はっきりさせておこう。
スパイやテロリストでもない限り、日本を悪くしようと思う日本人はいない。
右も左もない。
ただ右と左ではより良い日本という頂上に向かう道筋が違う。
そして頂上に向かう道のうちには遭難したり、事故ったり、地滑りや雪崩に遭ったりする危険なものがある。
危険を伴う道程の最たるものは過去を直視しないアプローチだ。それは歴史修正主義という深い迷い道へと続き、ついには脱出が不可能になる。
そして極端な場合は迷い道は、山自体が崩壊するにも等しいほどの結末を招く。それが第2次世界大戦の惨劇へと日本が辿った道だ。
登山の間違ったルートを行かないように右と左が互いに呼びかけるのが、民主主義社会における政治論争であり対話である。
極右や極左の人々でさえも「彼らなりの考えで」日本を良くしようとあれこれ模索している。
だが残念なことに彼らは、民主主義という仕組みを無視し破壊して、一息に頂上を目指そうとする。
それはつまるところ過激主義であり、専制政治や独裁政治に至る不吉な道だ。
保守やリベラルと規定される、過激派よりも穏健な政治思想を持つ人々も、むろん誰もが日本を良くしたいと願っている。
その意味では日本人は誰もが愛国者である。
ネトウヨヘイト系人士を含む右派の多くは、彼らだけが愛国者だと信じて、、対峙するリベラルや自由主義者などの左派を反日、売国奴、自虐史観主義者などと罵倒したがる。
だが彼らは、例えば日本の侵略行為を否定したり、靖国神社を盲目的に称揚したり、旧日本軍の蛮行を認めない等々の歴史修正主義に走ることによって、世界から批判される。
つまり実は彼らのそうした動きこそが、日本を貶める自虐史観行為だ。
平家、海軍、国際派という成句がある。
社会のメインストリームから外れたそれらの人々は、日本では出世できないという意味の言葉だが、政治の論壇などでは往々にして「反日」と同じ風に使われたりもする言い回しだ。
だがそれは間違いで、平家の中にも、海軍の中にも、国際派の中にも愛国者はいる。と言うか、そこには源氏、陸軍、国内(民族)派とまったく同数の愛国者がいるのだ。
そして僕自身は国際派の愛国者を自負している者だ。国際派だから、出世もできずに恐らく死ぬまで外国を放浪し続ける、という寂しい人生を送っているわけだが。
中国に宣戦布告をするのでもあるかのような、高市早苗首相の「台湾有事は日本の存立危機事態」の国会発言は、元を正せば歴史修正主義に根ざしている。
彼女は先の大戦は日本の侵略戦争ではないと信じている。従って被害国への謝罪も必要がないと結論付ける。そこには既に被害国への蔑視感情が秘匿されている。
特に隣国の中国、韓国、北朝鮮への優越意識は強い。敵愾心と言い換えてもいい。
劣った国々だから優位にいる日本が彼らを支配しても問題はない、という思い上がった感情がそこにはある。
その気合いは、靖国参拝に反発するそれらの国々への怒りを呼んで、彼女の不機嫌がさらに募る。
高市首相の中国への敵対感情は特に深い。
日本が蹂躙しても構わないほど“劣って”いた中国は、近年経済的にも従って軍事的にも巨大化して、もはや日本は太刀打ちできない。その現実が彼女の怒りをさらに煽る。
そうやってアメリカを頼みにしつつ、台湾を卑小化し宗主国気取りでをこれ庇護するという思い上がりが加わった。
その結果、中国に対して居丈高になり勇ましく拳を振り上げたのが、愚かな台湾有事=日本存立危機発言だ。
要するにその意思表明は、WEB上に踊るネトウヨヘイト系排外差別主義者らの勇ましくも空虚な反中国言論と大差ないのである。



















