【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

イベント(政治)

高市総理を含む日本人は誰もが愛国者だ

キンペー高市合成650

はっきりさせておこう。

スパイやテロリストでもない限り、日本を悪くしようと思う日本人はいない。

右も左もない。

ただ右と左ではより良い日本という頂上に向かう道筋が違う。

そして頂上に向かう道のうちには遭難したり、事故ったり、地滑りや雪崩に遭ったりする危険なものがある。

危険を伴う道程の最たるものは過去を直視しないアプローチだ。それは歴史修正主義という深い迷い道へと続き、ついには脱出が不可能になる。

そして極端な場合は迷い道は、山自体が崩壊するにも等しいほどの結末を招く。それが第2次世界大戦の惨劇へと日本が辿った道だ。

登山の間違ったルートを行かないように右と左が互いに呼びかけるのが、民主主義社会における政治論争であり対話である。

極右や極左の人々でさえも「彼らなりの考えで」日本を良くしようとあれこれ模索している。

だが残念なことに彼らは、民主主義という仕組みを無視し破壊して、一息に頂上を目指そうとする。

それはつまるところ過激主義であり、専制政治や独裁政治に至る不吉な道だ。

保守やリベラルと規定される、過激派よりも穏健な政治思想を持つ人々も、むろん誰もが日本を良くしたいと願っている。

その意味では日本人は誰もが愛国者である。

ネトウヨヘイト系人士を含む右派の多くは、彼らだけが愛国者だと信じて、、対峙するリベラルや自由主義者などの左派を反日、売国奴、自虐史観主義者などと罵倒したがる。

だが彼らは、例えば日本の侵略行為を否定したり、靖国神社を盲目的に称揚したり、旧日本軍の蛮行を認めない等々の歴史修正主義に走ることによって、世界から批判される。

つまり実は彼らのそうした動きこそが、日本を貶める自虐史観行為だ。

平家、海軍、国際派という成句がある。

社会のメインストリームから外れたそれらの人々は、日本では出世できないという意味の言葉だが、政治の論壇などでは往々にして「反日」と同じ風に使われたりもする言い回しだ。

だがそれは間違いで、平家の中にも、海軍の中にも、国際派の中にも愛国者はいる。と言うか、そこには源氏、陸軍、国内(民族)派とまったく同数の愛国者がいるのだ。

そして僕自身は国際派の愛国者を自負している者だ。国際派だから、出世もできずに恐らく死ぬまで外国を放浪し続ける、という寂しい人生を送っているわけだが。

中国に宣戦布告をするのでもあるかのような、高市早苗首相の「台湾有事は日本の存立危機事態」の国会発言は、元を正せば歴史修正主義に根ざしている。

彼女は先の大戦は日本の侵略戦争ではないと信じている。従って被害国への謝罪も必要がないと結論付ける。そこには既に被害国への蔑視感情秘匿されている。

特に隣国の中国、韓国、北朝鮮への優越意識は強い。敵愾心と言い換えてもいい。

劣った国々だから優位にいる日本が彼らを支配しても問題はない、という思い上がった感情がそこにはある。

その気合いは、靖国参拝に反発するそれらの国々への怒りを呼んで、彼女の不機嫌がさらに募る。

高市首相の中国への敵対感情は特に深い。

日本が蹂躙しても構わないほど“劣って”いた中国は、近年経済的にも従って軍事的にも巨大化して、もはや日本は太刀打ちできない。その現実が彼女の怒りをさらに煽る。

そうやってアメリカを頼みにしつつ、台湾を卑小化し宗主国気取りでをこれ庇護するという思い上がりが加わった。

その結果中国に対して居丈高になり勇ましく拳を振り上げたのが、愚かな台湾有事=日本存立危機発言だ。

要するにその意思表明は、WEB上に踊るネトウヨヘイト系排外差別主義者らの勇ましくも空虚な反中国言論と大差ないのである。




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同じ極右なのに月とスッポンポンの日伊女性首相

若Meloni&高市699

僕は高市早苗首相の動静を、ここイタリアのジョルジャ・メローニ首相と対比しながら監視してきた。

2人には大きな共通点がある。何よりもまずそれぞれが両国初の女性首班であること。両氏ともファシスト的な気迫の政治スタンスやメンタリティーを持つ右派政治家である点だ。

メローニ首相は、15歳でファシスト党の流れを組むMSIに参加し、活発な右翼活動家となった。

2012年には同じ流れの極右政党、イタリアの同胞を結成。その泡沫政党を率いて党勢を拡大させ、2022年総選挙で第一党に躍り出てついに政権を奪取。イタリア初の女性首相となった。

政敵にネオファシストとさえ批判されたメローニ首相は、政権樹立後は中道寄りの現実路線にシフトして、イタリアのみならず欧州全体でも一目おかれる「保守政治家になった。

政治的にも極端な言動は鳴りをひそめ、対立する政治勢力を敵視するのではなく、意見の違う者として会話や説得を試みる姿勢が顕著になった。

そうした変化が可能になったのは、彼女がイタリアのトップとして統率力を発揮し、支持基盤であるイタリアの同胞に始まる極右モメンタムを抑えているからだ。

片や高市首相は、日本のトップとしての独立した強い権限や独自性はなく、自民党内の安倍残党歴史修正主義一派、日本会議、神社本庁ほかの祭祀陰謀団、また全国に蠢くいわゆる自称文化人やアカデミック層また芸能人などを含む、有象無象のネトウヨヘイト系国民によって操られるパペットであることが明らかになりつつある。

ふたりは元々かけ離れた右翼活動家ではある。ひとことで言えば、メローニ首相が明の右翼政治家、片や高市氏は陰にこもったキャラクターだ。

もっと言えば高市氏は自ら大いに右翼運動を担うのではなく、例えば安倍元首相に庇護されて四囲を睥睨したように威光を笠に着て凄むタイプ。

一方のメローニ氏は自ら激しく動いて道を切り開くタイプだ。

僕は先日、「高市首相は、独裁者気質のトランプ大統領や、極右とも批判されるここイタリアのメローニ首相もできない急カーブのファシスト街道を走りまくって、すわ!中国と開戦、というゴールに飛び込まないとも限らない」

と書いた。

すると高市首相は後日、あっと驚く「台湾有事は日本の存立危機事態」の国会発言をかまして、露わすぎるほど露わに自らの本性を激白した。

高市首相の―あえて大げさな意味合いで言うと―中国への宣戦布告じみ日本の存立危機事態発言は、彼女が仲間のネトウヨ人士らとの会合で気勢を上げるノリで口に出したものだろう。

高市早苗氏は、たとえ逆さに吊るして振り回しても“極右”という毒素しかこぼれ出ない政治家だ。

それでも日本のトップに押し上げられることで、政治的にも人間的にも成長するのではないか、と僕は密かに応援する気持ちでもいた。ここイタリアのメローニ首相がそうであるように。

だがそれはしょせん、大いなる無いものねだりだったようだ。

高市首相は英国のサッチャー首相に憧れていて、彼女のようになりたいと願うらしい。だが、それはあまりにも大それた願望だ。

岩盤支持層に操られるだけの彼女が、大化けにバケてここイタリアのメローニー首相の域にでも変貌できれば、上等以上に上出来だ。だが彼女はそこにさえ至らないようだ。

そうであれば高市首相は、近いうちに詰め腹を切らされる宿命だろうが、日本国民を戦争の崖っぷちにまで追い込んだ責任は重い。




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高市首相は世界ネトウヨ連盟のくび木から早急に抜け出せ

高市キンペー合成650

開いた口が未だに塞がらない。

高市早苗首相の台湾有事・日本存立危機発言とそれに対する中国の反応のことである。

どっちもどっちだ。

貧弱な政治文化の本質がてんこ盛りになった、恥ずかしくも見苦しい言動の数々だ。

高市首相が、台湾有事は日本の存立危機事態と口を滑らせたのは、日本の過去の蛮行を認めない歴史修正主義に凝り固まった精神が言わせたものだろう。

国際政治を知らず、従って外交に疎い迷妄もあるが、中国への深い蔑視と敵愾心も秘匿されている。日本のトップの人物がWEB上で汚い言語を撒き散らすネトウヨに似ているのは寂しい。

これに対して、大阪在の薛剣中国総領事が「勝手に突っ込んできた汚い首を斬ってやる」と、汚い首に付いた汚い口から腐臭を放つ言葉を投げつけた。

中国政府もこれを諌めるどころか、似たり寄ったりの野蛮醜悪な言動を続けている。

それらは“アジア”に共通した未開で好戦的な政治精神の発露だ。ここで言う“アジア”とは、外交も民主主義も理解しない中国的、アラブ的また日本極右的な勢力の全である。

そこには無論ロシアも北朝鮮も含まれる。またネタニヤフのイスラエル、エルドアンのトルコもりっぱな、いや、“アジア”以上の“アジア”であることは論を俟たない。

最近そこには信じがたい巨大パワーも加わった。言わずと知れたトランプ主義が席巻するアメリカだ。

日本は一刻も早くそれらの「ああ喚(わめ)けばこう叫んで背中に斬りつける」蛮人連合体から抜け出したほうがいい。

そうしておいて意識改革を断行し、欧州並みの政治文化また文明を獲得する努力をするべきだ。

それにはどうするか。ひとえに過去の蛮行を認めて反省し、被害者の国と国民に腹からの謝罪を行って生まれ変わる以外には方法がない。

僕は再び、再三再四、繰り返し何度でも主張する。ドイツを見習え。イタリアを意識しろ。

僕は11月3日、「高市首相は、独裁者気質のトランプ大統領や、極右とも批判されるここイタリアのメローニ首相もできない急カーブのファシスト街道を走りまくって、すわ!中国と開戦、というゴールに飛び込まないとも限らない」

とここに書いた。

それから4日後の11月7日、高市首相は 台湾有事は日本の「存立危機事態になりうる」と既述のあっと驚く国会発言をかまして、露わすぎるほど露わに自らの本性を激白したのだ。

高市首相の―あえて大げさな意味合いで言うと―中国への宣戦布告じみ日本の存立危機事態発言は、彼女が仲間のネトウヨ人士らとの会合で気勢を上げるノリで口に出したものだろう。

高市首相の先の大戦は侵略戦争ではないに始まる一連の歴史修正主義発言や靖国称揚思想、テレビ局への停波するぞ恫喝などのファシスト気質を知りつつ、また政治信条的にも大いに疑問を抱きつつも僕は密かに彼女の❝化け❞を期待してきた。

ここイタリアのジョルジャ・メローニ首相に重ねて彼女を見ようとしたのだ。

イタリア初の女性首相となったジョルジャ・メローニ氏は、ファシスト党の流れを汲む「イタリアの同胞」を率いて選挙を勝ち抜いた。

ところがメローニ氏は、首相になると同時に険しい表情をゆるめ、極右独特の厳しい言動を控えて、いわば強硬右派とでも呼ばれるべき穏健な道を歩みだした。

高市早苗首相は、たとえ逆さに吊るして振り回しても“極右”という毒素しかこぼれ出ない政治家だが、日本のトップに押し上げられることで政治的にも人間的にも成長するのではないか、と僕は密かに応援する気持ちでもいたのである。

だがそれはしょせん、大いなる無いものねだりだったようだ。

高市首相は彼女の岩盤支持層である日本極右勢力、即ちネトウヨヘイト系差別主義者の国民や自民党安倍礼拝族、また日本会議や国家神道など同じ穴の貉会が一体になった、日本ほぼカルト 勢力に呑み込まれあるいは同調して、結局独自の政治信条も無いままさらに右へと急カーブを切り続け、ついには昏倒する運命であるように見える。




トランプの終わりの始まりが見えたかも、かい?

叫ぶトランプ切り取り650

アメリカ発の良いニュースと悪いニュースが飛び交っている。

最新の良いニュースは、トランプ大統領の支持率が急速に悪化していること。

悪いニュースは、それでもトランプ主義が引き続きアメリカを席巻しそうなことだ。

もうひとつの良いニュースと悪いニュースもある。

良いニュースはトランプ支持率が落ちているにもかかわらず、対抗する民主党支持率が上昇していないこと。

悪いニュースは、従って、民主党の早い政権奪取はありそうもないことだ。

今、は?とつぶやいた人も多いだろう。

要するにリベラルの民主党に政権を担ってほしいが、今のままの民主党ではNG、というのが僕の言いたいところだ。

民主党はトランプ主義者のエミリー・フィンリーが指摘した、「民意を無視し、平等、多様性、移民包容など、民主党が認める主張だけを“民意”として容認、やがてそれに合わない主張を排除」する“エリート主義”をかなぐり捨てなければ、“トランプの意のまま共和党”に勝つことはできない。

それどころか個人的には「勝ってはならない」とさえ思う。

なぜならリベラルとしての民主党が、平等の理念を全うし民衆の真のニーズや価値観や思いに寄り添って歩む本来の姿に立ち返らない限り、政権を担うべきではない。

それにしても、負け犬とはいえ米民主党は、トランプ大統領に噛み付き勝手を許さない動きを繰り返している。

ここイタリアでも敗者の民主党などの左派が、右派のメローニ政権に挑んで独断専横を監視している。他の欧州諸国も似たり寄ったりだ。

ところが日本はどうだ。結束すれば自維政権を小路に追い込むこともできるはずの野党が、特に立憲民主党のだらしなさ故にひたすら無力全開だ。

今のままの状況では高市首相は、独裁者気質のトランプ大統領や極右とも批判されるここイタリアのメローニ首相もできない急カーブのファシスト街道を走りまくって、すわ!中国と開戦、というゴールに飛び込まないとも限らない。



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男芸者に憧れて女芸者が生まれた

高市安倍合成650

高市早苗首相は、先の大戦は日本の侵略戦争ではなかったと言い張るだけで、紛れもなく歴史修正主義者であり極右である。

そんな人物が日本のトップに据えられた。さぁ大変だ、と騒ぐのは当たらない。極右の歴史修正主義者が日本のトップになった例は枚挙にいとまがない。例えば最近では安倍元首相がそうであり菅元首相もそうだ。

残りの自民党首班も 多かれ少なかれ歴史修正主義者然とした淀んだ私意を胸に秘めているのが普通だ

実はブレまくるが、一瞥すると善人の石破前首相でさえ、戦後80年所感で先の大戦における日本の加害責任を無視した時点で、歴史修正主義に毒されていると批判されても仕方がない。

そうしてみると高市首相が、自身が死ぬほど愛し盲従するファシスト気質の安倍元首相よりもい人気を集めるらしいのは、彼女が極右政治家だからではなく、やはり日本初の女性首相だからと考えるのが妥当だろう。

高市首相は就任直後にASEANで外交デビューした。そこにはつわものの“男性の”各国首脳が一堂に会して高市首相を歓迎した。曲がりなりにもアジアの有力国である日本の初の女性首相に対して、ASEANの男性ボスらが最大の敬意を払うのがひしひしと伝わってきた。

ところが高市首相は、ASEAN会議から帰国してトランプ大統領に会ったとたんに、馬脚をあらわした。アメリカの“属国”たる日本の首相の本領を発揮して、トランプ大統領に徹底的に媚びる外交を展開したのだ。

阿諛外交は高市首相の専売特許ではない。特にトランプ大統領との関係では、政治上の彼女の永遠の恋人、安倍元首相の行動がただちに思い起こされる。

安倍元首相は2016年、トランプ氏が大統領選に初勝利したとき、就任前にもかかわらず世界の首脳に先駆けてトランプタワーに乗り込み彼を祝福した。

世界の大半がトランプ勝利に眉をひそめている最中に、「何らの批判精神もなく」彼に取り入った安倍氏の行為は、グローバル世論を驚かせた。

そこには安倍元首相ならではの無邪気と無教養と無恥の気質が如実に現れていた。 自尊心のかけらもないような諂笑を振りまいて恥じない日本のトップの姿は、世界の虚をついた。

トランプ大統領に思いきり媚を売る高市首相の芸者振りを見て、僕は彼女のやり方が安倍元首相を真似たものであると気づいた。

それは翻って同時に僕が、安倍元首相はトランプ接待に長けた男芸者だったのだ、ということを悟った瞬間でもあった。

「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」という、高市首相が口にしたがるセリフはネトウヨ界隈で大いに受け、信じられているコンセプトらしい。だが、そんなものは一秒たりとも存在したことはない。

それは文化の特殊性ゆえに常に世界のはずれに置かれていることを恐れる、保守主義者及びネトウヨヘイト系の差別主義者らが、熱病に冒されたように唱える念仏に過ぎない。

日本が真に世界の真ん中で咲き誇ろうとするなら、辺境に生きることを恐れず、万彩に咲く独特な文化の花を慈しみつつ毅然として立つことだ。

そうすれば世界の側がこちらに寄り添って来て、日本を世界の真ん中に押し進めようとする。なぜなら特殊であることこそが文化の価値であり命だからだ。それを大事にする社会を世界は尊ぶ。

今回はそうなる代わりに、高市首相の残念なトランプ接待劇によって、安倍&高市芸者外交が世界の真ん中で咲き誇ることになってしまった。

しかし、ま、そうは言うものの、宮本武蔵や塚原卜伝などの優れた兵法者もかつては「芸者」(武芸者ではない)と呼ばれていたのだから善しとして、今後の展開を待つとしよう。




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愛嬌は良いが媚態は怪しい


高市サッチャー有色・白黒650

高市新首相のASEANでの押し出しはとても良かった。

僕はイタリアにいながら、各国の衛星放送とYouTube、またSNSなどを介して彼女の動静を逐一見た。

高市総理は、日本発の女性首相という後光を担いで、にこやかに鮮やかに振舞った。

ASEAN各国のつわものの首脳たちも、ただちに彼女の存在を認め、称え、歓迎した。一目どころか、三目も、七目も置く雰囲気が伝わってきた。

僕はそれまで彼女を批判的な目で見つづけながら、密かに応援する気持ちでもいた。

なぜか。ひとえに高市氏が女性だからだ。

僕は日本の強烈な男尊女卑文化を国の諸悪の根源の一つと見なす者だ。

高市首相の外交デビューは、彼女が女性であることがポジティブな効果をもたらした。それは日本の明るい未来を示唆するようにさえ見えた。

批判するにしろ称揚するにしろ、高市首相が女性であることを争点にするのは、そのこと自体が「女性差別」だという馬鹿げた議論がある。

その主張を正当化するために、「世界には既に多くの女性首相がいる。だから高市首相が女性であることを問題にするべきではない」というたわけた言い分さえ垣間見える。

それらは議論のための議論、又はああ言えばこう言う類の、奇をてらった態度だ。

世界の潮流に逆行する男尊女卑思想のくび木が、社会の淀みの原因となっている日本で、女性の高市氏が国の最高権力者になった。それは議論値する大きな出来事だ。

そしてそれは本来なら、ただひたすらに慶賀されるべきドラマだ。

だが、彼女は女性でありながら男尊女卑の通念や政策に賛同するなど、異様な政治信条を公にしている。

ただでも話題にされるべき歴史的な出来事が、歴史を逆行するようなシナリオを内在させているのだから、話題にするなというほうが無理だ。

日本初の女性首相となった彼女は、まさに女性であるがゆえの行動原理でトランプ大統領を遇した。

そのやり方や立ち居振る舞いが、古来男に完璧に支配され続けた日本女性が強いられた様相を彷彿とさせて女性を貶める醜態にも見えた。

高市首相は一国のトップがしてはいけない動きを何の屈託もなくやってのけた。それは、彼女が尊敬するサッチャー元首相なら嫌悪感を露に叱責するであろうような行儀だった。

メルケル元首相も眉をひそめて軽蔑するだろう。高市首相と同じ極右政治家のここイタリアのメローニ首相も-仲間意識から正面切って批判することは避けるだろうが-内心呆れたに違いない。

トランプ大統領が肩を抱き寄せても身をかわさず、逆に彼の腕に縋り付いて喜ぶ女性首相を目の当たりにした世界中の、特にアメリカの男たちは必ず「ゲイシャ」という言葉を連想してほくそ笑んだに違いない。

そして世界の女性は、彼女たちが闘い少しづつ勝ち取った女性の人権とジェンダーフリーへの取り組みが破壊され、歴史が反転後退したとさえ感じただろう。

ここイタリアでは、極右と批判されながら初の女性首相となった先述のジョルジャ・メローニ氏が、プラグマティストへと目覚ましい変貌を遂げて国民の支持を集め続けている。

僕はASEANでの高市首相の輝きを、メローニ首相に重ねて眺めて心を躍らせた。彼女はあるいは日本を大きく変える仕事をするかもしれないとさえ思った。

だがその思いは、彼女が帰国後トランプ大統領と会った時点で消えた。それどころか以前から抱き続けてきた彼女への不信感がよみがえり大きく膨れ上がった。

彼女がトランプ大統領に寄り添い、腕を組み、流し目を送り、はしゃぎまくる姿に驚愕した。それはほとんど卑猥にさえ見える動きの数々だった。

あまりの出来事に僕は初めは状況が呑み込めず-時間が前後したこともあるが-ここFBのコメント欄に彼女の媚はトランプ大統領へのそれではなく自民党の男性議員へのもの、と頓珍漢な書き込みをしたりした。

各メディアから流れ出る彼女の異様な動きはそれほど僕の理解を超えていた。アイドルに魅入られた女子高生でもそれほど見苦しい動きはしないとさえ感じた。

無知と鈍感と下品さがてんこ盛りになった彼女の動きは、世界の心ある人々の眉をひそめさせた。

そうではあるが、しかし、高市首相が成すべき最大の仕事は日本の国益の追求である。彼女がそのためにトランプ大統領に媚を売ったのであるなら、首相としての義務を果たしたことになる。

その真偽はこの先、早々と明らかになるはずである。

国益に資さない動きだったと知れた場合は、高市政権はたちまち終わりに向かって歩み出すだろう。




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高市早苗はおそらくジョルジャ・メローニになれない

meloni e takaichi650

高市早苗首相は、たとえ逆さに吊るして振り回しても“極右”という毒素しかこぼれ出ない政治家だが日本のトップに押し上げられることで政治的にも人間的にも成長するのではないか、と僕は密かに応援する気持ちも抱いたりした。

しかし、ネトウヨヘイト系差別主義者の国民や自民党安倍礼拝(らいはい)族、また日本会議や祭祀機関などの興奮を自らも共に露骨に身にまとって、来日したトランプ大統領に対し安倍元首相を上回るほどの阿諛外交を展開する姿にすっかり気が重くなっ

その気分は、高市総理がかつて、先の大戦は日本の侵略戦争ではなかったし誰にも謝る必要は無い、などという趣旨の発言を国会でくり返した記憶を呼び起こし、彼女は飽くまでも歴史修正主義者の危険な政治家なのだとあらためて確信に変わった。

高市首相は、自らの強い意志で保守主義を標榜し政治闘争を繰り広げるここイタリアのメローニ首相とはやはり違う。男に媚びあらゆる極右勢力の意向に従順なだけの危うい存在、という実体が徐々に明らかになって行くように見える。


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女性姿のオヤジ首相が向かう先

高市国旗

高市早苗氏が自民党総裁に選出され、ほぼ確実に次期首相になるという見方が広がっている。

僕は彼女を深い懐疑の目で観察しながら淡い期待も抱いている。

その複雑な思いは、2024年の総裁選時を始めとして自身のブログに全て書き込んだ。

その主旨をまとめると次の如くだ。

僕は高市早苗候補だけは決して日本のトップにしてはならない、と考え、つい最近までそこかしこにそう書いてもきた。

今もそうだが、それでも2度に渡って総裁候補の顔ぶれを見ているうちに、毒を持って毒を制す、のような気分にもなった。

高市という猛毒をもって日本の男社会という毒に楔を打ち込む、という印象である。

つまり、猛毒の高市候補が日本初の女性首相になる手もあるのではないかと考え出したのだ。

❛高市首相❜もありかもと考える第1の、そして最大の理由は高市候補がオヤジよりもオヤジ的な政治家でありながら、それでも女性だという点だ。

首相になれば日本の諸悪の根源である男尊女卑メンタリティーにとりあえず一撃を見舞うことになる。それは、無いよりはあったほうが確実に日本のためになるイベントだ。

心優しい良い女性、すばらしい女性を待っていては日本には永久に女性首相は生まれない。女性首相の大きな条件の一つは「タフな女」であることだ。

サッチャー元首相もメルケル元首相も、またここイタリアのメローニ首相も男などにビビらないタフさがある。高市候補は権力者のオヤジらに媚びつつも、鉄面皮で傲岸なところがタフそのものに見える。

2つ目は肩書の奇跡だ。

肩書きが人間を作る、というのは真実である。

一つ例を挙げる。

イタリアで初の女性首相となったジョルジャ・メローニ氏は、ファシスト党の流れを汲む「イタリアの同胞」を率いて選挙を勝ち抜いた。

選挙中、彼女は右寄りの政策を声高に叫びつつ一つのスローガンをさらに大声で主張した。

いわく、「私はジョルジャだ。私は女性だ。私は母親だ。そして私はイタリア人だ」と。

「私はジョルジャだ」は自らが自立自尊の人格であることを、「私は女性だ」は女性であることを誇ると同時にジェンダー差別への抗議を、「私は母親だ 」は愛と寛容を、「私はイタリア人だ」は愛国の精神を象徴していると僕は見た。

メローニ氏はそうやって国民の支持を得て首相の座に上り詰めた。

ところがメローニ氏は、首相になるとと同時に激しい言葉使いを避け、険しい表情をゆるめ、女性また母親の本性があらわになった柔和な物腰にさえなった。

政治的にも極端な言動は鳴りをひそめ、対立する政治勢力を敵視するのではなく、意見の違う者として会話や説得を試みる姿勢が顕著になった。

彼女のそうした佇まいは国内の批判者の声をやわらげた。僕もその批判者のひとりだ。

また同氏に懐疑的なEUのリベラルな主勢力は、警戒心を抱きながらもメローニ首相を対話の可能な右派政治家、と規定して協力関係を構築し始めた。

ジョルジャ・メローニ首相は資質によってイタリア初の女性首相になったが、イタリアのトップという肩書きが彼女を大きく成長させているのも事実なのである。

高市自民党新総裁は、あるいは日本初の女性宰相となり、その肩書きによって人間的にも政治的にも成長するかもしれないと僕は秘かに考えているが、大きな問題ある。

つまりメローニ首相と同じ右翼政治家の高市氏には、イタリアのトップに備わっている女性としての自立心や明朗な政治姿勢や誇りが感じられない。

その代わりに虎の威を借る狐の驕りや、男に遠慮する「女性オヤジ政治家」の悲哀ばかりが透けて見える。女性オヤジ政治家は旧態依然とした男性議員を真似るばかりで進取の気性がない。その典型が高市氏だ。

3つ目は天皇との関係だ。人格者の上皇、つまり平成の天皇は静かに、だが断固として安倍路線を否定した。現天皇は今のところ海のものとも山のものともつかない。顔がまだ全く見えない。

❛高市首相❜が本性をあらわにファシスト街道を突っ走るとき、天皇がどう出るか、僕はとても興味がある。

天皇は政治に口出しをしないなどと考えてはならない。口は出さなくとも「天皇制」がある限り彼は大いなる政治的存在だ。それを踏まえて天皇は「態度」で政治を行う。

彼に徳が備わっていれば、という条件付きではあるが。

日本の政治と社会と国民性は、先の大戦を徹底総括しなかった、或いはできなかったことでがんじがらめに規定されている。

右翼の街宣車が公道で蛮声を挙げまくっても罪にならず、過去を無かったことにしようとする歴史修正主義者が雲霞のように次々に湧き出てくるのも、原因は全てそこにある。

ドイツが徹底しイタリアが明確に意識している過去の「罪人」を葬り去るには、再び戦争に負けるか、民衆による革命(支配層が革命の主体だった明治維新ではなく)が起きなければならない。

しかし、そういう悲惨は決して招いてはならない。

僕はこれまで高市早苗氏を、安倍元首相の腰巾着であり、歴史修正主義義者であり、メディアを恫喝支配できると信じているらしい思い上がった思想の持ち主、とみなし批判してきた。

彼女が総務相時代の20016年、放送局が政府の気に入らない放送を繰り返したら電波停止を命じる、と示唆した発言はあまりにも重大だ。

メディアの監視と批判に耐えられない政治家は首相になるべきではない。メディアを抑圧し制御できると考える政治家は、政治家でさえない。それは単なる独裁者だ。

高市候補にはそのように暗く危険なファシズム的気質がある。それはここイタリアのジョルジャメローに首相にも通底する個性だ。

高市候補は2度に渡って総裁選に出馬し戦う動きの中では、女性であることを意識しないと強調した。彼女は選択的夫婦別姓制度にも反対だ。

だがそれではダメだ思う。彼女は女性であることを大いに意識し、彼女が日本初の女性首相になることは、日本の諸悪の根源である男尊女卑思想を一掃するための大いなる一歩、と位置づけ闘っていくべきだ。

高市氏がここまでそうしないのは、彼女の岩盤支持者である保守強硬派の男らの反発を避けるのが狙いだろう。だが女性蔑視のメンタリティーが国の未来まで貶めることが確実な日本にあっては、女性であることを前面に押し出すことは重要だ。

高市候補に限らず、男に媚びることが多い日本の「オヤジ女性政治家」が、真に「男女を意識されない」一人の政治家と見なされるためには、闘う本人が先ず女性であることに誇りを持ち、女性として自立し認められることが重要だ。

男を真似する「オヤジ女性政治家」は“フェイク”であることを、何よりもまず女性政治家自身が悟らなければならない。

ネガティブな要素も多く抱えた高市自民党新総裁は、日本初の女性首相になる機会を得た。ならばチャンスを活かして生まれ変わってほしい。

女性であることにこだわるメローニ首相はまた、トランプファシズム気質大統領と親和的な関係でもある。同時に彼とは1対1の対等な立ち位置もしっかりと保って動いている。

片や高市新総裁はどうだろうか。首相になって米大統領と対等な関係を構築できるだろうか。それは恐らくないものねだりに終わるだろう。

彼女は安倍元首相を神とも崇めひれ伏す存在だ。その安倍氏はトランプ氏を勝手に友と呼ぶだけの大統領の忠犬だった。

忠犬の忠犬である未来の高市首相に、トランプ大統領にNOと言える器量を期待するのは無理だろう。

自らをバカに見せる狡智も備えているらしいトランプ大統領は、総裁選に勝った高市氏を「知恵と強さを持った人物」とSNSで評価した。ところがその際には高市氏の名前には言及しなかった。

そのあたりに日本と日本のトップを見下しているトランプ大統領の本音が透けて見える。同時に彼の本音に何らかの形で一撃を加える女っぷりなどなさそうな高市氏の正体も。

なにしろ女の姿をしただけの❛オヤジ気質の首相❜なのだから。

高市新総裁はファシズム的な体質が似ている点を除けば、イタリアのメーローニ首相とは似ても似つかない存在だ。メローニ首相が明なら彼女は陰、と形容しても良いほど印象が違う。

もっと言えば高市氏は、自ら率先して右翼運動を担うのではなく、例えば安倍元首相に庇護されて四囲を睥睨してきたように、威光を笠に着て凄むタイプだ。

一方のメローニ氏は自ら激しく動いて道を切り開くタイプの政治家である。

それでも高市新総裁は、日本初の女性宰相になれば、その肩書きに押されて人間的にも政治的にも成長するかもしれない。

最後に、高市政権は船出と同時により右カーブではなく左カーブ、即ち中道寄りへと政策も心情もシフトしていくと僕は予想する。

日本は孤立した国だがひとりで生きているのではなく、近隣国があり世界世論の影響を大きく受けて存在している。それらに圧されて❛高市首相❜は必ず穏健路線に向かうだろう。

もしそうならなかった場合は、世界を席巻している右傾化の潮流は実は日本には届かず、天皇崇拝や靖国的神懸かりカルトが「日本右傾化」の本質ということが明らかになって、高市政権の危険度は一気に高まるだろう。



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イタリア、ドイツはパレスチナ国家承認せず。なぜだ?

メロメルツがキス?

G7構成国のうち英仏カナダがそろってパレスチナ国家を正式承認した。

背景にあるのは、イスラエルとアメリカによる極悪非道のガザ攻撃だ。

一方で― 悪行の実行犯のアメリカは当たり前として―日独伊3国も承認を拒んだ。

偶然にもこちらも、かつての3国同盟、悪の不始末枢軸3大国だ。

このうち日本は、承認しない理由を「国家承認はパレスチナ情勢の進展には繋がらない」としゃーしゃーとのたまった。

それは単にトランプ大統領を怖れ、おののき、ひたすら拝跪するだけの恥ずかしい心根から出た言葉だ。

例によって、独立不羈の行動哲学など逆立ちしても見えない。

ドイツは、国家承認はイスラエルとパレスチナの交渉合意の末に行う、と同国の根本方針を繰り返した。

ドイツはホロコーストへの巨大な贖罪感に縛られて、イスラエル批判にはほぼ常に二の足を踏む。それは理解できることだ。

しかし、イスラエルのガザへの蛮行を糾弾することと、ホロコーストへの怖れと反省は別物であるべきだ。

パレスチナ国家を承認することで、イスラエルの今現在の悪行にNOを突き付けるのは、反ユダヤ主義ではない。それは飽くまでもネタニヤフ政権への断罪だ。

ドイツが真にユダヤ人への贖罪を志向継続するのなら、ガザへの惨たらしい攻撃を続けることで、心ある多くのユダヤ人を貶めているネタニヤフ首相を糾弾するべきだ。

片やイタリアのメローニ首相は、パレスチナの建国を強く支持する」とした上で、「国家の樹立前に承認することはできない」と笑い話も真っ青の主張をしている。

国家の樹立ができないから、敢えて道徳的な後押しをするためにパレスチナ国家を承認するのだ。

それは飽くまでもイスラエルとアメリカへの抗議の意志表示だ。

むろん、だからこそメローニ首相は、英仏カナダと足並みを揃えることができない。

なぜならメローニ首相は、トランプ主義と親和的な政治信条を持つ極右政治家だからだ。

彼女はトランプ大統領自身とも親密な関係だ。友を裏切ることはできないのだろう。




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加害者の自分を忘れると、いつか大きなしっぺ返しを食わないとも限らない

玉音放送を聞きながら土下座

8月15日の終戦記念日が過ぎると、忘却が得意の日本国民の多くは戦争のことをぴたりと語らなくなる。

8月15日とは、前日に終戦の詔書に署名した昭和天皇が、ラジオ放送で敗戦を国民に知らせた日である。

それから2週間あまり後の9月2日、重光葵外相が米国の戦艦ミズーリ号で、ポツダム宣言の受諾を正式に表明する降伏文書に調印した。

世界ではこの日が第2次大戦の終結日とされるのが一般的だ。

8月15日にこだわるのは、表向きはさておき、天皇を神と崇める朴訥原始の精神を持つ旧人が多数を占める日本に於いては、この期に及んでも天皇の発言が何よりも大事、という心境の現れなのだろう。

ラジオから流れる声を玉音と呼び未だにそう形容しているのがその証だ。

戦争の徹底総括が行われれば、昭和天皇の巨大な罪は決して逃れようがなく、玉音などと言う民衆を見下した言葉もすぐに排除されるだろう。

昭和天皇と軍部という、化け物級の戦犯の徹底仕置きが、国民の手によってされなかった痛恨の歴史が招く不正義、また不条理はあまりにも多い。

そのうちで最も危険なのは、日本人が時間と共に急速に忘れつつある加害者としての自らの過去だ。

僕は8月15日前後の「日本国民による“戦争の犠牲者われら日本国民”称揚祭」の期間のみならず、何かにつけて日本の加害の歴史と、昭和天皇+軍部の超ド級の戦争犯罪を、国民自身で断罪できなかった苦渋の歴史を見つめ直す努力をしている。

その中でいつも心にひっかかっている事案がある。日本の戦争犯罪について書きこまれた次の主張である。

“「日本の軍国主義や右翼勢力が消滅しない限り、被害国の人々の反日感情はなくならない「(中略)」米国やロシアは日本に徹底的に報復したから、今は平穏な 気持ちで日本と付き合える。だが、中国人は何も報復していない」

というものだ。

文章の最後は、「中国人も韓国人も朝鮮人も、その他全てのアジアの被害者国の国民も、何も報復していない」と書き変えることもできる。

北朝鮮による日本人拉致は報復ではないか、という意見 もあるかもしれないが、書き込みの言う報復とは、軍隊による日本全国民への報復、という意味だと考えられるから、規模や恨みの深さが桁違いに違う。

中・韓・北朝鮮を筆頭にアジアの国々と国民をあからさまに、あるいは密かに見下している日本人、つまりネトウヨヘイト系排外差別主義者に加えて参政党とその一味の歴史修正主義者らは、日本の過去の蛮行の被害者であるアジアの人々の心に気を配る努力を怠ってはならない。

欧米の流行りである「~ファースト」を真の意味も知らないまま猿真似て、「日本人ファースト」と叫ぶうちに一歩間違えて、手痛いしっぺ返しをくらう可能性についても少しは心を砕いたほうがいい。

ちなみに上記の意見が書き込まれたサイト:

http://news.livedoor.com/article/detail/7924365/


は今は閉じられてしまっている。URLをここに貼り付けようとして知った。


サイトが閉じられた理由は分からない。あるいは故安倍ご一統さま等による何らかの介入でもあったのだろうか。 


僕は以前、そのサイトを引用して次の記事を書いたので参照していただきたい。

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52128918.html










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日本人の被害者意識が自らの加害の歴史を透明化する

富士と宮島鳥居650

原爆投下から敗戦に至る歴史を思うとき、ことしは特に感慨深い。参政党という日本の戦前戦中また戦後の暗黒部分を全身に纏ったような異様な政党がふいに世の中を席巻したからだ

1945年8月6日から8月15日までの日々を、日本人が被害者意識丸出しで語り始めたのはいったいいつ頃からだろうか。その時を境に日本人は自らの巨大な加害の歴史を忘れ始めた。

広島、長崎を含む日本国民は、アジアの国々を蹂躙した加害者の昭和天皇と軍部また彼らを支えた全ての国家機関の被害者であると同時に、戦争犯罪者らに盲目に従ったという意味で、全員が加害者でもある。

原爆に象徴される圧倒的な被害を受けた日本国民の苦悩は記憶され続けなければならない。のみならず日本国民は将来、戦争の完全総括が行われることによって必ず救済されるべきだ。だが日本人はまた、加害者としての歴史も決して忘れてはならない。

原爆は何の脈略もなくある日ふいに空から落下してきたのではない。

イスラエルの横暴がなければハマスは生まれず、従って10月7日攻撃もなかった。またアメリカがイスラエルを支援すると同時にアラブ諸国への敵対施策に固執しなければ、ビンラディンによる同時多発テロも起きることはなかった。

同様に、日本が無謀な戦争を起こし非情な攻撃に狂奔していなければ、原爆投下もなかった。

日本は欧米を猿真似て近隣諸国を侵略し暴虐を重ね殺戮を続けた。結果、世界の憎しみを買った。アメリカは真珠湾奇襲以降ふくらみ続けていた自国民の日本への怨みもそこに重ねて正当化し、深重な決断をした。それが原爆投下だ。

原爆攻撃は言うまでもなく無差別殺戮であり戦争犯罪である。

だがその前には既に、日本軍による残虐な無差別攻撃があり戦争犯罪があったことを忘れてはならない。例えば日本軍の錦州空襲は人類史上初の、また重慶空爆はそれに続くさらに大規模な無差別攻撃だった。

日本軍によるアジアでの無差別殺戮と真珠湾攻撃、さらにそれに続く日米間の殺し合いを通して、日本兵の狂暴残忍な正体を十全に見てきたアメリカは、広島と長崎に非人間的な原爆を投下するのを躊躇しなかった。

戦時の日本人の凶暴性は今に生きている。

うむを言わさずに外国人排斥を叫ぶ参政党や保守党、また自民党の最右翼の安倍派、はたまた同党の西田昌司“蛇の道は蛇”一派などに受け継がれていると考えられるのだ。

特に参政党は戦前の政治かと見紛うような「天皇を軸に一つにまとまる日本」を標榜する一方で、ナショナリズムや反グローバリズムなどにも乗っかる。GHQを巡る怪情報を語りつつ日本が『あの勢力』に支配されているとする陰謀論にものめり込んでいる。

同時に有機食品愛好者を誘い反ワクチンまた反マスク派の人々にも彼らの運動への参入を声高に呼びかける。極右という当たり前の呼称はもはや間に合わず陰謀論党やオーガニック右翼などと規定するほうがしっくりくる奇怪な集団である。

た参政党は、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、且つそれは「侵略戦争ではなかった」とも主張する。大戦は「アジア諸国を欧米の支配から開放する」戦いだった、と極右お決まりの詭弁も弄する。

それは欧米に追随してアジア諸国を植民地化し凌辱した日本の愚劣な過去から目をそむける、彼ら十八番の魂鎮めの祭りであり、でっち上げだ

さらに日本本土防衛の為の捨て石とされた沖縄戦についても、日本軍は「沖縄を守るために戦った」と虚言をわめき散らす。

彼らは従軍慰安婦や南京大虐殺も否定する。また戦後の日本人の歴史観はGHQ占領軍に押しつけられた「自虐史観」とも決めつける。要するに歴史修正主義が彼らの金科玉条なのである。

参政党は「極右」というくくりで一見してみると、ここイタリアの政権与党「イタリアの同胞」と「同盟」、またドイツのAfd(ドイツのための選択肢)にも似た顔を持つ。

だが参政党は、欧州の右派政党とは似ても似つかない集団だ。参政党には既述のイタリアの「同盟」と「イタリアの同胞」、またAfdドイツの選択肢などが曲がりなりにも備えている知性と論理と展望がない。

ここイタリアとドイツの、ひいては欧州の右派政党が持つ知性と論理と展望とは、ヒトラーとムッソリーニを知るということである。つまり彼らの存在を明確に認識することだ。

認識しておいて彼らの悪魔性を否定すること。それでも政治極端派の主張をひるむことなく言い続けることである。

要するに欧州の極右には、悪魔的ながらもビジョンがあるのだ。参政党にはそれがない。彼らは政党と呼ぶには、余りにもナイーブ― 英語本来の意味での ―過ぎるのである。ビジョンもなく知性も知識もなく、行きあたりばったりで物事に対処する。

そのため言動が大ブレにブレて右顧左眄し、嘘に走り、ごまかしの上塗りにさらにごまかしを塗り続ける。いうまでもなく彼らには過去を直視することなどできない。できないから歴史修正主義という日本極右の得意中の得意の空疎な踊りを踊り続ける。

欧州の極右が持つ危険だが筋の通った核心、つまり歴史認識を踏まえた上でなお且つ世間が極右と呼ぶ強い右寄りのスタンスを論理と信念で支え続ける能力、要するに前述の少しの知性が欠けている。

彼らは日本極右の一大特徴である「歴史の事実認識」不足という欠陥を共有しつつ、そのことを指摘されると「われわれが正しいから攻撃される」と無知を武器に変える屁理屈で逃げを打つ。

日本に於いて、事実をなかったことにしたり、事実を曲げて解釈したりする「歴史修正主義者」が雲霞のように湧き出て止まないのは、結局日本が日本人の手で戦争を徹底総括しなかったからだ。

日本は連合国側が開いた東京裁判だけで総括を終わらせた。軍事政権も昭和天皇も裁かれなかった。いや、国民自身が裁こうとしなかった。片やドイツは連合国主宰のニュールンベルグ裁判に続いて、ドイツ国民自身が彼らの軍事政権を裁き戦犯を徹底追及した。

その国で生まれたAfdは極めて危険だが、彼らの歴史認識は確かだ。その上で極右思想を振りかざすところがさらに不気味、という見方もできる。だが、ドイツを中心にする「欧州の良心」が必ず彼らの暴走を制御するだろう。

一方、戦争の徹底総括どころか自らの加害の歴史さえ見失いがちな日本で湧き出た、精神が幼い参政党とそれに類する政治勢力は、精神が幼い分勢力が拡大すればするほど興奮し、騒ぎ、調子に乗って抑制が効かなくなる。

そして戦争の包括的な反省さえできなかった国民には、「欧州の良心」に相当する信実も民主主義を死守する決意も望めそうになく、従って参政党の勝手次第がまかり通る事態がやって来かねない。

そうなれば歴史は繰りかえす。日本は再び破滅へ向かってまっしぐらに突き進まないとも限らないのである。



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「核武装安上がり論」は軽率だが一面の真実でもあるのが核の怖さである


trump medvedev650

核兵器を巡る本音や暴言や脅しや無知な言動が、山びこのように反響しエコーを呼び交感しあって世界中を駆け巡っている。

その元凶は、米トランプ大統領が欧州同盟国への核の傘の提供を止めるかもしれない、と示唆したことだ。

核兵器を持たないウクライナが核大国ロシアの侵略に遭い、核を隠匿するイスラエルはパレスチナを徹底破壊し、核超大国のアメリカはうむを言わさずにイランの核施設を攻撃した。

それらの出来事に強く反応したのが欧州各国の軍備増強であり、平和主義国ドイツ首相の核保有願望さえ示唆する一連の言動だ。そこには核大国ロシアへの不信と恐怖心がある。

核兵器を持たない大国のドイツがそうなのだから、核兵器保有国の英仏を除くほぼ全ての欧州の国々が、ドイツと同じ心理状況に陥るのも不思議ではない。

歴史的な背景と今この時の世論また社会心理が導く欧州の論理的な帰結とは違い、安全保障環境を巡るグローバルな風潮の圧力に押されてその正体が何であるかも知らないままに思わず発せられたのが、参政党の議員による核武装安上がり発言である。

核兵器開発競争の恐怖はまさにそこにある。

議員の軽率さをいったん脇に置いて一歩下がって見れば、「核兵器さえあればあの北朝鮮でさえアメリカと対等になる」という主張には一面の真理がある。

ウクライナに核兵器があればロシアはやすやすとそこに攻めこむことはなかった。パレスチナに核兵器があればイスラエルはそこを畏怖する可能性が高い。

イランがアメリカに報復できる核兵器を持っていれば、トランプ大統領は攻撃命令を出す前に小便をちびりまくって大人しくしていたに違いない。

核兵器は3千発も5千発もいらない。たった一発でもアメリカの中枢を殲滅する能力があれば、あるいは殲滅できるかもしれないとアメリカに思わせることができれば、アメリカはその国に手を出さない。

究極には、もしも1945年時点で日本が核兵器を持っていれば、アメリカに原爆を落とされることはなかった。

だが肝に銘じておこう。

あの時点で日本が核兵器を持っていたなら、凶暴狂気の日本帝国軍は、何のためらいもなくアメリカに先制核攻撃を仕掛けていたに違いない。

核抑止論の神髄は核兵器一発で核超大国の横暴に対抗できることに尽きる。

だが、核抑止論は必ずどこかで破綻する。なぜなら核兵器がある限り、誰かがどこかでそれを使った先制攻撃を仕掛けるのが宿命だからだ。

核兵器はそもそも攻撃をかけるために製造されるのであって、「攻撃しない」ための道具ではない。

一方で誰かに攻撃されないために核兵器を保有するという核抑止論は、攻撃をかけるために核を有している相手が「絶対に攻撃しない」ことを前提に成り立っている。

大いなる矛盾なのである。

核兵器は究極には完全破棄されるべきである。その道程は果てしなく遠い。完全破棄に辿り着く前に人類は核兵器によって自らを完全破壊するかもしれない。

いや軍拡競争が続き核拡散が果てしなく進行すれば人類消滅の危機は必ずやってくる。

先月末、プーチン大統領の金魚の糞であるメドヴェージェフ露国家安全保障会議副議長が、核攻撃を示唆する挑発発言をした。

すると彼に劣らぬ超超国家主義者である米トランプ大統領が 、原子力潜水艦2隻を「(ロシアを攻撃できる)適切な地域」に派遣したと公言した。

メドヴェージェフ氏はプーチン大統領のパペットに過ぎず、クレムリンの吼える狂犬という役割担っているだけで、実際には何の権限も持っていないとされる。

だが彼の発言は、全てプーチン大統領の意思を代弁していると見るのが妥当だ。

要するに世界は、米ロという同じ穴の貉の危険な指導者を持つ国と、それに劣らぬ横暴な自民族主義者のボスが支配する中国、さらに北朝鮮とイスラエル、また核兵器を有して以来物騒な国へと変貌したインドとパキスタンなどによって大きく歪められている。

少しはましに見える英仏でさえも、核兵器を保有する限り、人類を滅亡させる可能性を秘めた危険な狂犬国家であることに変わりはない。

核抑止論が瓦解するのは、権力者の手に負えない強いエゴが噴出したり、彼らの唯我独尊思想に民衆の狂った興奮が重なったり、権力者間の誤解や曲解また錯誤や軽挙妄動が起きる時だ。

そしてそれは明日と言わず今すぐにでも起こりかねない。

人類が確実に生き延びる道は、やはり核兵器の完全廃絶でしかないと思うのである。






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参政党はナチスではないがナチスに通底する危険も秘めている

日の丸神谷演説650

参政党の躍進に少しおどろいた。支持が伸びるであろうことは、極右勢力が台頭し続けているここ欧州の状況や、トランプ主義が吹き荒れるアメリカのありさまに鑑みて予測できた。

だが彼らが14議席も獲得するとは正直思わなかったのである。

参政党のスローガンの「日本人ファースト」は、言うまでもなくアメリカの孤立主義を表す古い言葉「アメリカ・ファースト」に由来する。

第二次世界大戦中にはアメリカの参戦に反対する圧力団体「アメリカ第一主義委員会」が提唱し、2016年の大統領選挙でトランプ大統領がパクッて大成功を収めた。

それはさらにここイタリアの極右政権の「イタリア・ファースト」になり、他の国々の極右勢力も模倣して「それぞれの国ファースト」の大合唱になっている。

参政党は日本の多くの物事がそうであるように、欧米の後塵を有り難がって吸い込みながら、これを猿真似して「日本人ファースト」と叫んでいるのである。

その意味では可愛いものだ。パクリのパクリをさらにパクった彼らに、オリジナルの強い信念があるとも思えない。

参政党は将来、万万が一連立などで政権に近づくことがあっても、必ず湧き起こる欧米主導の世界世論に叩かれて、つまり外圧に負けて、彼らの差別主義的主張を引っ込めることになるだろう。

ヒトラーはヒトラーを知らなかったが、ドイツAfdを筆頭にする欧州の極右はヒトラーを知悉している。だから彼らはヒトラーにはならないし、なれない。

彼ら自身がヒトラーになることを躊躇するだけではなく、欧米が先導する世界世論が必ずこれを阻止する。ヒトラーとはそれほどに巨大な悪だ。

だかそうは言うものの、彼ら極右は飽くまでも極右であって、聖人君子や高潔の士の集まりではむろんない。

潜在的に極めて危険な政治勢力だ。従って早めにその芽を摘んだほうがいい。

だが、今この時はトランプ主義は大繁盛しAfdを筆頭にする欧州の極右も力をつけ続けている。先行きは分からない。

世界の趨勢によっては、欧米の二番煎じ勢力である参政党や保守党が、日本を席巻しないとは誰にも言えないのである。




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プーチンの信義違反


putinイラストと国旗650

先日の記事「≪人非人プーチンのブラックユーモア≫ 」を読んだプーチン支持者の方から「西側マスメディアに毒された見解」という、まるでご本人は東側住人でもあるかのようなコメントをいただいた。

僕の勉強不足を指摘したその方の勉強不足を嘆きつつ、前記事と重複する部分も敢えて削除せずに反論の意味も込めてこの記事を公表しておくことにした。

どんなに残忍な人間、例えば殺人犯にでも友人はいる。それがこの世のことわりだ。

ましてや一国の、それも大国の統率者であるプーチン大統領には、彼の権力の恩恵を受ける者以外にも多くの追従者がいるのが当たり前である。

しかし、だからといって、ウクライナに攻め込んだプーチン大統領の不正行為を「彼にも一理がある」という言い方で庇うのは無責任だ。

現代では主権国家を力でねじ伏せることは許されない。それは欧州が、アメリカが、日本が、アラブ諸国が、要するに世界中が過去に繰り返しやってきた蛮行である。

プーチン大統領は、2022年の欧州という開明が進んだ時間の流れの中で、ウクライナを侵略するという決定的な間違いを犯した。その間違いとは次のようなことだ。

欧州は紛争を軍事力で解決するのが当たり前の、野蛮で長い血みどろの歴史を持っている。そして血で血を洗う凄惨な時間の終わりに起きた、第1次、第2次大戦という巨大な殺戮合戦を経て、ようやく「対話&外交」重視の政治体制を確立した。

それは欧州が真に民主主義と自由主義を獲得し、「欧州の良心」に目覚める過程でもあった。

僕が規定する「欧州の良心」とは、欧州の過去の傲慢や偽善や悪行を認め、凝視し、反省してより良き道へ進もうとする“まともな”人々の心のことだ。

その心は言論の自由に始まるあらゆる自由と民主主義を標榜し、人権を守り、法の下の平等を追求し、多様性や博愛を尊重する制度を生んだ。

良心に目覚めた欧州は、武器は捨てないものの“政治的妥協主義”の真髄に近づいて、武器を抑止力として利用することができるようになった。できるようになったと信じた。

「欧州の良心」に基づいて政治・社会・経済制度の改革を加速させる欧州は、ロシアも自らの一部と見なした。

例えば西側を主導するG7クラブは、ロシアと協調する作戦を取り、同国をG7の枠組みに招待してG8クラブに作り変えたりしたほどだ。

言うまでもなくそこには、ロシアを懐柔しようとする西側の打算と術数が秘匿されていた。

同時にロシアは、西側とうまく付き合うことで得られる巨大な経済的利益と、政治的なそれを常に計算し巧みに利用してきた。

西側とロシアのいわば“化かし合いの蜜月”は、おおざっぱに言えば90年代の終わりに鮮明になり、プーチン大統領の登場によってさらに深化し定着した。

なぜか。

西側がプーチン大統領の狡猾と攻撃性を警戒しながらも、彼の開明と知略を認め、あまつさえ信用さえしたからである。

言葉を替えれば西側世界は、性善説に基づいてプーチン大統領を判断し規定し続けた。

彼は西側の自由主義とは相容れない独裁者だが、西側の民主主義を理解し尊重する男だ、とも見なされた。

しかし、西側のいわば希望的観測に基づくプーチン像はしばしば裏切られた。

その大きなものの一つが、2014年のロシアによるクリミア併合である。それを機会にG8はロシアを排除して、元のG7に戻った。

それでもG7が主導する自由主義世界は、プーチン大統領への「好意的な見方」を完全には捨て切れなかった。

彼の行為を非難しながらも強い制裁や断絶を控えて、結局クリミア併合を「黙認」した。そうやって西側世界はプーチン大統領に蜜の味を味わわせてしまった。

彼がウクライナに攻め込んだ遠因の一つには、クリミアでの成功体験のこころ覚えもあったに違いないのである。

西側はクリミア以後も、プーチン大統領への強い不信感は抱いたまま、性懲りもなく彼の知性や寛容を期待し続け、何よりも彼の「常識」を信じて疑わなかった。

「常識」の最たるものは、「欧州に於いては最早ある一国が他の主権国家を侵略するような未開性はあり得ない」ということだった。

ロシアも欧州の一部であるから血で血を洗う過去の悲惨な覇権主義とは決別していて、専制主義国家ながら自由と民主主義を旗印にする欧州の基本原則を理解し、たとえ脅しや嘘や化かしは用いても、“殺し合い”は避けるはずだ、と西側は信じた。

ところがどっこい、ロシアは2022年2月24日、主権国家のウクライナへの侵略を開始した。

欧州の一部であるはずのロシアはそこに至って、プーチン大統領という民主主義の精神とはかけ離れた、独善と悪意と暴力志向が強いだけの異様な指導者に完全支配された未開国であることが明らかになった。

プーチン・ロシアは欧州などでは無く、むしろアジア的な世界観に支配された国だと僕は考える。ここでいうアジアとは、民主主義を理解しない中国、アラブ、日本右翼的な、世界の全ての政治勢力のことだ。

ところが3年前、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったことを受けて日本では、ロシアにも一理がある、NATOの脅威がプーチンをウクライナ侵攻に駆り立てた、ウクライナは元々ロシアだった等々、こじつけや誤解や曲解また欺瞞に満ちた風説がまかり通った。

東大の入学式では、名のあるドキュメンタリー制作者がロシアの肩を持つ演説をしたり、ロシアを悪魔視する風潮に疑問を呈する、という論考が新聞に堂々と掲載されたりした。それらは日本の恥辱と呼んでもいいほどの低劣な、信じがたい言説だ。

そうしたトンデモ意見は、愚蒙な論者が偽善と欺瞞がてんこ盛りになった自らの考えを、“客観的”な立ち位置からの見方だと独りよがりに思い込み規定して、懸命に吠え立てただけのつまらない代物だ。

彼らはプーチン政権が主張した「ウクライナとNATOひいては西側全体がロシアの安全保障に脅威を与えたのが戦争の原因」という虚偽に踊らされて自説を展開したに過ぎない。

決して間違ってはならない。ウクライナもNATOも西側諸国の誰もロシアに侵攻などしていない。2022年にウクライナに攻め込み蹂躙し今この時も殺戮行為を続けているのは、ほかならぬプーチン・ロシアなのである。

ウクライナを侵略しているプーチン大統領のその行為は、言い訳など無用の悪だ。

彼はウクライナとNATOひいては西側の全体を脅威と見做し、警戒し、敵対している間は一理も二理も、三理さえもある男と言うことができた。

なぜならウクライナとNATOと西側の全体は、ロシアを侵略する意図はないものの、軍事的圧力を備えた大きな連合体としてウクライナの隣にどんと居すわっている。

その集団はロシアを信用していない。

ソビエトからロシア連邦へと形は変えたものの、ロシアは民主主義自由世界を敵視する潜在的に危険な存在、と見做してこれを強く警戒し監視を続けいる。

ロシアがその巨大な連合集団を脅威と感じ敵愾心を燃やすのは、プーチン大統領自身が西側の意図を誤解また恣意的に曲解している場合がほとんどとはいえ、理解できないこともない。

悪意を胸に秘めた者は、相手も自分と同じ悪意に凝り固まった存在だと思い込むのが普通だ。その悪心は自らの写し絵に過ぎないのだが、自分以外には信じる者とてない猜疑心の塊の独裁者は、中々それに気づけない。

プーチン大統領は、彼の得意な脅しや、騙しや、嘘や、情報操作など、彼が過去にも現在も実行しまくり、将来も実践し続けるであろう蛮行の限りを尽くしても、決して主権国家を侵略するべきではなかった。

プーチン大統領がウクライナ侵略を正当化しようとして何かを言い、弁解し、免罪符を求めても、もはや一切無意味になった。それらは全て枝葉末節であり言い逃れであり虚偽になったのある。

事態の核心は、彼が歴史を逆回転させて大義の全くない侵略戦争を始め、ウクライナ国民を惨殺していることに尽きる。

何があっても絶対に主権国家を侵略しない、という決意を含む「欧州の良心」を具体化しようとする欧州自身の努力の結果は、民主主義政治体制と同様にむろん未だ完璧ではない。むしろ欠点だらけだ。

だがそれは、ロシアや中国や北朝鮮やトランプ主義者、さらに日本右翼団体ほかの強権、全体主義勢力に比べた場合は、完璧以上の優れた体制だ。

ロシアの蛮行を放置し、プーチン大統領の悪意を徹底して挫(くじ)かなければ、それらの負の政治勢力が勢いを増して、世界中にいくつものウクライナが生まれないとも限らない。

ちなみに

僕は2022年前後、「欧州の良心」に基づく政治勢力は欧州全体では過半数、世界では半分をほんの少し上回る程度に存在する、と考えていた。

しかし米トランプ大統領が再登場した今はそれさえ怪しくなって、権威主義的政体を信奉する先祖返り勢力が世界の過半数を超えるまでになったと感じる。

かつて、つまりトランプ大統領が登場するはるか以前の僕は、「欧州の良心」に基づくリベラルな政治勢力が世界の圧倒的多数だと幼稚に且つユートピア的に考えていた。

だが、トランプ主義の台頭、Brexit の実現、イタリアのポピュリスト政権の登場などを見て、それは過半数をかろうじて上回る程度の弱々しい多数に過ぎない、と思い知るようになった。

それらの動きに中露北朝鮮が率いる世界の専制国家群を加えると、対抗する「欧州の良心」はますます頼りない存在になってしまう。

「欧州の良心」に賛同する者(僕もその一人だ)は、強い意志でそれを死守するべく闘わなくてはならない。

欧州の良心も、民主主義も、言論の自由も、その他あらゆる自由主義社会の良さは全て、闘って勝ち取るものだ。

それは黙っていると、すぐに専制主義とそれを支持する勢力に凌駕されてしまう儚いコンセプトであり、政治文化社会風土なのである。



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新ローマ教皇レオ14世が図らずも成し遂げた大事業

ルイ14世初顔出し650

新ローマ教皇レオ14世が誕生して一週間が過ぎた。

新教皇が生まれる時はいつもそうであるように、イタリアはまだまだ祝賀ムード一色に染まっている、と言いたいところだが、2013年のフランシスコ教皇誕生時とは違って興奮は急速に収まった。

ウクライナ戦争終結を目指してトランプ米大統領が中東入りすることや、プーチン大統領がトルコに出向く、いや出向かないなど、戦争をめぐる大きな動きがメディアの最大の関心事になって、新教皇関連のニュースは二の次になっている。

レオ14世はウクライナとガザの2つの戦争を念頭に、選出以来あらゆる機会を捉えて平和の重要性を指摘し停戦を呼びかけている。当然のことである。

新教皇へのイタリア人の、そして世界のカトリック教徒の暖かい声援は尽きない。それは初々しい教皇に対する人々のごく普通の反応だが、今回は少し違う。

教皇が史上初のアメリカ出身という事実が後押しして、アメリカ国民の関心が異様に高くなっている。バチカンや教皇とは何ぞや、ということを初めて知った人々も多いに違いない。

それらの人々が無邪気に喜ぶさまが、欧州や当のアメリカのメディア上で躍っている。

それは先月、教皇フランシスコの死去に伴って、新教皇選びの秘密選挙・コンクラーベが開かれることになり、タイミング良く公開された映画「コンクラーベ・教皇選挙」の視聴者が、米国内で爆発的に増えた現象に続く目覚しい事態だ。

トランプ大統領がアメリカ人教皇の誕生を大いに喜び、国にとって極めて名誉なことだと表明したことが象徴的に示すように、普段はバチカンや教皇に関心のないアメリカ人が手放しで浮かれる様子はとても興味深い。

そうした朴直な大衆は、ヨハネ・パウロ2世の出身国のポーランド、次のベネディクト16世のドイツ、そして前教皇フランシスコの母国のアルゼンチンなどでも雲霞の勢いで出現した

つまりメリカで、大量のアメリカ人教皇ファンが増えていること自体は何も特別なことではないのである。それがアメリカであることが印象的なのだ。

アメリカは今、トランプ政権のけたたましい反民主主義的、あるいはファシズム的でさえある政策や思想信条に席巻されている。それはバチカンが伝統的に否定し対峙してきた政治体勢である。

アメリカ国民の半数近くはバチカン思想信条と親和的だろう。だが半数以上の国民は、バチカンのスタンスとは相容れないトランプ主義の支持者でありそれの容認者だ。

片や、彼らと同じアメリカ人のレオ14世は、民主主義の信奉者であると同時にフランシスコ教皇の足跡をたどって弱者に寄り添い、慎ましさを武器に強者にも立ち向かっていくことが期待されている力だ。

トランプ主義を容認する国民のうちの何割かがこの先、レオ14世に感化されて転向すれば、トランプ政権は行き詰まる。あるいは4年後の選挙で瓦解する可能性が高くなる。

それは荒唐無稽な話ではない。過去にはローマ教皇をめぐってもっと大きな歴史的事件も多く起きている。

例えば2005年に亡くなった第264代教皇ヨハネ・パウロ2世は1980年代、、故国ポーランドの民主化運動を支持し、「勇気を持て」鼓舞して同国に民主化の大波を発生させた。

その大波はやがて東欧各地に伝播して、ついにはベルリンの壁を崩壊させる原動力になった、とも評価される

教皇ヨハネ・パウロ2世の当時の敵は共産主義だった。

レオ14世が真にフランシスコ教皇の足跡を辿るなら、彼の敵の一つは必ずファシズムまがいのトランプ主義だろう。

トランプ主義を打倒するのは、気の遠くなるような壮大な事業だった共産主義破壊活動に比べれば、何ほどのこともない。やすやすと達成が可能な政治目標のようにも見える。

だがその前に新教皇は―再び言う ― トランプ大統領を含む膨大な数のアメリカ国民の目を彼自身とバチカンに引き付ける、という大事業を軽々と成し遂げた.

今後のレオ14世の活躍がとても楽しみである。




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AfDの恐怖はありきたりになって、故にさらに危険が増した

Weidel大&Merz650

ドイツ総選挙の結果は驚きのないものだった。極右のAfDが躍進して、第1党の「キリスト教民主・社会同盟(CDUCSU)」に次ぐ2位につけた

だがそれは早くから予想されていた展開で、目新いものではなかった。

ならばAfDの危険はなくなったかと言えば、もとより全く逆で、2021年の前回選挙に比べて支持を倍増させた極右党の勢力が今後も続伸すれば、やがて世界をも激変させかねない事態だ。

だが第1党になったキリスト教民主・社会同盟は、「ファイアウォール(防火壁)」を盾にAfDとの連携を拒否している。従ってAfDが近い将来に政権入りする可能性は低い

ドイツの「ファイアウォール(防火壁)」はナチスへの嫌悪と反省から生まれた。極右政治がタブー視され、政党間でAfDを政権から排除する合意が形成されたものである。

だが仮にAfDが政権の一角を担うことになっても、彼らは生の主張をそのまま前面に押し出すことはないと僕は考えている。

それはここイタリアの極右「イタリアの同胞」とそれを率いるメローニ首相が、極右からより穏健な急進的右派へと舵を切って進んだ例を見れば分かる。

ここイタリアでは政治土壌の要因子である多様性がそれを成し遂げるが、ドイツにおいては国内のリベラル勢力とEUの中心勢力が、極右モメンタムを厳しく抑制すると思う

また客観的に見て、AfD自体も過去のナチ党 (国民社会主義ドイツ労働者党)とヒトラーの轍を踏むとは考えにくい。

ヒトラーはヒトラーを知らなかったが、AfDとその支持者たちは巨大な負の遺産であるヒトラーを知悉している。その現実が彼らのナチス化を厳しく制すると思うのである。

そうではあるが、しかし、トランプ主義がトランプ氏以後、ヴァンス副大統領を始めとする“トランプの金魚の糞”勢力によって席巻され続ける場合は、状況が全く違うことになるだろう。

欧州ではAfDとそれに付き従うと見られる極右政党がさらに力を付けて、社会情勢がかつての日独伊三国同盟時代のような暗黒に向かいかねない。

人々の怒りをあおり、憎しみの火に油を注ぎ、不寛容の熾き火を焚きつけるのが得意な彼ら極右過激派の悪意は、易々と世の中を席巻する。歴史がそれを証明している。

従って彼らは拡大する前に抑え込まれたほうがいい。放っておくとかつてのナチスのごとく一気に肥大して、制御不能な暴力に発展しかねない。

とはいうものの、繰り返し強調しておきたい。欧州の今この時の極右勢力はヒトラーのナチズムやムッソリーニのファシズムと同じではない。

悪魔の危険を知り、悪魔ではないように慎重に行動しようとする悪魔が、現今の欧州の極右なのである。

しかしそれでも、いやそうだからこそ、極右モメンタムは抑さえ込まれたほうがいい。激流となって制御不能になる前に、その芽が摘み取られるべきだ。

なぜなら正義を振りかざし天使を装う狡猾な悪魔も、悪魔には違いないからである。





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プーチンが天誅を騙ってアサドを謀殺するのは時間の問題ではないか

プーチン&アサド並び顔650

プーチン大統領がアサド元大統領のロシアへの亡命を受け入れたのは、そうすることが徹頭徹尾ロシアの利益になるからだ。

アサド元大統領は就任以降23年間、シリア国民の財産のことごとくを盗んで蓄財を続けてきたことが分かっている。

プーチン大統領は、アサド元大統領の隠し資産を、彼のケツの毛までむしり取るやり方で徹底的に横取りするだろう。

そうしておいて、もしもシリアの新政権が同国にあるロシアの利権を保護するなら、見返りにアサド元大統領を彼らに引き渡すこともいとわないはずだ。

アサド政権を長く支えてきたロシアは、シリア国内にタルトゥース海軍基地フメイミム 空軍基地を置いている。海軍基地はロシアの地中海における最重要拠点基地。そこからアフリカ全体への影響力を行使できる。

シリアの新政権が好意的に動く、というプーチン大統領の読みが当たるかどうかは微妙な情勢だが、本来なら敵基地にあたるロシアの2つの施設をシャーム解放機構は徹底攻撃していない。

従ってプーチン大統領の目論見が完全に外れたとはまだ言えない。

アサド政権を駆逐したシャーム解放機構の背後にはトルコがいる。

トルコのエルドアン大統領と、プーチンン大統領はどっこいどっこいのサイコパス指導者だ。

プーチン大統領が、エルドアン大統領を介して解放機構に毒まんじゅうを食らわせアサド元大統領を「逆回転の死刑台のメロディー」送りにするのは、赤子の手をひねるよりも楽な仕事になるだろう。

ダマスカスを落としてシリアを征服したシャーム解放機構は、前述のようにアサド政権の保護者だったロシアの2つの基地を即座に破壊する動きに出なかった。

彼らはアルカイダと手を切り穏健派に転じたと主張したり、反対勢力を尊重するなどの戦略で過激派としてのイメージを払拭しようと躍起になっている。

解放機構はまた、アサド支持者の国々やクルド人武装派を支持するアメリカなどとも会話をしたい、と発言したりもする。

従って解放機構の敵であるロシアも、彼らとのパイプを確保して、秘密裡に対話交渉を進めている可能性が高い。

アサド元大統領は、シリアから盗んだ莫大な現金と資産をロシアに運んで、モスクワの高級住宅街に逗留しているとされる。

ロシアは彼以前にも、ウクライナの元権力者やベラルーシほかの元独裁者などをかくまっている。

プーチン大統領は、アサド元大統領が莫大な富を彼に渡す代わりに、彼が死ぬまでロシアに留まることを許すつもりなのかもしれない。

むろんそれは友情からではなく、ロシアの言う人道的見地からという噴飯ものの理由でもなく、ひたすらアサド元大統領が富を横流しするからにほかならない。

資産を取り上げた後、元大統領をシャーム解放機構に売り渡さずに国内に住まわせ続けれは、それはそれでやはりプーチン大統領の益になる。

なぜなら元独裁者の食わせ者やアウトローでも、ロシアでは安全にかくまわれる、と世界中のプッツン独裁者やファシスト権力者らに秋波を送ることができるからだ。

そうしておけば、ロシアの悪の友達の輪がしっかりと維持できるのみならず、拡大していくことさえも期待できるのである。




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死の自己決定権をめぐる英国下院の一家言


英国安楽死賛成デモ大ロング800

英国下院は11月29日、遅ればせながら終末期にある成人の幇助自死を認める法案を可決した。

なぜ遅ればせながらかと言うと、幇助自死つまり医師が患者に致死薬を投与したり、患者の自殺に関与したりする作為を認めている国は、欧州を筆頭に世界に少なからず存在するからだ。

幇助自死を認めるとは言葉を替えれば、終末期患者が安楽死を選ぶ権利を認める、ということである。

それについてはスペインやイタリアまた南米のコロンビアなど、自殺を厳しく戒めるカトリック教国でさえ紆余曲折を経て黙認あるいは明確に法制化している。

プロテスタントの国のイギリスが遅れているのは、敢えて言えば、同国が民主主義国家でありながら王を戴く似非民主主義国家、つまり超保守国家だからという見方もできるかもしれない。

しかし、英国下院の取り組み方にはさすがと思わせる点がある。

それは安楽死をめぐる議題が、政治的な問題ではなく道徳的な問題と特定され、採決は各議員が所属政党の党議縛られない自由投票で行われたことである。

つまり一人ひとりの議員は、それぞれの良心と誠心また価値観等、要するにあるがままの自分の考え方に従って行動することを求められた。

安楽死は、国家権力が決めるものではなく、国民一人ひとりが能動的に関与するべき事案だ。なぜならそれは自らの生と死にかかわる生涯最大の課題だからである

英国下院はそのことをしっかりと認識していた。

だからこそ議員の一人ひとりは、党員あるいは選挙で選ばれた特殊な存在、つまり特権を持つ代議士としてではなく、飽くまでも赤肌の個人として課題に向き合い、熟考した後に投票することを求められたのである。

繰り返しになるが、安楽死はお上から下賜されるものではなく、必ず個々人が決意し選択し勝ち取るべきものだ。

そのあり方は、たとえば安楽死を描いた日本映画、Plan75に提示された日本人や日本的エトスとは大きく違う。

Plan75では、安楽死を「政府が75歳以上の高齢者に死を選ぶ権利を“認め支援する制度」

国が生死の選択権を“与える制度」などと表現される。

また予告編やキャッチコピー、あるいは映画レビューや解説文等でも「75歳以上の高齢者の「死ぬ権利」を“認めた日本」「果たして《死ぬ権利》は“認められるべきなのか?」

などなど、政府が国民に一方的に安楽死また安楽死の制度を押し付けるのが当たり前、というニュアンスの文言が巷にあふれた。

映画そのものも、安楽死を「認められる」つまり強制されても仕方がないものとして無意識のうちに了解しているのが垣間見える手法で描いている。そこが極めて日本的なのである。

高齢者も若者も健康な者も病人もなにもない。誰も彼もが政府の押し付けに唯々諾々と従う。日本国民は怒り、立ち上がり、叫び、殺気立って暴動に走ったりはしない。

75歳になったら死を選ぶ権利を獲得するとは、年金また社会福祉制度が破綻しつつあると喧伝され、且つ同調圧力が強烈な日本においては「強制」とほぼ同義語である。

日本的安楽死論の怖さは、高齢になれば政府に安楽死を強制されても仕方がないという諦観に基づく感情、言葉を替えれば従順なヒツジ的根性に支配された、飽くまでも受動的な民心の中にこそある。

片や英国下院の動きに象徴される英国的エトスあるいは民意とは、何よりも先ず個人個人の意思を最重視し、その後でのみ立法を探ることを許すというものであり、日本の民心とは対極にあるコンセプトだ。

僕は安楽死に賛成の立場だが、これまで「先ず安楽死ありき」で考察を進める傾向があった。だがそれは危険な態度だと最近は考えるようになっている。

安楽死は厳しい規制を掛けた上で本人が希望するなら必ず認められるべきだ。

だがその議論の前には、飽くまでも安楽死に反対して生命維持装置を外さず、医療も果ての果てまで続けてほしい、という人々の当たり前の願いだけが真っ先に、必ずかなえられるべきだ。

その後でのみ、ようやく僕のような安楽死賛成論者の言い分が考慮されるべきである。

つまり患者を徹頭徹尾「生かす」ことが第一義であり、安楽死賛成論は二の次の事案であるべき、と考えるのである。

英国下院の思慮深い動きは、僕の今の心境とも符丁が合う取り組みであり、僕はそのことをとても心強く感じた。



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ついにシリアの独裁者アサドに鉄槌が下った


バシャー挟んでアスマ&女王握手650
 

毎年めぐってくる12月7日はミラノ・スカラ座の開演初日と決まっている。

スカラ座の開演の翌日、つまり今日8日はジョン・レノンの命日だ。偉大なアーチストは44年前の12月8日、ニューヨークで銃弾に斃れた。

そんな特別な日に、記憶に刻むべき新たな歴史が作られた。

2024年12月8日、シリアの独裁者バッシャール・アサド大統領がついに権力の座から引きずりおろされたのだ。

2011年にチュニジアで火が点いたアラブの春は、リビア、エジプトを巻き込みシリアにも飛び火した。

だがアラブの春を呼んだ業火はバッシャール・アサドを焼き殺さなかった。

国民を毒ガスで殺すことも辞さなかった彼は生き残った。例によってロシア、イラン、中国などの閉じたナショナリズムに毒された国々が独裁者を助けた。

2011年から2024年までのアサドの圧政下では、毒ガスによるものを含め 50人以上が殺害され、600万人が国外難民となった。

2024年現在、ロシアはウクライナ戦争で疲弊し、アサド政権を支えてきたイランの代替勢力ヒズボラは、イスラエルに激しく叩かれて弱体化した。中国はロシアやイランほどの目立つ動きには出ていない。

アサド独裁政権が孤立しているのを見たイスラム武装組織HTSが主導する反政府勢は、2024年11月27日、電光石火にシリア第2の都市アレッポを制圧。

すぐに南進してダマスカスに至る都市や地域をほぼ一週間で手中に収めた。そして12月7日~8日未明、ついに、ダマスカスを攻略した。

アサド大統領は逃亡してロシアに入ったとも、イランにかくまわれたとも言われている。逃走の途中で飛行機が墜落して死亡したという情報もある。

アサド政権の終焉は朗報だが、しかし、それをアラブの春の成就とはとても呼べない。

なぜなら彼を排除したイスラム武装組織HTSは、過激派と見なされている。アメリカと多くの西側諸国、国連、トルコなどは、彼らをテロ組織に指定しているほどだ

シリアの民主化は恐らく遠い先の話だろう。それどころか同国を含むアラブ世界が、真に民主主義を導入する日はあるいは永遠に来ないのかもしれない。

アラブの春が始まった2011年以降、僕はアサド独裁政権の崩壊を祈りつつ幾つもの記事を書いた。

独裁者のアサド大統領はいうまでもなく、彼に付き添って多くの話題を振りまいた妻のアスマ氏の動静にも注目した。

「砂漠の薔薇」とも「中東のダイアナ妃」とも称えられた彼女は、シリア危機が深まるに連れて化けの皮を剥がされ「ヒジャブを被らない蒙昧なアラブ女性」に過ぎないことが明らかになった。

僕はそうなる前から、彼女にまとわりついていた「悲哀感」が気になって仕方がなかった。




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息子を恩赦したバイデンはトランプとどっこいどっこいの史上最低の米大統領かもしれない

眠るバイデン650

バイデン大統領は退任も間近になった121日、有罪評決を受けた次男ハンター氏を恩赦すると、突然発表した。

バイデン大統領はそれまで、何があっても息子を恩赦することはない、と繰り返し述べていた。

彼もまた人の親である。気持ちは理解できる。

だが、彼はこの世の最高権力者である米大統領だ。法の下の平等という民主主義の根幹を歪める行為は厳に慎むべきだ。

もっとも米大統領の正義や良心などというものは、カスでまやかしに過ぎない、とトランプ前大統領が世界に向けて堂々と示して以降は、彼らの愚劣さにはもはや誰も驚かなくなったが。

バイデン大統領の次男ハンター氏は、薬物依存を隠して不法に銃を購入した罪と、脱税の2つの罪でそれぞれ最長17年と25年の禁錮刑を科される可能性があった。

それらの罪の判決が出る前に、父親が全てチャラにする、と宣言したのである。

バイデン氏は前任者のトランプ大統領が恩赦を発表する度に、自分とは違い法の支配を軽視する言動をしていると繰り返し批判した。

例えば2019年、いわく:

「トランプ大統領は法の支配、米国を特別なものにしているわれわれの価値観、そして名誉ある軍服を着た男女の国民を裏切った」

トランプ大統領がRストーン氏を減刑にした2020年、いわく:

「トランプ大統領は現代アメリカ史上最も腐敗した大統領だ」

また2020年の選挙運動中、トランプ大統領が司法長官職を政治利用しているとしていわく:

「司法長官は大統領の弁護士ではなく国民の弁護士だ。今のような司法長官職の売春行為はかつて存在しなかった」

云々。

一方でバイデン大統領は次男のハンター氏の問題では、先に触れたように「司法判断を尊重する。息子は決して恩赦しない」と明言してきた

ところがふいに方向転換し、大統領権限を使って「国や司法よりも家族が大事」と、驚愕の判断を下したのである。

バイデン氏の名誉のために付け加えておけば、米大統領が家族や自らのスタッフ、また支持者などを免責するのはよくあることで珍しくもなんともない。

最近の例で家族に限って言えば2001年、退任直前のクリントン大統領が有罪判決を受けていた異母兄弟を恩赦した。
また2020年にはトランプ前大統領が、義理の息子クシュナー氏の父親を恩赦で免責にした。

だがどの大統領も、バイデン氏のように「恩赦は断じてしない」と繰り返し正義をふりかざした挙句に、豹変する醜態はさらさなかった。

バイデン大統領は、司法制度が万人に公平であり平等あるという法の支配の大原則に逆らって、家族を優遇し個人の利益を優先させた。

それは彼がトランプ前大統領に投げつけた「現代アメリカ史上最も腐敗した大統領」という言葉が、ブーメランとなって自身に襲い掛かることを意味している。

まもなく退任する彼は、驚きも喧騒も喜悦も殷賑ももたらさない陳腐な米大統領だった。

だが彼は、トランプ前大統領が破壊した欧州やアジアの同盟国との信頼関係を取り戻し、ロシアに蹂躙されるウクライナを徹底して支援するという重要な役割も果たした。

直近では米国提供のミサイルでロシア本土を攻撃してもよい、という許可をウクライナに与えて紛争の激化を招きかねないと非難もされた。が、少なくともそれには、北朝鮮軍を抑制するという大義名分があった。

それらの得点は、バイデン氏が息子を恩赦したことで帳消しとなり、あまつさえその行為によって、自身がトランプ前大統領とどっこいどっこいの史上最低の米大統領かもしれない、と世界に向けて高らかに宣言することにもなった。




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