【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

あまりにも、イタリア的な・・

神さまは私を忘れた

Fatima Negrini108歳


108歳のイタリア人女性、ファティマ・ネグリーニさんは昨年新型コロナに感染したが、奇跡的に回復した。

死の淵から生還した時、ファティマさんは「神様はどうやら私を呼び寄せるのを忘れたようだ」とジョークを飛ばして医師や看護師らのスタッフを笑わせ、それはメデァアで大きく伝えられた。
 
イタリアでは2021年2月1日現在、 8万8千人以上の人々が新型コロナで亡くなり、その多くは80歳以上の高齢者である。

そのために新型コロナから回復したお年寄りには注目が集まる。

欧州全体でもその傾向は強い。 

例えばイタリアよりも新型コロナの犠牲者が多い英国は、世界で最も早く新型コロナワクチンの接種を始める際、最初の患者として90歳の女性を選んで話題になった。

英国ではその後も94歳と99歳のエリザベス女王夫妻がワクチン接種を受けてニュースになった。

普通ならそんな事案がメディアをにぎわすことはない。ニュースバリューのある話題ではなく、且つ個人情報の争点にもなりかねないからだ。

だがそのトピックは、おそらく女王夫妻の了解も得て、ニュースに仕立てあげられた。

そこにはできるだけ多くの人にワクチンを受けるように促す宣伝の意味合いが込められている。

世界にはワクチン接種を嫌い、科学を疑う人々が少なからず存在している。
 
ここイタリアでは2020年12月27日にコロナワクチンの接種が始まり、2021年1月月31日現在、195万8千691回分が接種された。

新型コロナを克服した冒頭のファティマ・ネグリーニさんも、1月18日にワクチンの接種を受け、そのことも再びニュースになった。

イタリアのワクチン接種件数は欧州では英国に次いで多い。だがその数字は当初の計画に比べると遅れている。

製造元の欧州での生産が追いつかないというのが理由だが、説明に少々不明瞭な部分もあって、EU(欧州連合)と製薬会社が対立している。
 
コロナワクチンは医療関係者に優先的に接種され、次に感染すると重症化しやすい高齢者に接種される。

ことし6月に109歳の誕生日を迎えるファティマ・ネグリーニさんは、むろん高齢者として優先的に接種を受けた。

同時に、ワクチン接種者としては世界最高齢とも見られるその年齢によって、イタリア中に明るい話題を振りまいている。

それはさておき、

日本政府のワクチン接種戦略の迷走ぶりは目もあてられない。

いくつかの製薬会社とワクチン購入契約を結んだというが、中身はどうなっているのだろうか。

昨年からワクチンの供給を受けはじめているEU(欧州連合)でさえ、購入契約をめぐって製薬会社ともめている。

コロナ対策すらもしっかり行えない管政権が、生き馬の目を抜く世界のワクチン獲得ゲームで勝てるとはとうてい思えない。

いつから、誰に、どのようにワクチン接種を開始するかも不明瞭なら、ワクチンの入手そのものでさえ覚束ないように見える。

最短で2月の末に初のワクチン接種が行われたたとしても、EU(欧州連合)に2ヶ月以上も遅れてのスタート。

世界で初めて新型コロナワクチンの接種を始めたイギリスに比較すると、ほぼ3ヶ月もの遅れになる。

日本はワクチン接種戦略で大きく失敗して、その結果経済で欧米ほかの国々に太刀打ちできなくなる、という懸念が世界のそこかしこで出始めている。

そんな折に菅首相は、国会質疑で議員の批判を受けて「失礼だ。一生懸命仕事をしている」などと子供にも劣る愚かな答弁をした。

日本最強の権力者、という願ってもない地位をタナボタで得た彼は、その僥倖に深く感謝して謙虚になるどころか、権力を笠に着て居丈高になっている。

何おか言わんや、である。

民主主義の底の浅い日本の権力者は、お上に無批判に頭を垂れる国民が多いことに乗じて、自らが国民の下僕であることも忘れてすぐに増長しがちだ。

管首相の「失礼だ」発言はそのことを端的に示している。

国民への真摯な語りかけもコロナ対策も不得手な彼は、国民に「失礼」だ。さっさと退場してもらうほうがよほど国益にかなうのではないか。




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コンテ内閣、上院できわどい信任


2012年12月1日~8日 026 650


イタリア上院は19日、賛成156、反対140の僅差でコンテ内閣を信任した。

レンツィ元首相が率いる小政党「Italia Viva イタリア・ヴィヴァ」が連立政権から離脱したのが政局混乱の原因である。

議会絶対多数は161だった。そこに届かない場合はコンテ首相が辞任するなど、さらなる政治不安が出現する可能性もあった。

単純多数で信任されたンテ首相は「少数与党政権」を率いることになる。

イタリアでは珍しくないことだが、新型コロナパンデミックの中での厳しい政権運営になることが必至である。

イタリアでは上下両院が同等の権限を持つ。コンテ首相は予算案などの重要法案の可決の度に絶対多数工作をしなければならない。

パンデミックがはびこる非常時に、エゴイズム丸出しで政治混乱を演出したレンツィ元首相は無体な政治家だが、無体がイタリア政治の常態だから、今後もしぶとく恥知らずに生き延びるのだろう。



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コロナ死者が多くてもイタリアはもはやパニくらない


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イタリアの日ごとの新型コロナ感染者数は減少傾向にある。

ところが12月3日、1日の死者が過去最多を更新して993人にものぼった。

これまでの記録は第1波のロックダウン中の969人。3月27日のことだった。

新法令

死者が激増した同じ日、イタリア政府は、新型コロナ対策として新たな法令を発動した。

それによるとクリスマス直前の12月21日から1月6日までは、州をまたいだ移動は禁止。

また夜10時から翌朝5時までの外出も引き続き禁止とする。

さらにクリスマス当日と翌日、また元日には住まいのある自治体から外に出てはならない。

ただし、いずれのケースでも、仕事や医療また緊急事態が理由の移動は許される。

レストランは、赤、オレンジ、黄色の3段階の警戒レベルのうち、最も低い黄色の地域にある店だけ午後6時まで営業できる。

大晦日から新年をホテルで過ごす場合、食事はルームサービスのみ許される。

スキーリゾートは来年1月6日まで閉鎖。1月7日より営業が可能、など。など。

パニくらないイタリア

イタリアの累計の新型コロナ死亡者は、12月3日現在5万8千38人。

欧州ではイギリスの6万210人に次いで多い。

欧州で死者が節目の5万人を超えているのは、イギリス、イタリア、そしてフランスの5万4千231人。スペインの死者数ももうすぐ5万人クラブに入る勢いである。

イタリアの1日あたりのコロナ感染者数は、例えば日本に比べると、依然としてぞっとするほどに多い。重症者も、従って死者も然りである。

なぜイタリアのコロナ死亡者は多いのか。答えは相変わらずイタリアが欧州一の高齢化社会だから、という陳腐なものだ。一種のミステリーである。

もやもやした心情を抱きつつも、人々は落ち着いている。第1波のコロナ地獄と全土のロックダウンを経験して、イタリア国民はコロナとの共存法をある程度獲得し、さらに獲得しつつある。

イタリアが最も賑やかになるクリスマスシーズンを控えめに過ごして、休暇後の感染爆発を回避しようとする政府の方針は、ほとんど国民的合意といってもかまわないように見える。

そうした社会情勢は、2回目のロックダウンを敷いて感染拡大をいったん制御し、クリスマスを前に一息ついているフランス、イギリス、スペインなども同じ。

欧州主要国の中ではドイツだけがロックダウンを延長しているが、それはドイツ的慎重の顕現で、同国のコロナ状況は依然として英仏伊西よりも良好である。


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コロナ禍中の盆も盆 



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今日11月2日はイタリアの盆である。「死者の日」という奇妙な名で呼ばれるが、日本の盆のように家族が集まって亡くなった人々を偲ぶ祭りの日。

「死者の日」の前日は「諸聖人の日」。さらにその前日、10月31日は「ハロウィン」である。ハロウィンとは「全ての聖人(諸聖人)の日の前夜」のことである。

「ハロウィン」「諸聖人の日」「死者の日」の三者は、全てのキリスト教徒ではなく“多くのキリスト教徒“にとっては、ひとかたまりの祭りである。次の理由による。

ハロウィンは元々キリスト教の祝祭ではなく古代ケルト人の祭り。それがキリスト教に取り込まれた。カトリック教会では今もハロウィンを宗教儀式(祭り)とは考えない。

一方、米英をはじめとする英語圏の国々では「ハロウィン」は重要な宗教儀式(祭り)。プロテスタントだからだ。プロテスタントは聖人を認めない。だから緒聖人の日を祝うこともない。

ところが「死者の日」はプロテスタントも祝う。カトリックを批判して宗教改革を進めたマルティン・ルターが祭りを否定しなかったからである。

つまりひとことで言えば、「ハロウィン」はキリスト教のうちでもプロテスタントが主に祝う。「諸聖人の日」はカトリック教徒が重視する。

「死者の日」には人々は墓地に詣でる。あらゆる宗教儀式が教会と聖職者を介して行われるのがカトリック教だが、この日ばかりは人々は墓地に出向いて直接に霊魂と向かい合うのである。

イタリアは他のほとんどの欧州諸国と同じように新型コロナ第2波に呑み込まれつつある。そのせいで墓参りをする人々が普段よりも少ないと見られている。

今日の「死者の日」は、カトリックもプロテスタントも寿ぐ。激しい選挙戦が展開されているアメリカに例えて言えば、分断の象徴が「ハロウィン」と「緒聖人の日」。融和の象徴が「死者の日」である。

「死者の日」は霊魂を迎える祭りであり、死者と生者が互いを偲びつつ静かに交流する機会。且つカトリックもプロスタントも祝う。つまり二重の意味で融和の祝祭なのである。

急速に悪化しつつあるコロナ禍と、明日が投票日の米大統領選の険しい動きを逐一追いかけるうちに、アメリカに融和は訪れるのだろうか、ととりとめもなくまたこじつけのように思ったりもしている。



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イタリアはコロナ感染抑制の「貯金」を使い果たしつつある


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英仏スペインを筆頭に進んできた欧州の新型コロナ感染拡大の第2波が、どうやらこれまで極めて静かだったイタリアも飲み込みこんでさらに勢いを増しつつあるようだ。

10月初めのイタリアの一日当たりの新型コロナ感染者数は2000人台だった。当時はそれは驚くほど大きな数字に見えた。ロックダウン解除後、イタリアの新規感染は低い水準で推移していたからだ。

ところがその数字は感染が急増していたスペイン、フランス、イギリスなどに比べると、とても低い水準に過ぎなかった。だがその後イタリアの感染者数は、3国をなぞるようにじわじわと増え続けた。

そして10月16日、ついにイタリアの一日当たりの感染者数は1万人を超えた。翌日も増えて1万925人が新たに感染した。また累計の感染者数も節目の40万人を超えた。

18日は日曜日にもかかわらず感染者数はまた増えて1万1705人に達した。週末は欧州のほとんどの国と同じようにイタリアの検査数も少なくなる。それでも新規の感染者数は減らなかった。

だが第2波が猛威を振るっているフランスでは、イタリアの感染者数が1万人に達する前の10月15日に、一日の感染者数が3万人を超えた。それを受けてフランス政府は、首都パリを含む9都市に夜間外出禁止令を発動した。

パリの街の灯がまた消えた。マルセイユ、リヨン、グルノーブル、 サン・テティエンヌなどの街の夜も漆黒に閉ざされる。規制期間は4週間。だが状況によっては延長されることが決まっている。

スペインとイギリスの感染拡大も続いている。10月15日、イギリスの感染者は1万8980人を数えた。スペインの毎日の新規感染者数も極めて多い。優等生のドイツでさえ間もなく1万人に迫る勢いである。

各国は感染拡大に伴ってさまざまな規制をかけ始めている。飲食店などの営業時間が短縮されバーやパブなどでの立ち飲みも制限される。ロンドン市内にある3600余のパブの多くは、今後の展開によっては倒産閉鎖に追い込まれる可能性がある。

またスペインのカタルーニャ州では、バーやレストランの営業が大幅に制限されテイクアウトのみが可能となる。さらにジムや文化施設またショッピングセンターや各種店舗では、それぞれ定員の50%まで、あるいは30%まで、と収容人数が制限される。

一方オランダでは、全てのバーやレストラン、カフェなどの店内営業が全面禁止。テイクアウトのみが許されることになった。さらに人々が各家に招待できる客の数は1日に3人までに制約される。

国民の辛苦を尻目にオランダ王室の家族はギリシャに休暇に出向いた。当然国民から強い怒りの声が沸き起こった。そのため愚か者の王室のメンバーがあわてて休暇を切り上げる、というハプニングもあった。

その他の欧州の国々、たとえばチェコ、ベルギー、ポルトガル、またポーランドなどの感染拡大も急速に進んでいる。第2波はもはや誰にも否定できない。

ここイタリアではさらに、一日の感染者数が1万1705人に膨れ上がった10月18日以降は、各市町村長が、地域の広場や道路を含む公共の場所を夜9時をもって閉鎖できる、とする政府の決定が告示された。

同時にバーやカフェなどの営業は、午後6時以降はテーブル席のみに制限され、各席の人数は最大6人まで、とも決められた。レストランの営業もそれに準じる。また公共交通機関の混雑を避けるために、各学校に時差登校を要請するなどした。

イタリアでは長く厳しい全土封鎖措置を導入したことが功を奏して、夏の間は感染が押さえ込まれてきた。日毎の死者数も3月から4月のピーク時の900人超から激減した。だが感染拡大はじわじわと進行しつづけた。

イタリアは最近、残念ながら第1波の過酷な犠牲によって獲得した感染抑制の「貯金」を使い果たしつつあるように見える。だが人々の中にしっかりと留まっている恐怖心が感染拡大を堰き止めるだろう。

たとえ思い通りに感染を抑制できなくても、3月~4月の感染爆発とそれに伴う医療崩壊への怖れ、と同時に最終的にはそれを克服した自信が相まって、イタリアは危機を上手く切り抜けるだろう。

切り抜けると信じたい。


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海が割れるモーゼの奇跡がベニスに出現!



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沈み行くベニスにどうやら救世主があらわれたようだ。

2020年10月3日、ベニスは高潮に見舞われて街じゅうが水浸しになると予想された。住民は浸水に向けて建物や通りを厳重に防御し長靴や雨具などで重装備をした。海抜の最も低い街の中心のサンマルコ広場を筆頭に、戦々恐々とした時間が流れた。

高潮は135cmを超えると予報が出た。そこで巨大な移動式堤防「モーゼ」が起動されることになった。普段は水中に没している78基の鉄製の防潮ゲートがせり上がって、外海からベニスの潟湖へと流入する潮を堰き止めるのである。

装置はこれまで一度も使用されたことがなかった。試験的な起動は行われていたが、高潮時に実際に始動したことはないのだ。それどころか試験運転の成否はあいまいで、住民を納得させるだけの結果は得られていなかった。

モーゼの構想は1980年代に生まれ、建設は2003年に始められた。しかし経費の高騰や繰り返し起きた汚職問題などで、完成が何度も先延ばしにされてきた。いつまでも成就しない事業にベニスの住民は疲れ、モーゼへの期待も信頼もほぼ全て無くしてしまっていた。

人々は今回の悪天候でもお決まりの辛苦を想定した。ところが高潮が135cmに達してもベニスの街に水は流れ込まなかった。海抜の低いサンマルコ広場周辺も地面は乾いたままだった。つまりモーゼは見事に膨大な潮の流れを堰き止めたのである!

史上初の快挙にベニス中が沸き立ち、イタリア全土が賛嘆した。建設開始から数えて17年の歳月と55億ユーロ(約7000億円)以上の税金を飲み込み、汚職と疑惑と不信にまみれた一大プロジェクトがついに完成したのだ。

ベニスは遠浅の海に浮かぶ100以上の島から成る。海に杭を打ち込み石を積んで島々を結び、水路を道に見立てて街が作られている。街が生まれた5世紀以来、ベニスは悪天候の度に高潮に襲われてきた。海に浮かぶ作為の土地の宿命である。

近代に入ると、地下水の汲み上げなど工業化による地盤の乱用によって、街自体が沈下を始めた。海抜1メートルほどの高さしかないベニスの礎は、1950年から70年にかけての20年間だけで、12センチも沈降した。現在は大幅に改善されたが、脆弱な土壌は変わることはない。

人災がなくなっても残念ながらベニスの不運が変わることはない。というのもベニスの地下のプレートが、毎年数ミリづつ沈下しているからだ。放っておいてもベニスの大地は、数百年後には海抜0メートルになる計算である。

現在ひんぱんに起こるベニスのいわゆる水没問題の本質は、しかし、地盤沈下ではなく高潮の恐怖である。ベニスには秋から春にかけて暴風雨が頻発する。それによって高潮が発生してベニスの潟に洪水のように流れ込む。

元からあるそれらの悪条件に加えて、最近は温暖化による水位の上昇という危難も重なった。そのため自然と人工の害悪が重層的に影響し合って、ベニスの街はさらに大きな高潮浸水に襲われる、という最悪の構図が固定化してしまった。

高潮はアフリカ大陸発祥の強風「シロッコ」によって増幅され膨張して、アドリア海からベニスの浮かぶ潟湖へとなだれ込む。そういう場合にベニスは“沈没”して、壊滅的と形容しても過言ではない甚大な被害を蒙るのである。

ベニスで最も海抜が低いのは、前述したサンマルコ広場の正面に建つサンマルコ寺院。その荘厳華麗な建物は、1200年の歴史の中で高潮による浸水被害を6度受けた。そのうち4度は過去21年の間に起きている。その事実は、ベニスの高潮問題が地球温暖化による海面上昇と無関係ではないことも示唆している。

年々悪化する浸水被害を食い止めようとして、ベニスでは古くから多くの施策が編み出され試行錯誤を繰り返してきた。その中で究極の解決策と見られたのが、ベニスの周囲に可動式の巨大な堤防を設置して海を堰き止めるという壮大な計画、「モーゼ・プロジェクト」なのである。

モーゼという名は旧約聖書からきている。モーゼがヘブライ人を率いてエジプトから脱出した際、海が割れて道ができたという一節を模しているのだ。モーゼは海を割って道を作る軌跡を起こした。「モーゼ・プロジェクト」は海を遮断して壮麗な歴史都市ベニスを救うのである。

2020年10月3日、高潮の予報が出たとき、当局は史上初めてモーゼを起動すると発表した。だが既述したように、ベニスのほとんどの住民はモーゼの実効性を信じることはなく、むしろ「うまくいくわけがない」と内心で嘲笑った。誰もが濡れ鼠になることを覚悟した。

ところが、おどろいたことに、モーゼはうまく高潮を堰き止めた! 着想から数えると何十年もの遅延と汚職と疑義にまみれた歳月を経て、巨大プロジェクトがついに成功を収めたのだ。標高が最低のサンマルコ広場を含む海抜1メートルほどの街の全体が、史上初めて高潮災害時に浸水しなかった。

ベニスはあるいは今後、高潮の被害から完全に開放されようとしているのかもしれない。それはこの先、史上最悪の高潮だった1966年の194cm、また昨年11月に起きて甚大な被害をもたらした187cmの高潮などに迫る大難が襲うときに、一気に明らかになるだろう。



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イタリア南部の感染爆発が怖い



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フランス、スペイン、イギリス、ベルギーなどに続いてイタリアもついにコロナ感染爆発第2波に襲われつつあるようだ。

ここのところほぼ連日、ロックダウン解除後の新規感染者数の新記録が書き換えられていて、10月10日は5724人となった。

イタリアは6月のロックダウン解除後、比較的穏やかだった。ロックダウンをどの国よりも長く厳しく維持し、解除を段階的に行った結果が出た。

一方ロックダウンをイタリアよりも遅れて且つ緩やかに実施し、それの解除は素早く大幅に行った英仏西他の国々は、すぐに第2波に襲われた。

3月から4月にかけて医療崩壊に見舞われ。真のコロナ地獄を体験したイタリア国民の間には強い恐怖感がある。それも感染拡大の抑止力になってきた。

だが欧州大陸全体の感染拡大の大波は、イタリア一国の努力や警戒や恐れを軽々と呑み込んでさらに膨張する気配だ。

パリやマドリードやロンドンまたブリュッセルなどの大都市では、ロックダウンを彷彿とさせる規制がかけられたりしている。

イタリア全土の再びのロックダウンは考えにくいことだが、それらの都市と同じ程度の管制や束縛はイタリアでも必ず導入されるだろう。

イタリアの第2波の不安は、第1波では比較的傷が浅かった中部や南部で感染拡大が進むことだ。そこは北部と違って医療体制が脆弱だ。

第1波では、欧州でも一級の医療体制を整備した北部ロンバルディア州が、突然想定外の感染爆発に見舞われて医療崩壊に陥った。

同じことがイタリア南部で起これば、第1波よりも悲惨な事態になりかねない。現にナポリが州都の南部カンパーニャ州では、急速な感染拡大が起きて医療体制が緊張している。

加えて、感染爆心地だったロンバルディア州を始めとする北部州の感染拡大も再燃しつつある。状況は全く予断を許さない。

イタリアは第1波から多くのことを学んだ。医療現場の信頼と自信は深まっている。

しかし北部と南部が同時に、あるいはかつてのロンバルディア州並みの勢いで南部のどこかが感染爆発に見舞われたなら、第1波を凌駕する恐慌が訪れる可能性も高い。



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コロナがいてもトマトソースは作らねば



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今年はトマトが不作だった。新型コロナのせいである。もっと正確に言えば、新型コロナの脅威に心が折れて、菜園から足が遠のき種まきや苗の植え付けが少し時期外れになった。

その後の世話も後回しになり、遅れ、見逃し、忘れがちになった。一時は世界最悪だったイタリアのコロナ禍は、それほどに凄まじかった。

加えて菜園の土の地味が弱いのも不作の一因になっているようだ。野菜作りは土作りである。地味が良くなかったり土が瘠せていては作物は大きく育たない。

トマト以外の、例えばフダン草やナスや春野菜の出来も良くなかった。堆肥の投入が必要なようだ。菜園は完全な有機栽培である。

不作ながら8月と9月の2回、トマトソース作りをした。8月には500ml 9本+250ml 1本、9月には500ml 7本、計いわば16,5本。8リットル余のトマトソースを作った。大分少ない。

家族や友人に分けると自家消費分はほとんど残らないだろう。しかし、皆楽しみにしているので、分けないわけにはいかない。

トマトソース作りは:

1先ずトマトのヘタ周りに包丁を入れて芯をえぐり取る。

2反対側にやはり包丁で十文字(✕印でも何でもいい)の切り込みを入れる(そうしておくとトマトを茹でたとき皮がつるりと剥ける)。

3トマトを沸騰した湯に浸し、取り出して冷水に投げ込み冷やす。

4皮を剥き、適当な大きさに切るなりして身を絞り出す。皮は捨てる。芯と同様に硬くてソースには向かないから。

5絞り出した身を沸騰させて煮ながら水分を飛ばす。どろりとした感じなった時点で火を止め、そのまま冷ます(一晩なり)。

6保存用の容器(瓶など)に移し(分け)入れ、ソースを覆うようにオリーブ油を少し加える。きっちりと蓋をする。

7.全ての瓶が出来上がったら、瓶の全体が水に浸かる深さの鍋に入れ、冷水から沸騰させる(煮沸していく)。

8沸騰したらそのまま5分ほど置き、火を消す。

9鍋の中で冷ます(一晩なり)。湯が完全に冷めたら一本一本取り出す。出来上がり。

ソースには塩やハーブを加えても良い。僕は一切何も入れない。後で調理をするときに好きなだけ追加すればいい、と考えるから。

ソースはきっちりと手順を踏んで作れば常温でも1年は保つ。冷蔵保存すればもっと長持ちする。僕の場合は冷蔵保存で3年、という記録があるが科学的、専門的に見たときにどうなのかは分からないのでおすすめはできない。

そのときのソースは3年目で食べつくしたが、もしかするとそれ以上長持ちするケースもあるかも、というふうにも思う。



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スペインの憂うつ、欧州の心労



殉教医師
イタリアの新型コロナ殉教医師たち


スペインで新型コロナの感染拡大が続いている。8月21日金曜日から24日月曜日までの4日間だけで新規感染者が2万人以上増え、累計の感染者は405436人と欧州で最も多い。

また過去2週間の人口10万人当たりの感染者数は166,18人。ちなみに同じ統計のイタリアの数字は10人。フランスは50人前後である。

感染者の増加とともに入院患者またICU(集中医療室)収容の患者も激増。医療体制の逼迫が懸念されている。死者の数も増えて累計で28872人。

だが累計の死者数は死亡前の検査で陽性と確認された患者のみのデータ。他の国々の知見と同様に実際の死者はもっと多いと考えられている。

スペインではこれまでに530万件の新型コロナウイルス検査が実施された。国民の11,5%にあたる。検査数は時間と共に増える傾向にある。

政府高官や論者の中には、例によって、検査件数の多さが感染者数の増大につながっている、と陳腐な主張をする者がいる。

だが他の欧州の国々は、検査数はスペインよりも多く、感染者の比率は同国よりも低いケースがほとんどだ。

たとえばドイツは国民の12,2%、イタリアは12,8%、イギリスに至っては国民の22,1%に検査を行っている。が、感染比率も感染拡大速度もスペインより鈍い。

スペイン国民はハグや握手やキスなどの体接触が多く、何世代もの家族が同じ屋根の下で住んでいることも珍しくない。そういう社会環境などが感染拡大に貢献している、という意見もある。

しかしそうした社会状況や住環境はイタリアも同じだ。またラテン系のフランス国民もボディコンタクトが多い部類の人々だ。

イタリア人はハグやキスが好きだから感染爆発を招いた、というのは3月から4月にかけてイタリアが世界最悪の感染地獄に陥ったころに、日本を含む世界中の知ったかぶり評者がさんざん指摘した論点だ。

むろんそういう事もあるには違いないが、同じ文化傾向を持つイタリアの感染拡大が抑えられているのだから、スペインの感染拡大をそのことだけで説明するのはいまの状況では無理がある。

厳しいロックダウンへの反動で人々が急速に、幅広く、無制限に自由を求めて活動を始めたことが原因、という指摘もある。それにもまた一理がある。

だがその点でも、再び、イタリアほか英独仏などの欧州主要国や多くの小国が同じように評価される。スペインだけの専売特許ではないのだ。

スペインの中央集権体制がゆるやかで、地方が多くの権限をもつために、統一したコロナ対策を打ち出せないのが感染再拡大の理由、と主張する者もいる。

その説も納得しがたい。なぜならイタリアもまたドイツも、地方自治の強い国だ。イタリアに至っては、独立志向の強い地方を一つにまとめるために、国家が中央集権体制を敢えて強めようと画策さえする、というのが実情だ。それは往々にして失敗するけれど。

また農業関係の季節労働者が、集団でそこかしこの農地を渡り歩いて仕事をすることも、感染拡大の原因の一つとされる。だがそれもイタリアやフランスなどと何も変わらない現実だ。

ではなぜスペインの感染拡大が突出しているのか、と考えていくと見えてくるものがある。特に国民性や文化習慣が似ているイタリアと比較すると分かりやすい。

それはひとえにロックダウン解除後の、社会経済活動の「通常化」へのペースの違いによるもの、と個人的に思う。

ロックダウンを断行した国々は、一国の例外もなく経済を破壊された。そしてロックダウンを解除した国は誰もが、大急ぎで失なわれた経済活動を取り戻そうとした。

中でもスペインは、特に大きなダメージを受けた観光業界を立て直そうと焦って性急な動きをした。国境を開いて外国人を受け入れ、隔離策などもほとんど取らなかった。

多くの国からの旅人を早くから受け入れたスペインには、ロックダウン解除直後の7月だけで、200万人あまりの観光客がどっと流入した。

同時に国内の人の動きにもスペイン政府は割合大らかに対応した。厳しいロックダウンに疲れ切っていた国民は喜び勇んで外出し動き回った。

やがてバカンスのシーズンがやってきて、スペイン国民の移動がさらに激しくなり、外国人の流入も増え続けた。そして感染拡大が始まり加速した。

スペイン政府の対応は、実はイタリア政府のそれとうり二つである。ところがイタリアはスペインに比べて「通常化」への動きがゆるやかだ。それが今現在の両国の感染状況に違いをもたらしている。

そして通常化、特に経済再開のペースに違いが生まれたのは、両国が体験したコロナ感染流行第1波の「恐怖」の大きさの違いによるもの、と考える。

イタリアは3月から4月にかけて、コロナ恐慌に陥って呻吟した。それはやがてスペインに伝播しフランスにも広がった。さらにイギリス、アメリカetcとパニックが世界を席巻した。

イタリアは医療崩壊に陥り、3万5千人余の患者のみならず、なんと176名もの医師が新型コロナで斃れるという惨状を呈した。

イタリアには見習うべき規範がなかった。中国の被害はイタリアのそれに比較して小さく、参考にならなかった。イタリアは孤立無援のまま正真正銘のコロナ地獄を体験した。

世界一厳しく、世界一長いロックダウンを導入して、イタリアは危機をいったん克服した。だが巨大な恐怖心は残った。それがロックダウン後のイタリアの動きを慎重にしている。

イタリアに続いてスペインも感染爆発に見舞われ医療危機も体験した。だが、スペインにはイタリアという手本があった。失敗も成功も悲惨も、スペインはイタリアから習うことができた。その違いは大きい。

恐怖の度合いがはるかに小さかったスペインは、ロックダウン後は良く言えば大胆に、悪く言えば無謀に経済活動を再開した。その結果感染拡大が急速に始まった。

そうした状況は多くの欧州の国々にもあてはまる。フランスやベルギー、マルタやルクセンブルクなどがそうだ。ドイツでさえ第2波の襲来かと恐れられる事態になっている。

しかしイタリアは今のところは平穏だ。バカンスの人の流れが影響して感染拡大の兆候は見えるが、欧州の中では最も感染拡大が少ない国の一つになっている。

イタリアにも気のゆるみはある。イタリアにも感染防止策に熱心ではない者がいる。マスクを付けず対人距離の確保も気にしない不届き者も少なくない。

だがイタリア人の中には強い恐怖心がある。そのために少し感染拡大が増えると人々の間に緊張が走る。自由奔放と言えば聞こえがいいが、いい加減ではた迷惑な言動も少なくないイタリア国民が、新型コロナに関してはひどく真面目で真摯で民度の高い行動を取るようになっている。

それが今のところのスペインとイタリアの違いであり、ひいてはイタリアと欧州の国々の違いである。イタリア国民はこと新型コロナに関しては、ドイツ人よりも規制的であり、フランス人よりも論理的であり、英国人よりも真面目であり、そしてもしかすると、日本人よりも従順でさえあるかもしれない。

飽くまでも「今のところは」だが。。



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じわじわとバカンスの付けがやってくる

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イタリアは連日、ロックダウン中の~月~日以来の高い感染者数、という枕詞が付くコロナ感染拡大が続いている。

夏のバカンスによる人の移動が感染拡大の大きな原因。8月19日にロックダウン解除後で最悪の642人の新規感染が出て以来、20日845人、21日947人、22日1071人と連日最悪記録を更新し続けている。

バカンスが終わる頃には再び感染爆発があるのか、それとも逆に収まっていくのか誰にも分からないが、前者を恐れる声のほうが強い。

繰り返し記してきたように、イタリアのコロナ感染状況はここ欧州の主要国の中ではまだとても良好だ。具体的にいえば8月21日現在、人口10万人あたりのイタリアの感染者数は10。

一方第2波の到来かと懸念されているスペインの数字は、人口10万人あたり132、2人。フランスが40人である。英国もイタリアの2倍の数字になっている。

またルクセンブルグとマルタは98人。ベルギーが60人など、欧州内の小国でも感染拡大の兆候は顕著になっている。全てバカンスの人の動きが原因と見られている。

イタリア政府は先日、若者の間のコロナ感染源の一つになっているとして、ディスコ(クラブ)の閉鎖を命令した。

ロックダウンで閉鎖されていたイタリア全土のディスコは、屋外での飲食のみが許され且つ「踊りは全面禁止」、という厳しい条件付で営業が許可されていた。

しかし規制を破る店が多く、客が屋内外で普通に、しかも集団で踊る光景が後を絶たず、クラスターが発生するケースが増えた。そこで閉鎖処置が取られた。

これに対してイタリアのディスコ&ナイトクラブの組合は、政府がクラブ(ディスコ)の閉鎖を命令したのは違法、としてラツィオ州裁判所に提訴した。

組合は政府の業界への補償や支援が適切に行われるなら、提訴を取り下げるとも表明していたが、ラツィオ州裁は「国民の健康は組合の経済利益よりも重要」として、即座に国の決定を支持する裁定を下した。

イタリアにはおよそ3000軒のディスコやナイトクラブがあり5万人を雇用している。閉鎖によって業界全体で40億ユーロの収入が失われる。

ディスコやナイトクラブは、レストランやバールなどの飲食店がロックダウン解除後に営業再開を許可された後も、感染拡大防止策として長く閉鎖されていた。

厳しい条件付で営業を再開したものの、再び閉鎖命令。多くの店が倒産に追い込まれるのは必至と見られている。国民の健康と経済のバランスをどう取るかの答えはまだまったく出ていない。


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渋谷君への手紙~死者が増えるほど日本はきっと強くなる


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『 渋谷君

僕の故郷の沖縄県が人口10万人あたりの新型コロナ感染者数で東京を抜いてダントツ日本一、という情報をわざわざ送ってくれてありがとう。実は僕もメディアやネットでニュースを知って気にしていました。観光地ということもあるのでしょうが、沖縄の感染者が増えているのは米軍のせいもあるのか、などと心配しています。

沖縄のみならず、日本全体の感染者数が増えているのはちょっと不気味ですね。ただヨーロッパの状況も怪しい。今のところここイタリアは静かですが、スペイン、フランス、ドイツが変な雰囲気になってきました。

イギリスもそうです。あの国はロックダウン不要論に基づいて、ジョンソン政権が第一波の初期対応を誤ったことが依然として尾を引いています。その点イタリアは逆に、誰よりも早くまた誰よりも厳しいロックダウンを敢行した分、「今のところは」息がつけている、というふうです。

ただしイタリアの新規感染者もコンスタントに出ていて、僕は第2波(この言い方には強い違和感を覚えますが分かりやすいようにそう書きます)の到来は必ずあると思っています。

イタリアは3月から4月にかけて、どこからの援助もなく、それでも誰を怨むこともなく、且つ必死に悪魔のウイルスと格闘しました。当時イタリア国民は苦しみ、疲れ果て、倒れ、それでも立ち上がってまたウイルスと闘う、ということを繰り返していました。

ウイルス地獄が最も酷かったころには、医師不足を補うために300人の退職医師のボランティアをつのったところ、25倍以上にもなる8000人がすぐさま手を挙げました

周知のように新型コロナは高齢者を主に攻撃して殺害します。加えて当時のイタリアの医療の現場は、当局の見込み違いなどもあって患者が病院中にあふれかえり、医師とスタッフを守る医療器具はもちろんマスクや手袋さえ不足する、という異常事態に陥っていました。

8000人もの老医師はそうしたことを十分に承知のうえで、安穏な年金生活を捨てて死の恐怖が渦巻くコロナ戦争の最前線へ行く、と果敢に立ち上がったのです。僕はあの時のことを思うと今でも鳥肌が立つほどの感動を覚えます。

退役医師のエピソードはほんの一例に過ぎません。厳しく苦しいロックダウン生活の中で、多くのイタリア国民が救命隊員や救難・救護ボランティアを引き受け、困窮家庭への物資配達や救援また介護などでも活躍しました。

逆境の中で毅然としていたイタリア人のあの強さと、犠牲を厭わない気高い精神はいったいどこから来るのだろうか、と僕は真摯に、そしてしきりに思いを巡らずにはいられません。あれこれ考えた末に行き着くのはやはり、イタリア国民の9割以上が信者ともいわれるカトリックの教義です。

カトリック教は博愛と寛容と忍耐と勇気を説き、慈善活動を奨励し、他人を思い利他主義に徹しなさいと諭します。人は往々にしてそれらの精神とは真逆の行動に走ります。だからこそ教義はそれを戒めます。戒めて逆の動きを鼓舞します。鼓舞し続けるうちにそちらのほうが人の真実になっていきます。

いい加減で、時には嘘つきにさえ見えて、いかにも怠け者然としたゆるやかな生活が大好きな多くのイタリア国民は、まさにその通りでありながら、同時に寛容で忍耐強く底知れない胆力を内に秘めています。彼らはいわば優しくて豪胆なプー太郎なのです。

イタリア国民のストイックなまでに静かで、意志的なウイルスとの戦いぶりは、僕を感動させました。彼らの芯の強さと、恐れを知らないのではないかとさえ見える根性のすわった態度に接して、僕はこの国に居を定めて以来はじめて、許されるならイタリア人になってもいい、と腹から思うようになりました。

ご存じのように日本人が他国籍を取得したいなら、日本国籍を捨てなければならなりません。僕は今のところは日本国籍を放棄する気は毛頭ありませんので、実現することはないと思います。が、イタリア人になってもいいと信ずるほどに、イタリア国民を心底から尊敬するようになったのです。

8月に入ったイタリアのコロナ環境は、3月、4月の惨状が嘘のような静けさに包まれています。だが世界では8月4日現在、感染者の多い順にアメリカ 、ブラジル、インド、ロシア、南アフリカ 、メキシコ 、ペルー、チリ 、コロンビア、イランなどの非欧州国がコロナの猛攻撃にさらされています。

それらの国々の中で以前のイタリアの恐怖と絶望感を今このとき味わっているのは、世界最大の感染国アメリカではなく、恐らく医療体制の脆弱なインド、パキスタン、イランほかの中東諸国、またブラジルとペルーに代表される南米各国などでしょう。僕には彼らの苦境が容易に想像できます。

一方、状況が芳しくない日本のコロナの状況については、実は僕はそれほど心配していません。いえ、もちろん心配はしていますが、イタリアのかつての地獄絵図を知っている身としては、日本で今後何が起きてもどうということもない、と達観もしているのです。

この先に日本で感染爆発が起きても死者が激増しても、3月から4月頃のイタリアの惨状には決して陥らない、と信じています。イタリアのように医療崩壊さえ起こさなければ、苦しい中にも救いはあるのです。いえ、それどころか、医療崩壊を避けることができれば、何も恐れることはありません。

医療崩壊に陥ったころのイタリアは、いま振り返っても本当に怖い状況でした。前例もないまま、突然にコロナ地獄に投げ込まれ、文字通りの孤立無援の中、ただ一国で呻吟するしかありませんでした。民主主国家イタリアの全土封鎖は、独裁国家の中国の武漢封鎖とは違う困難をもたらしました。

その後、アメリカやブラジルも地獄にはまって行きますが、彼らには少なくとも「イタリアという前例」 がありました。またイタリアを見て対策を考えることができたスペイン、フランス、イギリス、その他多くの国々の動きも参考にすることができました。

イタリアは真実孤独でした。僕の周りにおいてさえ人がバタバタ死んでいきました。何が起きても日本はとてもあんなふうはならないでしょう。誤解を恐れずにあえて言えば、むしろもう少しくらい重傷者や死者が出るくらいのほうが、経済つまり金のことしか考えていないように見える、日本の政治家や御用学者や経済人らに灸を据える効果があるのではないか、とさえ思っています。

日本がイタリアの絶望的な状況に陥るのなら、それはイタリアの失敗やその後のスペイン、フランス、イギリス、また南北アメリカなどの苦境から何も学ばなかったことを意味します。その場合には、安倍晋三首相と彼の政権は万死に値する、と言っても構わないでしょう。だが言うまでもなく、そういう事態にはなならずに感染拡大が収まればそれに越したことはありませんが。。

 以上                                     
                                  それではまた 』



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イタリアの死者数が最低でもコロナはそこにいる


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2020年6月27日現在、イタリアの累計感染者数は24万人を超えた。だがそこから回復者数と死亡者数を引いた実質感染者数は16836人。

イメージが湧きやすいように敢えて言えば、イタリアの今日現在のコロナ感染者数は日本の累計感染者数18409人より約1500人も少ない。

世界一のコロナ感染地獄国と化したイタリアが、人々の恐怖と不安と悲鳴と絶望に埋め尽くされていた、一時期の悲惨な状況からは考えられないような改善である。

そのトレンドを確認するかのように、6月27日の死亡者数は8人とコロナ禍が本格化して以来初の一桁台になった。

また集中医療室患者数は97人、とこちらも初の2桁台。新記録である。なお感染拡大時には1日あたりの最大死者数は919人、 集中医療室患者数は4068人にものぼっていた。

イタリアの新型コロナ惨禍は間違いなくいったん落ち着きつつある。だがそれはあくまでも「いったん」だ。先行きは全く見えない。

数字が目覚しい改善を見せた一方で、南部イタリアのナポリ県を含む全国の10の地域であらたに集団感染が発生した。

また夏を迎えほとんどのロックダウン規制が解除されて、国中の至るところで対人距離の確保はおろかマスクさえ付けない人々が、密集し歓談し遊びほうける様子がひんぱんに見られる。

今の状況では、コロナウイルスが奇跡的に且つ自然に消滅でもしない限り、秋から冬にかけて感染流行の第2波、第3波が襲い掛かるのは必定と見える。

そうした状況はイタリアに限ったものではなく、スペインでもフランスでもそしてイギリスでも見られ、心ある人々を戦慄させている。

僕はそろそろ次のロックダウンに備えた動きを始めようかと考えている。ロックダウンには至らなくとも、大きな規制をかけなければ収まらない事態が必ず来る、と思うから。

同時に英オックスフォード大学とイタリアの製薬会社が組んで開発している新型コロナワクチンが、噂通り年内に完成することを期待しつつ。

ワクチンは予定通りならイタリアでもすぐに入手可能になる。そうなればロックダウンも必要なくなるかもしれない、と楽観もしながら。。



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デブるイタリア



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統計によるとイタリア人は、新型コロナ感染抑止のために行われたロックダウン中に平均2キロ太った。

自宅にこもりきりで運動や散歩もできないのに、いやできないからこそ、人々の食事の量は18%増えた。

不安やストレス、またロックダウンによって十分な食料が手に入らなくなるのではないか、という恐怖感などが悪く作用した。

食べるものはジャンクフードにも似た簡単な内容や作りの料理。砂糖のほかパスタに代表される炭水化物、また脂肪質の豊かなもの。

その一方で、料理の勉強のために時間をかけてじっくりと調理をする独身者や若者も増えたが、飽くまでも少数派だった。

ロックダウンが明けた今、イタリア国民の47%にも当たる人々が、減量が当面の最大の目標と答えている。

良い話もある。ロックダウン中は66%の家庭が、野菜や果物の皮など、食べられない部分を除いて食料をほとんど何も捨てなかったと答えた。

またロックダウン初期の3月には、犯罪も大幅に減少した。昨年同月比で約70%も減ったのだ。DV(家庭内暴力)も37,4%少なくなった。ロックダウン中にDVが増えた英国やフランスとは逆の現象である。

一方、高利貸しなどの悪徳商法の被害者は10%近く増えた。これはロックダウンによる営業縮小で、経済的に行き詰まった小規模事業者や個人が、マフィアなどの犯罪組織から金を借りるケースが急増したもの。

シチリア島をはじめとするイタリア南部では、マフィアほかの犯罪組織が経済的に困窮する人々を救済する振りで金を貸したり贈与するなどして、彼らを借金漬けにして食いつぶす手法が社会問題になってきた。

経済活動がほぼゼロにまで制限されたロックダウン下で、組織犯罪が横行し特に貧しい人々が被害をこうむる事態に、イタリア司法は強い警鐘を鳴らしている。

倒産の不安を抱える企業はイタリア全体で4割近くに上る。パーティーや会食などに出張し料理を提供するケータリングを含む飲食サービス業また歓楽業では、5万社が破産し30万人が失業する可能性がある。

営業再開が全面解禁になったものの40%しかオープンしていないホテル業では、5月だけでも11万8千の季節雇用が失われた。

面白いことにロックダウン中にはおよそ63万人が禁煙に成功した。ただし、電子タバコの喫煙者は43万6千人増加。紙巻きタバコから電子タバコに乗り換えた者が多い、と見られている。

その一方で国家環境保護対策局の分析では、ロックダウンによって海やビーチから人影がなくなったことも手伝って、5400キロメートルに渡る海岸線がクリーンになり環境保全のランクが上がった。
  
またイタリア人のほぼ半数は、新型コロナもなんのその、 ことしも夏のバカンスを計画している。しかし実際に宿泊先などの施設や交通機関等の予約を入れているのは、たった5,5%に過ぎない。

最低でも一週間は滞在するのが当たり前のバカンスに、予約なしで出かける者はまずいない。従って「6月になっても予約を入れていない」とは、ほぼバカンスに行かない、と言っているに等しい。

片やバカンスに出ない、と決めた約半数の国民のうちの25%は、ごく素直に新型コロナが怖いからと答えた。また16%の人々は、コロナの影響で収入が減ってとてもバカンスどころではないという。

結局、コロナにもめげずにバカンスに行く、というのはバカンス好きのイタリア国民の願望、ということなのだろう。いつもの年よりも多くの国民が、7~8月のバカンス期に自宅に留まるのは間違いない。

すると、ロックダウン中ほどではないだろうが、人々はそこでもまた大食らいをしそうな雰囲気である。つまるところイタリア人が痩せるのは、ワクチン待ち、ということのようだ。



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Covid-19を斬る~イタリアの苦悩は尽きない



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欧州の多くの国、またEU加盟国のほとんどがロックダウンを解除し国境を開放した6月15日、イタリアのコロナ死亡者数は2月28日以来もっとも少ない26人を記録した。しかしその後は上昇をつづけ、6月18日には66人、19日には47人が亡くなった。

6月19日現在、イタリアの累計のコロナ死亡者は34561人。感染者の総数はアメリカ、ブラジル、ロシア、インド、イギリス、スペインに次いで世界第7位にまで後退したが、死者数はアメリカ、ブラジル、イギリスに続いて世界第4位。死亡率も高い。

死者数が多いのは、これまでに罹患した人々が亡くなり続けているからである。一日当たりの死亡者が919人にのぼった3月27日以降、日ごとの死者数は徐々に減ってきてはいるが、数字がゼロになるのはまだ先のことになりそうだ。

漸減傾向に変わりはないが、死亡者の数は24時間ごとに減ったり増えたりを繰り返してきた。一方、医療崩壊の象徴とも言われたICU(集中治療室)の患者数は、4月3日の4068人をピークに減り続け、6月19日現在は161人。患者数が前日より増えたのは6月18日のみである。

コロナとの闘いは全く終わっていないが、ICUに余裕ができ新規患者数も死亡者も減って、イタリアの医療の現場は平穏を取り戻しつつある。世界を震撼させた2月の感染爆発と医療崩壊への反省もあり、感染拡大の第2波、第3波への備えも怠りないように見える。

だがコロナで破壊されたイタリア経済の先行きは全くの暗闇だ。イタリアの過酷なロックダウンは-終盤には段階的に緩和されたものの-3ヶ月近くに及んだ。

その間の社会、文化、経済活動の破壊は凄まじいものだった。古くからの経済不振に加え、2010年の欧州ソブリン危機でイタリア経済はさらに落ち込んだ。EU圏内最大の借金約302兆円も抱えている。そこを新型コロナが襲った。

イタリアは一時世界最大のコロナ被害国となり経済が一層停滞した。イタリアでは新型コロナによる打撃によって企業の4割近くが倒産の危機に瀕しているとされる。中でも観光業や飲食業などの被害は甚大だ。

6月3日、イタリアはロックダウンをほぼ全面解除して国内外の移動を自由化。EU加盟国からの観光客やバカンス客も制限なしに受け入れている。ロックダウン期間中はほぼ動きがゼロだった観光業を促進するのが目的である。

イタリアのGDPの13%が観光業によっている。そして観光客の多くは外国人だ。コンテ政権はいま触れたように6月15日を待たずに国内外の観光客の移動を解禁した。が、外国人は言うまでもなくイタリア国内の動きも鈍い。

統計によると、イタリア人のほぼ半数がことしも夏のバカンスを計画している。しかし実際に宿泊先ほかの施設や移動・交通機関などの予約を入れているのは、たった5,5%に過ぎない。

最低でも一週間は滞在するのが当たり前のバカンスに、予約なしで出かける者はまずいない。従って「6月も残り少なくなった今も予約を入れていない」とは、ほぼバカンスに行かない、と言っているようなものだ。

またバカンスを考えている人々の92,3%はイタリア国内での遊興を希望していて、外国にまで足を伸ばす、と答えた者はわずか7,8%にとどまっている。

バカンスに出ない、と決めた約半数の国民のうちの25%は、ごく素直に新型コロナが怖いからと答えた。また16%の人々は、コロナの影響で収入が落ちて、とてもバカンスどころではないという。

イタリア国内における人々の心理的また経済的なあり方は、国によってバラつきはあるが生活水準がほぼ似通っている欧州全体のあり方、と言ってもそれほど乱暴な形容ではないだろう。

そうするとイタリアが国境を開いている国々の人口の半分が夏の旅を考えていて、そのうちの8%弱が外国を訪問しようとしている。そしてその8%弱は行き先別にさらに細かく分けられて、人数が少なくなる。

イタリア全体のホテルは、営業が全面解禁になった今もおよそ6割が営業をしていない。予約が入らないからである。また営業を再開したホテルも、今年の夏のビジネスはほぼ失われたと考えるところが多い。

それはバカンスに行きたい者のうちの5、5%しか予約を入れていない、という国内の統計や、恐らくそれと似たりよったりであろう、欧州全体の状況が如実に反映されたものではないか。

そしてそこに、もしも感染流行の第2波がやってくれば、観光産業においては夏のビジネスどころか、今年の営業収入は全てゼロ、ということにもなるだろう。イタリアの苦悩は少しも尽きるところがないのである。


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正常化へ向けての日替わりメニュー



ハート背景に抱き合うマスク男女


イタリア政府は、欧州で最も長く且つ最も厳しい新型コロナ対策・ロックダウンを、6月日3日に全面解除すると発表した。人々の動きが自由になり店やレストランや工場やオフィスなど、ビジネスの全てが解禁される。EU域内からの外国人の入国も許可される。

つまり、新型コロナウイルスの感染拡大が確認されれば、ただちにロックダウンを再導入する、という段階的解除の度に付けられてきた条件と同じ要項を別にすれば、ほぼ全ての社会経済生活の営みが新型コロナ以前に戻る、ということである。

最新のイタリア政府の施策の根本は上記のようになっているが、実はここ数日は、ロックダウン解除に向けての政府の方針の細部はめまぐるしく変わっている。

特にレストランやビーチ施設や美容院などの営業再開に向けての緩和基準が、早い再開を要求する事業者自身や、彼らを後押しする野党議員や経済人などの口出しで揺れにゆれている。

ひとつの典型的な例がレストランのテーブルの設定条件。感染は始まったもののロックダウンがまだ導入されなかった頃の規則では、テーブルとテーブルの間を最低1メートル以上空けること、とされた。

その規則は感染拡大が進むに従って厳しくなり、すぐに1、5メートルと改められて次には2メートルなどとも言われた。カフェやバールなどで立ち飲みをする際の、人と人の間隔も似たようなものだった。

ところがその規定は、ロックダウンが解除されて営業を再開する際には、テーブルは4メートル四方内に1セットだけ設定すること、とされた。たった一つのテーブルのために4メートル四方ものスペースを割けというのは、小規模店は営業するな、と言うにも等しい厳しい条件である。

感染のリスクが低くなるように、店の外にテーブルを設置しての営業を促す意味合いも、それにはあったように見える。店の外なら密閉また密集することが少なくなるから、感染防止対策上の理想の形だ。

だが全てのレストランが、店の外に自由に使えるスペースのある場所に建っているわけではない。むしろそうではない店のほうがはるかに多いだろう。

案の定、狭いスペースしか持たないレストランをはじめとする飲食店から激しいブーイングが起こった。すると当局は早速、テーブルとテーブルの間に一定以上の以上の間隔を空けること、と修正した。

そうした混乱に加えて、資金不足や解雇した従業員の再雇用ができないなどの理由で、店を再開できないケースも多くなると見られている。一事が万事そんな具合だ。営業再開に向けてはまだまだ紆余曲折がありそうだ。

イタリアでは法律や法令や自治体の条例などが、施行された後でふいに変わるのは日常茶飯事だ。それらの規則の試行(Prova)期間というものがあって、実際に運用した上で不都合があればさっさと変更される。

それはきわめて現実的で柔軟な制度だ。しかし、はたから見ている者の目には、いつものイタリアのカオスや混乱やいい加減さが顕現したもの、と映りがちだ。つまり例外だらけの法律。それは例外のない法律と同程度の悲喜劇だ。

だがそれほど悪いシステムとも思えない。法律や規則は人間が作り人間に適用されるものだ。実際に施行してみて、人間と人間の関係性に不都合が生まれるならさっさと改訂し、再びトライしてはまた改善すれば良い。

イタリア社会の典則のほとんどは官僚に支配されている。官僚制度の複雑さ奇怪さは日本以上に目に余る。社会機能を停滞させる悪しき仕組みでさえある。ところが同じその体系が、いま述べたように新しく施行される法令等の修正や改定にはとても身軽だ。

それは混乱であると同時にフットワークが良いとも形容できる仕組み。カトリックの古い体質と価値観が、インターネットを駆使する若い政治勢力「五つ星運動」と併存する国、イタリアならではの光景だ。僕はいつものことながらため息をついたり感心したりするのみである。

6月3日をもってイタリアのロックダウンの全面解除が実施されるのは、今後「感染拡大の第2波が襲わない限り」間違いない。しかしその中身の詳細は日々変化していくことが予想される。

そんなわけで、今日ここに記した内容が明日には変わっている、という事態が今後も「ひんぱんに」と形容してもかまわない確立で起きるであろうことを、ここにお知らせし、了解を願っておきたい。


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多様性という名のカオス


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イタリアが5月4日、新型コロナウイルス感染拡大を抑え込むために導入しているロックダウンの一部を解消してからはじめての週末がきた。

イタリアでは一日当たりの新規感染者数も、累計の感染者数も共に減少し、逆にcovid-19からの回復者の数は増え続けている。

また死者数も減少している。それでも5月4日以降、昨日までの一日当たりの死亡者数は:
4日195人 5日236人 6日369人 7日274人 8日243人、と依然として多い。総計も30201人となった。

死者数がすでにイタリアを上回り、感染者数の合計が明日にもイタリアを超えそうなイギリス、またそのどちらも世界最悪のアメリカに比べれば増しかもしれない。が、例えば日本に比較すればイタリアは相変わらず地獄の様相を呈している。

しかしあらゆる数字が状況の改善を示唆してはいる。1人の感染者がウイルスを何人にうつすかを示す基本再生産数 も1を下回っている。イタリアの死者数が多いのはこれまでに感染し重症化した人が亡くなり続けているからである。

それらの事情を踏まえてイタリア政府は5月4日、ほぼ2ヶ月に渡った過酷なロックダウンを「一部解除」した。ところが多くの地域で人々があたかも「全面解除」のような動きに出て問題になっている。

イタリアの感染爆心地、北部ロンバルディア州ミラノで5月7日、若者を中心とする人々がおしゃれなナヴィリオ地区にどっと繰り出した。彼らはマスク着用や対人距離の確保の義務などを無視して思い思いに集った。

感染予防を全く気にしないそれらの人々への非難が殺到し、ミラノ市長は「恥知らずな行為」とまで罵倒して、再び同じことが起こるなら即座にナヴィリオ地区を封鎖する、と宣言した。

ところが同様な光景がイタリア中に展開されて、感染拡大への懸念が募っている。特に感染者の少ない南部の主要都市で、ミラノにも勝る人数の人々が密集しマスクも外して談笑する様子が多く見られた。

この週末に感染拡大があってもそれはすぐには表面化しない。結果が明らかになるのは来週以降である。そこでCovid19関連の数字が悪化すれば、政府や地方自治体は規制を強化する可能性がある。

だが数字に変化が見られなければ、当局が厳しい動きに出るのは困難になり、人々の開放感はますます募って感染予防策がおろそかになるだろう。

イタリアのコロナ禍は世界のそれと同じように全く終わってなどいない。行過ぎた規制緩和や人々の安易な行動は、将来大きな災いを呼び込む危険性が高い。

多様性を重視するイタリア社会は平時においては極めて美しく頼もしくさえあるが、人々の心がひとつにならなければならない非常時には、大きな弱点になることもある。

今がまさにそうである。



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Covid-19を斬る~イタリアの回復が始まったようだ


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イタリアの新型コロナ感染者の実数が、パンデミック開始以来はじめてマイナスに転じた。感染者の実数とは、累計の総感染者数から死者数と治癒者数を差し引いたものである。

2020年4月20日時点の感染者実数は108237。前日の数字は108257。前日比20人減である。これまでの地獄絵を思えばこれは画期的な数字であり出来事だ。

死者数は454。もちろんむごたらしい数字だが、多いときには連日800人前後が亡くなり死者の総計が2万5千人にも迫ろうとするイタリアの現実では、これもまた朗報だ。

治癒した患者数は増え、集中医療室の患者数は減っている。いずれも確実なトレンドらしくなってきた。新規感染者の減少傾向が確実になれば、Covid-19禍が一旦収束する道が見えてきたと考えてもいいだろう。

言うまでもなく、治療法が見つかりワクチンが開発されるまでは全く安心はできない。それでも病気の勢いが弱くなる様子を見て、全土封鎖・ロックダウンを緩和しようという動きも出てきた。

イタリアの経済は破壊され、生活困窮者が溢れ、学校閉鎖による子供と親のストレスは膨張し、不幸が国中を覆って文化社会生活はズタズタになっている。

だがそれらの苦難は、新型コロナウイルスの撃滅のために避けては通れない犠牲だった。いや、過去形ではなく犠牲生活は今も続き、今後もおそらく続く。地獄を経験したイタリア国民はそのことにもまた勘づいている。

それでも、いやそれだからこそ、ロックダウンの期限が一旦切れる5月3日を境に、規制を一部緩めようという考えが出てきた。絶えず最大級の警戒を続けながら徐々に束縛を解くのは、おそらく必要なことだ。

それでなければ、苛烈なロックダウン策で死にかけているイタリアの経済が、正真正銘の死を迎えかねない。今の世の中ではイタリアの国家経済の死とは、イタリア共和国そのものの完全消滅と同義語といっても過言ではない。

不運は往々にして幸運とセットになっている。イタリアはこの危機のおかげで、自らに難局を乗り切る才幹があることを再確認した。ふいに世界最悪のCovid-19被害地に陥りながら、不屈の精神と勇気と連帯で絶望の淵から立ち上がりかけている。

国民は当初、事の重大さがなかなか理解できずに移動禁止令を無視して出歩いたり、集会や宴会やイベントを催したり、井戸端会議やカフェでの語らいやバーやレストランでの集いまた歓楽を諦めようとはしなかった。

だが彼らは、急速に厳重なロックダウンの必要性を認識した。言葉を替えれば、Covid-19の毒牙が人々を容赦なく恐怖のどん底に突き落とした。人々は戸惑いつつも全土封鎖の辛苦を受け入れ始めた。

国の規制や禁止や抑圧に激しく反発する自由奔放な人々が、移動の禁止を受け入れ、外出を控え、自宅待機の訳合いを十分以上に理解してじっと耐えるようになった。

人々は家に籠もって、連日連夜展開されるCovid-19と医療現場の戦士たちの壮絶な戦いを、テレビ画面で目の当たりにした。戦士は医師であり看護師であり病院のライフラインを支える技師であり清掃員などの末端の労働者だった。

壮絶な戦いの中で、4月20日現在138名の医師がCovid-19の毒牙にかかって斃れ、30名余りの看護師が殉職した。またパンデミックの最初からイタリア全国で休みなく働き続けている薬剤師の中からも、12人の犠牲者が出ている。

医療崩壊がもっとも凄まじかったロンバルディア州が、300人の退職医師のボランティアを緊急募集した際には、アナウンスから24時間以内に定員の25倍以上にあたる8000人もの引退医師が名乗りを上げた。

年老いた彼らは安穏な年金生活を捨てて、高齢者を襲うことが多い新型コロナウイルスが猛威を振るう医療の現場に、むろん危険を百も承知で敢然と立ち戻っていった。

それだけに限らない。救急車の運転手ほかの救難隊員や、市民保護局付けのおびただしい数の救命・救護ボランティア、困窮家庭への物資配達や救援、救助また介護ボランティアなども大活躍し今も活躍している。

イタリア最大の産業はボランティア、という箴言がある。イタリア国民はボランティア活動に熱心だ。猫も杓子もという感じで、せっせとボランティア活動にいそしむ。博愛や慈善活動を奨励するローマ・カトリック教会の存在も大きいのだろう。奉仕活動をする善男善女の仕事を賃金に換算すれば、莫大な額になる。まさにイタリア最大の産業である。

そのボランティア精神がCovid-19恐慌の中でも自在に発揮されている。普段からボランティア活動に一生懸命な人々は、感染のリスクを恐れながらも人助けに動かずにはいられない。8000人もの老医師が、ウイルスとの戦いの前線に行く、と果敢に決意する心のあり方も根っこは同じだ。

イタリアに居を定めている外国人の僕は、それらのエピソードが如実に示しているイタリア人の博愛の精神の強さと、寛容と忍耐と優しい心の強靭に、あらためて目を瞠(みは)らずにはいられない。そうやってかねてから強いこの国への僕の愛着と、敬愛と、歓喜はもっとさらに深まり強度を増している。

あとは今のところは、故国日本のコロナ禍の状況が、厳しい中でもイタリアほかの欧州各国またアメリカのような感染爆発に至ることなく、何とか地獄絵の世界を避ける方向に推移して行ってくれれば言うことはない。そうなることを心から祈るばかりである。


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COVID-19の今を斬る~ロンバルディア州の医療レベル


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新型コロナウイルスの巨大な被害国ここイタリアは言うに及ばず、世界中の国々のウイルス対策や言動や数字や立ち位置や心理状況がめまぐるしく変わって、それらを把握するのに文章ではとても追いつかないので箇条書きにしていってみることにした。いわば、これまで記してきた「書きそびれている事ども」のCovid-19版である。


2020年3月26日未明、僕の身近の89歳の女性がまた1人Covid19で亡くなった。友人の叔母である。ブレシャ市に住む彼女は、病院での治療を受けることができないまま自宅で亡くなった。病床の空きが全くなかったのである。同様の事態がイタリア、ロンバルディア州では頻繁に起きている。なお彼女はこのブログで言及しているパーティーにまつわる集団感染とは関係がない。

2月以降に亡くなった高齢者の大半は新型コロナウイルスの被害者だと見られ、僕らの友人知己の家族にも何件かのケースが実在する。中にはどうせ亡くなるのだから最後の思い出を汚したくない、としてウイルス検査を拒否しようとしたり、故人のウイルス検査が陽性だったとしてもその事実を公表しないケースなどもある。

だが、ウイルス検査を拒否することはほとんどの場合許されない。なぜなら亡くなる人がCovid19の患者なら、周囲にウイルスを感染させた可能性がある。だから当局はうむを言わさずに検査を実施する。従って通常の原因での死亡とされても、家族がそう告知するからに過ぎないケースも多い。

イタリアの一日当たりの感染者数が、わずかだが4日連続で減少している。専門家の一部にはイタリアの感染のピークがやってきたと見る者もいる。WHOも3月24日、イタリアの感染のピークが今週中にやってくるかもしれない、との声明を出している。だが死者の数は相変わらず多く、総計7000人を超えてからもやはり大きく増え続けている。

それでも-楽観視は全くできないが-イタリアが長い暗いトンネルを抜けつつあるかもしれない、というかすかな望みがある。独裁国家・中国のやり方をさえ連想させるイタリアの厳しい隔離・封鎖措置が、ウイルス拡散に歯止めをかけCovid19を抑え込めるかどうかは、当のイタリアは言うまでもなく世界全体にとっても重大な意味を持つ。なぜなら欧米の大半の国々を始めとする世界各国が、イタリアのやり方を踏襲してウイルスとの壮絶な戦いを進めているからだ。

2020年3月26日AM11時(伊時間)現在:イタリアの総感染者数は74386人。そこから死亡者と回復した患者の数を引くと実質の感染者は57521人である。一方アメリカの総感染者数は69197人。死亡者と回復した患者の合計はおよそ1268人。実質の感染者は67929人となって既にイタリアを大幅に上回っている。3月26日のイタリアの統計は7時間後のPM18時に出る。そこでは感染者数は大きくなるのが確実だ。それでも、イタリアの窮状と比較してさえアメリカの状況の悪化は酷いと分かる。

欧州では相変わらずイタリアが最悪の被害地だが、実は惨状はロンバルディア州を中心とする北イタリアに集中していて、中南部地域はまだまだ平穏だ。それは北イタリアにとっては大いなる不幸だが、イタリア全体として見れば「不幸中の幸い」とも形容できる状況だ。それというのも、繰り返し述べてきた通り、ロンバルディア州を筆頭にする北イタリアの各州の医療レベルは欧米の中でもトップクラスの質がある。日本の評論家などの中には、イタリアとドイツの感染者数と死者の割合を比較して、イタリアの医療の質は劣る、と知ったかぶりを言う者もぼちぼち出てきたが、彼らの言い分はいま述べたように知ったかぶりに過ぎない。ちなみに極端に数字の違うドイツではなく、たとえばフランスと比較してみればいい。

イタリアの死者が多いのは、高齢化社会という理由のほかに、感染者が爆発的に増えて重症者を十分にケアできないことが最大の理由だ。医療のレベルが低いからではなく、感染爆発があまりにも急速で巨大だったために集中医療病床が足りなくなったのだ。もちろん病床の多寡も医療レベルを計る要素の一つだろうが、イタリアを、いや、ロンバルディア州を襲った新型コロナウイルスの猛攻撃は、まるで津波にも似て医療現場をしたたかに傷めつけ破壊した。もしそれがより医療レベルの低い中南部で起こっていたなら、イタリアの惨状は、さらにもっと目を覆うばかりになっていただろう。

そして不幸なことに、北イタリアの重圧は近い将来、中南部、中でも南部イタリアに移っていく可能性がある。それというのも北イタリアに住む多くの南部イタリア出身者が、こぞって実家に向けて移動してしまったからだ。彼らは移動禁止措置を無視して動いた。おそらく多くの新型コロナウイルスと共に。たとえ北イタリアがCovid19危機を抜け出しても、残念ながらイタリアのそれはさらに長く続く可能性もあるのである。



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イタリア式ウイルス拡散法の悲哀、そして希望 



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2020年3月23日午後4時現在、アメリカの新コロナウイルス感染者数は35225人。僕はほんの一昨日、アメリカの感染者総数が19624人だった時点で「アメリカも恐らく今日中には2万人を過ぎてイランを追い越す勢 い」と書いた。

ところがもはや感染者の数は3万人も軽く上回って、ひょっとすると2、3日中には中国以外ではもっとも感染者が多いイタリアさえ追い越しそうな熾烈さだ。だが数日中には感染のピークを迎えるという見方もあるイタリアも、依然として厳しい情勢であることに変わりはない。

この直前のエントリーで、僕の周囲に聞こえるCovid19にまつわる噂や僕の懸念の真偽をいつか伝えられたら伝えたい、と書いた。早くもその時が来たので報告したい。

先ず、僕への取材を通して一気に親しくなったR.V記者の消息。僕の直感通りやはり新型コロナウイルスに感染、Covid19を発症して緊急入院していた。ブレシャ市で漫画と版画を専門に活動している息子たちの人的つながりの中に、彼の同僚の若い記者がいて意外にも早く情報が入った。

幸い彼の容体も回復に向かっているとのこと。安心した。僕より少し若い50歳代終わりあたりの男だから、Covid19 と闘う患者の中では「若者」の部類に入る。容体が改善しているならもう大丈夫だろう。基礎疾患がない限り「これまでのところ」、Covid19患者は60歳~70歳代の者でも安全圏にいるとされる。死亡するイタリアの患者の多くは依然として、80歳代以上のかつ基礎疾患を持つ病人なのである。

次は集団感染の噂がどうやら事実らしいと判明した話だ。表ざたになる可能性はとても低いので「事実らしい」としか言えない。

イタリア最大の、ということはつまり欧州最大の新型コロナウイルス感染地域は、ミラノが州都のロンバルディア州である。ロンバルディア州には12の県がある。その中でも感染者数や死者が多いのは隣接する2つの県、ベルガモ県とブレシャ県である。そして僕の住む村は後者に属する。

ブレシャの県都は、州内で人口がミラノに次いで多いブレシャ市。そこは県内でもっとも感染者が多い。そのブレシャ市で、いわゆる上流階級の人々のパーティーがあり、そこで集団感染が発生した。時期はロンバルディア州内の小さな町でイタリア初の集団感染が発覚し、たちまちオーバーシュートつまり爆発的感染流行へとつながっていった、カーニバルの前後。

当時はまだ隔離・封鎖や移動制限は施行されていなかったが、75歳以上の高齢者は外出を控え、住民もできるだけ集団での行事や行動を控えるように、との注意喚起がしきりになされていた。やがて爆発的感染流行が始まり、イタリアはもちろん欧州でも初のCovid19死亡者が出た。それはすぐに3人に増え、ベニスカーニバルほかのビッグイベントが打ち切られるなど、新型コロナウイルスに急襲されたイタリアにはふいに暗黒の時間が流れ始めていた。

世の中の自粛ムードを尻目に、むしろそういう時期だからこそ明るく過ごそう、というポジティブな空気も満ちる中、ブレシャのいわゆるエスタブリッシュメント階級内で趣向を凝らした驕奢な行事が進行した。そして集団感染が発生した。実はそのグループを僕はよく知っている。メンバーの中には友人も多い。

僕は妻と共に、あるいは妻の縁で、そのグループの大パーティーによく招待される。いや、招待された。しかし、よりシンプルな生活スタイルが信条の僕ら夫婦は、もう大分前から大きな集まりへの顔出しを遠慮している。それでも年齢の近い友人同士の集まりには相変わらず招ばれる。それが小人数の気の合う人々の集いなら僕ら夫婦はできるだけ出席する。招待されて拒否し続けるのは、招待されて返礼(招待)しないのと同じ程度に礼を失する。

そうした社交界の興味は古い家柄の出の妻に向けられているもので、本来は僕とはあまり関係がない。それでも夫婦で顔を出さねばならず、顔を出したら出したで僕は少し疲れを覚えざるを得ない。幸い妻も、ブレシャ社交界では重要な家の一つの跡取りでありながら、大きな行事の雰囲気にはあまり興味がなく、僕らの意見はそこで一致する。そういう性格だからこそ彼女は、一介の日本人の僕と長く連れ添ってくれているのだと思う。

そうはいうものの、前述の親しい友人らを介して僕らは、街に歴然として存在するが目立たない、且つ閉じられた世界とも相変わらずつながりを持っている。集団感染の情報は、グループの構成員の間から口伝えに漏れてきた。峻厳な移動規制が敷かれていることもあって、人々は最近は皆家に閉じこもっている。そんな中、妻が主に女性同士で電話連絡をしては噂話に花を咲かせるうちに少しづつ漏洩してきたのだ。

ここまでに分かっているだけでも9人の感染者がいる。漏れ聞くところではひとりが重症で3人が加療中。2人が退院して残る3人が自宅隔離ということだ。しかしパーティーに出なかった友人らの印象では、感染者はまだかなりいそうな雰囲気らしい。幸いこれまでのところは死者は出ていない。ただし参加者のひとりの父親(90歳代)が、Covid19で亡くなったという情報がある。おそらく参加した息子から感染したのではないか。

イタリアのCovid19禍は深刻になるばかりでまだ全く先が見えない。そこには感染爆発の元凶の一つとなった第一号患者への対応の誤りがあるが、その後の事態の悪化は、イタリア人の社交好きな性格とそれを遺憾なく発揮しての生活スタイルや社会慣習にも大きな原因がある。

感染爆発が進行しても、人々はカフェやバールやレストランに集って歓談することをやめず、広場や公園や家の中でも三々五々集まっては社交を繰り広げた。そうした流れの延長線上にあるのがここまで書いている、ブレシャ県の上流階級の人々の盛大なパーティーだ。

ブレシャの事案とは別に、社会のあらゆる階級の社交行事は、厳しい移動制限や封鎖が強要された後も-特に始まりの頃には-多くあったに違いない。事実僕の住む村のカフェやバールでも、ルールに従わない人々が集っては歓談している姿が多く見られた。そうやって感染爆発は単発的ではなくほぼ間断なく起きて、今の地獄絵巻が出現したと考えられる。

しかし、楽天的が過ぎるほどに社交好きなイタリア人も、感染者の増大が止まず死者の数が中国のそれを軽く超えてさらに増え続ける現実に、さすがに重大な危機感を抱くようになった。今日この時点の統計では、イタリア国民の96%が政府の厳しい隔離政策を支持し、全国民のCovid19との戦いの本気度は最高潮に達したように見える。

一党独裁国家、中国の施策にも似た苛烈な監禁策を、民主主義国家の中でもさらに国民の自由希求意識の強いイタリアで実行できるとは、当のイタリア人をはじめ欧米諸国民は誰も考えていなかった。しかしイタリアは-まだ4%の反乱者はいるものの-それをほぼ完全実行つつある。取り組みの結果が出るのはまだ先だろうが、そこには希望の光が点り出している。点り出していると信じたい。

新型コロナウイルスとの壮絶な戦いにイタリアが勝てば、イタリアと同様の施策を敷いて進み始めた欧州各国やアメリカなどの先行きにも明かりが見えるようになる。それらの国々では、厳しい移動制限を国民が守らないなど、戦いの初期の頃のイタリアで見られた事態とそっくり同じ問題も起きている。またその点ではいま述べたようにイタリアも依然として完璧ではない。が、欧米各国はこぞって隔離・封鎖の度合いを強化してCovid19に対抗しようとしている。そうするしかないのである。そうしなければ破滅なのだから。



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新型コロナウイルスの悪意の息遣いが聞こえる

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2020年3月21日現在(イタリアの数字は前日PM18時発表)、イタリアの新型ウイルス感染者数は47021人。既に中国を上回った死者数は予想通り増え続けて4032人。

どちらの数字も感染ピークが期待 されている3月25日前後までは伸び続けるだろうから言及するのが空しくさえある。あまつさえ感染ピークの日にちは、飽くまでも予想できる最善の展開、という枕詞付きだから先行きは心もとない。

それでももう少し数字にこだわる。感染者数2万余のスペインに続いてほぼ2万人に達したドイツの感染者総数がイランを上回り、アメリカも恐らく今日中には2万人を過ぎてイランを追い越す勢いだ。また3月19日に韓国を上回ったフランスも患者数はとうに1万人を凌いで増え続けている。

そうした危機的状況を受けてEU(欧州連合)のデア・ライエン欧州委員会委員長は、加盟各国は新型コロナウイルス対策のためなら幾らでも財政支出をしていい。EUはそれを支持し必要なら援助もする、とテレビ演説で異例の声明を出して、苦境の真っただ中にあるイタリア国民を感動させ、EU加盟各国民を勇気付けた。

欧州委員会委員長に就任したばかりの彼女はここまで、先日首相になって初めてのテレビ演説で「団結してCovid19と闘おう」と国民に呼びかけた独メルケル首相を髣髴とさせるリーダーシップを発揮している。メルケル首相の退陣による欧州政治の穴をあるいは埋めてくれるかもしれない。

閑話休題

現在イタリア最大の、ということはつまり欧州最大の新型コロナウイルス感染地域であるロンバルディア州の住人である僕は、まずイタリア初の州の封鎖に見舞われ、封鎖が全土に拡大されたことで、あれよという間に住まいのある人口1万1千人の村に閉じ込められた。

その後も事態は悪化して、僕の村のあるブレッシャ県は隣のベルガモ県と共に、ロンバルディア州の中でも最大最悪のCovid19被害地域になった。もはや中国武漢の人々もマッサオの不運ではないかとさえ思う。ブレシャ県は3月21日現在、人口約127万人中4.648が感染し人口約111万のベルガモ県はブレシャ県を上回る数の感染者を抱えてあえいでいる。
  
新型コロナウイルスの脅威はひたひたと僕の身近にも寄せて包囲網ができあがり、これまでのところ友人知己のうちのかなりの人数がウイルスに感染したことが分かってきた。3つの衝撃的なケースと、もう一つ自分にとってひどく気になる逸話がある。

ここでは3つの衝撃的なケースのうち個人的に感慨深い2つのケースと、確認ができないが懸念しているエピソードを先ず書いておこうと思う。

一つはここまでの唯一の死亡例でかつ僕の住む村での出来事。つい先ごろ定年退職した僕の「かかりつけ医(ホームドクター)」のジーノ・ファゾリ先生が亡くなった。イタリアの医療はホーム・ドクター制度を採っていて、住民は誰もが必ず一人のかかりつけ医の世話になる。

先生はあらゆるボランティアをすることで有名な人で、先日もわが家の庭でバーベキューをした際に招待したが、アフリカ移民の人たちの健康チェックに手を貸すボランティアで忙しく、顔を出せないと知らせてきた。

ファゾリ先生はボランティア活動の間にウイルスに感染し入院後に亡くなった。年齢は70歳台半ばだったから、Covid19の犠牲者としては比較的若い。何らかの持病があったようだ。一週間ほど前までの統計では、イタリアのCovid19犠牲者の平均年齢はおよそ81歳。ほとんどが基礎疾患を持つ患者だ。

2例目も驚きだ。ブレシャ県ブレシャ市には国内でも有数の公立病院がある。そこに次いで大きなキリスト教系病院の最高医務責任者W・G医師もCovid19に罹患した。彼の妻ローズと僕の妻はアフリカ支援団体にからんだ縁で親しい。その関係でW・G医師と僕も知り合いである。

50歳代とCovid19患者としてはかなり若いW・G医師は、幸い退院して回復しつつある。とはいうものの、亡くなったファゾリ先生といいW・G先生といい、医者が新型コロナウイルスに感染して死亡したり重症化したりするのが珍しくない状況が、イタリアの今の深い苦悩を如実に示しているように思う。

3つ目は最近知り合い親しくなった友人の消息だ。

新型コロナウイルスの影も形も見えなかった12月半ば、ミラノに本拠を置くイタリア随一の新聞Corriera della seraの地方版から僕を取材したいという連絡があった。ここ2、3年遠い昔にアメリカで賞をもらったドキュメンタリーが蒸し返されることが続いたので、またそのことかと思った。少しうんざりした、というのが本音だった。

ところが古い作品の話ではなく、ロンバルディア州のブレシャ県内に住む、プロフェッショナルの外国人を紹介するコーナーがありそこで僕の人物紹介をしたい、と記者は電話口で言った。断る理由もないので取材を受けた。

僕の住まい兼仕事場まで足を運んでくれたのは、元イタリア公共放送局RAIの記者で、北イタリアのリゾート地イゼオ湖畔の街の市長も勤めた名のある人。人物も素晴らしい。取材を通してすっかり意気投合し、後日の再会も約束した。

記事の掲載は3月11日になった、と連絡が入った。ずいぶん遅くなったのはCovid19騒ぎのせいらしい。発行された新聞を見て少しおどろいた。丸々1ページを使ってかつ何枚もの写真と共に、僕のことが紹介されているのだ。過去に新聞に取材をされた経験はあるが、1ページいっぱいに書かれた経験はない。

アメリカで賞をもらったときでさえ、もっとも大きく書かれたのは日本の地方新聞に写真付きで紙面の4分の一ほどのスペースだった。全国紙にも紹介されたが本人への直接の取材はなく、僕の名前と受賞の事実を記しただけのベタ記事(?)だったのだ。それなものだから、1ページ全てを使った報道に目をみはった。

時期が時期なので、僕はWEBで送られてきた記事の写真を新聞が手に入らないであろう友人らに送ったきりで、その後は記事については口をつぐんでいる。だが実は、記事の作り方が面白いので、コロナ騒ぎが収まった暁にはそれをブログなどで紹介しようとは思っている。

3月11日、発行された新聞に目を通したあとで記者に電話を入れた。礼を言おうと思ったのだ。ところが通じず、夜まで待っても折り返しの電話もない。珍しいことだった。律儀な人で連絡を欠いたことがない。だが、彼の多忙を気にしてこちらからのしつこい連絡は控えた。

翌日、記事を読んだ妻の従兄弟のフランチェスコからコメントの連絡が入った。よい記事だと繰り返し褒めたあとで彼は「記者のR.Vとは彼が市長時代に仕事をしたこともありよく知っている。よろしく伝えてほしい」と締めくくった。フランチェスコは大学の教授だった人である。

僕はそれを言い訳に再び記者のR.Vに連絡を入れた。ただし電話ではなくSNSのメッセージで。「従兄弟のフランチェスコがよろしく、とのことです」。すると返事が来た。「ありがとう。私からもよろしく、とお伝えください。健康面でちょっと問題を抱えました」。

僕の脳裏にほぼ反射的に「ウイルス感染」の大文字が浮かんだ。彼は仕事柄、また市長さえ務めた社交的な性格も手伝って人付き合いが多い。時節柄リスクは高いに違いない。また電話に出ず、メッセージで病名を言わずに敢えて「健康面で問題を抱えた」と記したのが不吉に映る。僕はとても確認の連絡を入れる勇気がないまま、どこかから情報が入ってくるのをじっと待っている。

実はもう一点情報を集めている事案がある。やはり新型コロナウイルスにまつわるものだ。そしてこちらも真偽を確認中の逸話だ。真偽のどちらに転ぶにせよ、次の機会に報告しようと思う。できればR.V記者に関する僕の懸念の真偽も共に。


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