【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

イベント(政治)

プーチン暗殺未遂やクーデター論のケセラセラ


ロシアのウクライナ侵攻からほぼ80日が経った5月14日、ウクライナ諜報機関のボス、キリロ・ブダノフ准将が、ロシアでプーチン大統領を引きずりおろすクーデターが進行している、と英スカイニュースで公言した。

だがその後は何事もなく時間が過ぎた。真相は闇の中だが、ロシアの反プーチン勢力がクーデターを繰り返し画策していても不思議ではない。

プーチン大統領の暗殺を目指して動くスパイや、特務機関の存在もしきりに取りざたされている。

そうした権謀術数は、しかし、今のところは成功の確率は非常に低い。限りなくゼロに近いと言っても構わないのではないか。

そうはいうものの、劇画やスパイ映画じみたそれらの計画が存在しないと考えるのは、プーチン大統領の暗殺が明日にでも成就する、と主張するのと同じ程度に荒唐無稽だ。

前出のダノフ准将は、公表されていないが3月にプーチン暗殺未遂事件が確かにあった、とも明言している。

またブダノフ准将は、プーチン大統領がいくつかの病気に罹っていて、精神的にも肉体的にも追い詰められているとも断言。

イギリスのタイムズ紙も、プーチン大統領が「血液のがん」に侵されていると報告し、アメリカのメディアも同様に彼の健康状態が良くない、と伝えている。

また別の英紙によると、プーチン大統領は暗殺を恐れて疑心暗鬼になっている。食事や飲み物は毒見担当のスタッフが味見をした後でなければ口にしないらしい。

クレムリン内ではかつてなくプーチン大統領の求心力が低下している。だが、権力争いは活発化していない。なぜならプーチン時代の終わりを誰もが予感しているからだ。

いま無理して争わなくてもプーチン大統領は間もまく失墜するか死亡する、と彼に続こうとする権力の亡者たちは踏んでいるようだ。

巷に流れている情報がどこまで真実なのかはいまのところ誰にも分からない。

ウクライナやアメリカの諜報機関も、ロシアのそれと同じくらいにフェイクニュースを発信して、情報のかく乱を目指しているからだ。

一方では猫も杓子も希望的観測も、ひたすらプーチン大統領の失脚を待ちわびている。

そして先行きがまったく見えないまま、世界は徐々に戦争報道に飽きつつある。人の集中力は長くは続かないのだ。

プーチン大統領はその時をじっと待っているとも目されている。

世界の関心が薄れたとき、間隙を縫ってプーチン大統領の決定的な攻勢が始まる、という考え方もある。

どこまで行っても一筋縄ではいかないのがプーチン大統領という魔物である。






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兵士みたい、とほめられた男の欣喜雀躍

カラフル市場則中ヨリ450


先日FBに投稿した上の顔写真を「兵士みたい」とほめてくださった方がいます。そこをきっかけに僕が一言申しあげたところ、別の方が親切なちゃちゃをいれてくれました。さらにさらにそこに、別の美女の方が「おもしろい」とコメントをくださったので、僕は勇気百倍、はなしをチョーおおげさに拡大してコメントしました。全ては公開のコメント欄での出来事です。しかし、それはFB投稿の一枚の写真欄でのやり取りなので、恐らく多くの方々の目には留まらない。そこでコメントを下さった皆さんにお断りを入れた上で、ほぼそっくりそのままの形でここにも掲載させていただくことにしました。

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おほめの言葉
第二次世界大戦中の、陸軍の日本兵のような雰囲気

Masanori Nakasone
ワシは人殺しではないよ。

Masanori Nakasone さん、言葉が相応しくなかったかもしれませんね ただ、国の命令で、多くの人々が泣く泣く出征していた人も多かったはずです。人殺しという言葉は、少しキツイと思いますが報道に陰に隠れているであろうロシアだって、そういう方はいると思うのです。

親切なちゃちゃ
沖縄の方々にとって日本兵は禁句です。第二次大戦で唯一の陸上戦がおこって1/4以上の県民が亡くなり、その内多くが日本兵が原因で命を落としています。コメントを削除した方が貴女のためですよ。

Masanori Nakasone
どなたさまも考えすぎです。兵士は殺されないために殺す、これが彼らのレゾンデートル。兵士が悪いのではありません。でも彼らは殺します。だから私は人殺しではないよ、といったのです。つまらないコメントにつまらない返事をしてしまいました。つまらないので該当者の皆さんが読まれたとおぼしき後(数時間後)にすべて削除します。悪しからず。

美女の方
Masanori Nakasone つまらなくないです。私にはみなさまのお考えを知る、良い機会

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コメントを削除しようと思いましたが、上記のように美女の方から「つまらなくない」というコメントが入りましたので、その真摯なお言葉に応えることにしました:

暑い旅行先での普通の帽子絵に兵士とコメントする感覚がつまらない。コメントを笑って受け流さない自分の感覚もつまらない。兵士と沖縄だけをつなげる発想もつまらない。沖縄の犠牲への思いやりからでしょうが、沖縄の犠牲の原因は兵士ではなくもっと別のものだから。

また犠牲になった沖縄の、まさにその地の出身の僕の父親も旧陸軍の険しい兵士だった。その僕の父親も含めた兵士は皆殺人者です。敵も味方も家族も友も、文字通り全員が。

日本兵だけを庇う感覚も、日本兵だけを責める感覚もつまらない。庇うなら日本兵に限らず全ての兵士を庇うべき。なぜなら全ての兵士は彼らを兵士に仕立てた権力の犠牲者だから。

自ら進んで兵士になった者も同じ。なぜなら彼らが殺人を犯すのも権力が始めた戦争に於いてだから。

また兵士を責めるなら全ての兵士を責めるべき。なぜなら彼らは全員が殺人者だから。たとえ敵を殺していなくても、彼らは殺人をするために存在する。お国を守るとか、正義を貫徹する云々という大義名分で変装しても、兵士の本質は殺人者です。

そして殺人者の彼らを責めるのは、実は彼らを庇うことと同じ。なぜなら「真の悪」は彼らを兵士にし、戦争を始め、その戦争に兵士を投入する権力だからです。

沖縄の犠牲もその権力によって生まれました。そして重大なことは、その権力はかつては天皇や将軍ほかの軍人や国王や君主etcの「独裁者」だったが、現在では民主主義という仕組みによって「民衆に選出された」権力に変ったということ。

つまり、民主主義社会に生きているわれわれは全員が権力の一端を担う加害者である。と同時に犠牲者にもなり得る。

沖縄を犠牲にしたのは民主主義以前の独裁権力、つまり天皇+軍部でしたが、それを支えた国民の意志もあった。その意志は自由な環境から生まれた自由意志ではなく、無知と強制によって作られた(今の中国、北朝鮮、ロシアなどの民衆の置かれた立場と同じ)ものだった。

しかし、そこにはかつて琉球と呼ばれた小さな独立国と民衆への差別意識という重いしこりもあった。そのしこりは現在も基地の過重負担という現実につながっている。

沖縄で生まれ育った者が強く感じるのは、基地の過重負担に伴って見える執拗且つ無意識の差別と、日本全国の安全保障のために存在する沖縄の基地負担を、大半の国民が「沖縄だけの問題」と捉えて無関心でいることへの怒りです。

そこへもってきてネトウヨ・ヘイト系排外差別主義者らは「沖縄は金欲しさに基地に反対する」などのあきれた主張をして人々をさらに怒らせる。

日本全体の安全保障の問題である米軍基地が、小さな沖縄県だけに過重に押し付けられているのは不公平。だから是正されるべき、という沖縄の声が全国に届かないのは、国民の大半が無関心だからです。

政府は大半の国民の無関心を巧みに利用して、口先だけの基地負担軽減を繰り返し言いつつ負担を押し付けている。いわゆる構造的な沖縄差別です。

一方怒る沖縄は、ナントカのひとつ覚えのように事あるごとに「県民総決起大会」を開いて抗議しますが、国民の無関心はますます深まるばかり。

そこで僕は国と国民をおどろかせて沖縄の基地問題を本気で議論させるために、特に沖縄の為政者は沖縄独立論にまで踏み込め、とさえ主張したりします。

それは多くの国民の反感を呼んであるいは逆効果になるかもしれない。しかし政府はどうでしょうか?あるいはあわてて沖縄の基地軽減を本気で考えるかもしれません。

僕はむろん沖縄の独立には反対ですが、何か大きなインパクトのあることをしないと沖縄の基地問題は解決できない、と感じます。

以上、長くなりましたが、兵士、国家、戦争という言葉の連鎖から、僕は基地問題や沖縄への構造的差別にまで考えが進むことを禁じえません。無関心な人にはその複雑な心理もまた「つまらない」ものだろうと考えましたが、冒頭で述べたようにある方の「つまらなくない」というご指摘が目からウロコになりましたので書き進めてみました。

なお、ここのコメントも全てが公開欄ですので、後ほど僕のブログ及びFB記事としても再投稿、再掲載させていただきます。その方が多くの読者の目に留まると考えるからです。

また、今後noteなどへの転載や加筆も考えている「沖縄問題関連記事」のURLも貼付しますので、お時間と興味のあるかたは「先行読破」しておいてください。





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渋谷君への手紙~しつこい“ぷーちんシミ”の抜き方~

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 「  渋谷君

長くなるので前便では触れませんでした。


ウクライナ戦争の最も上手い終結法はプーチン大統領の暗殺です。

物騒なことを言うようですが、プーチン大統領は多くのウクライナ市民をおおっぴらに虐殺している悪鬼です。

彼の死についてもおおっぴらに語られて問題はないと考えます。といいますか、語られるべきです。

プーチン大統領の暗殺と言いましたが、実は彼の殺害を隠し立てする必要はありません。

ウラジミール・プーチンという独裁者を何らかの方法で除去してしまえば紛争はいったん収束します。

きわめて難しいミッションですが、米英の諜報組織とNATOの隠密ネットワークが、ある限りの知略と軍略を駆使して必死に工作を行っています。

少なくとも工作の可能性について、彼らはあらゆる視点から考察しシミュレーションを繰り返しています。

名前は言えませんが、信頼できるロンドンやニューヨークの友人らからも情報を得ています。

作戦は一貫して秘密裏に行われます。

前身がスパイである独裁者のプーチン大統領は、本性の全てが密偵の暗い心魂でできている怪物であることが明らかになっています。

猜疑心の塊のようなその怪物は、用心にも用心を重ねて行動しています。

暗殺や謀殺はプーチン大統領の得意分野です。

従って彼は自らを暗殺から守る手法にもまた長けています。

対抗者は、プーチン大統領に悟られないように隠密・緻密に計画し実行することが求められます。

秘密が必須でなければならないもうひとつの大きな理由があります。

西側世界は、プーチン大統領の陰謀や秘密主義や謀略や嘘を、これでもかとばかりに暴き立てています。

それでいながらプーチン大統領を奸計を用いて謀殺すれば、彼と同じ悪を犯すことになります。西側は必死でその責任を回避しようとします。

プーチン排除工作が表ざたになることは決してない、と断言できる所以です。

暗殺によって独裁者を葬っても、騒動がもたらす一時的な変動があるだけで、本質的な変化は起きないことも多い。歴史がそのことを証明しています。

プーチン大統領を排除しても、ロシア国民自体が根本から目覚めない限り実は何も変わらないかもしれません。

プーチン大統領が死んでも、プーチン主義は生き残るからです。

それでもプーチン大統領を一旦放逐することは重要です。それによって停戦が実現しウクライナ国民への残虐行為がとりあえず収まると考えられます。

また動乱が鎮火すれば、恒久和平へ向けての協議もし易くなります。

表立ってなされているプーチン排除工作もあります。

いうまでもなく西側連合によるロシアへの経済制裁です。

経済制裁によってロシアは徐々に疲弊します。それは市民の不満を呼ぶでしょう。不満はやがて憤怒となって政府に向かいプーチン政権が倒れます。

その事変は独裁者を処刑するところまでエスカレートする可能性があります。歴史上多くの独裁者がそうやって最期を迎えています。

しかしながら経済制裁が、プーチン政権を壁際に追い詰めるまでには長い時間がかかります。その間にもウクライナ国民の犠牲は増え続けます。

ウクライナは耐え切れないかもしれませんし、国際世論が惨劇に終止符を打て、と叫んでNATOが軍事介入をする可能性もあります。

西側は第3次世界大戦への恐れから、戦闘には直接関与しないよう気をつけています。経済制裁を武器にロシアに立ち向かうしか方法がありません。

ロシアは西側のその弱みを見透かして、核兵器の使用をしきりにチラつかせて、西側の足をさらに竦ませる作戦に出ています。

西側はいま述べたように第3次世界大戦を恐れ、核戦争を恐れて、ロシアの脅しや嘘や因縁や吹っかけに唯々諾々と従っている。。

とまでは言えないかもしれませんが、軍事的には身動きができずにいます。

ウクライナへの兵器の支援は続けているものの、核兵器の使用を示唆するロシアに対して、こちらも同じ兵器で対抗する、などと威嚇する方法は取っていません。

核兵器による抑止力の恩恵を受けているのは、いまのところはロシアだけです。

だがその状況は永遠に続くとは限りません。

ロシアが戦線を拡大して収拾がつかなくなったり、実際に核兵器を使ったりなどして西側の世論が一変した場合には、西側がついに思い切り、結果第3次世界大戦に突入することもあり得ます。

そうなった場合には、NATOとその友邦勢力は短時間でプーチン大統領と権力中枢を殲滅するべきです。それでなければ報復の連鎖が起きて世界の終わりが来るかもしれません。

核戦争は悪夢中の悪夢です。

業腹ではあるものの、西側は今のところはやはり、限界までウクライナへの軍事支援を続け、一致団結してロシアへの強力な経済制裁を堅持していくべきではないか、と考えます。

                                         以上  」



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ウクライナの4月25日が待ち遠しい

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毎年4月25日はイタリアの「解放記念日」である。

解放とはファシズムからの解放のことだ。

日独伊3国同盟の仲間だったドイツとイタリアは、第2次大戦中の1943年に仲たがいした。3国同盟はその時点で事実上崩壊し、独伊は険しい敵同士になった。

イタリアではドイツに抵抗するレジスタンス運動が戦争初期からあったが、仲たがいをきっかけにそれはさらに燃え上がった。

イタリアは同時に、ドイツの傀儡政権である北部の「サロ共和国」と南部の「イタリア王国」との間の激しい内戦にも陥った。

1945年4月、サロ共和国は崩壊。4月25日にはレジスタンスの拠点だったミラノも解放されて、イタリアはムッソリーニのファシズムとドイツのナチズムを放逐した

掃滅されたはずのイタリアのファシズムは、しかし、種として残った。それは少しづつ土壌と湿りを獲得して、やがて発芽した。

芽は成長し、極右政党と規定されることが多い現在の「同盟」と、ファシスト党の流れを組むまさしく極右政党の「イタリアの同胞」になった。

「同盟」はトランプ主義と欧州の極右ブームにも後押しされて勢力を拡大。2018年、極左ポピュリストの「五つ星運動」と組んでついに政権を掌握した。

コロナパンデミックの中で連立政権は二転三転した。だが「同盟」も「イタリアの同胞」も支持率は高く、パンデミック後の政権奪還をにらんで鼻息は荒い。

彼らは自らを決して極右とは呼ばない。中道右派、保守などと自称する。だが彼らはウクライナを蹂躙しているプーチン大統領を賞賛しトランプ主義を信奉して止まない。

極右の頭を隠したがるが、尻がいつも丸見えなのである。

彼らは今日この時は、特にその傾向が顕著だ。ウクライナで残虐行為を働くプーチン・ロシアへの激しい批判が起きたため、一斉にプーチン大統領と距離を置くポーズを取っている。

しかしながら、それは見せかけの装い、死んだ振りに過ぎない。

彼らはフランス極右の「国民連合」 とも連携し欧州の他の極右勢力とも親しい。それらの極右勢力も、プーチン大統領との友誼を必死に隠匿しようとしているのは周知の通りだ。

極右はファシストに限りなく近いコンセプトだ。しかし、イタリアの極右勢力をただちにかつてのファシストと同じ、と決めつけることはできない。彼らもファシトの悪を知っているからだ。

だからこそ彼らは自身を極右と呼ぶことを避ける。

第2次大戦の阿鼻地獄に完全に無知ではない彼らが、かつてのファシストやナチスや軍国主義日本などと同じ破滅への道程に、おいそれと迷い込むとは思えない。

だが、それらの政治勢力を放っておくと、やがて拡大成長して社会に強い影響を及ぼす。あまつさえ人々を次々に取り込んでさらに膨張する。

膨張するのは、新規の同調者が増えると同時に、それまで潜行していた彼らの同類の者がカミングアウトしていくからだ。

トランプ大統領が誕生したことによって、それまで秘匿されていたアメリカの反動極右勢力が一気に増えたように。

政治的奔流となった彼らの思想行動は急速に社会を押しつぶしていく。それは日独伊のかつての極右パワーの生態を見れば火を見るよりも明らかだ。

そして奔流は世界の主流となってついには戦争へと突入する。そこに至るまでには、弾圧や暴力や破壊や混乱が跋扈するのは言うまでもない。

したがって極右モメンタムは抑さえ込まれなければならない。激流となって制御不能になる前に、その芽が摘み取られるべきだ。

では権力を握った極右の危険の正体とはいったい何だろう?

それは独裁者の暴虐そのもののことである。

ロシアの独裁者、プーチン大統領がウクライナで無差別殺戮を繰り返しているように、極右政権は自国民や他国民をいとも簡単に虐待する。

ウクライナ、またロシア国内の例を見るまでもなく、人類の歴史がそのことを雄弁に物語っている。

イタリアは今日、解放記念日を祝う。ファシズムとナチズムという専制主義を殲滅したことを称揚するのである。

それは将来ウクライナの人々が、プーチンという独裁者を地獄に追いやる時の儀式にも似ているに違いない。

ウクライナの4月25日を僕はイタリアの地で待ちわびている。



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マクロン勝利でも油断はできない

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フランス大統領選は予想通りマクロン候補が勝った。喜ばしいことだ。

ウクライナ危機が大きく影響した選挙戦は、マクロン候補の大差のリードで始まり、その同じ危機の余波でフランス国内のインフレが高まると、ルペン候補に支持が急激に集まった。

投票直前の2候補のテレビ討論によってマクロン候補の挽回が伝えられたが、フランス国内では同候補への反感も強く、棄権する有権者の動向によってはルペン候補の逆転勝利の可能性もあった。

結局、どんでん返しはなく、マクロン大統領が再選された。

マクロン大統領は、ウクライナ危機対応で欧州が暴君プーチンと戦うために欠かせない存在だ。

片や極右のルペン候補は、選挙戦中は必死でプーチン大統領との仲を隠していたが、当選すれば独裁者プーチンに肩入れし、欧州各国はもちろんアメリカなどとも距離を置く可能性があった。

ひと言でいえば“ルペン大統領”は、欧州の民主主義と自由を否定して、プーチン・ロシアや中国が主導する世界の専制主義勢力と親和的な政権を構築する。

それはウクライナ危機でさえ、プーチン大統領に理があると主張する、世界のネトウヨヘイト系排外差別主義勢力と握手をする政権ということだ。

フランスは再び極右の脅威を退けた。しかし、ルペン候補への支持率は右肩上がりに上がっている。

それはフランス国内に親トランプまた親プーチン勢力が増えていることを意味する。

その状況は、世界がネトウヨヘイト系排外差別主義勢力に支配される方向へと、じわじわと進んでいることを示唆している。




マリオ・ドラゴン伊首相の脳天唐竹割り


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プーチン・ロシアによるウクライナへの蛮行は止む気配がない。

欧州で発生した戦争という信じがたい事態に、人々は怒り悲しみ嘆いている。

各国の政治指導者も、ほとんどが強い言葉でプーチン大統領の独善と残虐性を指弾している。

同時に停戦を目指して、プーチン大統領と対話し説得し、仲介を試みる動きも活発だ。

中でもフランスのマクロン大統領は、対話は功を奏していないという批判もある中、プーチン大統領との会談を繰り返して和平を模索している。

一方イギリスのジョンソン首相やEUのフォンデアライエン委員長、またポーランドやバルト3国の首脳など、多くの政治家がウクライナを訪問し、トルコほかの首脳もプーチン大統領との接触を間断なく続けている。

そんな折、プーチン大統領と会談したイタリアのマリオ・ドラギ首相が、EU主要国の首脳としては異例の発言をした。

ドラギ首相は「プーチン大統領と話すのは時間のムダ」と言い放ったのだ。

ドラギ首相はプーチン大統領に、「ウクライナのゼレンスキー大統領と一刻も早く面談し、停戦を模索するべき」と促したが、プーチン大統領は「今じゃない」と繰り返すだけだった。

ドラギ首相はまた、「プーチン大統領の目標は今のところ平和の追求ではない。ウクライナの抵抗勢力を全滅させ、国土を占領し、親ロシア政権を作ってウクライナを操ることだ」とも説明した。

イタリアはG7の構成国だが、国際政治の場では日本と同様の弱小国だ。ほとんどの何の影響力も持たない。

ところがドラギ首相は、欧州中央銀行総裁として辣腕を振るった経歴がものをいって、欧州はもちろん世界的にも一目置かれている存在だ。

だからこそプーチン大統領も、危機のさなかでドラギ首相との会談に応じた。

ドラギ首相が説明した、プーチン大統領の目標の中身は目新しいものではない。

しかし、「ロシアのボスとの対話は時間のムダ」と一刀両断に切り捨てた彼の言葉は重い。

ロシアは中国と並んで伝統的にイタリアと親しい。しかしながらドラギ首相は、「中国もロシアも専制国家」と公言してはばからない。

歯に衣着せぬ発言が彼の持ち味だ。

ドラギ首相の辛らつな発言をなぞるような出来事も起こっている。

イギリスのジョンソン首相が「プーチン大統領との協議は、ワニに足をかまれたまま対話するようなものだ」とドラギ首相の発言に追随したのだ。

また主要20か国の財務相・中央銀行総裁が集まるG20会議では、米英カナダの代表団が、ロシアの発言時に退席するというあからさまな動きに出た。

各国が協調し団結するのが目的の世界会議場で、ロシアへの抗議を優先させた3国の異例の行動も、ドラギ首相の率直な発言に触発されたのかもしれない。

しかしながらドラギ首相の言葉も、それをなぞったように見えるあれこれの動きも、どちらかと言えば和平には資さない。

少しでも和平に貢献する可能性があるのは、ドラギ首相の単純明快な発言ではなく、対話を続けようとするマクロン大統領のねばり腰である。

そうはいうものの、しかし、ガツンと一発かましたドラギ首相の正直もクライナ危機の実相を捉えている。それはそれで気に留めておくべき、と思う。

誰もが彼と同じ態度に出れば、戦線の拡大から世界戦へと、悪夢が現実化して行かないとも限らない。





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気がかりなゼレンスキー大統領の勇み足

合成:ゼレン・シュタマイ650

ウクライナのゼレンスキー大統領が、ドイツのシュタインマイヤー大統領のキーヴ訪問を拒否した。

シュタインマイヤー大統領が、ロシア寄りのスタンスを取り続けたことをゼレンスキー大統領が問題にしての動きだが、僕はその頑なさに危うさを感じる。

ロシアがウクライナを侵略するまでは、日本を含む多くの西側諸国の指導者が多かれ少なかれロシア寄り、つまり親プーチン大統領のスタンスを取ってきた。

そこにはロシアを懐柔しようとする西側の打算と術数が秘匿されていた。

同時にプーチン・ロシアは、西側とうまく付き合うことで得られる巨大な経済的利益と、政治的なそれを常に計算してきた。

西側とロシアのいわば“化かし合いの蜜月”は、おおざっぱに言えば90年代の終わりに鮮明になり、プーチン大統領の登場によってさらに深化し定着した。

なぜか。

西側がプーチン大統領の狡猾と攻撃性を警戒しながらも、彼の開明と知略を認め、あまつさえ信用さえしていたからだ。

言葉を替えれば西側世界は、性善説に基づいてプーチン大統領を判断し規定し続けた。

彼は西側の自由主義とは相容れない独裁者だが、西側の民主主義を理解し尊重する男だ、とも見なされたのである。

西側はプーチン大統領以前からロシアを調略する作戦を取り、ロシアをG7の枠組みに招待してG8クラブに作り変えたりさえした。

だがG8は2014年、プーチン・ロシアがクリミア半島を併合したことを受けて崩壊し、元のG7に戻った。

それでもG7が主導する自由主義世界は、プーチン大統領への「好意的な見方」を完全には捨て切れなかった。

彼の行為を非難しながらも強い制裁や断絶を控えて、結局クリミア併合を「黙認」した。

そうやって西側世界はプーチン大統領に蜜の味を味わわせてしまった。

西側は以後、プーチン・ロシアへの強い不信感を抱いたまま、性懲りもなく彼の知性や寛容を期待し続け、何よりも彼の「常識」を信じて疑わなかった。

「常識」の最たるものは、「欧州に於いてはもはやある一国が他の主権国家を侵略するような未開性はあり得ない」ということだった。

欧州の歴史は、血で血を洗う過酷な殺し合いの連続だった。それでも、ようやく第1次、第2次大戦という巨大な殺戮合戦を経て欧州は生まれ変わった。

民主主義と自由を獲得し、欧州の良心に目覚め、武器は捨てないものの政治的妥協主義の真髄に近づいて、武器を抑止力として利用することができるようになった。できるようになったと信じた。

その欧州はロシアも自らの一部と見なした。従ってロシアも、血で血を洗う過去の悲惨な覇権主義とは決別しているのが当然、と思い込んだ。

ロシアは、専制主義国ながら欧州のその基本原則を理解し、たとえ脅しや嘘や化かしは用いても、殺し合いは避けるはずだった。

ところがどっこい、ロシアは2022224日に主権国家のウクライナを侵略した。ロシアはプーチン大統領という魔物に完全支配された悲劇の国であることが明らかになった。

ロシアは欧州の一部などではなく、またプーチン大統領は、民主主義の精神とはかけ離れた独善と悪意と暴力志向が強いだけの、異様な指導者であることが再確認された。

プーチン大統領がウクライナ侵略を正当化しようとして何かを言い、弁解し、免罪符を求めても、もはや一切無意味だ。それらは全て枝葉末節であり言い逃れであり虚偽になった。

事態核心は、彼が歴史を逆回転させて大義の全くない侵略戦争を始め、ウクライナ国民を惨殺していることに尽きる。

それによって第2次大戦後に獲得された欧州の恒常的な平和が瓦解し、世界秩序が無理やり引き裂かれた。

多くの西側の指導者が突然、プーチン大統領を買いかぶっていたことに気づいた。

シュタインマイヤー大統領もそのひとりだ。彼はそのことに気づいて「ロシアを支持し続けたのは間違いだった」と公式に認めた。

ドイツ大統領は象徴的な置き物で実権はない。

彼のキーヴ訪問を拒否したゼレンスキー大統領の言葉を翻訳すると、大統領ではなく「実権を持つショルツ首相がウクライナに来い」ということだろう。

ドイツはエネルギーの首根っこをロシアに掴まれている弱みから、危機の初めにはウクライナに冷たい態度を示した。

ゼレンスキー大統領の怨みは理解できるが、ドイツを責めるのはこの場合は得策ではない。見当違いでさえある。
過去にはドイツに限らず多くの国が、エネルギー欲しさからもロシアにしきりに擦り寄った。そしてドイツを含む西側のほぼ全ての国が、2022年2月24日を境にそれが大きな誤りだったと悟った。

ゼレンスキー大統領は、来るものは拒まずに共鳴者を獲得し続けるべきだ。敵はロシアだけで十分である。友を、味方を得ることが彼の仕事にならなければならない。彼がこれまで必死でやってきているように。

シュタインマイヤー大統領の訪問を拒否することで得る、ドイツの偽善を暴く、というウクライナにとってのある種の「利益」は空しい。

ゼレンスキー大統領はシュタインマイヤー大統領を許し受け入れて、彼の訪問に感謝し今後の支援を要請していたほうがウクライナの国益に叶い、世界世論の受けも良かったのではないか、と切に思う。



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ル・ペン大統領誕生はプーチン‘プッツン’大統領の勝利と同義語だ


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4月10日のフランス大統領選では、現職のマクロン候補と極右のル・ペン候補が24日に実施される決選投票に駒を進めた。

ふたりは2017年の大統領選でも争った。そのときの決選投票ではマクロン候補が66%の得票率で圧勝した。

今回の決選投票では両者が競り合う展開になっている。マクロン候補は、ウクライナ危機でプーチン大統領との対話を続ける態度が評価され、前半は極めて有利に選挙戦を進めた。

だがその同じ危機の影響で、エネルギーや食品価格を筆頭に物価が高騰し社会不安が急速に高まった。

ル・ペン候補はそこを捉えて物価対策を旗印にキャンペーンを張り、中・低所得者層を取り込んで急激に支持を伸ばした、という形だ。

ル・ペン候補は決選投票でも物価高や購買力などの国内問題を強調して選挙戦を戦うことが確実だ。それはウクライナ危機をほぼ無視して、フランス・ファースト主義に徹するということである。

一方のマクロン候補は、これまでのように欧州の中のフランス、ひいては世界の中のフランスの責任ある役割、というテーマを前面に押し出して戦う。

彼はこれまで力を注いできたウクライナ危機への強い関与を継続し、フランスの指導力を世界に示そう、と国民に呼びかけるだろう。

ドイツのメルケル前首相が欧州政治の表舞台から消えた今は、マクロン候補こそ自由主義世界の木鐸ともいうべき存在だ。

独裁者のプーチン大統領に対抗する欧州の強い指導者は、マクロン大統領のほかには英ジョンソン、伊ドラギの両首相、EUのフォンデアライエン委員長などがいる。

だがジョンソン首相はBrexitを主導した反EU主義者だ。単身キーヴに乗り込んでゼレンスキー大統領を激励した行動力はすばらしいが、正体がトランプ主義者に近い存在だから100%は信用できないかもしれない。

イタリアのドラギ首相は、元欧州中央銀行の辣腕総裁という肩書きと、その肩書きに支えられた手堅い政権運営が評価されて、国内的はもちろん国際的にも一目置かれてはいる。

しかし彼には、政治家に必要なコミュニケーション能力が欠けている。それは仲介能力が低いというのとほぼ同義語だ。対話による停戦が喫緊の課題であるウクライナ危機のさなかでは、先導者を務めるのは少し厳しそうだ。

フォンデアライエン欧州委員会委員長も、海千山千の怪物プーチン大統領と丁々発止にやりあうには、少々役者不足と言わざるを得ない。

3人のほかにはドイツのショルツ首相もいるが、彼はエネルギー問題でロシアに首根っこを押さえられていて、今のところはほとんど身動きできずにいる。また存在感が巨大だったメルケル前首相に名前負けしている弱さもあって、リーダーシップを発揮できていない。

西側連合全体のリーダーはむろんバイデン米大統領だが、彼はプーチン大統領を口を極めて罵るばかりで、今のところは対話からは遠い位置にいる。

そうして見てくると、フランス国内では‘金持ちのための大統領’などという批判もあるマクロン候補だが、怪物のプーチン大統領と対抗できるのは、今はやはり彼が最も相応しい。

マクロン候補を抑えてフランス大統領になるかもしれないル・ペン候補は、穏健化路線の仮面を剥ぎ取れば、プーチン信奉者でありトランプ追従者だ。彼女はここイタリアの極右指導者サルヴィーニ、メローニ両氏とも親和的だ。

それらの反国際協調路線主義者は、各国それぞれの事情で立場に微妙な違いはあるものの、強権政治を志向する傾向がある点で中国や北朝鮮にも近い。

もしもル・ペン政権が成立した場合、ウクライナ危機に対しての欧州の結束は乱れ、米バイデン政権との仲もギクシャクする可能性が高まる。

そうなれば、言うまでもなくそれは、プーチン・ロシアへの援護射撃となることが確実だ。

ル・ペン候補は彼女が牛耳る極右政党の名前を、攻撃的なイメージが強い「国民戦線」からよりソフトなイメージの「国民連合」に変え、自身の過激な言動にも封印をして穏健化路線を進めた。

それは「脱悪魔化」とも呼ばれてきた策である。

支持の拡大を図るそれらの動きはしかし、あくまでもル・ペン候補と極右政党の「死んだ振り」政策に過ぎない。彼女の正体は「脱悪魔化」というおどろおどろしい言葉が示すように悪魔的であり、彼女の政党も好戦的な極右勢力であり続けている。

それは半島北部の独立を目指したここイタリアの北部同盟が、より全国区の協調路線をイメージさせようとして、党名を「同盟」と改名したことと同じ姑息な手段だ。反移民・反イタリア・反EUの同盟は、「北部同盟」時代と中身は何も変わらず極右の剣呑な政党であり続けている。

彼らはトランプ主義者であり白人至上主義者だ。加えて言えば、日本のネトウヨ・ヘイト系排外外差別主義者らとも親和的な政治勢力である。

またル・ペン候補もサルヴィーニ同盟党首も、はたまたトランプ前大統領も、いずれも隠れなきプーチン信奉者である。その周囲には中国もぴたりと寄り添って、隙あらば取り入り取り入れようと画策している。

マクロン大統領は、フランス政界分断をうまく捉えて極左と極右を痛烈に批判し、彼が「責任ある中道勢力」と彼が呼ぶ層をまとめて国を引っ張ってきた。だがその手法は選挙では、今のところ2017年ほどの明確な成功には至らず、ル・ペン候補の激しい追い上げに遭っている。

選挙戦の出だしではマクロン候補が大差でリードしていると考えられた。しかし、先に触れたように、ウクライナ危機がもたらす疲弊と急激なインフレが社会不安を招き、それへの対応を最優先すると訴えるル・ペン候補に庶民の支持が集まった。

世論調査によるとフランスでは、極左と極右を合わせた過激派への国民の支持率5割を超えている。それはここイタリアの状況にも似ている。もっといえば、アメリカのトランプ主義勢力、英国のBrexit支持派、などとも通底している現象だ。

さらにいえばそれらの政治勢力は、たとえ表立ってその素振りを見せていなくても、潜在的にはロシアのプーチン大統領とも親和的な政治力学である。

だからこそ真っ向からその勢威と張り合うマクロン大統領の存在は、自由と民主主義にとっての、今このときの最重要な拠り所なのではないか、と考える。



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バイデンの勇み足の是非

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ロシアがウクライナへの激しい攻撃を続ける一方で、停戦へ向けての交渉や各国の仲介協議また外交も活発に行われている。

印象としては、プーチン大統領がコワモテの独裁者を実演しつつ、ウクライナ潰しがうまくいかないことへの焦りから、停戦も模索している雰囲気である。

だがその間もプーチン大統領は、ウクライナで無垢な人々を殺戮し続けている、というのが2022年3月28日現在のウクライナ戦争の実相であるように思う。

そんな中でNATOの会議に出席したバイデン大統領が、彼の得意な絶好調失言をやらかして、米政権幹部や欧州首脳らを困惑させた。

バイデン大統領はアメリカに帰る直前、ポーランドのワルシャワで「プーチンはロシア大統領の地位にとどまるべきではない」という趣旨の発言をした。

バイデン大統領はあらかじめ用意されていた原稿を読み終えたあとに、彼自身の思いつきでそう発言して演説を締めくくった。

ありていに言えばバイデン大統領は、「プーチンを権力の座から引きずりおろす」と宣言するにも等しい発言をしたのだ。当然のようにその言葉は激震を招いた。

ブリンケン国務長官をはじめとするバイデン政権の幹部やスタッフは、大統領はロシアの政権の転覆を意図して発言したのではない、と火消しに躍起になった。

またマクロン大統領をはじめとする欧州首脳も発言におどろいて、バイデン発言を批判。

マクロン大統領は「停戦合意を追求するなら、言葉でもアクションでもエスカレートしないようにするべき」とやんわりと米大統領に釘を刺した。

マクロン大統領は戦争勃発以降、3月22日までにプーチン大統領と合計8回、またウクライナのゼレンスキー大統領とも20回近い会談を行っている。停戦に向けて懸命に動いているのだ。

バイデン大統領の失言癖は今に始まったことではない。彼は副大統領時代にも多くの失態を演じ、大統領になってからもその性癖は変わっていない。

バイデン大統領はロシアがウクライナを蹂躙してこの方、プーチン大統領を「凶漢」「人殺しの独裁者」「戦争犯罪者」などと公に罵倒してきた。それらの表現も失言と見なす人々が少なくない。

今回の発言も彼の失言と捉えられている。そして、戦争の激化を避け停戦を模索する西側陣営のリーダーの発言としては、それは失言以外のなにものでもない。

なぜならその言葉が外交慣例にそむき、ロシアを刺激し、なによりもプーチン大統領に絶好のプロパガンダの機会を与えてしまう可能性があるからだ。

プーチン大統領はその言葉尻をとらえて、大義の全くないウクライナへの侵略が、彼の政権を転覆させようと企む西側への対抗手段だ、などとも強弁しかねない。

バイデン大統領の勇み足は従って糾弾されるべきものだ。

だが同時に、人間としてのバイデン大統領の行為は賞賛されるべきものだとも僕は思う。

「プーチンを権力の座から引きずり下ろせ」という思いは、プーチン大統領自身とその取り巻きまた世界中のトランプ主義者及び排外差別主義者以外の誰もが、今このときに胸に抱いている願いではないか。

感情移入が激しいとされるバイデン大統領は、ウクライナを逃れてポーランドほかの国々に避難している多くの子供とその母親たち、また破壊されたウクライナの惨状を間近に見、感じて、人としての憤りに我を忘れたところがあるのだろう。

彼の憤懣もまた世界中のほとんどの人々が共有する感情だ。

バイデン大統領は以前、ロシアが蛮行に及ぶ予兆を知った時に、小規模の侵攻なら制裁しない、といつものボケをかました。

さらにロシアがウクライナに襲いかかると、メリカは軍事介入をしない、言わぬが花の真実を強調しまくるミスなども犯した。

彼はそこでは、「いかなる侵攻も侵攻であり決して許さない」と表明し、「アメリカは軍事介入をする覚悟がある」と示唆して、プーチン大統領をけん制するべきだったのだ。

それらの失言は、彼が老害大統領と陰口を叩かれても仕方がないミスだ。

だがプーチン大統領と彼の周りの権力を、歯に衣を着せずに糾弾する言葉は、人々の思いをストレートに代弁する分、失言とばかりは言えないのではないか。

少なくともプーチン大統領の悪を指摘することで、反プーチン世論を喚起し彼を追い詰めて停戦へと向かわせる効果がないとは言えない。

その一方で、追い詰められたプーチン大統領がさらに凶暴になる、という逆効果を招く可能性ももちろん否定はできないのだが。




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プーチン命、と叫ぶ極右の行き当たりばったり


salvini polonia650

イタリア極右政党「同盟」のサルビーニ党首が、ウクライナ国境に近いポーランドの町 プシェムィシル(Przemyśl)で、赤っ恥をかく失態を演じた。

彼はウクライナ難民を支援し連帯感を実地に表明したいとして、ウクライナからの難民が多く流入する同地を訪れた。

ところがプシェムィシルのヴォイシェク・バクン(Wojciech Bakun)市長は、サルビーニ党首がプーチン大統領の信奉者であることを問題にして、共同記者会見の場で面と向かって同党首を罵倒した。

バクン市長は、プーチン大統領の似顔絵と彼を称える文句がプリントされたTシャツを持ち出して、サルビーニ党首の目の前に掲げた。そして言った。

「ここにはあなたが友達と呼ぶプーチンのせいで故郷を追われた人々が、1日に5万人も国境を越えてやってきます。あなたがこのTシャツをまた着る勇気があるなら、それを着たままで難民センターまで案内して差し上げます。恥知らずめ!」

サルビーニ党首は、過去に何度もそのTシャツと同じものを着てプーチン大統領への友情と団結を呼びかけてきた。バクン市長はそのことをよく知っていて公衆の面前で彼に雑言を浴びせたのだ。

サルビーニ党首はあっけに取られて、それからか細い声で「私は難民を支援し母親や子供たちを助けたいと思っている」と返し、そそくさとその場を離れた。


赤の広場のサルビーニ

彼の背中には人々が、恥知らず、帰れ、などと叫んで追い打ちをかけた。

サルビーニ党首は反移民や反EUを標榜し、排外差別主義色の強い主張や政策を推し進めることで知られている。彼はフランス極右のマリーヌ・ルペン氏とも親しい。

サルビーニ氏はまたトランプ主義者でもある。

彼は米大統領選挙キャンペーン中の2016年、アメリカを訪れてトランプ候補との面会を求めた。だがトランプ候補は、「Salvini who?(サルビーニなんて知らねえよ)」と側近にもらしただけで取り合わなかった。

そのエピソードは当時、「サルビーニの“赤っ恥”事件」としてイタリアのメディアを沸かせた。

サルビーニ党首は今回、ポーランドとウクライナの国境の小さな町で、再び赤っ恥をかく事件を起こしてしまったわけである。

しかし、サルビーニ氏の名誉のために次のことも付け加えておきたい。

欧州の右派、特に極右勢力は、ロシアのウクライナ侵攻によって窮地に立たされているケースが少なくない。彼らはサルビーニ氏と同様にプーチン大統領を支持してきた。

欧州はウクライナを侵略し民主主義の王道を土足で踏みにじったプーチン大統領の蛮行に驚愕し、憤り、速やかに大同団結して立ち上がった。

通常はそれぞれの利害に絡めとられて、足並みが乱れがちな欧州各国がすばやく結束したのは、恐らくプーチン大統領にとっても想定外の出来事だったに違いない。

欧州の怒りはプーチン大統領を支持してきた極右勢力にも向けられている。

例えば1ヶ月後に投票が行われるフランス大統領選で、極右のルペン、ゼムール両氏への支持が急落しているのも、欧州の怒りを招いたプーチン効果のせいだと見られている。

ロシアの蛮行への欧州の怒りはとてつもなく大きいのだ。

サルビーニ党首が恥をかかされたのは、自業自得という面もむろんあるが、歴史の転換点に立つ欧州の暴風が、蒙昧な男を思いきり吹き飛ばした感があるのも否めない。






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独裁者の首~プーチンが堕ちる夢を見た

平手血糊とウクラ旗Affari Italiani650

NATOもEUも日本も、また中国とその追従者以外の世界の全ての猫も杓子も、ウクライナを全面的にモラル・サポートしている。

のみならず、武器や物資や金銭などの物理的なサポートもしている。

加えてロシアとベラルーシ以外の欧州の全ての国が、ウクライナ難民を大手を広げて受け入れている。受け入れる態勢でいる。

返す刀で、それらの全ての国と国民がロシアを、いやモンスターのプーチン大統領をこぞって指弾し唾を吐きかけている。

だが、全てのウクライナ支援国は、同時にウクライナを見殺しにしている。

軍事介入をしないからだ。

ウクライナに軍事介入をしないのは正しい。なぜなら軍事介入は高い確率で第3次世界大戦を招く恐れがある。

同時に、軍事介入をしないのは悪だ。ウクライナとウクライナの人々を見捨て、子供たちを爆撃の炎火の中に置き去りにするからだ。

そしてなによりも、無慈悲なラスボス・プーチン大統領を、したい放題にのさばらせるばかりで、いつまでも天誅を下せないからだ。

プーチン大統領への究極の天誅は、軍事力によってのみ完遂される。

経済制裁も最後には彼を破滅させるだろう。

だがそこに至るまでに、余りにも多くのウクライナ人民の犠牲と屈辱と苦悩が生み出されることになる。

だから彼はその前に排除されるべきだ。

NATOの超ド級の知略と権謀と軍略のネットワークは、いま必死にその道筋を探求しているに違いない。

いうまでもなくそれは、技術的にも物理的にも不可能に近いミッションだ。

だが成否は一旦さておいて、不可能を可能にしようとするのも、また彼らの任務なのである。






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プーチンの冷ややかな狂気

pu e macron650

2月26日、ぼくはこのブログに

“アメリカが先導する民主主義陣営は、ウクライナがロシアに自在に蹂躙されるままに、哀れなウクライナを見捨てるだろう。

ウクライナを見捨てることでNATO加盟国を守り、自由主義世界全体の経済権益も守るのである。

そうやって海千山千の逆賊プーチンはますます強くなり、中国のおきて破りの習近平は、香港を破壊した勢いで台湾を踏みにじり、尖閣を掻っさらって沖縄を強奪し、さらに九州へと魔手を伸ばしていく可能性がないとは誰にも言えない”

書いた

それから10日後の今日、残念ながらぼくはその思いをあらためて強くした、と言わなければならない。

2月24日のウクライナへの侵攻開始以降、ロシア軍は大方の予想に反して進軍にとまどい、停滞し、混乱さえしていると見られてきた。

それはプーチン大統領が、多くのことを見誤り、計算違いを犯し、判断をし損ねたからではないか。

具体的には自軍の力量を過大評価したり、逆にウクライナ軍の力を過小評価した。ウクライナ国民の抵抗も軽視した可能性がある、ということなど。

そして僕は、プーチン大統領が犯した少なくない数の失策の中でも最大のミスは、アメリカが主導する西側世界が、反ロシアで一気に結束することはない、と予測したことではないかと考えた。

自由と民主主義また多様性を重視する西側世界は、同じ価値観を共有することで各国が友好親和的な関係を保っている。だが、まさにその共通の価値観ゆえに時として足並みが乱れる。

各国の足並みの乱れも自由主義社会のいわば美点なのだ。なぜなら足並みが乱れるのは、それが全体主義体制下での出来事ではないことの証しだから。

西側は2014年、例によって各国の足並みが乱れたために、ロシアによるクリミア半島の併合という蛮行を阻止できなかった。

当時はドイツやイタリアなどがロシアへの強烈な経済制裁に難色を示した。両国は、そして特にドイツは、エネルギーを大きくロシアに依存しているからだ。

自由主義陣営はしばしばそうした混乱に陥る。繰り返すが、そこがまさに自由な民主主義社会だからである。

プーチン大統領は、足並みの乱れからくる西側世界の弱さを見抜いていて、今回の悪行にも自信を持って臨んだ。

ところが彼の思惑とは裏腹に、自由主儀陣営はただちに結束して、最大の難関とされたSWIFTからのロシアの締め出しなどを即決した。

従来はクリミア併合危機で見られたように、エネルギーをロシアに大きく依存しているドイツが徹底して反対するため、発動できないのが習いだった。

だが今回はドイツは、自国の痛みを覚悟でロシアへの制裁措置を受け入れた。ドイツに次いで多くのエネルギーをロシアに依存しているイタリアも、迷うことなく賛成した。

そうやって西側は一致団結した。プーチン大統領はそのことにおどろき、進軍はしたものの挫折したロシア軍の弱さに苛立ち、西側をけん制しようとして-そのこと自体があらたな失策であることに気づかないまま-「核兵器を使用する」とまで示唆して、世界のさらなる反感を買った。

彼は錯乱しているという憶測さえ生まれた。それは誇張が過ぎるとしても、少なくとも彼は冷静さを失い、ノーと言える側近が周りにいない独裁者の常で、ますます暴走する可能性が高まっていると見られた。

ところが3月3日、プーチン大統領は「自ら申し出て」フランスのマクロン大統領と電話会談をした。

彼はそこで「何があってもウクライナでの軍事作戦を完遂する」と主張。軍事作戦は計画通り進んでおり、ウクライナが非軍事化などの条件を受け入れなければ作戦を続けると明言した。

それに対してマクロン大統領は、あなたはうそをついている。ロシアはこの作戦によって世界から孤立し、制裁によって経済破綻に陥る。高いコストを払うことになる、と「型通りの」反論をした。

「型通りの」反論とは、第3次世界大戦を恐れてロシアとの軍事衝突を避けようとする自由主義陣営の指導者は誰もが、今この時はマクロン大統領と同じ言葉で反論するしかないからだ。

マクロン大統領とプーチン大統領は親しい仲だ。彼らの電話会談は1時間半にも及び、お互いに言いたいことを言い合ったという印象がある。

ちなみにプーチン大統領は、ここイタリアのベルルスコーニ元首相、トランプ前大統領、安倍元首相など、少々いわくつきの男たちと親しいことで知られている。

一方で彼が、民主主義の原理原則と、開明主義また政治的正義を死守しようとする自由主義陣営の指導者の中では、比較的「まとも」なマクロン大統領と仲が良いのは意外な事実だ。

2人の指導者の論争が端的に示しているのは-マクロン大統領ではなくプーチン大統領自身が電話会談を申し入れた時点で明らかになっていたように-プーチン大統領は錯乱などしていなくて、マクロン大統領すなわち自由主義陣営は、プーチン大統領のウクライナ侵略を止められない、という厳しい現実だ。

つまりロシアは、強力な経済制裁によって将来は弱体化する可能性が高いものの、プーチン大統領の思惑通り一旦はウクライナ全土を支配下に置く。最低でも国土を分割して一部を自らの属国にしてしまう。

言葉を替えれば、西側はやはりウクライナを見捨てるのである。

今この時の状況から判断すれば、短期的にはそれがウクライナ危機の行く末だと考えられる。

だが長期的には-民主主義体制側が大同団結してロシアへの強力な経済制裁を続けるならば、という条件付きだが-プーチン大統領が敗北する可能性のほうがはるかに高いと思う。

SWIFT事案ほかの自由主義陣営のロシアへの経済制裁は、それほどに強力なものである。

だがNATO構成国とその味方である日本を含む世界の多くの国々は、一時的にはロシアの横暴を渋々認めざるを得なくなるだろう。それを見て、中国が台湾への侵攻を開始するかもしれない。日本を巻き込む危険と共に。

その可能性を完全否定する人々もいる。ウクライナを侵略したロシアの論理と、台湾を狙う中国の行動規範は違う、というもっともらしい理由を持ち出して。

だがまともな理論や国際法など無視して、やりたい放題をやるのがロシアであり中国だ。

クリミアやウクライナ、香港やチベットほかの歴史、また現実を見ればそれは明らかだ。それらのならず者国家には、残念ながら議論のための「まともな議論」など全く役に立たないのである。

可能性は低いが別のシナリオも考えられる。

自由主義陣営の支援を受けてウクライナが激しい抵抗を続け戦闘が長引いた場合、プーチン大統領には国内から強力な逆風が吹きつける可能性がある。

西側の巨大な制裁がロシア経済を破壊して、疲弊した国民の怒りがプーチン大統領に向けられるのである。

そうなった暁には、プーチン大統領は単に失脚するのではなくルーマニアのチャウチェスク、リビアのカダフィ、イラクのサダム・フセインほかの独裁者と同じ悲惨な最期を迎えることになるだろう。

たとえそうはならなくても、プーチン大統領には勝利は舞い込まない。ウクライナ支配と引き換えに、この先彼は世界の怒りと侮蔑にさらされて生きていくことになる。

だが、最後になったが、考えることさえ憚られるもっと恐ろしい、もっと不快なシナリオももちろんある。

今後の展開によっては、プーチン大統領が行き詰まって核攻撃のボタンを押す事態だ。

あり得ないとは断言できない。

彼はあり得ないと考えられたウクライナへの侵攻を実践した、冷徹な意志と狂気を秘めた怪異なのである。





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返り血を浴びる覚悟でロシア経済を徹底的に叩けば第3次世界大戦は避けられる

地下壕に非難す る子供たち(il messagero)650

ウクライナの首都キエフで、ロシア軍の爆撃に追われて地下壕に避難し震えている、多くの子供たちの姿が人々の涙を誘っている。

バイデン大統領は、エスカレートするロシア軍のウクライナへの蛮行を非難して、ロシアへの経済制裁に代わる措置は第3次世界大戦だ。だがそれはありえない、と言明した。

その言葉を後押しするように、EUを含むアメリカの同盟国は「ロシアの銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除する」と発表した。

共同声明には欧州委員会とフランス、ドイツ、イタリア、イギリス、カナダ、アメリカの首脳が署名した。

ロシアへの厳しい経済制裁が発動される場合、国際決済システムSWIFTからロシアの金融機関を締め出せるかどうかが鍵とされた。

ロシアとの取引が多いドイツなどが強く反対していたからだ。だがロシアのウクライナ侵略はあまりにも重大だとして、ドイツも折れた。

SWIFTは国境を越えた決済、送金、資金の移動等が速やかにできる仕組みである。は世界中の11000以上の銀行や金融機関が加盟している。

SWIFTから締め出されることで、ロシア経済は大きな打撃を受ける。

また欧州委員会と前出の6ヶ国は、高額の投資をしたロシアの富裕層に与えられる、いわゆる「ゴールデンパスポート」も制限すると決めた。

それらの富裕層は、投資と引き換えに欧米諸国の国籍を取得し、欧米の金融機関を利用してプーチン政権を陰に陽に支援しているとされる。

ロシアがSWIFTから切り離されたのは大きな出来事だ。

しかし、それだけでロシア経済が完全に麻痺して戦争遂行が不可能になるかどうかは分からない。

SWIFTから排除されたのはロシアのすべての銀行ではない。またSWIFT以外のルートでの取引方法もある。

加えてロシアを支援する中国とその友好国が、SWIFTとは無関係なルートでロシアとの取引を

維持して制裁の抜け道を作る可能性もあるだろう。

「ロシアへの経済制裁に代わる措置は第3次世界大戦だ」というバイデン大統領の表現は、言い換えれば「ロシアへの経済制裁は第3次世界大戦に匹敵するものでなくては意味がない」ということだ。

SWIFTにつづくロシアへの峻烈な経済攻撃が速やかに且つ連続して繰り出されるべきだ。

第3次世界大戦の危険を避けるためには、第3次世界大戦に見合う規模での経済的犠牲さえ払う覚悟が必要ではないか。

つまり大きな返り血を浴びる覚悟で、ロシア経済を徹底的に破壊することだ。しかも迅速に。




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カオス風に秩序立って進んだイタリア大統領選

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イタリア大統領選は現職のマタレッラ大統領が「続投」という最善の結果になった。

1月24日に始まった選挙戦は事前の予想通り紆余曲折、七転八倒、行き当たりばったりのドンチャン騒ぎになった。

イタリアのある大手メディアはそれを「各政党は合意できない弱さと混乱と無能ぶりをさらけだした」という表現で嘆いた。

その論調は僕にため息をつかせた。

なぜなら彼らは、イタリアのメディアでありながら、イギリスやドイツやフランスやアメリカ、またそれらの国々を猿真似る日本などのジャーナリズムの視点で物を見ている。

イタリアの各政党の「弱さと混乱と無能」は今に始まったことではない。

イタリアの政治は常に四分五裂して存在している。そのために一見弱く、混乱し、無能である。

四分五裂はイタリア共和国とイタリア社会と、従ってイタリア政治の本質なのである。

四分五裂を別の言葉でいえば、多様性であり、カラフルであり、盛りだくさんであり、万感せまるワイドショーであり、選り取り見取りネホリンパホリン、ということである。

多様性は混乱にも見える。

だがイタリアには混乱はない。

イタリア政治にも混迷はない。

そこにはただイタリア的秩序があるだけだ。「カオス風」という名のイタリア独特の秩序が。

多様性に富む社会には極端な思想も出現する。過激な行動も生まれる。

例えば今が旬のイタリアの反ワクチン過激派NoVax、極左の五つ星運動、極右の同盟またイタリアの同胞など、など。

イタリアにおける政治的過激勢力は、国内に多くの主義主張が存在し意地を張る分、自らの極論を中和して他勢力を取り込もうとする傾向が強くなる。

つまり、より過激になるよりも、より穏健へと向かう。

それがイタリア社会のそしてイタリア政治の最大の特徴である多様性の効能である

2大政党制の安定や強力な中央集権国家の権衡、またそこから生まれる国力こそ最善、とする視点でイタリアを見ても仕方がない。

イタリア共和国の良さとそして芯の強さは、カオスにさえ見える多様性の中にこそある。

そしてイタリア大統領選は、国家元首である大統領を選ぶ舞台であると同時に、イタリアのカオス風の多様性と、強さと、イタリア式民主主義のひのき舞台でもある、と僕は思うのである。




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イタリアの級長を選ぶ大統領選挙

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イタリア大統領選挙は投票6日目に入った。

コロナ感染防止の観点から、当初一日に2回投票を行う慣わしを1回に改めて始まったが、途中から古例に戻って一日に2回の投票が実施されている。

状況が混沌として終わりが見えないため、一日に2回の慣行に戻して選出作業を加速させようというわけである。

僕は大統領選から片時も目が話せないでいる。

ここまでの状況は下記の記事ほかに書いてきた。

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52320615.html

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52320809.html

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52320880.html

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52320899.html

イタリア大統領選の不思議と面白さは、あらかじめ募った候補者がなく、議会内各勢力が勝手に候補者を指名して喧々諤々の心理戦を展開するところである。

しかも繰り出される詭計のほとんどは、衆目監視の中で行われるいわば公然の秘密で、パワーゲームに伴う陰湿さがあまり見られない。

引き続き選挙戦をみているうちに、もう一つ面白いことに気づいた。

選挙戦が進行する議会では、立候補を宣言して顕示欲をむきだしに支持を呼びかける候補者がいない代わりに、党派を超えて愛される人物が選出される。

何かに似ていると思ったら、かつて小学校などで行われた「級長選挙」だった。

今は学級委員長選挙などとと称するのだろうが、昔ながらの「級長選挙」という言葉がしっくりくるのでそう呼ぶことにする。

級長選挙では、利害や欲や権謀術数の集大成ではなく、子供たちに幅広く好かれる児童が選出される。

選ばれる子供は自ら級長になるのではなく、クラス全員に推されてその地位に祭り上げられるのだ。

そこでは自己主張の強い子や、抜け目のない策士や、ちゃっかり者などは排除されて、皆に愛され尊敬される子供が、「皆の手で」級長にさせられるのである。

イタリア大統領も同じ。

乱立する政党と対立する議員の大半に愛される者が大統領になる。

選ばれるその人物は、あわてず騒がず、自己主張も奸智に長けた言動も断じてすることなく、人々の好意と友愛と尊敬が集中するのを、静かに待っている。

イタリア大統領が政治的に公正で人格的に清潔な人物、あるいはそういう印象の強い者に落ち着くことが多いのは、ある意味当たり前の成り行きと言って良い。



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狐と狸の‘正直な’化かし合い?


General view of the Senate

イタリア大統領選はあらかじめ候補者を募る形ではなく、投票権を持つ国会議員と州代表がランダムに名前を挙げて、その周りで駆け引きが行われる。

名前を挙げられた候補者との事前協議やすり合わせなどはなく、選挙人の間で喧々諤々の勝手な心理戦が進行するのである。

その場合、普段から影響力のある各党党首や、幹部議員などが口にする候補者の名前が注目されるのは言うまでもない。

だが、全国民が注目する中で行われる彼らのやり取りは、いわば公然の秘密状態となってわかりやすい。

イタリア大統領は、ほぼ常に政治家を中心とする魑魅魍魎の中から選出される。

そして選出された者は、再びほぼ常に、政治的に公正で人格的に清廉な印象の者に落ち着く。

それは全国民が注目する舞台で、いわば透明性のある根回しや策謀が展開されるからだと考えられる。

衆目のなかで人選が行われイタリア共和国大統領の顔が徐々に見えてくるプロセスが、汚れた政治闘争を浄化する、と形容すれば言い過ぎかもしれないが、そういう雰囲気がある。

あらかじめ候補者を募ることなく選挙戦が展開されるのは、ローマ教皇を選ぶコンクラーベにも似ている。

だが宗教行事であるコンクラーベは完全な密室の中で行われて、選挙人らの間の化かし合いは第三者には全くうかがい知れない。

一方イタリア大統領選の場合は、いま触れたように権謀術策の中身がある程度透けて見えるところが違う。

閑話休題

選挙戦は5日目に入った今日もまだ先が見えない。右派の実力者サルビーニ同盟党首が、カゼラーティ上院議長に執着する「素振り」を見せているが、恐らく彼一流のハッタリではないか。

議会全体の空気は、2013年の大統領選挙と同様に、人気を終えて去ろうとする現職のマタレッラ大統領の続投を望む方向に動いているようだ。

同時に、ドラギ首相を大統領に押す空気もまた、無視できない密度で執拗に漂い、流れている。

2013年には次々に出た大統領候補者が過半数の票を獲得できず、任期を終えるナポリターノ大統領に議会が懇願する形で彼の続投が確定した。

今回も同じ流れになっているが、2013年時との違いは、ドラギ首相というある意味ではマタレッラ大統領を凌ぐ有力者が存在する点である。




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イタリア大統領選の少しの重大

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1月24日に始まったイタリア大統領選挙は、4日目の27日も埒が明かないまま終わった。

選挙は上下両院議員と終身議員、また各州代表あわせて1009人の無記名投票によって行われる。

投票は一日に2回づつ実施されるのが慣例だが、今回はコロナ感染対策の意味合いから、一日1回のみの投票と改められた。

1回目から3回目までの投票では3分の2以上の得票が必要だが、4回目以降は過半数の得票があれば当選となる。

多くの政党が乱立するイタリア議会では、党派を超えた幅広い支持がない限り大統領に選ばれるのは不可能だ。

そこで各党は選出作業を続けながら間断なく話し合いを続け、権謀術数を巡らし、やがて妥協に持ち込んでいく。

投票は無記名で行われる。前もって立候補者を募って投票する通常選挙の形式ではないため、各党間の合意がない間は無効票の白票や棄権票も多い。

戦後の12回の選挙では、第1回目の投票で選出されたケースは2度しかない。10回以上投票を繰り返したことも多く、1971年の選挙では23回目の投票でようやく決まった。

今回も先が読めない選挙戦が展開されている。3日目の投票では、続投を辞退しているマタレッラ大統領に120票余りが集まった。

また依然として、ドラギ首相を大統領に横滑りさせようと画策する勢力も暗躍している。

マタレッラ大統領が翻意せず、有力な候補者も現れない場合には、ドラギ首相を大統領に押す流れが強くなる可能性が高い。

ドラギ首相自身は大統領職への転進を否定していない。むしろ意欲的であるように見える。

国会議員ではない彼は、2023年6月に議会任期が終わって総選挙が行われる際、政権の終焉とともに政局の中心から弾き出されることが確実だ。

だがいま大統領に転進すれば、少なくともこの先7年間は国家元首として影響力を行使することができる。

ドラギ首相は昨年末、「誰が首相になっても仕事ができる環境は整えた」と発言した。

その言葉は、彼が大統領への転進を示唆したものと各方面に受け止められている。

だが広範な政党の支持を集めているいるドラギ首相が退任すれば、イタリアはたちまちいつもの政治危機に陥るだろう。

そして次の政権が話し合いで成立しない場合は総選挙に突入し、極右の同盟とイタリアの同胞が主導するポピュリスト政権が成立する可能性が高い。

その政権の正体は、反EUの排外差別主義者である。彼らはBrexitに倣ってEUからの離脱さえ模索するだろう。

そんな悪夢を阻止するためにも、もうしばらくはドラギ政権が存続したほうがイタリアのためにも、欧州のためにも、従って世界のためにも望ましい。




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尻毛抜きの、涙と笑いとため息に満ちたイタリア大統領選が始まる

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2022年のイタリア大統領選は、オミクロン株が猖獗を極めている中で行われる。そこで通常は1日に2回づつ投票を行う慣例を改めて、1日1回だけ投票を実施すると定められた。

有権者は上下両院議員と終身議員、また各州代表をあわせた1009人。

国会内では対人距離を保つために人数を制限して順番に投票し、議事堂の外には感染者の議員らのためにドライブスルー方式での投票所も設置された。

全員が投票を済ませるには時間がかかるため、1日に1回の投票が限度、となったのである。

イタリア大統領選では正式な候補者は存在せず、形式上それぞれの有権者が思い思いの人物に1票を投じる、という方法が取られる。

そうはいうものの、しかし、彼らの全員が党や党派に属しているため、グループごとに決めた人物に票が行くことになる。

票の行方は常に流動的で、はじめのうちは全く先が読めないケースがほとんどだ。初回投票を含む前半の採決では、欠席者や無効の白票の数も多い。

状況を見て態度を決めようとする動きが活発化するためである。

投票が繰り返されるごとに、いわば人選が進行して有力な候補が明らかになっていく。

投票が反復される舞台裏では、有権者どうしはもちろん党と会派、また派閥や連合などによる話し合いや切り崩しや脅しや賺しなどの権謀術数が繰り広げられる。

3回目までの投票では、当選者は全体の3分の2以上の票数を得ることが要求される。だがそれ以後は過半数の得票で大統領が選出される。

大統領選では、票決を繰り返しながら、もっともふさわしい人物が絞り込まれていくのである。

ふさわしい人物とは、党派を超えた政治的に公正と見なされる人物。人格的にも清廉なイメージの者が好まれるケースが多い。歴代のイタリア大統領はそうやって選ばれてきた。

最も職責にふさわしい人物が、選挙戦が進む過程で絞り込まれていくという形は、ローマ教皇選挙のコンクラーヴェを彷彿とさせる。

またアメリカの大統領選で、民主党と共和党の候補が時間を掛けてふるいにかけられて、適任者が徐々に選び抜かれていくプロセスにも似ている。

今回の大統領選では、現職のドラギ首相が選出される可能性がある。国会議員ではない彼を大統領に祭り上げて、首相職を奪いたい勢力が存在するのだ。

求心力のあるドラギ首相が大統領に横滑りした場合、新たなテクノクラート内閣が発足しない限り総選挙に雪崩れ込んで、極右が主導権を握る右派政権が成立する可能性がある。

むろん選出されたばかりの、且つリベラルの「ドラギ大統領」が、左派の民主党や左派ポピュリストの五つ星運動を取り込んで、極右系の政権の成立を阻止するシナリオも考えられる。

いずれにしても、大連立で安定している現在のドラギ内閣が終焉を迎えれば、イタリアの政局はたちまち混乱に陥る可能性が高い。

選挙初日の段階で大統領候補として名前が挙がっているのは、最も知名度が高いドラギ首相に続いてアマート元首相、ジェンティローニ元首相、マルタ・カルタビア法相、カシーニ元下院議長、など。

マルタ・カルタビア法相が大統領になれば、イタリア初の女性大統領となる。

また現職のマタレッラ大統領の続投の目も消えていない。それどころか、選挙直前になって候補を辞退すると表明した、ベルルスコーニ元首相が復活する可能性もゼロではない。

さらに投票行為が進行するうちに、全く下馬評に上らなかった人物が浮上する可能性もある。出だしでは何も予期できず、同時に何でもありなのがイタリア大統領選なのである。

僕が考える最も理想的な次期大統領は、現職のマタレッラ大統領の続投である。理由は次の通りだ。

ドラギ政権は、イタリアの政治不安と経済混乱を避けるための、今このときの最善の仕組みだ。だからせめて議会任期が終わる2023年まで存続したほうが良い。

そうなった場合には、ドラギ首相以外の人物が大統領にならなければならない。すなわち現在名前が取りざたされている前述のジェンティローニ元首相、アマート元首相、カシーニ元下院議長、カルタビア法相などだ。

だがそれらの人々は、今のところどちらも“帯に短し襷に長し”状態だ。安心できるのはやはりマタレッラ大統領の続投である。

イタリア大統領は一期7年が基本。しかし前任のナポリターノ大統領は例外的に2期目も務め、任期の途中で引退して現職のマタレッラ大統領が誕生した。

マタレッラ大統領もナポレターノ前大統領と同様に、短い任期で2期目の大統領職を務めたほうが各方面がうまくいくと思う。

理想的なのは、マタレッラ大統領が議会任期が終わる2023年6月まで続投し、その後に選挙を経てドラギ首相が新大統領に就任することだ。

将来、求心力の強い「ドラギ大統領」の下で総選挙が行われれば、たとえ反EU主義の右派政権が誕生しても、イタリアはたとえばBrexitの愚を犯した英国のようにはならないだろう。

極右の同盟とイタリアの同胞も、また極左の五つ星運動も、正体はEU懐疑主義勢力である。

現政権内にいる同盟と五つ星運動は彼らの本性をひた隠しにしているが、たとえば単独で政権を取るようなことがあれば、すぐにでもEU離脱を画策しかねない。

イタリアはEUにとどまっている限り、「多様性に富む、従ってまとまりはないが独創性にあふれた」イタリアらしいイタリアであり続けることができる。

EUで1番の経済力や政治力を持つ国の地位はドイツやフランスなどに任せておいて、イタリアはこれまで通り、経済三流、政治力四琉の“美しい国”であり続ければいいのである。

そのためにも強いEU信奉者であるドラギ首相とマタレッラ大統領がしばらく連携を続け、間違ってもEU離脱論者であるポピュリストが政権を奪取しないように画策したほうが良いと考える。

僕のその理想論に賛成するイタリア人はたくさんいる。

同時に反対する国民もまた多くいる。だからこその政治なのだが、衝撃が笑劇になり悲劇になって、ため息で終わる可能性が高いのがイタリア政治の特徴なのである。



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ベルルスコーニさんはいつまでもベルルスコーニさんのままらしい

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ベルルスコーニ元首相が1月24日から始まるイタリア大統領選に立候補しない、と表明した。

理由は「国のために」だそうだ。

元首相は同時に「ドラギ首相は(大統領にならずに)現職にとどまるべき」とも主張した。

国のために身を引く、という宣言は噴飯ものだ。翻訳すると「1ミリも勝つ見込みがないので立候補を断念する」というところだろう。

彼を支持している極右のイタリアの同胞と同盟は一枚岩ではない。

世論調査で支持率1位を保っていた同盟が、最近その地位をイタリアの同胞に奪われて、同盟のサルビーニ党首が焦り、血迷い、内心で怒りまくっているように見える。

そのせいかどうか、彼はいつもよりもさらに妄言・放言・迷言を繰り返し、右派の結束が乱れがちだ。

それに加えて、議会最大勢力の五つ星運動と彼らに野合した民主党が、ベルルスコーニ大統領の誕生に断固反対と広言し、その方向で激しく動いている。

そればかりではない。人間的に清潔で政治的に公正な人物像が求められる大統領職には、ベルルスコーニ氏はふさわしくない、と寛大で情け深く且つおおらかな、さすがのイタリア国民でさえ感じている。

大衆迎合主義のカタマリで、政治屋としての嗅覚がハゲタカ並みに鋭いベルルスコーニ氏は、さっさとそのことに気づいたのだ。

だから「自らのために」立候補を断念したのだろう。

「自らのために」であることは、ドラギ首相が現職にとどまるべき、という言い分にもはっきりと表れている。

ドラギ首相は大統領に「祭り上げられる」可能性も高い。それを阻止するにはベルルスコーニ元首相自身が大統領を目指すことが最も確実だ。

それをしないのは、ドラギ首相継続が今このときのイタリア共和国のためには最重要、という現実よりも、自身の野望つまり政治的に生き延びて政界に影響力を持ち続けることが何よりも大事、と暗に表明しているのも同然だ。

ベルルスコーニさんはかつて、今は亡き母親に向かって「将来は必ずイタリア大統領になる」と約束したことがあるという。

清浄な存在と見なされることが多いイタリア大統領は、彼にとってもきっと憧れの的だったのだろう。

僕はベルルスコーニさんが人生の終末期に臨んで、「国と人民に本気で尽くしたい」と殊勝に考えるなら、許されてもいいのではないかと考えた。

許されて過去の過ちや醜聞や思い上がりをかなぐり捨て、真に人々に尽くして履歴の暗部を償うチャンスが与えられてもいいのではないか、とチラと思ったりもしたのだ。

もはや80歳代も半ばになった彼の中には、そんな善良で真摯な、且つ強い願望が芽生えていても不思議ではないと思った。

だがどうやらそれは、僕の大甘な思い違いだったらしい。

閑話休題

1月23日現在大統領候補として名前が挙がっているのはベルルスコーニ氏のほかには:

ドラギ首相、アマート元首相、カシーニ元下院議長、ジェンティローニ元首相、マルタ・カルタビア法相など。

マルタ・カルタビア法相が大統領になればイタリア初の女性大統領になる。

ここまでの情勢では、ドラギ首相の横滑りの可能性が最も高い、と考えられている。

もしもドラギ首相が大統領に選出され、しかも後任の首相が決まらない場合には、議会任期を待たずに前倒し総選挙の可能性がある。

その場合のイタリアの政情不安はまたもや大きなものになるだろう。

混乱を避ける意味で、フォルツァイタリア所属の最年長閣僚レナート・ブルネッタ行政相(71歳)を首班にして、連立を組む各政党の党首や幹部が来年6月の議会任期まで内閣入りして政権を維持する、という案もある。

それらのアイデアは全て、イタリアのお家芸である政治混乱を避けるための、当の政治家らによる提案である。









「ベルルスコーニ大統領」というオーマイガー!

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124日から始まるイタリア大統領選で、フォルツァイタリア、同盟、イタリアの同胞から成る中道右派連合は、 フォルツァイタリア党首のベルルスコーニ元首相を支持すると発表した。

ベルルスコーニ元首相は85歳。2011年に首相の座を追われ、2013年に脱税事件で禁錮4年(恩赦法で減刑)の判決を受けて公職追放された。

2019年には欧州議会議員に当選したが、bungabunga乱交パーティーを始め依然としてさまざまな訴訟案件を抱えている。印象としては、灰色どころか真っ黒な人品の政治家だ。

一政党のボスだったり、イタリア一国の首相だったりの役割ぐらいなら、人柄が少々猥雑でも務まる場合が多い。

政界の魑魅魍魎に対抗し、世界中のタフな政治家や指導者と丁々発止に渡り合うためには、むしろ磊落で粗放な神経の持ち主が適任だったりもする。

首相時代のベルルスコーニ氏がまさにその最たる例だ。

だが、イタリア大統領は少し違う。

自己主張の強い身勝手な政治家や政治勢力をまとめ、仲介し、共存させていく力量が求められる。対立ではなく協調と平和をもたらす人物でなくてはならないのだ。

そのためには人格が高潔で政治的に公正、且つ生き方が身奇麗なベテラン政治家、という理想像が求められる。

少し立派過ぎる人物像に見えるかもしれないが、歴代のイタリア大統領には、多かれ少なかれそうしたキャラクターの政治家が選出されている。

むろん彼らとて政治家だ。嘘とハッタリと権謀術数には事欠かない。

だだベテランの域に入って大統領に選ばれるとき、それらの政治家は英語でいういわゆるステーツマン然とした雰囲気を湛えていて、大統領になった後も実際にそう行動した。

それは肩書きが人を作る、という真実の反映かもしれない。だがそれ以前に、彼らにはそうした資質が既に備わっていた、と考えるのが公平な見方だろう。

例えば現職のマタレッラ大統領は、強固な反マフィアの闘志、という彼の魂の上にリベラルな哲学を纏って、よく政党間の審判の役割を果たした。

マフィアの拠点のシチリア島に生まれたマタレッラ大統領は、シチリア州知事だった兄をマフィアの刺客に暗殺された。彼はその現場に居合わせた。彼の反マフィア魂はそこで揺るぎないものになった。

また彼の前任のナポりターノ大統領は、筋金入りの共産主義者、というぶれない鎧をまとった愛国者であり、国父とも慕われた誠実な国家元首だった。

彼は2013年、総選挙の後に混乱が続いて無政府状態にまで至った国政を見かねて、史上初の2期目の大統領を務める決意をした。そのとき彼は間もなく88歳になろうとしていた。

議会各派からの強い要望を受けて立候補を表明する際、彼は「私には国に対する責任がある」と老齢を押して出馬する心境をつぶやいた。その言葉は多くの国民を感動させた

ベルルスコーニ元首相は、4期9年余に渡って首相を務めた大政治家である。だが彼には大統領に求められる「清廉」のイメージが皆無だ。

清廉どころか、少女買春疑惑に始まる性的スキャンダルや汚職、賄賂、またマフィアとの癒着疑惑などの黒い噂にまみれ、実際に多くの訴訟事案を抱えている。

その上2013年には脱税で実刑判決さえ受けている。彼は公職追放処分も受けたが、しぶとく生き残った。そして2019年、欧州議会議員に選出されて政界復帰を果たした。

それに続いて彼は、今回の大統領選では、右派連合が推す大統領候補にさえなろうとしているのである。

しかしベルルスコーニ元首相の醜聞まみれの過去を見れば、彼はイタリア大統領には最もふさわしくない男、と僕の目には映る。

彼を支持するメローニ「イタリアの同胞」党首とサルビーニ「同盟」党首は、どちらも首相職への野心を秘めた政治家である。

彼らが首相になるためには、求心力が高いドラギ首相を退陣させなければならない。そこで彼らはドラギ首相を大統領候補として推進するのではないか、と見られていた。

だが2人はベルルスコーニ元首相を支持すると決めた。それは見方を変えれば、ドラギ首相が政権を維持することを容認する、という意味でもある。

「イタリアの同胞」と「同盟」は、世論調査で1位と2位の支持率を誇っている。党首の彼らが首相職に意欲を燃やしても少しも不思議ではない。

だが彼らは今回はドラギ内閣の存続を認めて、議会任期が切れる2023年6月以降に、政権奪取と首相就任を模索しようと決めたようである。

彼らの利害は、今このときのイタリアの国益にも合致する。

それというのも、コロナ禍で痛めつけられたイタリアの経済社会を救い、同時にお家芸の政治混乱を避けるためには、求心力が強いドラギ首相が政権を担い続けるのが相応しい、と誰の目にも映るからである。

しかし、ベルルスコーニ元首相が幅広い支持を集めるかどうかは不透明だ。

状況によっては、ベルルスコーニ元首相を含む全ての候補者が消去法で姿を消して、結局ドラギ首相が大統領に祭り上げられる事態になるかもしれない。

そうなった場合には総選挙になる可能性も高い。

総選挙になれば、政権樹立を巡って熾烈な政治闘争が勃発し、イタリアはカオスと我欲と権謀術策が炸裂する、お決まりの政治不安に陥るだろう。

そうなった暁には、選出されたばかりの「ドラギ大統領」が、非常時大権を駆使して政治危機の解消に奔走するという、バカバカしくも悲しいイタリア歌劇ならぬ、「イタリア過激政治コメディー」が見られるに違いない。

そうならないことを祈りつつ、僕は一点考えていることがある。

歪めサングラス口

つまり、ベルルスコーニ元首相が奇跡的に大統領に選出されて、これまでの我欲を捨て目覚ましい大統領に変身してはくれまいか、という個人的なかすかな希望である。

僕はここまで批判的に述べてきたように、政治的にも信条的にもベルルスコーニ元首相を支持しない。

だが彼は悪徳に支配されつつも憎めないキャラクターの男だ。だからいまだに国民の一部に熱愛されている。

人間的に面白い存在なのだ。

僕も彼に対して湧く淡い親しみの感情を捨てきれない。

我ながら不思議なもの思いについては以前ここにも書いた。その機微は今も同じだ。

悪行や失策や罪悪や犯罪を忘れてはならない。

だがそれらを犯した者はいつかは許されるべきだ。なぜなら人は間違いを犯す存在だからだ。

その意味でベルルスコーニ元首相も許されて、過去の過ちや醜聞や思い上がりをかなぐり捨て、真に人々に尽くし、且つ履歴を償うチャンスが与えられてもいいのではないか、とも考えるのである。

言うまでもなく、もはや80歳代も半ばになって、彼の中にそんな善良で真摯な且つ強い願いが芽生えているならば、の話だけれど。




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