【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

時事(一般)

品格なき横綱の名誉薄い引退


白鵬紙面中ヨリ800

白鵬が引退した。

僕はそのニュースをなんとイタリアの高級紙corriere della sera紙上で知った。

corriere della sera紙が大相撲を語ることはほどんどない。ましてや一力士の引退報告なんて奇跡に近い。

その奇跡に近いニュースを、僕はこれまためったにない状況で目にした。普通なら大相撲のニュースはNHKの衛星放送で知るが、その日はたまたまテレビを観なかった。

そのおかげで白鵬引退の第一報をイタリア語で目にするという珍しい体験をしたのである。

さて、

以上のような書き方をしたのは、白鵬という力士がここイタリアの新聞さえ話題にするような重要な存在、ということを言いたかったのである。

たとえばイギリスやアメリカのメディアは、よりグローバルな意識が強いから、大相撲史上最強と考えられる白鵬の引退をニュースにしても僕はそれほど驚かない。

現にイギリスのBBCはきっちりとニュースにしている⇒

https://www.bbc.com/news/world-asia-58705596

白鵬は言うまでもなく偉大な力士である。

同時に残念な力士でもある。

彼の引退を伝えるcorriere della sera紙もBBCも言及していないが、戦跡の巨大に比べて白鵬の所作や言行は寂しい。

白鵬は横綱になり、優勝回数が重なるごとに寂しい力士になっていった印象がある。

世間ではそれを思い上がりと形容するのかもしれないが、僕にはそれは白鵬の持って生まれた性質であるように見える。

白鵬のあまり気高いとは言えない行状や発言や物腰については、僕はそこかしこで書いたり言ったりしてきた。

彼は決して悪い人間ではないと思うが、性質軽佻で横綱の地位にふさわしい心根をついに獲得できなかった、というふうに見えるのだ。

彼は相撲好きな人々の眉をひそませるような行為や発言を繰り返したが、ことしの名古屋場所では決定的とも見えるなミスを犯した。

14日目の正代戦で、会場が呆気に取られた奇怪な立ち合いを見せた後、今度は観客が大きくどよめくほどの殴り合いを演じた。

「殴り合い」というのは言葉のあやで、白鵬は暴力そのものでしかない張り手を一方的に正代に浴びせ続けた。

NHK解説者の北の富士さんが「正気の沙汰とは思えない」と表現した醜いパフォーマンスは、彼の思惑通り対戦相手の正代をたじろがせて白鵬は勝利を収めた。

それは彼の長いキャリアと44回もの優勝をひと息に汚してしまうほどの見苦しい取り組みだった。

ところが白鵬の異様な戦法は翌日も続いた。

照ノ富士戦で再び殴打じみた張り手を連発したのだ。卑怯というよりも醜悪というほうがふさわしい手法で、白鵬はそれによって勢いに乗る照ノ富士も下した。

結果、白鵬は45回目の優勝を全勝で飾った。

だが彼のその優勝を喜ぶ者は、熱烈なファンでもない限りほとんどいなかったのではないか。

大横綱であるはずの白鵬は、残念ながら晩節を汚したままで引退することになった。

今後は相撲協会に残って部屋を興す予定のようだが、「終わり良ければ全て良し」とはならなかった彼の未来は果たしてどうなるのだろうか。

モンゴル出身の横綱は朝青龍、日馬富士、そして白鵬と問題児ばかりだ。人品の良い鶴竜もいるが、彼は引き技ばっかりの弱い横綱だったから、印象に残らない。

モンゴル出身の新横綱、照ノ富士の行く末まで気になってきた。

白鵬は相撲協会で後進の指導に当たるのであれば、朝青龍、日馬富士の名折れと自身の不徳を挽回するためにも、ぜひ横綱のあるべき姿を一から勉強し直してから行動を起こしてほしい。






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南イタリアの異常気象の化けの皮


650一本の木と猛火

米気象学会は8月25日、昨年2020年のヨーロッパの気温が観測史上最高を記録したと発表した。

それは世界でも史上3番目に入る暑さだった。

スイス、ベルギー、フランス、スペイン、スウェーデン、ノルウェーなど、欧州の17カ国で史上最高気温となった。

一方、米海洋大気局(NOAA)によれば、ことし7月の世界の平均気温は16.73度となり観測史上で最も高かった。

7月は1年で地球が最も暑くなる時期。

2021年7月は例年にも増して暑くなり、142年間の観測史上で最も暑い月となった。

そうした流れの中で2021年8月11日、イタリアのシチリア島では欧州の過去最高気温となる48,8℃が記録された

それまで欧州で最も暑かった記録は、1977年にギリシャのアテネで観測された48℃である。

炎熱はアフリカのサハラ砂漠が起源の乾いた風と共にやってきた。

熱波と乾燥に伴って、シチリア島のみならずイタリア本土やギリシャ、またキプロスやトルコなど、地中海沿岸の国々に山火事が頻発して緊急事態になった。

8月25日までに焼失したイタリア全土の山林はおよそ15万8千ヘクタール。

その数字はイタリアの3大都市圏ローマとミラノとナポリを合わせた面積に匹敵する。

15万8千ヘクタールは、2017年全体の焼失記録およそ141,000ヘクタールを既に超えている。

なおイタリアでは 2018年に14,000ヘクタール、2019年には37,000ヘクタール、2020年には53,000ヘクタールの山林が灰になっている。

山火事は夏のイタリアの風物詩のような様相を呈しているが、他の国々とは違う陰鬱な顔も持っている。

ほとんどの山林火災が、放火あるいは人災として発生しているのである。

具体的には全体の54,7%が放火。13、7%が不慮あるいは人の不注意から来る事故。

一方で落雷などが原因の自然発生的な山火事は、全体の2%以下にとどまっている。

放火は多くの場合犯罪組織と結びついていると考えられている。

マフィア、ンドランゲッタ、カモラなどが、土地争いに絡んで脅迫や強奪を目的に火を点けたり、緑地を商業地に変えようとしたり、ソーラーパネル用の土地を獲得しようと暗躍したりする。

犯罪者の意図的な悪行とは別に、乾き切った山野また畑地などでは火災が容易に発生する。

例えば農夫が焼き畑農法の手法で不注意あるいは不法に下草に火を放った後に制御不能に陥る。

人々がバーベキューや炊事や湯沸かしの火を消し忘れる。

ドライバーが車の窓から火のついたままの煙草を投げ捨てて、乾き切った道路脇の枯草に引火する。

不埒な通行人が同じように煙草のポイ捨てをすることもある。

ほとんど雨が降らない7月から8月の間の南部イタリアの山野は、既述のようにアフリカ由来の高気圧や熱波に襲われて気温が高くなり空気が極度に乾いている。

砂漠並みに乾燥した山野の枯葉や枯草は、ガソリンのように着火しやすく一気に炎上して燃え盛るのである。

犯罪や事故による山林火災は昔から常に発生してきた。近年は地球の温暖化に連れて気温が上がり、山火事がより発生しやすくなっているとされる。

だが、南イタリアの山林火災に関する限り、気候変動を隠れ蓑にした犯罪者らの悪行のほうが、地球の温暖化そのものよりもより深刻、とさえ言えそうである。





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イタリアが燃えている


山火事キプロス650

イタリアは文字通り燃えるほどの猛暑に見舞われている。

南部のシチリア島では811日、欧州の最高気温となる48,8℃を記録した。それまでの欧州記録は1977年ギリシャのアテネで観測された48℃。

なお、1999年に今回と同じシチリア島で48,5℃が観測されたが、それは公式の記録としては認められていない。

欧州とは思えないほどの熱波はアフリカのサハラ砂漠由来のもの。広大な砂漠の炎熱は、ヒマラヤ山脈由来の大気が日本に梅雨をもたらすように、地中海を超えてイタリアに流れ込み気象に大きな影響を及ぼす。よく知られているのは「シロッコ」。

熱風シロッコはイタリア半島に吹き付けて様々な障害を引き起こすが、最も深刻なのは水の都ベニスへの影響シロッコは秋から春にかけてベニスの海の潮を巻き上げて押し寄せ、街を水浸しにする。ベニス水没の原因の一つは実はシロッコなのである。

48,8℃を記録した今回の異様な気象は、アフリカ起源の炎熱もさることながら地球温暖化の影響が大きいと見られている。

シチリア島では熱波と空気乾燥で広範囲に山火事が起きた。

シチリア島に近いイタリア本土最南端のカラブリア州と、ティレニア海に浮かぶサルデーニャ島でも山林火災が発生し緊急事態になっている。

同じ原因での大規模火災は、ギリシャやキプロス島など、地中海のいたるところでも連続して起きている。

熱波と乾燥と山火事がセットになった「異様な夏」は、もはや異様とは呼べないほど“普通”になりつつあるが、山火事に関してはイタリア特有の鬱陶しい現実もある。

経済的に貧しい南部地域に巣くうマフィアやンドランゲッタなどの犯罪組織が、人々を脅したり土地を盗んだりするために、わざと山に火を点けるケースも多々あると見られているのだ。

イタリアは天災に加えて、いつもながらの人災も猖獗して相変わらず騒々しい。

偶然だが、ことし6月から7月初めにかけての2週間、いま山火事に苦しんでいるカラブリア州に滞在した。

その頃も既に暑く、昼食後はビーチに出るのが億劫なほどに気温が上がった。

夕方6時頃になってようやく空気が少し落ち着くというふうだった。

それでもビーチの砂は燃えるほどに熱く、裸足では歩けなかった。

人々の話では普段よりもずと暑い初夏ということだった。今から思うとあの暑さが現在の高温と山火事の前兆だったようだ。

北イタリアの僕の菜園でもずっと前から異変は起きていた。

4月初めに種をまいたチンゲン菜とサントー白菜が芽吹いたのはいいが、あっという間に成長して花が咲いた。

花を咲かせつつ茎や葉が大きくなる、と形容したいほどの速さだった。

チンゲン菜もサントー白菜も収穫できないままに熟成しきって、結局食べることができなかった。

温暖化が進む巷では、気温が上昇する一方で冷夏や極端に寒い冬もあったりして、困惑することも多い。

だが菜園では野菜たちが異様に早い速度で大きくなったり、花を咲かせて枯れたり、逆に長く生き続けるものがあったりと、気温上昇が原因と見られる現象が間断なく起きている。

自然は、そして野菜たちは、確実に上がり続けている平均気温を「明確」に感じているようだ。

だがいかなる法則が彼らの成長パターンを支配しているかは、僕には今のところは全くわからない。

今回のイタリアの酷暑は、バカンスが最高に盛り上がる8月15日のフェラゴスト(聖母被昇天祭)まで続き、その後は徐々にゆるむというのが気象予報だ。

だがいうまでもなくそれは、温暖化の終焉を意味しない。

それどころか、暑さはぶり返して居座り、気温の高い秋をもたらす可能性も大いにありそうである。




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書きそびれている事ども 2021年7月30日

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コロナワクチンのおかげで例年通り6月に休暇に出ることができた。そこに4年に1度開催されるサッカー欧州選手権が重なった。サッカー好きの僕は試合のテレビ観戦と記事執筆で「休む暇」もない有り様だった。選手権はバカンス後も続き、ただでも面白いのにイタリアの活躍でますます愉快になった。今度は「仕事をする暇」もないほど喜んだ。選手権が終わり、東京ではオリンピックが始まった。オリンピックでは陸上を毎回よく見る。陸上以外では水泳と体操を少々見る、という程度だ。僕はオリンピックにはあまり魅力を感じない方だ。それでも陸上には興奮する。特に駆けっこが好きだ。

7月から9月のイタリアは国中がバカンスモードに入って仕事がうまく進まない。仕事には相手が必要だ。だからその期間中は、休暇ではない者までも「相手不足」で仕事が思うようには回転しないのである。加えて僕は7月-9月は本職以外の仕事でも多忙になる。イタリア北部のガルダ湖畔にある歴史的建造物の管理にかかずらう、という仕事外の大仕事があるのだ。

それやこれやで書こうと思いつつ優先順位が理由でまだ書けず、あるいは忙しくて執筆そのものができずに後回しにしている時事ネタが多くある。僕にとってはそれらは「書きそびれた」過去形のテーマではなく、現在進行形の事柄である。ブログの趣旨が時事ネタの速報ではなく、それを観察し吟味して自らの考えを書き付けることだからだ。過去形のトピックも現在進行形の話題もできれば将来どこかで掘り下げて言及したいと思う。その意味合いで例によってここに箇条書きにしておくことにした



マンチーニの変貌?

サッカーイタリア代表チームのロベルト・マンチーニ監督にはかつて、国際試合に弱く、「スタープレーヤー」なしでは勝てない、などの悪評がついて回った。クラブチームを優勝に導くものの、そこには必ず強力なスタープレーヤーがいる。そして彼はそれらの卓越した選手に頼る戦略を多用し重宝する。だがそのクラブチームは、欧州全体が相手のチャンピオンズリーグでは勝てない、と陰口をたたかれた。

だが彼は、2018年にイタリア代表チーム監督に就任して以来、スター選手不在のチームを改造し鍛え上げてきた。そして欧州選手権の予選を含む国際試合で不敗記録を作り、ついには欧州選手権そのものまで制した。そうやって彼について回った酷評を一気に吹き飛ばしてしまった。

彼は変貌したのか。あるいは単純に批評家らが判断ミスを犯していたのか。


殺人鬼を死刑にすることは正か邪か

もちろん邪である。

だが20114月、僕はこのブログに

「調べても勉強しても、考えても分からないことがある。そこで僕は、考え続けても分からないことや結論付けられないあらゆることに「今のところは」と枕詞をつけることにしている。というか、それが僕の主義であり原理原則である

と書き、続いて

「今のところ僕は、死刑制度に賛成」

と書いた

また20173月には

僕は今のところ、自分の復讐心を制御できないのではないか、と感じるのである。その一点を正直に認めるために、僕はどうしても死刑制度に反対、と主張することができない

とも書いた

そして直近の記事ではさらに

「死刑制度を否定するのは、論理的にも倫理的にも正しい世界の風潮である。僕は少しのわだかまりを感じつつもその流れを肯定する。

だが、そうではあるものの、そして殺人鬼の命も大切と捉えこれを更生させようとするノルウェーの人々のノーブルな精神に打たれはするものの、ほとんどが若者だった77人もの人々を惨殺した犯人が、あと11年で釈放されることにはやはり割り切れないものを感じる

と書き、

最後に

「(77人を虐殺したアンネシュ・ブレイビク には)終身刑も釈放のない絶対終身刑あるいは重無期刑を、と言いたいが、再びノルウェー国民の気高い心情を考慮して、更生を期待しての無期刑というのが妥当なところか」

と締めくくった

僕はそこでは少し卑怯な気持ちにとらわれていた。ノルウェー(そして世界の多くの国々)の制度に便乗して、あたかも僕自身がもはや完全に死刑反対論者でもあるかのように誤魔化したのだ。

だが僕は今も、理性では死刑制度に反対しながら、感情がどうしても100%そうだとは言えない、懐疑論者である。

いや、野蛮だ、未開だ、残酷だ、等々の批判を覚悟で言えば「消極的な死刑賛成論者」だと告白しよう。

「消極的な死刑賛成論者」の“消極的”とは何なのか。

特にノルウェーの殺人鬼アンネシュ・ブレイビクに絡めて論じようと思う。


東京五輪開幕式に露呈したいつもの日本の課題

五輪の開幕式の様子をやや否定的な気分でテレビ観戦した。思い入れの強いシークエンスの数々が、「例によって」空回りしていると感じた。その思いを書こうと決めてあれこれ考えていたら、英国のタイムズ紙 がえらく好意的な記事を発表した。他のメディアも概ね肯定的な評価だった。

それらを見、読んでいくうちに記事を書く気持ちが失せた。言うまでもないが批判的な視点は、逆のそれよりも鬱陶しい。ネットにあふれるショボイ、ダサイに始まる否定コメントに自分の見方の暗さが重なった。コロナ禍中のいわくつきの五輪とはいえ、もう始まったのだ。始まった以上はやはり成功してほしい。祝賀にケチをつけるのは控えようという気持ちになった。

ところが、時間とともにやはり書いておくべき、という考えが強くなってきた。

どのシークエンスの思い入れが強く、なぜ空回りをしているのかを書くのは、公に意見を開陳している者の義務でさえある、というふうに心が動いている。

開会式の速報や時論時評を書くのは僕の仕事ではない。それらに絡めた自らの根本の考え方や意見を記すのが僕のブログの趣旨なのだから、今さら遅い、などと引かずに近いうちに書こうと思う。


コロナ禍中のバカンスについて

コロナパンデミックが到来して初の本格的な休暇を、これまた初めてイタリア半島最南部のカラブリア州で過ごした。地中海に突き出た大陸の気候とイタリアの最貧州の趣について。

意外な出来事もあった。予期に反して、地中海域で僕が探索し続けているヤギ羊肉の絶品に出会ったのだ。秘境とも呼ぶべき山中にミステリアスな人々が住む集落があって、そこで育まれたレシピなのである。


白鵬の無残と照ノ富士の不安

大相撲は衛星放送を介して欠かさず観ている。白鵬は強い怪物横綱などではなく、異様悲壮な安い怪物男、という本性を7月場所で露わにした。

その白鵬に千秋楽で負けた照ノ富士は先行きが不安だ。白鵬の見苦しい動きに惑わされた軽さはそこだけのもので、横綱に昇進した先の頼りなさを暗示するものではないことを祈りたい。






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伊コロナ地獄の象徴絵

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2020年3月18日、つまり昨年の今日、世界最悪のコロナ被害国になりつつあったイタリアのロンバルディア州ベルガモ県の道路を、15台の軍用トラックが列を作って通った。

荷台に積み込まれた荷物は全て新型コロナ被害者の遺体。ベルガモ県内の墓地も火葬場も受け入れ限界を超えたため、隣接のエミリアロマーニャ州まで遺体を運んで火葬することになったのだ。

イタリア政府はその悲しい現実を記憶にとどめるために、3月18日を「新型コロナ犠牲者を悼む日」と定めた。今日がその1周年記念日ということになる。

当時のイタリアのコロナ死者は2978人。1年後の今日の103432人に較べたら嘘のような少なさだが、それは死者の山のほんの始まりに過ぎなかった。

イタリアの惨状は速やかにスペイン、フランス、イギリス、アメリカなどに伝播。欧州の優等生という陳腐な異名を持つドイツにも広がった。

正確に1年後の今、アメリカとイギリスはワクチンの普及が進み、イタリアほかの欧州各国はワクチン不足に悩まされている。

コロナ変異種の猖けつにおののいているイタリアは、昨年3月-5月、クリスマスから正月に続いて3度目のロックダウン中。

2021年3月18日現在、イタリアの累計コロナ感染者数はアメリカ、ブラジル、インド、ロシア、イギリス、フランスに続いて世界7番目の3281810人。

死者数は既述のように103432人。欧州ではイギリスの次に多い世界6番目の悲惨な状況である。

またワクチンの接種者は2211454人(2回接種者)。回数は4955597(1回接種者含む総計)。

ワクチンの接種状況は予定より大幅に遅れている。

イタリアはワクチンが行き渡るまでは、他の欧州諸国と同じように、ロックダウンやロックダウンに近い移動規制を繰り返しながら進むことになる。








数字で見るイタリアコロナ地獄の1年

ブドウ園南西角方向650


昨年の今頃のイタリアは厳しかった:

コロナ地獄が始まって、恐怖の絶頂にはまだ至らないが、不安と暗鬼と疑心があたりに充満しつつあった。

マスク姿のイタリア人がひどく鬱陶しく見えたことを覚えている。

それは間もなくごく当たり前の光景になった。


2021年2月27日現在の新型コロナ状況を数字で確認しておくと:

感染者累計:290万7千825人

死者:9万7千507人(米、ブラジル、メキシコ、インド、イギリスに次いで世界6番目。なおイタリアの後には、フランス、ロシア、ドイツ、スペインが続く)

1日あたりの最大死者数:993人(2020年12月3日・第2波。第1波の最大数は3月27日の921)

1日あたりの最大感染者数:4万896人(2020年11月13日・第2波。第1波の最大数は3月21日の6554人。第2波に較べて少ないのは検査数が限られていたから)

1日あたりの最大ICU(集中治療室)患者数:4068人(2020年4月3日。第2波最大は11月25日の3848人)

死者平均年齢:81歳(80-89歳の死者数は全体の40%近くにのぼる)

治癒したコロナ患者:239万8千352人

累計検査数:約2千万
 
コロナ殉教医師数:332


経済関連の数字:

GDP:2020年は前年比8、9%の下落。下げ幅は意外にも小さいように見える。

失業&失職:2020年2月-12月の10ヶ月で42万の職が失われる。例によって女性が多く犠牲に。

最も打撃を受けた観光業やケータリングなどのサービス業を中心に、2020年12月の1ヶ月だけで女性は9万9千の職を失った。同じ期間の男性失業者の増加数は2千。
 
EU復興基金:EUからイタリアへのコロナ復興資金は約2090億ユーロ(およそ26兆5000億円)。そのうち約60%は低金利の融資。約40%が援助金。



ロックダウン開始前後の状況についてもおさらいをすると:

2020年2月22日:ロンバルディア州コドーニョ含む11の自治体を封鎖(人口5万人)。

2月23日:北部数州内の学校・美術館・劇場・映画館などの閉鎖命令。ヴェネツィアのカーニバルも中止

3月8日:ロンバルディア州と近郊の14県をロックダウン。

3月9日夜:ロックダウンを全土に拡大と発表(実効は10日から)。全国6千万人余りがほぼ全面移動禁止に(5月3日の一部緩和まで55日連続)。

3月11日夜:ジュゼッペ・コンテ首相はテレビ放送で食品など必需品の店と薬局以外の全ての店を閉鎖すると発表。






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欧州コロナ第2波通信~信号機型ロックダウン


コスタ紅葉大木 2本800

3月-4月の厳しいロックダウン効果によって、夏の間のイタリアのコロナ感染は抑えられていた。が、9月から徐々に増えて11月4日の新規感染者は30550人。死者は352人。累計の死者数は39764人となった。

それを受けてイタリアは、ロックダウン導入で先行するフランス、ドイツ、イギリスなどに続いて、11月6日から少なくとも12月5日まで再び厳しい規制をかけることになった。

ただし今回は全土一斉のロックダウンではなく、症状のある人や病院のベッドなどの割合また占有率などを勘案して、全国20州を赤、オレンジ、黄色の3段階の警戒レベルに分け、それぞれに見合った管制をする。

全国一律の規制は:

22時から翌朝5時まで外出禁止。高校はオンライン授業のみ。10月26日から閉鎖されている博物館、映画館、劇場、スポーツジムやプールなどに続いて、各種遊戯場や店も閉鎖。またショッピングモールなどの大型商業施設は週末の営業を禁止。

さらにスクールバスを除くバスなどの公共の乗り物は乗車率50%未満で運転。仕事や通院など必要危急の場合以外は、国民はできる限り公共の乗り物を利用しないよう強く要請。公務員や一般会社職員はできるだけリモートワークに徹底する。

最高警戒レベルのレッドゾーンは:

相変わらず感染者が多いロンバルディア州に加えて、ピエモンテ、ヴァレダオスタ、カラブリアの計4州。レッドゾーンでは生活必需品店以外の小売店やマーケットは全て閉鎖。住民票のある自治体から他の自治体への移動禁止。

また住民は自宅近くでの運動のみ許される。レッドゾーン内の規制は、春に実施された全国一律の外出制限とほぼ同じ厳しい措置である。ただし、第1波時のロックダウンとは違って、理容室や美容室の営業は認められる。

レッドゾーン内の中学校2年生と3年生の授業はオンラインのみで行う。小学生と中学1年生の授業は学校で行われるが、子供たちは着席中も必ずマスクを付ける。これまでは座席間の距離が保たれていれば、着席中はマスクをはずしても構わなかった。

南部プーリア州やシチリア州などは、レッドゾーンに次いで危険度の高い「オレンジ色」。残りの14州と北部のトレント県、及びボルザノ県は最も危険度の低い黄色に色分けされた。色分けは感染状況によって15日ごとに見直される。

(なお、黄色は元々緑色になるはずだったが、緑色だと「安全地帯」を連想させる恐れがあるとして、警戒や慎重の意識を喚起する黄色に変更された)

新型コロナに呪われたロンバルディア州は再びロックダウンにかけられた。第1波ではロンバルディア州の12の県の中でも、特に僕の住まうブレシャ県とベルガモ県が感染爆心地になった。今回は州都のあるミラノ県の感染拡大が最もひどい。

イタリア政府は経済破壊につながる全土のロックダウンをなんとしても避けたい考え。だが見通しは暗い。感染拡大が止まず死亡者が急増すれば、全土一斉ロックダウンへの圧力が強まるだろう。だがそうなってからでは、感染拡大に急ブレーキをかける、という意味では遅い。

結局イタリアは、全土のロックダウンは導入せず、相当数の犠牲者を受け入れながら経済も動かす、良く言えば中庸の、悪く言えばどっちつかずの道を探るのではないか。感染拡大や死者増も容認する、というのは恐怖のシナリオだが、第1波時の地獄を経験している分、人々は落ち着いているようにも見えないこともない。



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SNSの愉快


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SNSはFacebookも利用している。TwitterもあるがFacebookほどには重宝していない。Facebookの友達は多くない。増やしたいが方法が分からない。少ないFB友だが、ブログへの関心度を探る観測気球としては十分以上に役に立つ。

Facebookに投稿するブログ告知への読者の関心と、ブログそのものを読む(訪問する)読者の数はほぼ正比例する。Facebookで「いいね」を押した読者が必ずブログを読むとは限らないが、不思議なことにそこでの関心が高いとブログの読者も増えるのである。

いま言ったようにFB友は少ないので「いいね」もひどく少ない。しかし、例えばひとりの「いいね」と3人の「いいね」の間には既にかなりの違いがある。後者の記事は間違いなく前者よりも多くの読者がついている。

ところがたまに、Facebookでは全く反応がないのにブログの訪問者(読者)数がロケット並みの勢いで上昇することがある。一昨日と昨日がそうだった。上昇の勢いは弱まったが今日も読者が増えそうな気配がある。

読者が誰であるかは著者の僕には分からないが、Livedoorブログでは訪問者(読者)数と読まれたページ数はブログの管理欄で分かる仕組みになっている。早朝(日本時間昼間)にブログを開けると同時に雰囲気が伝わってくる。

直近の記事で未知の読者(FB友ではない読者)に多く読まれそうなものはなにか、とすぐに探索してみる。今この時、何が多くの人の関心の的であるかを知るのは、テレビ屋としての僕のまた自称ブロガーとしてもマストの事案だろうと思う。

匿名で吼えるネトウヨヘイト系の卑怯者らに読まれそうな記事があればたちどころに分かる。つまり炎上だが、記事は読まれてナンボだから炎上は大歓迎だ。だがそんな記事は身に覚えがあるから実はわざわざ探索するまでもなくピンとくる。

今回は良く分からない。読者数が急激に増えたのは<海が割れるモーゼの奇跡がベニスに出現!http://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52308307.html>あるいは改題した同じ記事<海を塞き止める「モーゼの奇跡」がベニスに出現!https://www.cannapensante.com/2020/10/15/2832/ >を掲載した直後からである。

ベニス水没の危機は日本人もある程度知っているだろう。だから読まれた可能性はあるが、少し大げさに言えば爆発的に読まれるほどのトピックとは思えない。そこでまた少し調べると、トランプ大統領が好きなネトウヨらが怒るかもしれない<きちがいピエロ vsDトランプhttp://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52308113.html >があった。

また<狂犬vs痩せ犬http://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52307918.html ><盛り下がる米大統領選
http://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52307532.html >
なども読まれる類の話かも、と考えた。だがどうもしっくりこない。そしてやがて気づいた。パリで教師が首を切断されて死ぬ事件があった。またしてもイスラム過激派の蛮行である。

それにリンクするような記事を一ヵ月以上前に書いたことを思い出した。

<シャルリー・エブド~再びの蛮勇?英雄?http://blog.livedoor.jp/terebiyain.../archives/52307217.html >あるいは<Je suis Charlieか否か?https://www.cannapensante.com/2020/09/09/2708/ >である。この2本が一番怪しいが、確実なことはやはり分からない。だが多く読まれていればどの記事であろうが構わない。読まれることが記事を書く動機のひとつであることは間違いないのだから。



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秋の欧州で撃ち殺される確率



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欧州は新型コロナ感染拡大第2波に襲われつつある。それどころか、スペイン、フランス、イギリス等の感染状況を見ると、第2波の真っただ中という見方もできる。

そんな中でも― いや感染を恐れて家に閉じこもる機会が多いそんな折だからこそ―ヨーロッパ人は狩猟に出ることをやめない。

欧州の多くの国の狩猟解禁時期は毎年9月である。新年をまたいで2月頃まで続く。いうまでもなく細かい日時は国によって異なる。

たとえばイタリアは9月の第一日曜日に始まり約5ヶ月にわたって続く。フランスもほぼ似通っている。

一方、狩猟超大国のスペインは春にも狩猟シーズンがあって、一年のうちほぼ9ヶ月間は国中の山野で銃声が聞こえる。

スペインの狩猟は悪名高い。狩猟期間の長さや獲物の多さが動物愛護家やナチュラリスト(自然愛好家)などの強い批判の的になる。

2012年には同国のフアン・カルロス前国王が、ボツワナで像を撃ち殺して世界の顰蹙を買い、スペインの狩猟の悪名アップに一役買った。

もっとも狩猟への批判は、フランスやイタリアでも多い。欧米の一般的な傾向は、銃を振り回し野生動物を殺すハンティングに否定的だ。

近年はハンターも肩身の狭い思いをしながら狩猟に向かう、といっても過言ではない。彼らの数も年毎に減少している。

それでもスペインでは国土の80%が猟場。今でも国民的スポーツ、と形容されることが多い。正式に狩猟ライセンスを保持しているハンターはおよそ80万人である。

だが実際には密猟者と無免許のハンターを合わせた数字が、同じく80万程度になると考えられている。つまり160万人もの狩猟者が野山を駆け巡る。

イタリアのハンターは75万人。状況はスペインやフランスなどと同じで、多くの批判にさらされて数は年々減っている。しかし、真の愛好者は決してその趣味を捨てない。

かつてイタリア・サッカーの至宝、と謳われたロベルト・バッジョ元選手も熱狂的ハンターである。彼は仏教徒だが、殺生を禁忌とは捉えていないようだ。

狩猟が批判されるもうひとつの原因は、銃にまつわる事故死や負傷が後を絶たないことである。犠牲者は圧倒的にハンター自身だが、田舎道や野山を散策中の関係のない一般人が撃ち殺される確立も高い。

狩猟は山野のみで行われるのではない。緑の深い田舎の集落の近辺でも行われる。フランスやイタリアの田舎では、家から150メートルほどしかない範囲内でも銃撃が起こる。

そのため集落近くの田園地帯や野山を散策中の人が、誤って撃たれる事故が絶えない。狩猟期間中は山野はもちろん郊外の緑地帯などでも出歩かないほうが安全である。

イタリアでは昨年秋から今年1月末までのシーズン中に、15人が猟銃で撃たれて死亡し49人が負傷した。また過去12年間では250人近くが死亡、900人弱が負傷している。

またフランスでは毎年20人前後が狩猟中に事故死する。2019年の秋から今年にかけての猟期には平均よりやや少ない11名が死亡し130人が負傷した。

狩猟の規模が大きくハンターも多いスペインでは、一年で40人前後が死亡する。また負傷者の数は過去10年の統計で、年間数千人にも上るという報告さえある。

事故の多さや批判の高さにもかかわらず、スペインの狩猟は盛況を呈する。経済効果が高いからだ。スペインの狩猟ビジネスは12万人の雇用を生む。

ハンティングの周囲には狩猟用品の管理やメンテナンス、貸し出し業、保険業、獲物の剝製業者、ホテル、レストラン、搬送業務など、さまざまな職が存在する。

スペインは毎年、世界第2位となる8000万人を大きく上回る外国人旅行者を受け入れる。ところが新型コロナが猛威を振るう2020年は、その97%が失われる見込みだ。

観光業が大打撃を受けた今年は国内の旅行者が頼みの綱だ。その意味でもほとんどがスペイン人である狩猟の客は重要である。2020年~21年のスペインの狩猟シーズンは盛り上がる気配があるが、それは決して偶然ではない。

スペインほどではないがここイタリアの狩猟も、またフランスのそれも盛況になる可能性がある。過酷なロックダウンで自宅待機を強いられたハンター達が、自由と解放を求めて野山にどっと繰り出すのは理解できる。

欧州では2020年秋から翌年の春にかけて、鹿、イノシシ、野生ヤギ、ウサギまた鳥類の多くが狩られ、ハンターと同時に旅人や散策者や住人が誤狙撃されるいつもの危険な光景が出現することになる。

同じ欧州は新型コロナの感染拡大第2波に襲われている。外出をし、移動し、郊外の田園地帯や山野を旅する者は従って、狩猟の銃弾の剣呑に加えて新型コロナウイルスの危険にも晒される、という2重苦を味わうことになりそうである。


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欧州の第2波の足音高く



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欧州を新型コロナ感染拡大の第2波が襲いつつある。スペイン、フランス、イギリスなどの大国を中心に感染が急速に拡大している。フランスの一日あたりの感染者数が1万3千人を超えたり、スペインがその上を行き、 最近のイギリスの一日当たりの感染者数が4000人前後に達するなど、状況が切迫してきた。

そうした中、かつて欧州どころか世界最悪のコロナ感染地だったもうひとつの大国イタリアは、感染拡大を抑えて欧州の優等生と形容しても過言ではない平穏を保っている。一例を挙げれば9月18日現在、人口10万人あたりの2週間の平均感染者数はスペインが292,2人、フランスが172,1人に対しイタリアは33人にとどまっている 。

なぜイタリアの感染拡大が抑えられているのか。専門家によれば優れた検査システムと効果的な感染経路追跡手法、また厳格な感染防止策や的確な安全基準などが功を奏しているとされる。

そしてさらに大きいのは、イタリアがどの国よりも早くロックダウンを開始し、どの国よりも遅くそれを解除した事実である。しかもイタリアは全土封鎖を迅速に行い、且つそれの解除の際は他の国々のように急いで規制を緩和するのではなく、段階を踏んでゆるやかに行った。

一方イタリア以外の国々は、ロックダウンをためらってその導入が遅れ、封鎖はしたものの、より規模の小さな、より弱い規制をかけた。その上彼らはロックダウンの解除を、より迅速により広範に行った。それが国々の感染拡大の要因である、とする。

むろんそうした要素は疑いなく存在する。だがそれに加えて、ここイタリアにいて僕が実感し強く思うこともある。つまりイタリア国民の中に植えつけられた新型コロナへの強い恐怖感が、感染拡大の抑止に貢献しているのではないか、ということである。

イタリアは2月から4月にかけて、コロナ恐慌に陥って呻吟した。医療崩壊に陥り、累計で3万5千人余の患者と、なんと177名もの医師が新型コロナで死亡するという惨状に苦しんだ。

感染爆発が起きた2月、イタリアには見習うべき規範がなかった。イタリアに先立って感染拡大が起きていた中国の被害は、イタリアのそれに比較して小さく、ほとんど参考にならなかった。イタリアは孤立無援のまま正真正銘のコロナ地獄を体験した。

世界一厳しく、世界一長いロックダウンを導入して、イタリアは危機をいったん克服した。だが国民の間には巨大な恐怖心が残った。そのために少し感染拡大が増えると人々は即座に緊張する。彼らは恐怖に駆られて緩みかけた気持ちを引き締め、感染防止のルールに従う、という好循環が起きている。

コロナ地獄の中でイタリア国民は、ロックダウンの苛烈な規制の数々だけが彼らを救うことを学び、それを実践した。規制の一部は今も厳格に実践している。規則や禁忌に反発し国の管制や法律などに始まる、あらゆる「縛り」が大嫌いな自由奔放な国民性を思えば、これは驚くべきことだ。

多くの国がロックダウンを急ぎ解除した最大の理由は― 感染拡大が縮小したこともあるが ―経済活動の再開だった。ロックダウンによって各国の経済は破壊された。あらゆる国が経済活動を元に戻さなければならなかった。それでなければ貧困が新型コロナを凌駕する困難をもたらすことが予想された。

イタリアの経済状況は欧州の中でも最悪の部類に陥った。コロナ以前にも決して良くはなかった同国経済は、全土にわたる封鎖によって壊滅状態になった。それでもイタリアはロックダウンの手を緩めず、どの国よりも過酷にそれを続けた。なぜか。

それはひとえにイタリアが味わった制御不能な感染爆発と、それによってもたらされた前述の医療崩壊の恐怖ゆえだった。患者のみならず医者をはじめとする医療従事者までが次々と犠牲になる新型コロナとの壮絶な戦いの様子は、連日連夜メディアによってこれでもかと報道され続けた。ロックダウンによって自宅待機を強制された国民は、文字通り朝から晩までテレビの前に釘付けになって医療現場の地獄を目の当たりにした。

医療現場の修羅は、鮮烈な臨場感を伴って人々の胸を突き刺した。特に医療崩壊が激しかった北部州では、身近の者がバタバタと死んでいく現実と相まって、普段は目にすることが少ない医療現場の凄惨悲壮な地獄絵が人々を責めさいなんだ。

イタリアに続いてスペインも感染爆発に見舞われ医療危機も体験した。だが、スペインにはイタリアという手本があった。失敗も成功も悲惨も、スペインはイタリアから習うことができた。恐怖の度合いがはるかに小さかったスペインは、ロックダウン後は良く言えば大胆に、悪く言えば無謀に経済活動を再開した。 

スペインを追いかけてフランスもイタリアに倣いロックダウンを導入した。だが仏西両国はイタリアよりも早くロックダウンを緩和した。例えばイタリアは学校を9月13日まで完全閉鎖して14日から再開したが、全国一斉の措置ではなく地方によってはさらなる閉鎖を続けた。つまり感染状況を見極めながらの段階的な再開に留めた。

一方スペインは9月初めに学校を全面再開した。フランスに至っては5月から段階的に学校を開いた。またイタリア政府がサッカーなどのプロスポーツ観戦の客数を1000人までとした段階で、フランスはプロテニスの観客数をイタリアの11倍以上の11500人まで認めるなど、多くの場面でイタリアよりもより遅く規制をかけ、イタリアよりもより早く且つ大幅に規制を緩和する措置を取り続けてきた。

それが今現在のイタリアと仏西両国の感染状況の差になって現れている。ちなみに感染拡大が懸念されている英国ほかの欧州各国も、スペインやフランスとほぼ歩調を合わる形でロックダウンを管理してきた。その結果感染拡大が再び急速に始まったのである。

イタリアの平穏な状況は、しかし、同国のコロナ禍が終わったことを意味するものでは全くない。イタリアでも新規の感染者は着実に増えている。つまるところイタリアも欧州の一部だ。コロナ禍の先行きは他の国々と同様にまだ少しも見えないのである。


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ディスコ&ナイトクラブ組合がイタリア政府に反撃



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イタリアは政府は、全国のクラブ(ディスコ)が新型コロナ感染拡大の元凶になっているとして全面閉鎖を命令した。

これに対してイタリアのディスコ&ナイトクラブの組合は、政府がクラブ(ディスコ)の閉鎖を命令したのは違法、としてラツィオ州裁判所に提訴した。

欧州では新型コロナ感染爆発第2波の恐れが出ている。ところがイタリアでは欧州主要国の中では唯一、コロナの感染拡大が低く抑えられてきた。長く過酷なロックダウンが功を奏したと見られている。

だが夏のバカンスシーズンの到来とともに情勢が一変。外国で休暇を過ごして帰国する若者の間でコロナの感染拡大が始まり、その流行は国内のクラブ(ディスコ)にも広がる兆しが見られるようになった。

大勢の若者が密集して踊る環境は感染拡大の絶好の舞台だ。危機感を抱いたイタリア政府は、ロックダウン期に続いて、再び全国のクラブ(ディスコ)の全面閉鎖に踏み切った。

イタリアにはおよそ3000軒のディスコやナイトクラブがあり5万人を雇用している。閉鎖によって業界全体で40億ユーロの収入が失われる計算だという。

だが組合は同時に、政府の業界への補償や支援が適切に行われるなら、提訴を取り下げるとも表明している。


なお、

2020年8月19日現在のイタリアの新型コロナ感染者数は累計で255278人。死者35412人。8月19日の新規感染者は642人。一日あたりの新規感染者数としては5月23日以来の高い数字になった。



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感染爆発という悪夢を阻止するために

子供たち


イタリア政府は若者の間のコロナ感染源の一つになっているとして、ディスコ(クラブ)の閉鎖を命令した。

ロックダウンで閉鎖されていたイタリア全土のディスコは、スペインやフランスなどに遅れて営業が許可され、且つ屋外での飲食のみが許される上に「踊りは全面禁止」、という厳しい内容だった。

しかし規制を破る店が多く、客が屋内外で普通に、しかも集団で踊る光景が後を絶たず、クラスターが発生するケースが増えた。

イタリアの感染拡大はフランス、スペイン、ドイツなど、第2波の襲来が懸念される国々に比べるとまだ抑えられている。が、バカンスから帰国した若者を中心に確実に増えつつある。

またディスコなど人だかりの多い場所も感染拡大に拍車をかけかねないと憂慮されている。ディスコの閉鎖は9月7日まで。以後は営業が許可される予定。

だが、それは難しいのではないか。バカンスの人の流れと共に動いたコロナウイルスは、暑さがやわらぐに連れて活力を増すと見られている。

もしもディスコが9月に営業再開すれば。感染が抑えこまれたことを意味する。そうなればワクチン開発までのあいだ一息つける、というのはむろん希望的観測に過ぎない。



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コロナ第2波がすぐそこに見える


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イタリアが世界一のコロナ地獄におちいったのは2月。寒いころだった。コロナ地獄は3月、4月と悪化し5月になって少し落ち着きを見せた。イタリア政府は5月から段階的にロックダウンを緩和し、6月には全面的に解除した。

7月の今はコロナの勢いは衰えたように見え、国内の社会経済活動がほぼ普通に戻った。だが新規の感染者は恒常的に発見されていて終息には程遠い。それどころか個人的には僕は第2波の襲撃は不可避と考えている。

新型コロナウイルスは第1波が去って第2、第3波が来るあるいは来ない、と語られるのが普通で僕自身もそう表現してきたが、実はそれは誤りで、コロナは常にそこにあって密かに増殖、つまり感染拡大を続けている、というのが正しいのではないか。

イタリアは世界最悪のコロナ禍中にいた2~3月、また4月の悪夢を経て、第1波が去り次の攻撃を戦々恐々としながら待っている、と多くの人が考えている。だが、死者数こそ減っているものの、新規感染者はひっきりなしに発見されて累計の感染者数は確実に増えている。「第1波が去った」とは言えないように思うのだ。

日本の状況も欠かさず見ているが、イタリアよりも新規の感染者が多い状況は、やはり第1波の終焉や第2波の始まりと言うくくりよりも、コロナが常にそこにあって密かに宿りを広げている、と見たほうがいいのだろう。

2020年7月17日の状況は、イタリアよりも日本のほうがより深刻な危機にあると見える。イタリアの感染者は世界でもトップクラスの検査数の結果として出ているが、日本の検査数は以前よりも増えたとはいえ多くの国々に比較すると相変わらず少ない。それにもかかわらずにここ最近は、イタリアを上回る数の感染者が出続けているのだ。

古くて、だが常に新しい問いだが、日本の実際の感染者はやはりはるかに多いのではないか。死者数が極端に少ないことと、無症状の感染者が全体のおよそ半数にも上る、とされる新型コロナ感染の実態が現実を見えにくくしているのではないか、という疑念がどうしてもつきまとう。

2020年7月17日現在の日本の感染者数は前日比623人増である。230人の新規感染者が見つかったイタリアよりもかなり多い。このまま増大しつつければ感染爆発という状況もあり得る。これまで危ない危ないと言われながらも感染爆発が抑えられてきた分、日本国内にいる人々はきっと不安だろう。

しかし、ここイタリアにいてコロナ禍に「突然」且つ「深刻に」襲われ、どこからの助けも受けられないまま恐ろしい日々を過ごした体験を持つ者には、感染爆発が来ても―言うまでもなく来なければそれに越したことはないが―恐るるに足らずという思いもある。イタリアのように医療崩壊さえ起こさなければ、苦しい中にも救いはあると考えるのだ。

当時のイタリアの恐怖を今このとき味わっているのは、おそらくインド、パキスタン、イランほかの中東諸国、またブラジルとペルーに代表される南米各国などだろう。医療体制が脆弱なそれらの国では、先進国でありながら医療崩壊に陥った際のイタリアの絶望感と恐怖に似たものを実体験しているのではないか、と容易に推察できる。

独裁国家の中国を除けば世界一過酷とされた、イタリアのロックダウンの日々はまだ記憶に新しい。そしてあの日々はきわめて高い確率でまたやって来る、と僕はどうしても思ってしまう。たとえあれほど厳しい規制の日々ではなくても、移動制限をはじめとする統制が導入される日が近い将来必ず来ると考えるのだ。なぜか。

ロックダウンが緩和されて以降、3密への警戒はおろかマスクさえきちんと付けない人々が、海で山で街中でまたレストランをはじめとするあらゆる歓楽施設で、集まり寄り添い顔を突き合わせて歓楽に余念がないからだ。ウイルスにとっては絶好の増殖機会だ。

また、2月から5月初めまでのすさまじい感染拡大は収まってはいるものの、暑い夏に入ってもイタリアの新規感染者はゼロではない。ゼロどころか、既述のようにコンスタントに発生している。7月に入ってからも新規感染者の数は毎日100人以上300人未満の間で推移しているのだ。

僕は大げさにならない程度の分量と頻度で、ロックダウンに備えて少しづつ食料や生活必需品の買い置きを進めている。昨年3月に受けた狭心症の手術が、新型コロナの猛威の前にふいに大きなハンディキャップとなって僕の心身にのしかかかってきた。

還暦を過ぎた僕は、むろん若くはないがまだまだ死ぬわけにはいかない、と感じている。やるべきことが多すぎるのである。いや死ぬのはいい。だが、コロナごときで死ぬのはどうにも癪にさわる、というのが正直な気分である。




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アッパレな自民党



キンペー&二階


中国が「香港国家安全維持法」を施行させたことに抗議して、自民党は延期されている習近平国家主席の国賓としての日本訪問を中止しろ、と政府に求めるという。

政府は安倍首相が代表だが、自民党総裁もまた安倍首相なのだから、結局その方針は安倍首相主導のものだろう。僕は政治的に安倍首相を支持しないが、この決定は大いに支持する。

米トランプ大統領は、「香港国家安全維持法」に対する中国への抗議を口先だけで吼えて何もしない。いや、香港に認めている経済優遇措置を破棄して一応の制裁は科した。だが中国はそんな制裁など屁とも思っていないだろう。

習近平主席が率いる一党独裁機構内では、彼の一存で14億余の民衆の生き死にさえ縦横に裁断できる。香港が経済的に行き詰まるなら、そこが完全に破綻し人々が死に絶えるまで制裁されたままにしておけばよい、とさえ彼らは考える。

考えるばかりではなく、彼らは計略を実行することができる。それは経済よりもはるかに大きな、抑圧、隠蔽、また暴力御免の、デスポティズムという名の万能カードだ。ここ最近の米中経済戦争において、中国がアメリカが打ち出す政策に一向にひるまないのも同じ背景があるからだ。

米国が香港つまり中国に科した経済制裁は、自由市場経済では重要な意味を持つが、一党独裁国家に対してはそれほどの効果はないだろう。自由主義陣営はそろそろそこに気づくべきだ。そして経済制裁や規制とは違う何かを編み出すほうがいい。

それは米国一国だけではなく、あるいは欧州やEU単独でもなく、むろん日本やインドやカナダやオーストラリアなどの独自策では毛頭なく、自由主義陣営が一丸となって考え実行しなければ決して成功しない。米中経済摩擦でアメリカが単独で中国に対峙して、少しも埒が明かないのが何よりの証拠だ。

だがトランプ大統領は、日本を除くほとんどの先進国と自由主義陣営の国々と対立している。少なくとも蜜月関係にはない。アメリカファーストの利己主義と品格のかけらもない言動が各国の反感を買っている。何でもかんでも彼に従うのはアメリカの従僕に徹して恥じない安倍政権のみだ。

香港国家安全維持法への一応の反撃も米国は一国のみで行った。他の国々を先導して強力な態勢で中国に物申そうという意識がまるでない。当たり前だ。その少し前にはG7をアメリカで開こうとして、コロナ禍を言い訳にする独メルケル首相やカナダのトルド-首相らにさえそっぽを向かれている。全く信用がないのだ。

結局トランプ大統領にとっては自身の選挙だけが重要で、世界の自由と民主主義と人権などという高尚なコンセプトには興味がないのだろう。それどころがコンセプトの意義さえ理解していない可能性がある。だから香港の国安法への対応も一国主義のおざなりなものになってしまっている。

トランプ大統領の変わり映えのしない動きとは裏腹に、日本は自民党が習近平国家主席の国賓としての日本訪問を中止するべき、と主張しはじめたらしい。本気ならアッパレな動きだ。ぜひその方針を維持してほしい。

だが何事につけトランプ大統領の政策にケツナメ追従する安倍政権である。今回も中国に制裁を科したトランプ大統領に盲目的に従っただけ、という見方もあるだろう。だが、それは違うのではないか。

なぜなら曲がりなりにも自民党(つまり安倍政権)独自の考えで明確に習近平訪日を拒否する、と言ったのだから評価されてしかるべきだ。トランプ大統領に追従するだけの外交を展開していた政府、および政権党の自民党にしては、上出来の内容だ。

おそれることなくその線でまい進してほしい。アッパレなものはアッパレだ。従来なら安倍政権つまり自民党は、トランプ大統領のケツをなめる一方で、中国に対してもいい顔をして「習近平主席の訪日を待ち続ける」などと言い張るあたりがオチだったのだから。。


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自業自得なスケープゴート



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5月25日、ニューヨークのセントラルパークで、黒人男性に規則違反を指摘された白人女性が、いわば仕返しに(心理的に)警察に電話をして「黒人が私を脅している」と通報して問題になった。事件は沙汰止みになるどころか捜査が進展して、被告女性は虚偽申告の罪で起訴されることになった。

妥当な結果、と思う一方で、正直少しの違和感も禁じ得ない。

妥当だと思うのは、ビデオに記録された被告と被害者のやり取りの一部始終を見る限り、あたかも相手に暴力でも振るわれたかのように装う被告の演技と嘘は許しがたい。また電話申告の内容は実質、「黒人の男が私を殺そうとしている」と言うにも等しいひどいものだ。

被告の深い人種差別意識があらわになった醜悪な光景もさることながら、電話を受けた警官が現場に駆けつけて、うむを言わさずに被害者の男性を射殺したかもしれない蓋然性を考えれば、恐ろしい内容だ。そういう事件が日常茶飯に起こっているのがアメリカの問題である。

同時に、違和感も覚える。彼女の行為は許しがたいものだが、それがきわめて多くの白人に共通する「秘められた」差別意識であることが分かるから、正義感にあふれた人々が騒げば騒ぐほど、被告がいわばそれを正当化するためのスケープゴートにされているようにも感じるのだ。

被害者が被告女性の攻撃の様子を撮影したビデオがSNSで拡散されたために、彼女は人種差別を理由に事件後すぐに会社をクビになった。さらに彼女は公式に謝罪したにもかかわらず、「殺してやる」という脅迫まで受けたりしている。その後も捜査が進められて起訴にまで至った。

事件発生後の一連の出来事は、正当であると同時にどうも胡散臭いとも感じる。いま述べたように被告はSNSほかで激しく叩かれ死の脅迫さえ受ける一方で、職を失い住まいを追われた。つまり、被告はすでに相当以上に「社会的制裁」を受けている。だから許されるべき、という意見もあるかもしれない。

そういう意味からではないが、僕は彼女に対してどうしても少しの同情を禁じ得ない。繰り返しになるが、人々の(特に白人)中の悪意を見えなくするための大騒ぎのようにも見えて仕方がないのだ。

むろん差別者自身に彼らの差別感情を秘匿する意志がそこで働くとは思えない。が、大勢が騒ぐことで彼らの心の中に巣食う差別意識が知らず隠蔽されていくという効果があらわれる。僕はどちらかといえばその点をより憂慮する。

一方ではまた、言うまでもなく被告が指弾されることで、社会全体の悪意が抉り出されてその毒が弱まる可能性は高い。こうした事件を罰する意義はまさにそこにある。

だが、悪意が心身の奥深くにまで食い込んでいる者、つまり、例えばトランプ大統領の登場によって暴露された、大統領自身を含む半数近い米国人のうちの特に差別意識と憎悪心が強い者にとっては、喧騒は格好の隠れ蓑になる可能性もある。

被告女性を糾弾するばかりではなく、日本のネトウヨ系排外差別主義者らの同類である米国人、つまり差別と憎しみという心の闇に支配されてうごめく、特に白人の米国人の実態について思いをめぐらし監視を続けることが、真の「差別反対思想」やそれへの賛同を示す際の重要なポイントではないか、と考えるのである。





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差別の感じ方&対処法



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また白人による有色人種差別のエピソードである。

人種差別への抗議デモがアメリカを席巻しているただ中で、そのことを気にするふうもなく差別行為をする。そういう人々がいる現実が差別の根深さとその撤廃の難しさを示唆している。下にURLを貼付する。
https://edition.cnn.com/2020/06/12/us/torrance-woman-park-video/index.html

今回は白人老婆がフィリピン系米人女性に投げつけた激しい侮蔑語の洪水。場所はアジア系の住民が40%近くを占める米カリフォルニア州の町、トーランス。日本人と日系人がきわめて多いことでも知られている。

老婆は数々の罵声の途中で若い女性に言う。「お前がアジアの何国人かは知らないが、とっとと自分の国へ帰れ!ここはお前の家じゃない!」
被害者の女性はCNNのインタビューに「差別問題は知っていたが、それがまさか自分に向けられるとは考えてもいなかった・・」と話した。

被害者女性の「まさか自分に向けられるとは」という思いは、町に多い日本人や日系人のものでもあるだろう。同時にそれは実は全ての日本人のものでもある。この稿では少しそこにこだわりたい。

老婆が繰り返しののしる「アジア人」から僕が先ず連想したのは、アジア人にはむろん日本人も含まれていて、従って老婆の罵声は一歩間違えば日本人にも向けられる性質(たち)の攻撃、ということである。

つまり日本人は世界の中では飽くまでも有色人種なのであり、人種差別はふとしたことで自分にも向けられかねない害悪、と自覚したほうがいい。日本人差別は過去には多く起こり、現在でも世界各地で散発している。要するに今この時に世界を揺るがせている人種差別問題は、事態の進展によっては日本人の問題にもなり得るのである。

人種差別問題では日本人に特有の現象がひんぱんに立ち現れる。つまり日本の内外には、自らがアジア人ではないと無意識に思い込み行動する日本人や、白人か準白人のつもりでいる日本人もきわめて多く、そのことが影響して日本人が人種差別問題に鈍感になる、ということだ。人種差別問題を対岸の火事と捉える日本人は少しも珍しくない。

ましてやそうした人々にとっては、人種差別問題にからんで「自らが差別される側に回る」事態が起こり得るとは思いもよらないことだろう。だが今このエントリーで取り上げているトーランスの町のエピソードを少し注意深く見てみれば、そうも言っていられなくなるのではないか。

加害者の白人女性は明らかに「アジア人は誰も彼も皆同じ」という意識で被害者女性に罵詈雑言を浴びせている。アジア人ではないと無意識に(あるいは意識的に)思っているある種の日本人は、白人女性の差別感情は自分には向けられていない、と主張するかもしれない。

アジア系住民が多いトーランスは、そのアジア人の中でも特に日本人の比率が高いことで知られている。加害者女性もそのことは十分知っているに違いない。それでも彼女はアジア人はアジアに帰れ、と罵倒するのである。繰り返しになるが彼女の言うアジア人にはむろん日本人も含まれている。われわれ日本人はそこのところを真剣に見つめなくてはならない。

自らがアジア人ではないと無意識に思い込み行動する日本人や、白人か準白人のつもりでいる日本人は特に、なによりも先ず自らがアジア人であるという当たり前の現実を冷厳に認めるべきだ。次に常にそれを意識してアジアの人々と対等に付き合い、その上で彼らと共に欧米を始めとする世界にも「対等」な付き合いを要求していくのだ。世界のそこかしこで今回と類似の問題が発覚する度に痛切にそう思う。

それなのに日本には、人種差別主義者のトランプ大統領の太鼓もちに徹する首相がいて、その太鼓もちの動静を喜ぶネトウヨ排外差別主義者や、表は黄色いのに中身が白くなった「アジア蔑視主義者のバナナ国民」が横行している。そんな状況では世界の人種差別問題の意義どころか、そのことに関心さえも抱かない国民が多いのではないか、と危ぶむ。

今世界で巻き起こっている人種差別問題、とくに「黒人差別」問題がよく理解できない人、あるいは実感できない人は、それをまず「アジアと日本」また「アジア人と自分」などの土俵に引き入れて考えてみたらどうだろうか。身近な国や国民との比較で考えれば、あるいは理解が深まるかもしれない。とは言うものの、自らをアジア人と感じない日本人にとってはそれもまた無意味なのだろうが。

日本国内に住んでいる日本人には人種差別問題が中々実感できないことは理解できる。またここイタリアのように親日の人々が多い国に住む者にとっても、居心地が良い分やはり人種差別問題を身近に引き寄せ実感することが難しくなる。むろんこの国にも日本人が嫌いな者はいる。だが人は自分を嫌う他人とはあまり付き合わない。そのため周囲にはますます日本好きのイタリア人ばかりが集うことになる。僕自身の場合もそうだ。

そうではあるものの同時に、故国の外にいる分だけ問題により敏感に反応するのもまた事実だ。今動乱の渦中にあるアメリカははもちろん、欧州でも英仏を筆頭に人種差別問題は頻発する。ここイタリアも例外ではない。多人種が共存する場所では残念ながら避けて通れない課題だ。

そこでは日本人は欧米の人々との友誼を堅持し深化させつつ、自らのアジア人としてのアイデンティティーも直視し続けなければならない。それがぶれることなくまた恐れることなく人種差別問題に対峙する秘訣だ。なぜなら他人種の人々は、表は黄色いのに中身が白いという得体の知れないバナナ的人間よりも、表と中身が一致した本物の、正直な人間を信頼し尊重するものだからである。



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秘められた人種差別こそ真のパンデミック


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黒人のジョージ・フロイドさんが、むごい形で殺害されたことに触発された人種差別反対の抗議デモは、アメリカから欧州に伝播して拡大。特に英独仏等で大きなうねりとなっている。

フロイドさんがミネアポリスで殺害されたちょうど同じ日に、ニューヨークではある意味でフロイド事件よりも重大な意味を持つ出来事があった。

このBBC記事:https://www.bbc.com/news/world-us-canada-52759502
が報告する白人女性による人種差別事件だ。記事の中ほどにあるMelody Cooperさんのツイートがそれである。

事件はニューヨークのセントラルパークで起きた。

黒人のクリスチャン・クーパーさんは、「犬は常にリードにつないでおかなければならない」と明確にサインの出ている場所でバードウォッチングをしていた時、リードから放たれて駆け回る犬を見た。

野生生物が危険にさらされると恐れた彼は、飼い主らしい女性に「お嬢さん、このあたりでは犬をリードでつないでおかないといけませんよ。すぐそこにサインがあるでしょう」と伝えた。

しかし女性が無視(拒否)したので彼は動画で撮影を始めた。すると女性は逆上して「撮影をやめろ。でないと黒人が私の命を脅かしている、と通報する」とクーパーさんに噛み付く。

クーパーさんがどうぞ、なんとでも伝えてください、と言うと女性は犬の首輪をつかみつつ警察に電話。その際の彼女の口振りを忠実になぞると:

女性(マスクをはずし電話に):(セントラルパークの)散策場(ランブル)で黒人が私を撮影しながら私と犬を脅しています。
(正確には「African・Americanman:アフリカ系アメリカ人男性」と発音しているが、敢えてアフリカンを付けることで、黒人であることをもっとさらに強調しようとする意図が見える)

女性(嫌がる犬を無理やり押さえつつ、繰り返す):セントラルパークにいます。黒人が私を撮影しながら私自身と犬を脅しています。

女性(犬が騒ぎ一声吠えるのを押さえて不意に泣き声になって):よく聞こえません。セントラルパークの散策場にいます!男に脅迫されています!すぐに警官を送ってください!


規則違反を指摘されて、恐らく羞恥心も働いたであろう女性の心理も分からないではないが、彼女の嘘と演技と威嚇にはおどろく。

一歩間違えば女性の電話を受けた警察官が駆けつけ、うむを言わさずにクーパーさんを射殺していたかもしれない。

それは少しも大げさな指摘ではない。アメリカではそんなことが日常茶飯に起こっている。ジョージ・フロイドさんの殺害も同じ土壌で発生したのだ。

ちょっとしたことで表に出てしまった彼女の黒人(恐らく白人以外の全ての人種)蔑視の心は、残念ながら少なくない国の、特にアメリカの白人の中に秘められた現実の一つだと思う。

それは常に存在したが、トランプ大統領の出現で米国人のほぼ半数(主にトランプの岩盤支持層)が、そうした人々であることが暴露された。

そのことへの抗議デモが今各地で起こっているわけだが、トランプ大統領がいて且つ彼の岩盤支持層の割合が減らない現実は、差別の撤廃がいかに至難であるかを如実に物語っている。

だからと言って声を上げなければ、差別の解消どころか、そこへ向けての「きっかけ」さえ生まれない。その意味でいまアメリカから世界に広がりつつある黒人差別への抗議デモは重要である。



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コロナ収束祈願


サントリーニ青屋根教会海見下ろし650



一年でヨーロッパがもっとも輝く季節、6月が始まった。花々が咲き乱れ、木々の緑が増し、日差しが強く多くなって万物がめいっぱいに生を謳歌する。

梅雨でじめじめする日本の感覚では分かりづらいかもしれないが、6月のイタリアも1年でもっとも美しい季節だ。

だがここイタリアを含む欧州は未だに新型コロナ禍の真っ只中にある。それでも-アメリカは混乱し世界の感染状況も予断を許さないものの-つい昨日まで世界の感染爆心地だった欧州は落ち着きつつある。

イタリアの感染者と死者の数は減り続け、スペインは6月に入ると同時に一日の死者数ゼロを記録した。フランスまたそのほかの国々の環境も改善している。欧州で最も感染者と死者の数が多い英国でさえも、一部の学校が再開された。

イタリアは6月3日以降ロックダウンが解除され各州間の人の往来も自由になる。EU域内からの外国人の入国も解禁される。つまり義務化された感染予防策を別にすれば、ほぼ全てが新型コロナ以前の相貌に戻る。

いつもの6月は僕にとっては、ギリシャの海などでの休暇を計画する時期でもある。だがことしは新型コロナのせいで様相がまったく違う。バカンスどころではない気分だ。

それでも、もしかすると状態が良くなって、マスクなども気にせずに旅ができるようになるかもしれない、という希望的観測が胸に湧いたりもする。

そうすると思うのは、やはりギリシャの島々である。南イタリアも良いが、そこよりももっと南の、そして地中海の中でももっと東寄りの、できればエーゲ海などの島がいい。

地中海では、同じ緯度なら西よりも東のほうが気温が高く、空気もより乾いている。そのため光はまぶしく清涼感も高く、なにもかもが輝き白色に染まっているような心地よい錯覚をもたらす。

そのうえ6月はとても日が長く、7月や8月ほどには暑くなく、人出も少ない。人出が少ないから旅や移動や宿泊、また飲食や歓楽などの費用もより安い。いいことずくめなのである。

費用の安さという意味では9月~10月も同じだが、陽光の目覚ましさや万物の命の輝き、などという視点からはやはり夏の初めの6月にはかなわない。

ところがことしは大きな障害があると知った。ギリシャは6月15日から観光客やバカンス客を受け入れるが、新型コロナに襲われたイタリアからの入国は拒否すると発表したのだ。

新型コロナの感染が極めて深刻だったイタリアだから当然といえば当然だが、ちょっとおどろいた。ギリシャにとってイタリア人観光客は上得意だし親しみも強い。

背に腹は変えられないということだろうが、少しさびしい気がしないでもない。日本からの入国はOKなので日本人の僕はギリシャ訪問が可能だ。が、イタリア人の妻が渡航できない。

それでなくてもイタリアに長く住み、イタリアに感情移入することが多い僕は、ひとりでそこに渡ろうとは思わない。イタリアがことし2月、突然新型コロナ地獄に陥ってからはさらにその傾向が強まった。

新型コロナ危機に立ち向かうイタリア国民の強さと、真摯と、勇気と、誠実に僕は強く撃たれた。以来、僕のイタリアへの親愛感はさらに深まった。イタリア国籍は持たないが、僕は心情的イタリア人のつもりにさえなっている。

ギリシャは新型コロナの早期封じ込めに成功した国のひとつである、6月1日現在、感染者は2918人 死者は179人に留まっている。一方イタリアは感染者の累計が6月1日現在233197人、死亡者数33475人にものぼる。

イタリアの新型コロナ危機は先に触れたように落ち着きつつある。3月~4月の状況からは想像もできないほどの劇的改善、と言ってもいい。それでも6月1日の新規感染者数は200人、死者も60人と終息と呼ぶには程遠い情勢だ。

今このときの状相 ではギリシャの措置はきわめて妥当だ。ギリシャは最初の受け入れから2週間後の7月1日に、改めて入国受入れ国の見直しを行う予定。そこではおそらく十中八九の割合でイタリア人もギリシャ入国を認められることになるだろう。

そうなった暁には、僕は9月か10月のギリシャ旅を考えるかもしれない。6月には及ばないものの、ギリシャの9月はまだ夏真っ盛りだ。過去の経験では10月も同じ。7月と8月に比べればむしろ凌ぎやすい夏、というふうである。

いずれにしても7月と8月はイタリアで過ごすのが僕らの慣わし。よほどのことがなければ外国には出ない。イタリアに留まること自体が既にバカンス、という気分でさえいます。なにしろイタリアは国全体が世界有数のリゾート地なのだから。

ことし中にギリシャ旅に出ることがあるなら、それは間違いなく新型コロナが収束したか、それに近い状況になっていることを意味する。ぜひそうなっていてほしいものである。終息まではまだ時間がかかるだろうが。。

ところで、

イタリアのディマイオ外相が、イタリアからの観光客の入国を拒否する、とギリシャが発表したとたんに、ギリシャへの抗議と怒りの声を張り上げた。これには僕は冷笑苦笑するしかない。

そのことについては次のエントリーで語ろうと思う。



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ロンバルディア州が石橋をたたき続ける理由(わけ)

ドゥオーモ+鳩+消毒AFP650


イタリア政府は先日、コロナ感染抑止策として導入したロックダウンを5月4日から7日周期で徐々に緩和して行き、6月3日に全面解除すると発表していた。

ところが営業許可が出るのが一番最後になるレストランなどの飲食業界と、美容業界から猛烈な抗議の声が挙がり、政府はそれに応える形で2週間前倒しして5月18日に全ての業種の営業再開を認める、と決めた。

収入の道を絶たれて苦しむ勤労者世帯と経済界から歓喜の声が沸きあがる中、ひとつ転遷があった。新型コロナウイルスの最大の被害地、北部ロンバルディア州が政府の決定に異議を唱えたのである。

ロンバルディア州のアッティリオ・フォンターナ知事が、2業種の営業開始を1週間遅らせて5月25日にする、と宣言した。するとすぐに隣接州のピエモンテが知事に同調した。ピエモンテ州はロンバルディア州の次に新型コロナの感染者が多い。

いうまでもなくレストランやカフェは人と人の接触が極めて多い。営業空間も濃密だ。また美容業界も客とスタッフが顔を寄せ合って作業が進む場所だ。

同時に美容室や理髪店では、待合室を含む屋内空間も狭いのが普通だから、感染の可能性が高まる。人懐っこい国民が多いイタリアではなおさらだ。それだけに営業再開がいつも慎重に議論される。

ふたつの業界はまた個人営業である場合が多い。そのため資本的な体力も弱いのが普通だ。閉鎖されている間の政府の支援などがあってもなくても、生き残るのは厳しい業界である。関係者が早期の営業再開を主張するのは当然といえる。

ロンバルディア、ピエモンテ両州の感染状況は、イタリア全体と同じように確実に改善に向かっている。それでも5月14日の新規感染者はロンバルディア州が522人、ピエモンテ州が151人と楽観できない数字になっている。

ちなみに5月14日現在の2つの州の感染者と死者の総計は、それぞれロンバルディア州が83820人、死者は15296人。ピエモンテ州が感染者29209人、死者は3493人である。

両州を合わせたは感染者の数は全国の50%強、死者のそれはほぼ60%。僕も住むここロンバルディア州一州のみの感染者と死者の数は、それぞれ約38%と49%にも達するのである。

そうした状況に鑑みてフォンターナ州知事は、政府が5月18日とした2業種の営業再開日を、一週間遅らせる、と決めたのだ。

その動きは、州都ミラノのジュゼッペ・サーラ市長が5月7日、多くの若者が繁華街に無防備に集まったことに激怒して、「街を再びを閉鎖することも辞さない」と宣言した強い危機意識に通じている。

繁華街のナヴィリオで起きた現象は、ミラノ市長の脅迫じみた宣言も功を奏して、その後ぴたりと収まった。そうしたエピソードが語るように、多様性を重視する結果、時としてエゴイストにさえ見える自己主張の強いイタリア国民の間にも、Covid-19への切迫感と連帯意識は強い。

ロンバルディア州と思いを同じくするピエモンテ州が、前者に倣ってレストランの再開を遅らせたのは理解できることだ。またヴェネト、エミリアロマーニャ、トスカーナなど感染者の多い他の北部各州も、ロンバルディアとピエモンテ両州と同じように経済活動の拙速な全面再開には慎重な姿勢だ。

それでもベニスが州都であるヴェネト州は、隣のフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州との間の人の往来を、政府の決めた期日を前倒しして再開すると決めた。そのようにイタリアでは中央政府の決定と地方のそれが違うことがよくある。それは双方が合意の上で起こる齟齬である。

イタリア共和国の政治の仕組みは、地方がまず在って、その地方の合意の上に中央政府が存在する、と考えればよく理解できる。各地方の独自性、言葉を変えれば全体の中での多様性が重視されるのが当たり前なのだ。

多様性が大きいと国家はまとまりに欠けるように見える。だがそこ には大きなプラス面もある。つまり多様性がもたらす精神の開放と、それに触発された人々の自由な発想の乱舞だ。誰もが自説を曲げずに独自の道を行こうと頑張る結果、イタリア共和国にはカラフルで多様な行動様式と、あっとおどろくような 独創的なアイデアが国中にあふれることになる。  

そして何よりも重要なポイントは、イタリア人の大多数が、「国家としてのまとまりや強力な権力機構を持つことよりも、各地方が多様な行動様式 と独創的なアイデアを持つことの方がこの国にとってははるかに重要だ」と考えている事実だ。要するに彼らは、「それぞれの意 見は一致しないし、また一致してはならない」という部分でみごとに意見が一致する。

多様性を尊重し重視しようとするイタリア国民の確かな哲学は、凄惨な新型コロナ危機を経ても無くなっていない。各州に代表される地方自治体が、中央政府や他の地方とは違う歩みを歩むことを恐れず、恐れるどころかむしろわが道を行く気概を強調しつつ、イタリアは独自のやり方で復興への道筋を見極めようとしている。


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イタリアの落とし穴

え~っ?!!


イタリア北部でふいに「COVID-19」が出現した。ゾンビのように、という形容がそらぞらしいほどの唐突な印象。あるいは報道管制でも敷いていたのだろうか、と疑いたくなるほどだ。突然に市中感染らしいケースも明らかになり、感染は急速に拡大しそうな様相を呈している。

これまでのイタリアの「COVID-19」患者は3人だった。2人はイタリア旅行中の中国人夫婦。1人は武漢から政府専用機でイタリアに帰国した56人のイタリア人のうちの、若いイタリア人男性。中国人夫婦はローマで隔離され、イタリア人男性も状態は安定。ほぼ回復する見込みだった。

ところが事態は急展開。北部ロンバルディア州の街で集団感染にも近いケースが発覚した。中国への渡航暦のない38歳のイタリア人男性が、新型コロナウイルスに感染していた。男性の妊娠中の妻も感染。また男性が所属しているスポーツクラブのメンバーにも感染していることが次々に明らかになっている。

同時にベニスが州都のベネト州でも2人の患者が出て、そのうちの78歳の男性が死亡。イタリア初の「COVID-19」犠牲者。こちらの2ケースも今のところ感染経路が不明。

世界で初めて中国便をシャットアウトして、危機管理能力の高さを示したように見えたイタリアには、それ以前に既に新型コロナウイルスが侵入していた、ということのようだ。

その見方が正しいなら、イタリアは中国の「一帯一路」構想を支持し、同国と覚書まで交わした政治のツケを払い始めた、とも言えるかもしれない。それというのも覚書以来イタリアには、中国人観光客が大量に押し寄せ、ビジネス関連の交流も活発になって人の行き来が急激に増えていた。

イタリアは突然、欧州で最も「COVID-19」患者の多い国になった。劇的な展開に衝撃を受けているのは僕だけではないだろう。しばらくはこの驚異的な現象に目をこらしていこうと思う。それが「しばらくの間」の作業であることを祈りつつ。。。


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