線を取る、との読みがあるように思う。

近年、欧州には極右政党が多く台頭した。それは米トランプ政権や英国のBrexitEU離脱)勢力などに通底した潮流である。

フランスの国民連合、イタリアの同盟、スペインのVOXほかの極右勢力が躍進して、EUは強い懸念を抱き続けてきた。

極右興隆の連鎖は、ついにドイツにまで及んだ。

ドイツでは2017年、極右の「ドイツのための選択肢」が総選挙で躍進して、初めての国政進出ながら94議席もの勢力になった。

それはEUを最も不安にした。ナチズムの亡霊を徹底封印してきたドイツには、極右の隆盛はあり得ないと考えられてきたからだ。時代の変化はそこで明々白々になった。

それらの極右勢力は、決まって反EU主義を旗印にしている。EUの危機感は日増しに募った。

そしてついに2018年、極右の同盟と極左の五つ星運動の連立政権がイタリアに誕生した。ポピュリストの両党はいずれも強いEU懐疑派である。

英国のBrexit騒動に揺れるEUに過去最大級の激震が走った。

だが極右と極左が野合した政権は、反EU的な政策を掲げつつもEUからの離脱はおろか、決定的な反目を招く動きにも出なかった。

そこには、イタリア社会独特の多様性の力が働いている。

多様性が政治の極端化を妨げるのだ。

何はともあれ、政治的過激派が政権を握っても、彼らの日頃の主張が国の行く末を決定付けることにはならない、ということをイタリアの例は示した。

今回のイタリアの同胞が主導する右派政権もおそらく同じ運命を辿るだろう。

“ファシスト党の流れを汲む極右政党イタリアの同胞”というおどろおどろしい響きの勢力は、強い右寄りの政策を導入することは間違いないだろうが、過去のァシズムの闇に引きずり込まれることはあり得ない。

極右勢力に特有の暴力的な空気は充満するだろうが、政権がファシズムに陥らない限り彼らの存在は民主主義の枠組みの中に留まる。

僕は彼らを支持しないが、民主主義国の正当な選挙によって民意を得た彼らが政権を樹立することは、言うまでもなく認める。

2018年、極左の五つ星運動が総選挙で議会第1党になった時、僕は愕然とした。彼らの主導で政権が船出した時は、ついにイタリアの地獄が始まると思った。

それでも、民主主義の手続きを踏んでイタリア国民に選出された彼らの政権樹立に異論はなかった。むしろ民意の負託を得た以上それは必ず認められるべき、と考えそう主長した。

今回はイタリアの同胞が五つ星運動に取って変わった。五つ星運動で“さえ”政権を担った。当然イタリアの同胞“にも”その権利がある。

極左の五つ星運動と、極右のイタリアの同胞の間に何の違いがあるの?彼らは双方ともに政治的過激派で、ポピュリストという同じ穴のムジナに過ぎないぜ、というのが僕の正直な思いだ。

多様性が息づくイタリアには極論者も多いが、その多様性自体が極論者をまともな方向に導く、という持説を僕は今回も変える気はない。

極右でも極左でも、中庸を目指して進んでくれれば終わりは必ず良し、というふうに思いたいのである。

そうしなければ政権は与党内の争いで空中分解する。あるいは次の選挙で必ず政権の座から引きずり下ろされる。

例えば日本とは違ってイタリアには、民主主義の根幹の一つである政権交代の自浄作用が十分以上に備わっている。

その意味でも極左、極右、なにするものぞ、というところなのである。



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多様性のふところ

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‘’ファシスト気質‘’

イタリアでは来たる9月25日に総選挙が行われて、極右政党が主導する政権が樹立される見通しだ。主導するのはファシスト等の流れを汲む「イタリアの同胞」。

ファシストが政権党、と聞けば以前なら思わずぎょっとするところだが、ファシスト気質のトランプ前大統領の登場以降は、どうということもなくなった。

世界にはファシスト気質の政治家や政権が溢れている。トランプ前大統領に心酔する英ジョンソン首相とブレグジッド派勢力、フランスのルペン国民連合党首、ボルソナロ大統領ほかの南米またアジア・アフリカの指導者、などなど。日本の安倍元首相と周辺勢力もそこに親和的だ。

民主主義を無視して、安倍元首相の国葬を強行しようとする岸田政権は、安倍政権の上を行くファシスト気質の統治体制、と言っても構わないのではないか。

それらの政治家や政治勢力は、強権的という意味でプーチン大統領や習近平国家主席、また金正恩総書記などにも似ている。彼らのうちの多くは実際にお互いに友誼を結んでいる関係でもある。

‘’慣れの功罪‘’

伊総選挙後の首相就任がほぼ確実視されている、イタリアの同胞党首のジョルジャ・メローニ氏は、いま述べた世界のファシスト気質の政治家の中でも最もファシストに近い指導者である。

だが彼女は、ファシストどころか極右と呼ばれることも嫌い、自らが率いるイタリアの同胞をかつてのファシスト党のイメージから遠ざける努力を続けてきた。

それは半ば成功し半ば失敗していると言える。イタリアの同胞を支持率トップに引き上げたことが成功であり、彼女が未だに「ファシストと完全に決別する」と高らかに宣言できないところが失敗である。

それでも彼女が政権を握ることは、かつてそうであったほどの脅威にはならない。なぜならイタリアを含む世界は、既述のファシス的性向の指導者や政権に慣れて来ているからだ。

慣れは油断につながり、権力の暴走を許す可能性がある。同時に、対抗政治勢力と国民が、それら危険な権力への対処法を学ぶ原動力にもなる。

2022年現在、世界は剣呑な権力の抑制に成功している。それと言うのもトランプ政権は否定され、ブレグジッドを主導したジョンソン首相も退陣した。またフランスのルペン氏は大統領選で敗れた。

さらにブラジルのボルソナロ大統領の勢いは削がれ、日本では安倍元首相が銃弾に斃れて政治の表舞台から去った。

むろんそれは偶然の出来事だ。だが歴史の大きなうねりは得てして偶然に見える必然も生み出す。その歴史はさらに、岸田政権という強権&忖度集団まで作り出してしまった。

‘’極左と極右は同じ穴のムジナ‘’

一方イタリアでは2018年、極左と極右と定義されることも多い「五つ星運動」と「同盟」が政権を樹立する事態になった。それは欧州を震撼させたが、イタリア共和国は幸いに2党がかねてから主張する脱EUには向かわなかった。

ポピュリスト政権は、EUの意向に反してバラマキ政策を敢行した。と同時にEUとの共存の道も模索し続けた。やがて同盟が離反すると、 五つ星運動はEUと親和的な民主党と連立を組み直して、政権はより穏健になった。

そして今回、正真正銘の極右政党イタリアの同胞が議会第1党になる可能性が出てきた。

それが他の主要民主主義国で起これば一大事だが―そしてむろんイタリアでも強く懸念されてはいるが―この国の核を成している多様性が担保して、極右は強硬保守へと骨抜きにされると思う。

イタリアでは政治制度として、対抗権力のバランスが最優先され憲法で保障されている。そのため権力が一箇所に集中しない、あるいはしにくい。

その制度は、かつてファシスト党とムッソリーニに権力が集中した苦しい体験から導き出されたものである。

同時にそれは次々に政治混乱をもたらす仕組みでもある。が、たとえ極左や極右が政権を担っても、彼らの思惑通りには事が運ばれない、という効果も生む。

過激勢力が一党で過半数を握れば危険だが、イタリアではそれはほとんど起こりえない。再び政治制度が単独政党の突出を抑える力を持つからだ。

‘’多様性が極論を抑える‘’

イタリアが過激論者に乗っ取られにくいのは、いま触れた政治制度そのものの効用のほかに、イタリア社会がかつての都市国家メンタリティーを強く残しながら存在しているのが理由だ。

都市国家メンタリティーとは、換言すれば多様性の尊重ということである。

イタリア共和国は精神的にもまた実態も、かつての自由都市国家の集合体である。

そして各都市国家の末裔たちは、それぞれの存在を尊重し盛り立てつつ、常にライバルとして覇を競う存在でもある。そこに強い多様性が生まれる。

多様性にはカオスに似た殷賑が付き物だ。

都市国家メンタリティーが担保する多様性重視のイタリア社会では、誰もが自説を曲げずに独自の道を行こうと頑張る。その結果、カラフルで雑多な行動様式と、あっとおどろくような 独創的なアイデアがそこらじゅうにあふれる。

多様性を重視するイタリア社会は、平時においては極めて美しく頼もしくさえある。だがそれには、前述のカオスにも似た殷賑が付いて回る。

多様性を否定したい人々はそこを殊更に重視する。そして多様性に伴う殷賑あるいはカオスを、アナーキズムと曲解して多様性を指弾したりもする。

言うまでもなく彼らは間違っている。彼らは千差万別、多彩、人それぞれ、 百人百様、十人十色、 多種多様、、蓼食う虫も好き好き 、など、など、人の寛容と友誼と共存意識の源となる美しいコンセプトを理解しないのだ。

多様性というのはあくまでも絶対善だ。絶対とはこの場合「完璧」という意味ではなく、欠点もありながら、しかし、あくまでも善であるという意味だ。例えば民主主義と同じである。

‘’多様性と民主主義‘’

民主主義はさまざまな問題を内包しながらも、われわれが「今のところ」それに勝る政治体系や構造や仕組みや哲学を知らない、という意味で最善の政治体制だ。

また民主主義は、より良い民主主義の在り方を求めて人々が試行錯誤を続けることを受容する、という意味でもやはり最善の政治システムである。

言葉を変えれば、理想の在り方を目指して永遠に自己改革をしていく政体こそが民主主義、とも言える。

多様性も同じだ。飽きることなく「違うことの良さ」を追求し歓迎し認容することが、即ち多様性である。

多様性を尊重すればカオスにも似た殷賑が生まれる。だがそれは、多様性を否定しなければならないほどの悪ではない。

なぜならそれは、多様性が内包するところの疑似カオス、つまり前記の「個性が思い思いに息づく殷賑」に過ぎないからだ。再び言葉を変えて言えば、カオス風の賑わいがない多様性はない。

多様性の対義概念は幾つもある。全体主義、絶対論、専制主義、統制経済、侵略主義、軍国主義、民族主義、選民主義、チキンゲーム、干渉主義、デスポティズムetc。日本社会に特有の画一主義または大勢順応主義などもその典型だ。

僕はネトウヨ・ヘイト系排外差別主義と極端な保守主義、またそれを無意識のうちに遂行している人々も、多様性の対極にあると考えている。

なぜならそれらの人々には、彼らのみが正義で他は全て悪と見做す視野狭窄の性癖がある。つまり彼らは極論者であり過激派だ。むろんその意味では左派の極論者も同じ穴のムジナだ。

‘’多様性は敵も抱擁する‘’

だが多様性を信奉する立場の者は、彼らを排除したりはしない。 ネトウヨ・ヘイト系排外差別主義や極右は危険だが、同時にそれは多様性の一環でもある、と考えるのである。

多様性の精神は、「それらの人々のおかげで、寛容や友愛や共存や思いやりや友誼、つまり“多様性”がいかに大切なものであるかが、さらに良く分かる」と捉えて、彼らはむしろ“必要悪”であるとさえ結論付ける。

例えば政治危機のような非常時には、国民の平時の心構えが大きく作用する。つまり、多様性のある社会では、政治が一方に偏り過ぎるときは、多様性自体が画一主義に陥り全体主義に走ろうとする力を抑える働きをする。

一方でネトネトウヨ・ヘイト系排外差別主義がはびこる世界では、その力が働かない。それどころか彼らの平時の在り方が一気に加速して、ヘイトと不寛容と差別が横行する社会が出現してしまう。

ここイタリアには、冒頭で触れたように、来たる総選挙を経てほぼ確実に極右政党が主導権を握る政権が誕生すると見られている。

その政権には保守主義を逸脱して、ファシズムへ傾こうとするモメンタムが働くことが十分に予想される。

だがイタリア社会に息づく多様性の精神が、危険なその動きにブレーキを掛ける可能性が非常に高い。

そうは考えられるものの、しかし、油断大敵であることは言うまでもない。



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極右政権が誕生しそうなイタリア~多様性はそれを保守へとたらし込めるか

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イタリアでは9月25日の投票に向けて激しい選挙戦が展開されている。

世論調査によれば、右派連合が過半数を制して政権樹立を目指す見込み。

右派連合は極右の「イタリアの同胞」と「同盟」、中道右派を自称する「フォルツァ・イタリア」の3党が中心。

このうちファシスト党の流れをくむ正真正銘の極右政党「イタリアの同胞」は、左派で政権与党の民主党をわずかながら抑えて、世論調査で支持率トップを維持している。

それはつまり右派連合が勝った場合、イタリアの同胞のジョルジャ・メローニ 党首がイタリア初の女性宰相になることを意味する。

女性か否かはさておき、極右のイタリア首相の誕生は、EUを筆頭にする世界を震撼させそうだ。だが実際には人々は、冷静に成り行きを観察しているように見える。

それはおそらく反EUを標榜してきたメローニ党首が、その矛先を収めてEUとの共存を示唆し、ウクライナ危機に関してはロシアを否定して、明確にウクライナ支持を表明していることにもよる。

その一方で彼女の盟友のサルビーニ同盟党首とフォルツァ・イタリア党首のベルルスコーニ元首相は、ロシアのプーチン大統領との友誼に引きずられて曖昧な態度でいる。

彼らのスタンスは、ウクライナ支持で結束しているEU各国の不信を招いている。恐らくその反動もあって、メローニ党首の立ち位置が好ましくさえ見えているのだろう。

またイタリアはEUから巨額のコロナ復興支援金を受け取ることが決まっている。

メローニ首相が誕生した場合、彼女は復興支援金を滞りなく受け取るためにも、より一層反EUのスタンスを封じ込めて、EUと協力する道を選ぶことが確実と見られている。

EUをはじめとする世界の見方はおそらく半ば以上正鵠を射ている。

そのことは2018年、議会第1党になった極左の「五つ星運動」が反EUの看板を下ろして、割と「まともな」政権与党に変貌していった経緯からも読み取ることができる。

極右のイタリアの同胞もほぼ間違いなく同じ道をたどると考えられる。連立政権であることもそれに資することになる。

が、同時に-- 五つ星運動が極左の本性もさらけ出しにしたように--彼らが主張する反移民、排外差別主義者の正体もむき出しにするに違いない。

政治的感覚の優れたメローニ党首は、自らが主導するファシストの流れを汲むイタリアの同胞を、かつてのムッソリーニ派につながるイメージから引き離す努力を続けてきた。

それはフランスの極右、国民連合のルペン党首が、反移民・排外差別主義的なこわ持ての主張を秘匿してソフト路線で選挙を戦う、いわゆる「脱悪魔化」と呼ばれる手法と同じだ。

メローニ党首は極右と呼ばれることを嫌い、ファシストと親和的と見なされることを忌諱する。だが同時に彼女は、ファシズムと完全に手を切る、とは決して宣言しない。

なぜか。言うまでもなく彼女がいわゆるネオファシスト的な政治家だからだ。

ネオファシストは、反移民、ナショナリズム、排外人種差別主義、白人至上主義、ナチズム、極右思想、反民主主義などを標榜する。

メロ-ニ党首は明らかにそれらに酷似した主義、思想をまとって政治活動をしている。このうち反移民の立場は進んで明らかにするが、他の主義主張は時として秘匿したり曖昧にしたりする。

それは彼女がファシズムの過去の失態と国民のファシズムアレルギーを熟知しているからだ。ネオファシスト的主張を秘匿し曖昧にすることが、いわゆる彼女の「脱悪魔化」なのである。

イタリアのファシストはファシストを知らなかったが、ジョルジャ・メローニ党首はファシストを知っている。これは大きな利点だ。彼女が過去に鑑みて、ファシズム的な横暴を避けようとするかもしれないからだ。

だが同時に、彼女がファシズムの失敗を研究した上で、より狡猾な方法でファシズムの悪を実践しようとするかもしれない、という懸念もむろんある

なにはともあれ、今このときのイタリアの世論は、右派連合の政権奪還を容認し、メローニ党首の首相就任を「受身」な形ながら是認しているように見える。

それは2018年の総選挙で、イタリア国民が極左の五つ星運動の躍進を容受したいきさつと同じだ。

イタリア国民の大半は現在、バラマキに固執する左派の政策にうんざりしていて、そこに明確に反対する右派に期待を寄せていると考えられる。

実は右派もまたバラマキと変わらない政策綱領も発表している。だがそれは左派の主張より目立たない形での提案なので、国民は大目に見ているというふうだ。

ネオファシスト的体質の、将来のメローニ首相は、選挙戦中と同様に“保守主義者”として自らをアピールしまた政策を推進しようとするだろう。

ファシズムを容認するイタリア国民は皆無に等しい。だから将来のメローニ首相は、国民の気分に合わせるスタンスで政権を運営すると思う。

彼女を批判する場合の最も強い言葉は、例えば保守強硬派、強権主義、保守反動などで、ファシストという言葉は使われないし、使えないに違いない。

ファシズムという言葉がそれだけ侮辱的で危険なものだからだ。そして繰り返しになるが、ファシスト色を帯びた彼女の正体は、彼女自身も認めることをためらう程の悪であるからだ。

そしてその躊躇する心理が、彼女のファシズム的な体質を矯正し、政策をより中道寄りに引き戻して危険を回避する効果があると考えられる。

その傾向はイタリアではより一層鮮明になる。

政治勢力が四分五裂して存在するイタリアでは、極論者や過激派が生まれやすい。

ところがそれらの極論者や過激派は、多くの対抗勢力を取り込もうとして、より過激に走るのではなくより穏健になる傾向が強い。

そこには自由都市国家が乱立して覇を競ったイタリアの歴史が大きく関わっている。分裂国家イタリアの強さの核心は多様性なのである。

イタリア共和国には、都市国家群の多様性が今も息づいている。そのため極論者も過激思想家も跋扈するものの、彼らも心底では多様性を重んじるため、先鋭よりも穏便に傾斜する。

いわば政治的に過激な将来のメローニ首相も、必ずそういう道を辿ると思う。それでなければ彼女の政権は、半年も経たないうちに崩壊する可能性が高い。それがイタリアの政治だ。

極右のメローニ政権が船出する場合の危険と憂鬱は、彼女自身が極右に偏り過ぎることではなく、極右政権を支持する「極右体質」の国民が驕って声を荒げ、暴力的になり民主主義さえ否定しようと動くことだ。

右派が政権を奪取すると、小さな地方都市においてさえ暴力の臭いが増して人心が荒む状況になる。それは僕の住む北イタリアの村でさえ同じだ。

信じられない、と思うならばアメリカに目を向ければ良い。

ファシスト気質のトランプ前大統領が権力を握っていた間、アメリカでは暴力的な風潮が強まり人心が荒んだ。

右翼の、特に極右の最大の不徳は、極左と呼ばれる勢力と同様に、昔も今もそしてこれからも、言わずと知れた彼らの暴力体質なのである。







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斧で指を切断したイタリア人学者の武士道

禅円中の鎧武士600


2020年、イタリアが世界に先駆けてコロナ地獄にさいなまれ医療崩壊に陥った時、医師不足を補うために300人の定年退職医師の現場復帰を求めたところ、たちどころに8000人もの老医師の応募があった。

彼らベテランの医師たちは、コロナが主に高齢者を攻撃して死に至らしめることを熟知しながら、年金生活者の平穏な暮らしを捨てて危険な医療の現場に敢然と飛び込もうとしたのだ。

老医師らの使命感と勇気は目覚ましいものだったが、当時は実は一般のイタリア国民も、先行きの見えないコロナパンデミックの恐怖の底で、彼らなりの勇気をふるって必死にコロナと向かい合っていた。

普段はひどく軽薄で騒々しい印象がなくもないイタリア国民の、ストイックなまでに静かで勇猛果敢なウイルスとの戦いぶりは、僕を感動させた

彼らの芯の強さと、恐れを知らないのではないかとさえ見えた肝のすわった態度はまた、作家のダーチャ・マライーニとその父フォスコのエピソードも僕に思い起こさせた。

ノーベル文学賞候補にも挙げられる有力作家のダーチャ・マライーニは、アイヌ文化の研究家だった父親に連れられて2歳から9歳までを日本で過ごした。

第2次大戦末期の1943年、ドイツと反目していたイタリアは連合国と休戦し、日独伊3国同盟の枠組を離れて日本の「友邦」から「敵国」になった。

ヒトラーはイタリア北部に傀儡政権サロー共和国を樹立。日本にいるイタリア人はそのナチス・ファシズム国家への忠誠を誓うように求められたが、ダーチャの両親はこれを拒否した。

その結果、一家は名古屋の収容所に入れらる。家族は敵性国家の国民として収容所で虐待された。

食事もろくに与えられないような扱いに怒りを募らせたダーチャの父フォスコは、待遇の改善を要求して抗議のために斧で自らの左小指を切断した。

フォスコ・マライーニの勇猛な行動に震え上がった収容所の監視役の特高は、ヤギを調達して父親に与えた。

フオスコ・マライーニはその乳を搾ってダーチャと兄弟に与えて飢えをしのいだ

そのエピソードはダーチャの両親やダーチャ自身によってもあちこちで語られ書かれているが、僕は10年以上前に作家と会う機会があって、彼女自身の口からも直に聞くことができた。

父親の豪胆な行動は、日本国家と家族を現場で虐待する看守らへの怒り、と同時に家族を守ろうとするひとりの父親の強い意志から出たものだ。

彼はその行為をいわば切腹のような武士の自傷行為に見立てたのである。

指を切る日本の風習は、武家社会で誓文に血判をする時などに見られたもの。

江戸時代には遊女がそれを真似する陋習が生まれ、それをさらにヤクザが真似しやがて曲解して、いわゆる「指詰め」の蛮習へと発展する。

フォスコ・マライーニの記憶の中には、武士の自傷行為は潔癖と勇猛の徴として刻まれていた。彼は武士に倣って激烈な動きで異議申し立てをしたのである。

収容所で一家を監視していたのは前述の特高である。彼らの多くは粗野で小心で品性下劣だった。旧日本軍の中核を成していた百姓兵士と同列の軍国の走狗である。

今で言えば、正体を隠したままネット上で言葉の暴力を振るうネトウヨ・ヘイト系排外差別主義者や、彼らに親和的な政治家、似非文化人、芸能人等々のようなものか。

収容所では侍の精神は日本人ではなく、フオスコ・マライーニの中にこそ潜んでいた。

フォスコ・マライーニの壮烈なアクションは、コロナパンデミックの最中に死地に赴こうとした8000人のイタリア人老医師の勇気に通底している。

8000人の年老いた医師の魂の中には、カトリックの教義の刷り込みがある。片やフォスコ・マライーニの魂には、最善の形での武士の精神の刷り込みが見られる。

そしてそれらの突出した強さは-繰り返しになるが-コロナ地獄の中では一般の人々によってもごく普通に顕現されていた。

善男善女によるボランティアという形での献身と犠牲の尊い働きがそれだ。

死と隣り合わせの医療現場に突き進んだ退役医師のエピソードはほんの一例に過ぎない。

当時は多くのイタリア国民が、厳しく苦しいロックダウン生活の中で、救命隊員や救難・救護ボランティアを引き受け、困窮家庭への物資配達や救援また介護などでも活躍した。

イタリア最大の産業はボランティアである。

イタリア国民はボランティア活動に熱心である。彼らは誰もがせっせと社会奉仕活動にいいそしむ。

善良なそれらの人々の無償行為を賃金に換算すれば、莫大な額になる。まさにイタリア最大の産業だ。

無償行為の背景には、自己犠牲と社会奉仕と寛容を説くカトリックの強い影響がある。

カトリックの教義は、死の危険を顧みずに現場復帰を申し出た老医師らの自己犠牲の精神と、ボランティアにいそしむ一般国民の純朴な精神の核になっている。

それはさらに、学者であるフォスコ・マライーニが、家族のためにささげた自己犠牲、つまり斧で自分の指を切断するという果断な行為にもつながっている。

武士道は筋肉を鍛え上げたサムライの険しい肉体だけに宿るのではない。

自己犠牲を恐れないか弱い女性や善良な男たち、また年老いた医師たちの中にもある気高く尊い精神なのである。





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「や、コンニチワ、またですね」のイタリア政治危機を招いたバカの壁

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マリオ・ドラギ首相が辞任して、イタリアのお家芸の政治危機が始まった。

近年は野心家のマッテオ・レンツィ元首相が政権をぶち壊す悪役を演じることが多かった。

だが2019年には政権与党だった極右「同盟」のマッテオ・サルビーニ党首が第1次コンテ内閣を倒した。

そしてその2年後には、再びレンツィ元首相が悪役を演じて第2次ジュセッペ・コンテ政権が崩壊した。

その直後に成立したマリオ・ドラギ政権が7月21日、事実上空中分解したのである。

連立政権内の今回の裏切り者は、「五つ星運動」党首のジュゼッペ・コンテ前首相。

自らの政権を木っ端みじんにされたコンテ前首相が、今度は他者の内閣を引き裂いた恰好である。

もっともドラギ政権の崩壊には、コンテ前首相に加えて同盟のサルビー二党首、ベルルスコーニ元首相などの反逆もからんではいるが。

コンテ前首相は、2021年の首相辞任後に彼の政権を支えた五つ星運動の党首に迎えられた。

つまりコンテ前首相はそうやって、極左の真っ赤なハチマキを巻き付けて吠えるポピュリスト政党の党首になったのである。

とたんに彼は、自身が首相当時にNATOと約束した防衛費増額を認めない、と言い出して約束を平然と破る過激論者の一端を示した。

そしてロシアがウクライナを侵略すると、彼のボスである五つ星運動創始者のベッペ・グリッロ氏に追随して、ロシアのプーチン大統領を擁護する立場を取った。

五つ星運動は、ロシアと中国にきわめて親和的な組織。創始者のグリッロ氏はトランプ主義者でもある。

2019年、イタリアはEUの反対を無視して、G7国では初めて中国との間に「一帯一路」構想を支持する覚書を交わした。

当時のイタリア首相は件のコンテ氏。覚書に署名したのは、当時五つ星運動の党首だったディマイオ副首相。今は外務大臣である。彼もコンテ氏同様に中国に目がない男だ。

コンテ前首相とドラギ政権の対立が決定的になったのは、前者がイタリアのウクライナへの武器供与に強硬に反対したことである。

コンテ氏は、武器の供与が戦争終結を遅らせる、と考える人々に近いように見えるが、実はプーチン・ロシアへの忖度が背後にある。

彼は、武器に金を使うならイタリアの貧者を救済しろ、と叫ぶのが得意だ。

ウクライナ危機は欧州危機であり、ロシアに対抗することが欧州の一部であるイタリアの救済にもつながることを理解しない。あるいは理解しない振りをしている。

五つ星運動の旗艦政策は、ベーシックインカムすなわち最低所得保障である。

五つ星運動党首で前首相のコンテ氏が、貧者を救済しろと吼えるのは、彼の政権が導入した最低所得保障制度を死守したいから。

それは五つ星運動の最大の票田につながっている。

イタリアの貧富の格差は開き続けている。

弱者はいうまでもなく救済されなければならない。だがそのことを盾に金をバラまく五つ星運動のやり方は無残だ。

金をバラまくのではなく、それが確実に弱者に行き渡る仕組みを作り、同時に仕事を創出する政策を考えるのが為政者の役割だ。

現行の制度では多くの不正受給が明らかになっている。また特に南イタリアでは、予想されたようにマフィアやカモラなどの犯罪組織が交付金に喰らいついている。

言いにくいことを敢えて言えば、怠け者で補助金に寄りかかることが得意な者も多い地域では、仕事をしない若者が増えている。

たとえ仕事をしても、報酬を闇で受け取って失業中を装い給付を受ける、という者も多い。

働き者が多い僕の住む北イタリアでさえ、給付金を目当てに仕事をしない住人が増えて、人手不足が深刻化している現実さえある。

五つ星運動のバラ巻き策は、百害あって一利なし、というふうだ。いや、真に貧しい弱者へ行き渡る金もあるのだから、百利のうち五利ぐらいはあるのかもしれない。

それでもやはり、バラまき策は人心をたぶらかし、嘘と怠惰と不誠意を増長させると僕は思う。

またウクライナが危機に瀕し、欧州もそれに巻き込まれている現在は、ウクライナに武器を供与して他の欧州の国々と共にロシアに対抗するべきだ。

欧州の民主主義と自由と富裕は、ロシアのような覇権主義勢力の横暴を黙って看過すればすぐに破壊される類いのもろい現実だ。それらは闘って守り、勝ち取るものなのだ。

それは断じて戦争を推進するべき、という意味ではない。攻撃され侵略された場合には、反撃し守りぬくべき、ということだ。

欧州が破壊されイタリア共和国が抑圧されれば貧者も金持ちもない。誰もが等しく地獄に落ちる。コンテ前首相と彼の周囲の過激論者にはそれが分からないらしい。

4年前イタリア政界に彗星のようにあらわれた素人政治家のンテ氏は、世界に先駆けてコロナ・パンデミックの地獄に沈んでいたイタリアに、全土ロックダウンという前代未聞の施策を導入してこれを救った。

あっぱれな仕事ぶりだった。

当時イタリアは、国家非常事態宣言下にあった。政府は議会に諮ることなく、閣議決定だけで法律を制定することができた。

コンテ首相はその制度に守られてほぼ自在に規制を行うことができた。

未曾有のコロナ恐慌に陥っていたイタリアの国民は、コンテ政権が打ち出すロックダウンほかの強烈な規制を唯々諾々と受け入れた。それしか道はなかったからだ。

コンテ首相にそれなりの求心力があったのは確かだが、空前のパンデミックの中では、あるいは誰が首班であっても成し得た仕事だった可能性も高い。

ともあれ危機を抜け出したコンテ首相を待っていたのは、彼自身と彼を支える五つ星運動が「体制側」とみなして反発する政治勢力の巻き返しだった。

連立を組む小政党が離脱してコンテ政権は立ち行かなくなった。またその前には冒頭で述べたように、連立相手の同盟が反乱を起こしてコンテ政権は危機に陥ったことがある。

そして2022年7月、今度はコンテ氏率いる五つ星運動が反旗を翻してドラギ政権を崩落させた。彼はそうすることでイタリアに再びの政治危機をもたらすことになった。

それはイタリアではありふれた政変劇だ。一見するとカオスに見えるが、それがイタリア政治の王道だ。

地方が都市国家の意気を持ち続けているタリアでは、中央政府の交代劇は深刻に捉えられはするものの、各地方が独立独歩の前進を試みようとする。

試みようとする意志を固く秘めている。だから大きくは動揺しない。それがイタリアの最大の長所である多様性の効能だ。

だからといってコンテ前首相の罪が消えるわけではないが。。。




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プーチン信徒もはびこるイタリアの度量


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前回エントリーで、プーチン“悪の根源”大統領を受身に擁護する、ジュゼッペ・コンテ前イタリア首相を批判した

彼の名誉のために付け足すと、プーチン大統領を名指しで非難しないイタリアの有力政治家は、ほかにも少なからずいる。

その筆頭がマッテオー・サルヴィーニ同盟党首である。極右とも規定される同盟のトップは、かねてからプーチン大統領を崇拝し、彼を称揚する言動を堂々と展開してきた。

サルヴィーニ党首は先日、ウクライナからの難民に連帯を示したいと称してポーランドを訪れたが、プーチン大統領支持の正体を見抜かれて現地の人々の総スカンを食らった

サルヴィーニ党首は、プーチン大統領とともにトランプ前大統領も敬する。

サルヴィーニ党首はポーランドで叱責を受けた際、ロシアのウクライナ侵攻は良くないことだ、としぶしぶ認めたが、その後はコンテ前首相と同じく、“プーチン”という名を一切口にせず、むろんロシアを非難することもしない。

支持するとまでは表明しないものの、沈黙を守ることでプーチン大統領を支持した、もう一人の大物政治家もいる。ベルルスコーニ元首相である。

プーチン大統領と親密な元首相は、ロシアがウクライナで殺戮を繰り返すのを目の当たりにしながら、当初は同大統領を全く指弾しなかった。

ベルルスコーニ元首相はおよそ一ヵ月後、これまたしぶしぶという風体でロシアの蛮行を初めて批判した。

そして4月9日、自身が党首を務めるFI党の党大会で「プーチン大統領には失望した」と強い調子で友人の独裁者を糾弾した。

遅きに失した感はあるが、だんまりを決め込んだり、消極的にあるいは受け身にプーチン大統領支持に回るよりは増しだろう。

醜聞にまみれたベルルスコーニ元首相には多くの批判がある。だがそのことはさて置いて、彼は政治的には、いわゆる「欧州の良心」から大きく逸脱することは一貫してなかった、と僕は思う。

プーチン大統領を擁護する勢力は、イタリアにおいても左右の極論者が多い。左の代表が前述したようにコンテ前首相であり、右の極論者がサルヴィーニ同盟党首である。

彼らはトランプ主義者である点でも共通している。

僕が知る限りコンテ前首相は公にトランプ前大統領を称揚したことはない。だが彼の上に君臨する五つ星運動創始者のグリッロ氏は、隠れなきトランプ礼賛者でありプーチン追従者だ。

コンテ前首相は、残念ながら彼のボスに倣って、ここのところは“プーチン”という言葉を全く口に出さない主義を貫いている。

そのようにイタリアでは、他の先進民主主義国では中々見ることができない衝撃的な政治実況に出くわすことも珍しくない。

つい先日まで首相の座にあった者や10年近くも首班を務めた政治家、あるいは世論調査で支持率1、2位を争う政党の党首などが、今このときのロシアの蛮行を見て見ぬ振りをしたり、あまつさえ支持するなど、ほとんどあり得ないことではないか。

イタリアではそれが堂々となされることも少なくない。

イタリア政治の特徴は多様性だ。それは傍目には混乱に映ることも多い。

事実、混乱も起きるが、イタリア共和国は混乱では崩壊しない。国家の中にかつての自由都市国家群が息づいているからだ。

仮にイタリア共和国が崩壊しても、歴史的存在の自由都市国家群はしぶとく生き残って、さらなる歴史を継承していくことが確実だ。

イタリア共和国とは、つまり、決して崩壊しない一つ一つの自由都市国家の集大成だ。従ってイタリア共和国自体もまた崩壊することはない、とも言える。

むろんイタリアが民主主義国家であり続ける限り、イタリア共和国の「民主的な解体」はいつでも起こり得る。

そのイタリア共和国は、たとえばBrexitに走った英国や、国民連合が台頭するフランス、またドイツのための選択肢を抱えるドイツなどとそっくり同じだ。

つまり他の西側諸国がプーチン・ロシアの愚行を受け入れることがないように、イタリア共和国がプーチン大統領の悪行に寄り添うことはあり得ない。

だがイタリアの国民的合意には、イタリア的多様性がもたらす不協和音に似た耳障りな響きも、またくっきりと織り込まれているのが常なのである。




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残念なジュゼッペ・コンテ前首相 

コンテ白黒横長

イタリアは2024年までに防衛費をGDP(国内総生産)の2%に引き上げるとしたNATOとの合意を反故にした。

連立政権を構成する五つ星運動の党首、コンテ前首相が激しく反対したからである。

コンテ前首相は、2019年に当時首相だった自分自身がNATOと約束した防衛費の増額を否定したのだ。

それによって彼は、右顧左眄と民心扇動が特徴的なポピュリスト政党のトップであることを如実に示した。

彼の主張は五つ星運動の目玉であるバラマキ策、「最低所得保障(reddito di cittadinanza 」とも深く結びついている。

コンテ氏が首相だった2019年、五つ星運動のゴリ押しが功を奏して、イタリア政府は低所得者層に一定の金額を支給し始めた。

コンテ政権は同年、NATOとの防衛費増額にも合意した。

ところが最近になってコンテ前首相は、イタリアを含む欧州が、プーチン・ロシアに侵略されるかもしれない危険に備えるための防衛費増は認めない、と声高に主張し始めたのだ。

弱者を援助するという名目で票集め用に金をバラまくのは構わないが、安全保障は天からの恵みで自然に備わるものだから気にしなくてもよい、とでも考えているのだろうか。

イタリア共和国がロシアによって破壊された場合、貧者も富裕者も関係がなくなり誰もが等しく地獄に落ちる。そんな瀬戸際に陥らないための防衛費増である。

NATOとEUを含む欧州各国が、歴史を大転回させるほどのロシアの凶行に太平の夢を破られて緊張し、欧州全体を守るために団結して即座の防衛費増を決めた。イタリア一国の問題ではないのだ。

言うまでもなく弱者は救済されるべきだ。だがそれは国が存続してはじめて可能になる事案だ。国が破壊されたら弱者への援助どころか、金持ちも貧乏人も何もかも消滅する。

今はその大本の真理のみを凝視して、基本原理に立ち返る努力をするべき時ではないか。

それをしないで詭弁を弄するのは、ロシアのプーチン大統領が「主権国家を侵略してはならない」という 原理原則を踏みにじっておきながら、細部を持ち出して言い訳や詭弁や強弁を声高に主張するのとそっくり同じ行為だ。

ドラギ政権は、コンテ前首相の強硬な反対に遭って、NATOとの合意を変更せざるを得なくなった。五つ星運動が大連立政権内の最大勢力だからだ。

過激は得てして ― それが右か左かには全く関係なく ― 常識を一気に飛び越えて極論に走る。

この場合は極左の五つ星運動が、大本の議論を無視して、たとえロシアからミサイルが飛来しても先ず貧者を助けろ、とわめいているに等しい。

五つ星運動は、ベーシックインカム(最低所得保障)導入に関しても、同じ偏執論理で突っ走った。

だが貧者を援助するための財源は働く人々の税金から出される。ならば先ず働く人々を助けるべきだ。

同時に働かない、あるいは働けない人々を、働くように仕向けることが重用だ。つまりバラマキの前に、仕事を生み出す知恵を働かせるべきである。その上で貧者に手を差し伸べる政策を強化すれば、誰もが納得する。

だが彼らは端からその努力を怠って、財源には全く目を向けることなく金をバラマクことばかりを目指している。そうすれば投票してもらえるからだ。

コンテ前首相は、イタリアがコロナ地獄の底で苦悶していた2020年、強い意志と勇気とポジティブ思考で国民を鼓舞し、厳しい全土封鎖を断行してイタリアを危機から救った。

僕は彼の力量を大いに評価して、そこかしこで褒めそやし喧伝した。

また彼が首相退任後に五つ星運動のトップに迎え入れられた時は、僕が強い違和感を抱き続けてきた五つ星運動を、根底から変えてくれるのではないかとさえ期待した。

コンテ氏は首相時代に五つ星運動の支持を受けてはいたが、そこの所属ではなかったのである。

だが彼は今や、大衆迎合主義政党「五つ星運動」の、過激な本性を身にまとっただけの極論者になりつつある。

いや、もともとそうだった正体が、コロナ禍の混乱が去りつつある現在、徐々に表に出てきたというのが真実に近いだろう。

コンテ前首相は、ウクライナで残虐行為を続けているプーチン大統領を支持する、という信じがたい迷妄の底にも沈んでいる。

正確に言えば、コンテ前首相は、彼のボスである党の創始者、ベッペ・グリッロ氏の「金魚の糞」化して戦争勃発以来ひと言も「プーチン」という言葉を口に出さす、ロシアを表立って批判することもない。

ボスのグリッロ氏がそうしているからだ。あるいは2人が示し合わせてそうしているのかもしれない。

コンテ前首相は、確信犯的にプーチン大統領の名前を口にせず、同時に彼の蛮行から目をそらすことで、プーチン大統領を援護しているのである。

彼が党首を務める五つ星運動は、親中国、親ロシアのポピュリスト政党である。また同党は反体制、反EUも標榜している。

彼らは古い政党や腐った政治家をインターネットを介して糾弾する、という目覚しい手法で急速に支持を伸ばした。

イタリア政界にはびこる腐敗政治家を指弾しようとする姿勢はすばらしい。また弱者に寄り添おうとする取り組みも共感できる。

だが彼らには創造的な政策がない。働く人々が稼いだ国庫の富を、無条件に貧者に分け与えろ!と叫ぶばかり。

その公平な分配法、財源、不正防止策などにはお構いなしだ。そして致命的なのは、繰り返しになるが、貧者のためまた国民のために仕事を創出する、という視点がないことだ。

そうした無責任な体質が、党首であるコンテ前首相のプーチン大統領への「受身の支持」を招き、NATO軽視、安全保障無視のスタンスを呼び込んでいる。

彼らが極左のポピュリスト、と規定され批判されるゆえんである。

極左、とは過激派という意味である。その部分では彼らは、右の過激派である極右の同盟やイタリアの同胞などと寸分違わない。極論には右も左もないのである。

コンテ前首相はつまるところ、左の過激派と呼ばれても仕方のない言動に終始している。

プーチン・ロシアの脅威を排除するための軍事費の増額を批判して、その金を貧者に回せ、と叫ぶのは平和時なら正しい。

だが平和が危機にさらされている状況では、まず平和維持を追求するのが筋だ。

また、蛮行に突っ走るプーチン大統領を、コンテ前首相がこの期に及んでも批判しない了見は、全く理解できない。それどころかほとんど狂気の沙汰だ。

2020年のイタリア全土ロックダウン時の彼の八面六臂の活躍は、もはや帳消しになったと言っても過言ではないだろう。

残念至極である。




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イタリアの化けは偽者かもかい?の答えは残念ながら YESだ!


ブルーマンチーニ&選手ら背景650


イタリアが2大会連続でワールドカップ出場を逃した。

あきれてものが言えず、おどろきで涙も出ない。

1年遅れで昨年開催されたEURO2020の覇者が、北マケドニアという人口200万とちょっとの国のささやかなチームに負けて予選敗退。

EURO2020で燃えに燃えた「燃え尽き症候群」といえばカッコいいが、また実際にそうなんだろうが、「ざけんなよコノヤロー、人の楽しみを2回も奪いやがって」という気分だ。

イタリアサッカーの大ファンの1人として、やっぱり次のことも言っておいてやる。

「イタリアには燃え尽き症候群という高級な病気にふさわしい超一流プレーヤーなどいない!ゼイタク言うな!」


昨年11月末、僕は:

イタリアの化けは偽者だったかも、かい?

という記事をここに書いた。その中に言いたいことの多くが込められているの

で、併せて読んでもらいたい。


閑話休題


結論を先に言ってしまえば、イタリアにはやはり違いを演出できる優れたファンタジスタ(ファンタジーに富む創造的なフォーワード)が必要だ。

イタリアの常勝監督の一人ファビオ・カペッロ氏は、サッカーでは監督の力量が影響を及ぼすのは15%ほどに過ぎない、と語ったことがある。

理論も実際もまた実績も超一流の監督の見解が、正しいかどうかは誰にも分からない。

カペッロ監督にも匹敵する力量の持ち主であるマンチーニ監督は、イタリアが60年振りにW杯出場を逃した2018年に就任した。

そしてすぐに改革を断行し、チームを強力軍団に作り上げた。

そうやってイタリアは2021年、53年振りに欧州選手権を制した。

そこまでのマンチーニ監督の貢献は70%、もしかすると80%程度にもなるのではないか、と僕は個人的に感じていた。

マンチーニ監督は、イタリアがW杯に出場して活躍し、あわよくば5度目の優勝を目指す、という明確な目標を掲げて監督に就任した。

ところがマンチーニ・イタリアは、いま触れたようにW杯を待たずに、W杯にも匹敵する厳しい欧州杯を制した。

彼の力量はますます高く評価され、カタールW杯への期待が一層高まった。

そんな折りにイタリアは再びコケた。

それでもマンチーニ監督の続投が決まった。

僕はその決定に賛成である。

だが、彼の能力が選手のそれを凌いでチームが勝ち進む、という幻想からは完全に決別すると決めた。

イタリアはやはり、1人あるいは2人の天才プレーヤーを中心に、9人~10人の世界クラスの選手が進撃する形を目指すべきだ。

それがイタリアサッカーの強さであり同時に面白さだ。

イタリアには次なるバッジョ、デルピエロ、トッティ、ピルロが必要だ。

早く出て来いスーパー・ファンタジスタよ!!



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ロシア包囲網でのイタリアの立ち位置

伊ウク国旗650

新聞、テレビ、ネットをはじめとするとするありとあらゆるメディアが、昼も夜もそして真夜中でさえも、ウクライナにおけるプーチン・ロシアの蛮行をこれでもかとばかりに伝え続けている。

戦争は世界中で一日の休みもなく行われている。だが情報開示が当たり前に展開されている欧州で、実戦が進行するのはきわめて異例のことだ。

欧州は紛争や対立を軍事力で解決するのが当たり前だった野蛮且つ長い血みどろの歴史を経て、それを話し合いと外交で解決しようとする、開かれ教化された進歩的民主主義の道を確立した.

片やロシアは、未だそこに至らない未開国であることが明らかになった

情報を隠し、歪め、虚偽を垂れ流すプーチン・ロシアは欧州の一部ではない。それはアジアである

ここで言うアジアとは、民主主義を理解しない中国的、アラブ的、日本右翼的勢力の全てだ。つまり未開で野蛮で凶悪なアジア的精神。

敢えて日本のみに目を向ければ、残虐でどう猛で卑怯な戦闘集団だった旧日本軍と軍国主義日本の過去を直視しようとせずに、むしろそれを隠蔽し否定し都合のよい情報のみを言い立てて、歴史を修正しようとするネトウヨ系排外差別主義勢力のことだ。

自由と民主主義を死守する西側世界は、アジアに属するロシアとは全く逆の社会状況にある。そこでは横暴と欺瞞と悪意に支配されたプーチン・ロシアの情報操作の実態が、あらゆる角度から暴かれている。

欧州の全ての国は、ウクライナ危機が自国にとって対岸の火事ではないことを実感している。ウクライナが陸続きで地理的に近く、且つ欧州の過去の血みどろの大戦や闘争の記憶が人々に共有されているからだ。

そして何よりもロシアのプーチン大統領が、民主主義の精神とはかけ離れた独善と悪意と暴力にまみれた異様な指導者であることが再確認されたからだ。

ロシア包囲網に断固とした意志で参加しているイタリアは、歴史的にロシアと親和的な関係を築いてきた。イタリアが長く欧州最大の共産党を有してきたからだ。同じ動機でイタリアは中国とも親しい

それはだが近代史における政治ゲームに過ぎない。独立心旺盛で自由な都市国家が統一国家イタリア共和国の真髄である。イタリアの核心は政治ゲームの主体ではなく、それらの都市国家がもたらす多様性なのである。

国家構成の基底に多様性が居座っているイタリアは、対外的にも多様で実践的な政治体制を維持している。敢えてひとことで分かり易くいえば、イタリアは世界中のあらゆる国と親和的なのである。少なくともその意志を秘めて世界に対しているのがイタリア共和国だ。

それは八方美人とか日和見主義を意味するのではない。自立志向の強い都市国家群を統一国家内に含む場合の必然の帰結である。言葉を変えれば中央政府は、国内にある多種多様な意見や意思を絶えず尊重し耳を傾け続けなければならない。

そのスタンスは対外的にも増幅されてイタリア共和国の立ち位置を規定していく。つまりそこでも多様性を重視する姿勢になる。イタリアは歴史的にもまた思想的にも、誰とでも共存しなければならない性根を持っている。あるいは誰とでも親和的でなければならない性根に縛られている。

イタリアとロシアは、地理的には遠い間柄ながらも、歴史的に良好な関係を保ち続けてきた。専門家の中にはその状況を指して「イタリアは欧州におけるロシアのもっとも親しい国である」と断定する者さえいる。

イタリアはプーチン大統領自身とも友好的な関係にある。その善し悪しは別にして、現代イタリア最大の政治的存在であるベルルスコーニ元首相は、プーチン大統領とは親友同士とさえ呼べる仲である。

86歳の元首相は2022年3月19日、性懲りもなく53歳年下の女性と3回目の結婚式を挙げた。彼の友人のプーチン大統領は、ウクライナへの暴力行使で忙しくしていなければ、あるいは結婚式に出席していたかもしれない。

また極右政党「同盟」と「イタリアの同胞」のサルヴィーニ、メローニの両党首は、相変わらずプーチン大統領を賞賛して止まない。イタリア中がプーチン大統領の残虐な戦争に怒りをあらわにしているため、彼らも戦争反対と口では言っている。だが本心は相変わらずプーチン万歳というところだろう。

ポピュリストの彼らは時勢が右といえばそれに追随し、左といえばそれに媚びる。節操もなく信義もなく核もない。あるのは粗暴で抑圧的な感情と怒りだ

そして極右の2政党とベルルスコーニ党が手を組んで選挙に臨めば、イタリアは世論調査の数字上は、明日にでも彼らに統治されることがほぼ確実な情勢だ。

だがそれらプーチン愛好家の人々の願いも空しく、イタリア政府は今のところはNATOまたEUとぴたりと歩調を合わせてロシアに歯向かっている。そしてロシアは、イタリアを敵性国家と規定しエネルギー供給を止める、などと脅してさえいる。

イタリアはエネルギー源であるガスの90%を国外から輸入している。そして総輸入の45%がロシア産である。イタリアはEU加盟国の中では、ガスの5割以上をロシアから購入しているドイツに次いでロシアへの依存度が高い。

2014年~15年のクリミア危機では、イタリアの当時のレンツィ政権は、ロシアと関係が深い国内のエネルギー業界の抵抗に遭って、ロシアに対して強硬措置が取れなかった。ドイツも同じ状況だった。

だが両国は、今回のロシアの蛮行に際しては揃って立ち上がり、他の国々と歩調をあわせてロシアに対峙している。

イタリアが速やかに行動できたのは、ドラギ政権の力によるところが大きい。

2021年に政権を握ったマリオ・ドラギ首相は、ほぼ全ての政党が一致団結して政権を支持している事実と、首相自身の求心力の強さを背景にEUにぴたりと寄り添い、対ロシアへの強硬路線を取っている。

イタリアはロシアがウクライナに侵攻して間もなく、11千万ユーロをウクライナ政府に提供すると表明した。またNATOには、今後2年間であらたに17400万ユーロの貢献をすることも決めた。同時にウクライナ難民には難民申請を出さなくてもイタリア滞在が可能になる措置を取っている。

さらにイタリアは、ひとまず合計約5000人の兵士をウクライナ周辺国へ送る決定も下した。ハンガリーとルーマニアにはそのうちの3500人が派遣される。ルーマニアでは同国の空軍をイタリア空軍が指導しサポートする。

加えてイタリアは、ウクライナ危機を国家非常事態宣言下に置くことも決めた。それによって政府はコロナ禍中と同様に、緊急の規制や法律を国会の承認を得ることなく施行することが可能になる。

イタリアを含む欧州は、静かにだが断固とした意志で、プーチン独裁政権に対抗して臨戦態勢に入っていると形容しても過言ではない。





サラミを手土産に早く日本に帰りたい

各種サラミ650

まだ希望的観測の類ではあるものの、コロナが終息しそうだからと、日本帰国に備えてお土産を考え始めた。

するとそこにウクライナ危機が勃発して、気分が元の重さに逆戻りしてしまった。

コロナも戦争もなく、欧州もむろん日本も平和だったころ、僕は新聞に次のような趣旨のコラムを書いた。


               イタリアみやげ

かさばらない、腐らない、気どらない。それでいてイタリア的、とういうのが僕の日本へのおみやげ選択の条件である。例えばとてもイタリア的なものであるワインはかさばる。またうまいチーズや生ハムは腐りやすい。デザイン系の装飾品やファッションなどは気どる。試行錯誤を経てたどりついたのがサラミである。

サラミはかさばらず、腐らず、気どらず、しかも大いにイタリア的である。イタリアの食の本筋である肉のうま味が凝縮されていて、そのうえ優れた保存食という重大な一面もある。ところが、サラミは都会の人々には好まれるものの、田舎ではあまり人気がない。生ハム等に比べると香りや味に特徴があって、慣れない者には食べづらい印象もある。そのせいかどうか、たとえば東京あたりの友人知己には喜ばれるが、地方では人気がない。

僕の故郷の南の島々では、豚肉がよく食べられるのに豚肉が素材のサラミはもっと人気がない。地方の人は日本でもイタリアでも新しい食べ物を受けつけない傾向がある。いわゆる田舎者の保守体質というものであろう。

生まれも根っこも大いなる田舎者である僕は、白状すると、イタリアに来て丸2年間ほぼ毎日食卓に出るサラミを口にできなかった。2年後に思い切って食べてみた。

以来、今ではサラミや生ハムのない食事は考えもつかない。

僕は自分が体験した喜びを親しい人々に味わってもらおうと、いつもサラミを島に持ち帰っている。だが、歓迎されないおみやげは贈る自分もあまり喜ばず、正直少し疲れを覚えないでもない。


日本はその後、、口蹄疫、ASF(アフリカ豚熱)、高病原性鳥インフルエンザなどの家畜伝染病の侵入を防ぐため、という理由で海外からの肉や肉製品の個人持込みを禁止した。

僕のイタリア土産の主力打者であるサラミももちろん持ち込み禁止になった。

イタリアは衛生管理の厳しい先進国である。言うまでもなくサラミや生ハムほかの製品は、峻烈な生産工程を経て店頭に出る。

しかもイタリアの加工肉の種類の豊富と品質は、日本が逆立ちしてもかなわない。またその安全性はまぎれもなく世界のトップクラスである。

肉製品だけに関して言えば、あるいは日本のそれよりも安全であり安心できるとさえ感じる。

なので僕は、サラミの日本への持ち込み禁止措置なんて一時的な対策に過ぎない。すぐに解除になると考えた。

ところがどっこい2019年、禁止措置は強化されて、海外からの畜産物の持込みには3年以下の懲役、または最高100万円の罰金が科されることになった。

しかもそれだけでは終わらなかった。

翌2020年7月には家畜伝染病予防法が改正され、懲役は同じだが罰金は最高300万円にまで引き上げられたのである。

正直、目が点になった。鎖国メンタリティーの日本の面目躍如、と思った。

コロナ禍中での外国人締め出し措置に似た、日本独特の異様な政策だと今も思う。

趣旨は分かるのである。島国の利点を活かした厳格なやり方で、合理的に行えば感心できる。

だが、日本人と外国人の区別をしないウイルスをつかまえて、日本人の入国はOKだが外国人はNGというのでは、排外差別主義的な政策だと批判されても仕方がない。

肉製品の全面持込み禁止措置は、むろんコロナ政策と同じではない。が、コロナ対策に似たいわばヒステリックな思い込みが見え見えでうっとうしい。

あえてイタリアと日本の間柄だけに限って言う。

イタリアの加工肉の最高傑作である生ハムやそれに匹敵するサラミの日本への持込み禁止は、例えばイタリア政府が「イタリアでは寿司や刺身の消費を厳禁する」と言い張ることがあるとしたなら、それと同じ程度に愚劣きわまりない施策である。




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先祖返りするイタリア

鈴蘭?白650

イタリア憲法裁判所は安楽死の是非を問う国民投票を実施しない、と審判を下した。

2月15日のことである。

イタリアでは安楽死を合法化しようという気運が高まって昨年8月、国民投票を求める署名運動が75万人を突破した。

この国では50万人以上の署名で、国民投票を要求できる決まりがある。

だが憲法裁判所は、国民投票で安楽死が認められれば、憲法が保障する最低限の生命保護の義務が守られなくなる、として弱者への配慮を示す形でこれを否定した。

イタリア生命倫理委員会は昨年11月、安楽死を切望する四肢の麻痺した40歳の男性の自殺幇助を認めた。

史上初の出来事だった。

イタリアでも安楽死を求める声は年々高まっている。だから国民投票を要求する署名が多く集まったのだ。

回復不可能な病や心身の耐え難い苦痛にさらされた人々が、自らの明確な自由意志によって安楽死を願う場合には許されるべきだ。

それが文明国のまっとうな在り方だと思う。

北欧やスイスなどではそれは法制化されている。

だがここイタリアでは難しい。自殺を厳しく戒めるローマ教会の影響が大きいからだ。

それでも昨年、ついに法制化に向けての国民投票が実施される、という観測が高まったのだった。

だが憲法裁判所の拒絶でイタリアは未開国へと先祖返りした。

今後は安楽死の法制化の是非は、国会で審議されていくことになる。







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