【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

欧州危機

テリーザ・メイなる鉄面皮の再生法



切り取り


政治家の厚顔ぶりを嘆いたり恥知らずな言動にあきれたりしても詮ないことだが、それでも、突然総選挙に打って出て、負けて、何事もなかったかのように政権にしがみついた英国のテリ-ザ・メイ首相にはおどろいた。

自らが所属する保守党が、ライバルの労働党に世論調査で大きく差をつけていることを見て小躍りした同首相は、EU離脱交渉をスムースに運ぶために選挙に大勝する、という思惑から解散総選挙に走って敗北。

しなくてもよい選挙を「勝手に」行って、過半数割れに陥ったことは、失った議席数は13と大きくはなかったものの、「惨敗」と形容してもいいのではないか。何しろ単独過半数を保持していた与党が一気に少数派になってしまったのだから。

メイ首相の失態は、しなくてもよい国民投票を行って、Brexitを実現させてしまったキャメロン前首相と同じ大ポカだ。さらにいえばここイタリアのレンツィ前首相が、憲法改正を問う国民投票で「私を取るか否か」と思い上がりもはなはだしい問いを国民に投げかけて、大敗したことと同じだ。

EU離脱を問う国民投票を実施したキャメロン氏にも、イタリアのレンツィ氏と同じように奢りがあった。メイ首相の「余計な」選挙実施にも似たような側面がある。おごれる者久しからず、という平家物語の箴言を彼らは知らないのだろう。

キャメロン氏もレンツィ氏も負けた責任を取って、その意味では潔く首相を辞任した。ところがメイ首相は厚顔と恥知らずを発揮して、自らの責任をほっかむりして首相を辞任するどころか居座りを決めた。議席数わずか10の地方政党
DUP(民主統一党)と連立を組んで。

メイ首相は選挙に負けたことで、少なくとも欧州統一市場からの脱退、といういわゆる「ハードブレグジッド」を和らげる方向に傾くだろうが、その実現は難しいのではないか。改造新内閣内には、ジョンソン外相を始め欧州懐疑主義者で喧嘩好きな閣僚も依然として多いからだ。

彼らの存在はEUとの離脱交渉を困難なものにして、合意なき離脱という最悪の結果にもなりかねない。EUがイギリスに妥協することはあまり考えられないからだ。誰よりも先に妥協を念頭におかなければならないのは英国なのである。

保守党と連立を組む北アイルランドの少数政党DUP(民主統一党・プロテスタント系) は、右寄りで強い反EUの傾向を持つ 。その存在もメイ首相のEU離脱交渉を難しくするだろう。

EUは総選挙の前にメイ首相をすでに「勝手な夢の中で生きている」とみなして、譲歩をしない方向性を示してきた。「英国との友好関係を維持する」という外交辞令とは裏腹に、離脱を決めた英国へのEUの厳しい姿勢は変わらない。

『EU離脱は損』、という不文律を確固たるものにしたいEUにとっては、英国を甘やかすことは自らの首を絞める行為にも等しい愚策だ。それは将来、英国を真似て離脱を決める国が出る可能性を高める。EUはその点では絶対に譲ることはできないのである。

現状では英国がEU残留に向かう可能性はないが、今後のなり行き次第ではBrexitをひっくり返して、EUに留まる決意をする可能性は依然としてゼロではないと思う。それは僕の希望的観測ではあるものの、いちがいにそれだけとは言い切れない。次のような動きもあるからだ。

総選挙後の6月13日、メイ首相はパリに飛んでマクロン仏大統領と会談した。その際マクロン大統領は「英国がEU残留を望むならドアは開かれている」と発言した。同大統領は「離脱手続きが開始されれば後戻りは難しいが」とも付け加えたが、発言は英国のEU残留の可能性がわずかながら残されていることの証ではないか。

英国のどんでん返しのEU残留が理想的だが、予定通りEU離脱を進めるならば、メイ首相は英国の未来のために必ずソフトブレグジットを目指すべきだ。そうすることで、Brexitによって最もひどい損害を蒙る英国の若い世代に、少しでも良い展望をプレゼントすることができる。

メイ首相と比較されることも少なくない英国初の女性宰相マーガレット・サッチャーは、かつて「小さな政府」と「自由主義経済」 を旗印にEU(当時はEC)とも強硬姿勢で臨んで成果を挙げた。だが今は時代が違い、状況が違い、2人の女性首相の手腕も器も違う。

サッチャー首相は「政治家の仕事は根回し(多数の意見の一致)に長けることではなく、己れの信念を打ち出すことだ」と言った。それは将来への明確な政策設計を持ち、さらにそれを国民に伝えるコミュニケーション能力に優れていたサッチャー首相にしてはじめて口にできる言葉だ。

テリーザ・メイは断じてマーガレット・サッチャーではない。メイ首相は妥協しない「鉄の女」を目指すのではなく、身の丈にあった「調整型の政治」を目指してEUとの交渉にあたり、せめて総選挙での不手際を埋めあわせるような、ソフトなEU離脱を目指してほしい。


イタリアが“Italexit”=EU離脱と叫ぶとき

英国地図にX


国民投票によって決まった英国のEU(ヨーロッパ連合)離脱は、事態の真の意味を理解しないまま、多くの国民がポピュリズムをあおる者らに乗せられてEU離脱に投票してしまった、というのが真相らしいことが各種分析で明らかになってきた。

彼らが離脱賛成に回ったのは、増え続ける移民への怒り、あらゆるものに規制をかけるEU官僚への反感、EUへの拠出金が多過ぎるという不公平感、そして何よりも、EUに奪われた主権を取り戻す、という高揚感に我を忘れたのが主な理由だった。

EU離脱による英国の利益はほぼ何もない。一方、こうむる損失は甚大だ。EUという世界最大の経済ブロックに属するメリットを捨てて、独自の経済力や英連邦という「貧経済」圏を頼みにするなど、馬鹿げた思い込みで「貧乏国イギリス」の構築に向けての舵取りを始めた、とさえ言える。

英国がEUから去れば、イタリアはEU内での良き戦友を失うことになる。というのも英伊はしばしば手を結んで、EUの事実上の盟主である独仏コンビに対抗してきたからだ。中東危機などにまつわる軍事政策等では、EUはアメリカと絶えず会話をしながら共闘したり妥協したりしてきた。

そうしたケースではEUの中心になるのはほぼ常に英独仏だった。盟主の独仏が英国を介してアメリカと交渉する、という形がしばしば見られたのだ。イタリアはそこでは少し無視される存在だった。だがEUの「日常的」な意思決定の場面では、英伊は朋友であり続けたのだ。

イタリアのレンツィ首相はBrexitの投票前に、英国民に向けてEU残留を選択してほしい、とあの手この手で強く呼びかけた。その大きな理由の一つは、あるときはひそかに又あるときは公然と、EU内で独仏の専横に歯止めをかける役割りを果たした「英伊同盟」の存在があったからだ。

イタリア首相のマッテオ・レンツィは、EUの全き信奉者である。彼は英国の残留を願ったのと同じ強い気持ちでEUの将来を信じ、その発展を切望している男だ。ところがイタリアには実は、彼に同調する国民と反対する国民がほぼ半々の割合いで存在する。英国とほぼ同じ状況なのだ。

英国Ipsos Moriの最新の世論調査によると、イタリアのEU懐疑派は国民全体の48%にも上り、英国を含むEU加盟28ヵ国の中で最大の数字だった。それは2010年にイタリア国民の73%がEUを支持していた数字とは劇的に異なる。そのため調査結果は信用できない、という疑問さえ出た。

イタリアにおける反EU勢力は、極右の「北部同盟」を筆頭に抗議政党と呼ばれる「五つ星運動」、さらに「イタリアの同胞・国民同盟」などを含めた野党勢力である。それが全体に占める割合は、ちょうど47%になる。それから考えると48%というのは極めてリアリティーのある数字なのである。

EU懐疑派の増大の背景には、EU加盟で物価が急激に高くなってそのまま高止まりしている現実やイタリア財政危機、さらにイタリアがEUの意思決定過程の外に置かれているという国民の不安や不満などがある。つまり主権の喪失感だ。

不満が高まっていた折、いわゆる欧州難民問題が勃発した。ギリシャと共に難民流入の最前線に立たされているイタリアは、EUの十分な支援を受けられない中で難民救助や受け入れに孤軍奮闘してきたが、独仏など5ヶ国が国境を閉ざしたことでさらに孤独感を覚え怒りを募らせている。

そうしてみるとイタリアにおけるEU懐疑派の不満とは、英国のEU離脱派のそれとそっくり同じものに見える。少し違うのは、移民・難民問題に関してはイタリアの場合EUの中東難民対策への不信感があるのに対して、英国民はEU内のポーランドを始めとする中東欧域からの移民増大に反発している。

イタリアの反EU勢力の急先鋒である北部同盟は、Brexitが成ると同時に「英国に続け」と宣言した。それを受けて、イタリア第二の政治勢力である「五つ星運動」もEU離脱に向けて気勢を上げるのではないか、という恐れが一気に高まった。「五つ星運動」は2009年の結党以来、反EUを旗印にしてきたからだ。

ところが事態は別の方向に向かう可能性が出てきた。「五つ星運動」党首のべッぺ・グリッロ氏が「Brexitは明らかにEUの失敗だ。EUは内部から変わらなければならない。「五つ星運動」はEUの中で《真の欧州共同体》の構築を目指す」などとEU支持とも取れる発言をし始めたのだ。

「五つ星運動」は過去に何度も風見鶏的な動きをしてきた歴史を持つ。それは時として党首のグリッロ氏が専横的な動きをしたり、党の意思やその決定過程が不透明であるところから来るように見える。そこが改善されない限り同運動は、あらゆるものに異議を唱えるだけの無責任な「抗議勢力」に留まる危険がある。

ところが「五つ星運動」は、Brexit直前に行われたローマ市長選挙において、女性候補を擁立して圧勝。史上初めてローマに女性市長を誕生させた。快挙に気を良くしたグリッロ氏は政権獲得を目指すとも発言。お祭り騒ぎの中での「気まぐれ」なEU擁護発言、という可能性も否定はできない。

しかし、彼の宣言が本物ならば、イタリアのEU離脱あるいは‘Italexit’が現実のものになる可能性は、「今のところは」きわめて低い。イタリアの政治勢力の約25%を占める「五つ星運動」なくしては、EU懐疑派が総選挙や国民投票でEU支持派に勝利するのは不可能に近い。

そうはいうものの、予断は全く許されない。欧州にはイタリア以外にもEU懐疑派が多くいる。英国ではEU支持派のスコットランドが再び英国からの独立を目指してうごめき始めた。それは英国の弱体化をもたらすだけではなく、EU加盟各国にも強く影響して混乱の引き金になる可能性が大いにある。

その混乱が「五つ星運動」の風見鶏的本性を刺激して、人々の間に反EUの気運が一気に高まれば、Brexitに続いてイタリアがEU離脱を目指して疾駆している日が来るかもしれない。それは荒唐無稽なシナリオではない。少なくとも「そんな日は来ない」とは誰にも断言できない、と思うのである。


イタリアとオーストリアがめでたく和解した


オーストリアがブレンナー峠でのバリケード構築案を引っ込めた。

オーストリア政府によると、地中海からイタリアに流入する「違法難民」がほぼゼロなので、バリケードを作る必要がなくなった、ということである。

しかしながら、地中海経由の難民は相変わらずイタリアに流入している。今年に入ってイタリアには既に28500人が上陸した。

危機感を強く抱くイタリア政府は管理を強化して、難民の申請・登録を徹底させ始めた。オーストリアの言う『違法』難民はこれまでのところゼロになった、とはそういう意味である。

オーストリアの決定の前日、EU(欧州連合)はメンバー5カ国の国境閉鎖期間を半年間延長する決定を下した。

5カ国とはドイツ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー《メンバーではないがシェンゲン協定署名国》である。

EUの執行機関である欧州委員会は、ブレンナー峠にバリケードを構築しようとするオーストリアを強く非難していた。

オーストリアは欧州委員会の勧告を受けた形だが、南欧との連絡口を閉ざすことの不利益を考慮したのだろう。

経済規模が小さく同国への影響が少ないハンガリーやスロベニア国境を閉ざすのとは違って、欧州大陸で3番目の経済力を持つイタリアとの関係は重要だ。

オーストリアと緊密に連絡を取り合っているであろうドイツもおそらくそのことを認識して、オーストリアに圧力をかけてバリケード案の撤回を促したものと考えられる。

ここでも再びメルケル独首相の変わり身の術が十全に発揮されたようだ。

オーストリアVSイタリアのいがみ合いはいったん回避された。しかし、これから夏に向けて難民の数が増大し、イタリアの管理がずさんになった場合は問題がぶり返されるだろう。

夏の凪の海には程遠い4月中でさえ、イタリア沿岸には8370人の難民が押し寄せた。その数は2015年6月以来、はじめてギリシャを抜いて最大になった。

イタリア政府は難民管理を強化はしたが、流入そのものを阻止する策は今のところ皆無と言ってもいい。オーストリアの不安はイタリアの不安でもあるのだ。

たとえ2国間の緊張がぶり返さなくても、ドイツほか4カ国の「難民擁護」国が、シェンゲン協定を無効にする形での国境管理を続けていることに変わりはない。

シェンゲン協定の崩壊は事実上のEUの崩壊である。国境管理を無くして域内を人と物が自由に往来できる、としたEUの高い理念に挑む難民危機は、まだ全く終わりが見えない。

オーストリアがイタリアとの国境を閉鎖したい理由(わけ)

ブレンネロ抗議デモ引き300pic
バリケード構築に抗議するデモ隊

国境を接する隣国同士のオーストリアとイタリアが、難民を巡っていがみあっている。国境近くでは反難民政策に異議を唱える人々がデモ行進をおこなって、機動隊との間でつばぜり合いが発生したりしている。

オーストリアはEU(欧州連合)内の国々を自由に行き来できるとするシェンゲン協定を無視する形で、ハンガリーとの国境に続きイタリアとの国境にもバリケードを構築。5月末から難民の流入を阻止するために国境検問に踏み切る計画である。

衝突ブレンネロ抗議デモ300pic
デモ隊の一部はオーストリア国境警察と衝突

バリケードの場所は、イタリアとオーストリアをつなぐブレンナー峠。両国を結ぶもっとも重要な場所であると同時に、南欧と北欧の間の人と物の自由な往来を担保する最大のルートの一つでもある。そこはシェンゲン協定によって常時開放されていることが義務づけられている。

昨年およそ100万人の難民が通過した、トルコ→ギリシャ→バルカン諸国→北欧という経路のいわゆるバルカンルートは、通路に当たる国々が国境を閉鎖したことによって事実上通行不可能になった。以来、バルカンルートに流れ込む難民の数は約8割も減少した。

またEUは今年3月20日以降に不法に欧州に入った難民、つまり難民申請をしないまま移動を続ける難民・移民を、トルコ政府との合意の上で同国に強制送還している。トルコはその見返りにEUから4年間で最大60億ユーロ(約7600億円)の供与を受けることになっている。

バルカンルートから締め出された難民は、アフリカ北岸に回って地中海に乗り出し、イタリアを目指す可能性が高いと見られる。難民が欧州を目指して押し寄せる地中海ルートは、バルカンルートが主流になるまで、最も混雑した場所だった。それが復活すると考えられているのだ。

地中海を渡ってイタリアに入る難民を一国で対処することはできないと恐れる同国政府は、北欧への移動口であるブレンナー峠を閉鎖すれば、難民のみならずイタリアから各地に向かう100億ユーロ(約1兆3千億円)分の物流も滞る。明確なシェンゲン協定違反だとしてオーストリアを非難している。

イタリアの主張はもっともである。オーストリアによる国境閉鎖は物流にとどまらず人的資源などの行き来も滞って、大きな損失が見込まれる。それは当事国のイタリアとオーストリアに限らない。EU全体にとっても同様だ。経済のみならず多方面で負の波及効果も伴う重大問題である。

しかし難民問題だけに限って見ればオーストリアの主張もまた理解できないことではない。2015年、同国は全人口の1%以上にあたる9万人の難民を受け入れた。この数字はイタリアの人口比に当てはめると約60万人に相当する。決して小さくない数字だ。

一方、イタリアが2015年に受け入れた難民は8万3千人。ところが地中海を渡ってこの国に到着したのは15万4千人である。オーストリアのクルツ外相は、国境閉鎖を非難するイタリア政府に対して「残りの7万1千人のうちの多くが不法にオーストリアに入国した」と反論した。

またクルツ外相は次のようにも述べている。「今年オーストリアが受け入れられる難民は3万7千5百人までだ。昨年のように大量の難民を受け入れることはできない。イタリアがもしも地中海から流入する難民を効果的に制御できない場合は、予定通り国境を閉鎖する」。

難民受け入れ口をせばめようとするオーストリアの動きは、おそらくドイツのメルケル首相の承認を得ているのではないか。メルケル首相は昨年9月、それまでの反移民政策を大きく転換して大量の難民を受け入れると発表。世界を驚かせた。変わり身の速さが政治家アンゲラ・メルケルの身上である。

その後、急激な難民流入に苛立ったドイツ国民が反発。メルケル首相は退陣を余儀なくされるのではないか、というところまで追い詰められた。そこで彼女は得意の変わり身の術を発揮。半年間という期限付きではあるが国境の管理を強化して難民の流入を制限した。

これに北欧各国とオーストリアも同調。緊急の場合は国境を一定期間閉鎖できる、というシェンゲン協定の例外規定を利用したのだ。オーストリアはこのときハンガリーとの国境を閉鎖して入国審査を始めた。それを今回イタリア国境にも導入しようというのである。

互いに非難しあっているイタリアとオーストリアは、今後EU本部の調停を受けながら話し合いを続けることになる。EUは建前上はシェンゲン協定に違反するオーストリアを責める形だが、ドイツを始めとする北欧と東欧諸国が同じ施策を実施しているために本気で非難するのは難しい。

加盟国の多くが国境管理に乗り出した時点で、多くの人々は「シェンゲン協定の前提が崩壊した」と考えている。加盟諸国の国境閉鎖の期限が間もなく切れようとする今、オーストリアが新たに国境閉鎖を行えばシェンゲン協定の理念そのものが危機にさらされる。それはEU自体の存続が危機にさらされるのと同義語である。


ブダペストまで ~EUのシェンゲン協定は生き残れるか~

ハンガリー国境警察800pic
オーストリア・ハンガリー国境で検問するハンガリー警察

仕事でウイーンを訪ねたついでにブダペストまで足をのばした。前の記事で書いたように、オーストリアもハンガリーも中東難民に端を発したバトルの渦中にある。

オーストリアは難民の流入を防ごうとしてハンガリーやイタリアとの国境監視を強化。ハンガリーは隣国のセルビアとクロアチアとの国境を閉鎖した。

オーストリアとハンガリーに限らず、ここイタリアも含めたEU諸国のすべては、中東難民をめぐって責任の押しつけ合いなどの駆け引きをくり返している。

イ タリアは国境閉鎖には踏みきっていないが、今後地中海が再び難民で騒がしくなればどうなるか分からない。国境地帯はどの国も熱い。

と思いきや、熱いのは基本的に欧州西側諸国の南と東の国境線の一部。その他の国境は-あくまでも仕事の旅程内での見聞だが-シェンゲン協定に守られていて自由に行き 来できる。

またそれぞれの国内も、熱い国境線のまわりを別にすればほとんど混乱は見られない。今回訪ねたウイーンとブダペストも平穏だった。

イタリアとオーストリアの国境では、検問どころか車両を減速させなければならないような障害もなく、スムーズに車が通行できた。

しかしオーストリアとハンガリーの国境では、ハンガリー側の警察が出て高速道路の通行証のチェックを丹念に行っていた。

ハンガリーの高速道路の通過料金は一律で、支払い証明チケットをフロントガラスに貼りつけることが義務づけられている。

外から確認できて、且つ使いまわし しなどの不正防止が目的という。しかし、それだけのために実施されていた物ものしい警備は、やはり国境監視の意味合いが強いものにも見えた。

それでもハンガリー国内に入ると、首都ブダペストを始めとして、国境の喧騒はいったいどこの国の話だろう?と首をかしげたくなるほどに平穏だった。

ブダペ ストを経て2日後にスロベニアの国境も通ったが、そこにも検問や封鎖はなく、シェンゲン協定通りに自由に通り抜けることができた。

もっともトルコ経由でハンガリーに入る難民は、ほとんどがセルビアとクロアチアを経てやって来るため、ハンガリーが神経をとがらせているのはその2国との 間の国境線である。

従ってスロベニア国境はあまり関係がないとは言える。それでも少しの監視強化があるのではないか、と思っていたから完全な自由通行は意外だった。

スロベニアとイタリアの国境も同じ。どこからどこまでがスロベニアでどこからがイタリアなのか、気をつけて確認しないと分からないほど2国はシェンゲン協定の枠内で同化している。

同化というのは言い過ぎかもしれないが、そう形容したくなるほどの静かな国境通過だった。これがシェンゲン協定の真髄。

それは欧州の平和の象徴であり同時に現実でもある。長い血みどろの歴史を経て獲得した、世界にも拡散されるべきヨーロッパの英知を、決して崩壊させてはならない、と腹から思う。

陸路を閉ざされた難民は再び地中海に殺到するか

上からの船見下ろしベストショット

日本での報道は少なくなり勝ちのようだが、中東から欧州に流入する難民は途切れることがない。4月11~12日の2日間で、イタリア沿岸警備隊と海軍はリビアからの難民4000人余をシチリア海峡で救助、保護した。ほぼ同日、オーストリア政府は難民の流入に備えるためという名目で、同国とイタリアとの国境線にバリケードを設置。5月からの運用を目指している。

オーストリアは最近まで北欧やドイツと並んで難民に寛大な政策を取ってきた。しかし、急激に増え続ける難民に恐れをなして、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー 、フランスなどと共に難民の流入ルートの一つであるハンガリーとの国境を閉鎖して検問に踏み切った。そこに加えてもう一つのルートであるイタリアとの国境にも同様の施策を始めた。

イタリアとオーストリアを含むEU(欧州連合)は、今月に入って「不法」とされる難民・移民をトルコ政府との合意の上で同国に強制送還し始めた。2015年にトルコを経由して欧州に向かった難民は85万人にのぼる。このうち強制的に送還されるのは今年3月20日以降にギリシャに到着した者のうち、同国で難民申請をしなかった者やいわゆる経済移民など。

EUは同時にシリアなどからの「合法」的な難民を受け入れる措置も進めていて、強制送還を実施した同じ日の4月4日には、ドイツがトルコ国内にいたシリア難民を受け入れて定住させる処置をとった。そうした動きは難民の受け入れを拒否している中東欧諸国を除いた欧州地域では普通の光景である。

先日、中東欧の反難民国の中で最も過激な政策を取っているハンガリーを訪ねた。ハンガリーは中東や北アフリカからの難民がやって来る隣国のセルビアやクロアチアとの国境を閉鎖している。そればかりではなく、同国のオルバン首相が「難民は欧州の問題ではなくドイツの問題だ」と言い放つほど難民嫌いを隠さない国である。

ハンガリーの強い難民アレルギーを示すエピソードは枚挙にいとまがない。前述のオルバン首相は「欧州は難民の故郷にはなりえない」とも発言し、ハンガリーの女性ジャーナリストが子供を抱いた難民の男性に足をかけて転倒させた事件は、SNSなどで爆発的に拡散されて世界中に知れ渡った。

またハンガリーではセルビア国境を越えてきた子供が虐待に遭ったり、難民収容所で警官がまるで動物に対するように人々を扱う姿が目撃されたりするなど、道義的に疑問を抱かせるばかりではなく国連やEU規則にも反していると批判される不祥事や逸話が多い。

かつてソ連の庇護の下にあった元共産主義の中東欧国には、ハンガリーに限らず人種差別にあまり罪悪感を感じない人々が多く住むという説がある。そうした人々のほとんどは、第二次世界大戦中のドイツ人やオーストリア人などと同様にユダヤ人を虐殺したり、虐殺に手を貸したりなどしてナチスにぴたりと寄り添い協力した過去を持っている。

それにもかかわらず、戦後は共産主義世界に組み込まれて戦時の総括をしないままに日を過ごした。やがてソビエト連邦が崩壊し、現在ではEU(欧州連合)のメンバー国にまでなる幸運を得ながら、先の対戦への総括がなかったために昔風の反ユダヤ主義やムスリム嫌悪やアジア・アフリカ差別などの心理を払拭できずにいるというのである。

そうした国民感情は先の大戦への徹底総括がないままに歴史を刻んできた日本などにも通じるものである。ただ難民問題だけに限って言えば、彼らの頑なな嫌難民言動はそれぞれの国の脆弱な経済も影響しているように見える。貧しい者は難民を助ける経済的な余裕がなく、故に彼らへの親和感や博愛や憐憫の情を育む心の余裕もないケースが多い。

その点、例えばドイツやオーストリアなどの西側諸国は、経済的に強いために比較的柔軟に難民への協力や援助や寛容な施策などを取ることができる。加えてそれらの国々の住民の心の中には、戦時中にユダヤ人を徹底的に迫害したことへの強い引け目がある。だからなおさらその傾向が強くなるのだろう。

オーストリアとハンガリーに限らず、ここイタリアを含むEU諸国の全ては中東難民を巡る試練と駆け引きと攻防の渦中にある。イタリアは国境閉鎖には踏み切っていないが、オーストリアとハンガリーは前述したように一部の国境を封鎖したり検問をや監視を強めたりしている。

シリアを始めとする中東などからの難民はトルコを経由してギリシャに渡り、そこから北上を開始する。いわゆるバルカンルートである。そこを通って昨年だけでも90万人近い難民が欧州に入った。バルカンルートの混雑は、前述のハンガリーなどの反難民国の国境封鎖や、ドイツ、オーストリアに代表される「かつての難民抱擁国」の変節で今後は少なくなるかもしれない。

しかし、欧州へのもう一つの流入経路である「地中海・イタリア」ルートは、閉鎖がほとんど不可能な海の道である。夏に向かって天気が安定するに従って、そこにはこれまでのチュニジア経由の難民に加えて、バルカンルートを閉ざされた人々が殺到する可能性がある。

地中海からイタリアに流入する難民をイタリア一国で受け入れたり対処したりするのはほぼ不可能と言ってよい。欧州、特にEU(欧州連合)の国々はイタリアと協力してこの大問題に対処できるのか問われている。それは欧州統合を目指すEUが結束して未来に向かうのか、ここで崩壊するかの瀬戸際にあると断言できるほどの重要な局面である。



ギリシャ危機は金持ちクラブ内の強欲な収奪合戦に過ぎない


【加筆再録】

ギリシャ危機が続いている。国民投票の中身を無視したようなギリシャのチプラス首相の財政改革案を巡って、EU首脳は12日から13日にかけて夜を徹しての討議を重ねた。

結果、ギリシャへの金融支援の「協議を開始する」ことで合意。金融支援をすると決めたのではなく、支援に向けての「話し合いを始めると決めた」だけだが、危機はひとまず回避されたようだ。

ギリシャ危機の根は深く、一歩間違えばEU(欧州連合)のみならず世界経済を混乱に陥れ、それは政治混乱を招いて世界動乱へ・・というシナリオも可能性としては必ずあり得ることだ。

だが実は、たとえそうなったとしても、「だから? なに?」というのが僕の腹の底の、さらにその底での思いである。

僕 は決して運命論者ではない。経済を無視する夢想家でもなければアナキストでも皮肉屋でもない。ましてや悲観論者などでは断じてない。

それどころか、楽観論者でありたいと願い、その努力もしているつもりの人間だが、いまだに手放しの大いなる楽観論者にはなれずにいる凡人である。

その中途半端な凡人の目で見てみても、ギリシャ危機がもたらすかもしれない欧州恐慌や世界恐慌など、実は大したことではないのだ。

仮にギリシャが財政破綻したとする。

それは事件だが、ギリシャの人々は翌日から食うに困るわけではない。生活は苦しくなるだろうが、世界の最貧国や地域の人々のように飢えて死んで行くのでは決してない。

それどころか、依然としてこの地上で最も豊かな欧米世界の一員として、それなりの生活水準を維持していくだろう。ギリシャの今の、そして将来の貧しさなんて、ヨーロッパ内や米国や日本などと比較しての貧しさでしかない。

昨今、その豊かさが大いに強調されて報道されたりする、中国の大多数の国民と比較してさえ、まだまだ雲の上と断言してもいい「貧しさ」だ。それって、断じて貧しさなんかじゃない。

ギリシャの破綻が、さらにポルトガル、スペイン、イタリアなどの欧州諸国に波及したとする。

それもまた大いなる事件だが、人々はやはり飢え死にしたりはしない。生活の質が少し悪くなるだけだ。あるいはかなり悪くなるだけだ。

危機にあおられて、同時不況に見舞われるであろう世界の富裕国、つまり日米欧各国や豪州なども皆同じ。今のところそれらの国々は、依然として豊かであり続けるだろう。

最近の騒ぎは ― そして僕も少しそれに便乗してブログに書いたりあちこちで発言したりしているが ― 日米欧を中心とする世界の金持ちが集まる、ま、いわば「証券取引所」内だけでの話、と矮小化してみても、当たらずとも遠からずというところではないか。

たとえギリシャが破綻し、南欧諸国の経済が頓挫し、欧州全体の恐慌が世界に波及しても、今の世界の「豊かさの」序列がとつぜん転回して、天地がひっくり返るのではない。

それらの出来事は、この先何年、何十年、知恵があれば場合によっては何百年、あるいは何千年かをかけてゆっくりと、しかし確実に衰退し、没落し、落下していく日米欧を中心とする富裕国家間に走る激震、一瞬のパニックでしかないのである。

地震は過ぎ、パニックは収まる。

そして富裕国家は被害を修復し、傷を癒やし、また立ち上がって、立場を逆転しようとして背後に大きく迫るいわゆる振興国の経済追撃の足音を聞きながら、それでも今の地位は守りつつ破滅に向かっての着実な歩みを続けるだろう。

各国経済はグローバル化している。従って富裕先進国のダメージは新興国にも及び、さらに弱者の貧困世界をも席巻するに違いない。

つまり、《ギリシャや欧州の失速→世界恐慌》の図式の中で真に苦しむのは、今も昔もまた将来のその時も同じ、世界の貧しい国の人々でしかないのである。

それにしても

たとえ世界恐慌が起ころうとも、今この時でさえ餓死者が出る世界中の貧困地帯に、それ以上の悲惨が待っているとも思えない。

底を打った彼らの極貧は、もはや下には向かうことはなく、富裕国の落下と入れ替わりに上昇あるのみではないのだろうか。

たとえそこに途方もない時間がかかろうとも……。

そうやって見てみれば、世界経済には何も悲観するべきことはないように思える。全てがなるようになる。

なるようにしかならない世界は、なるようにしかならないのだから、きっとそれ自体がまっとうである。

ならばそれを悲観してみても始まらない。流れのままに、世界も、ギリシャも欧州も日本も、また人間も、流れていけばいいのである。


ギリシャ危機の責任はEUにもある



EU(欧州連合)などによる財政緊縮策に、国民投票で【ノー】と言って世界をおどろかせたギリシャは、一転してEUに歩み寄る姿勢を見せて新たな構造改革案をESM(欧州安定化機構)に提出。今日明日中にもEUとの合意が成立するかもしれない。

借金を頼りに身の丈以上の生活をして、首が回らなくなったところで「節約をしろ」と債権者に責められ、「節約はいやだ。でも借金は棒引きにしてくれ。そのほうがあんたのためにも良い」と、EUに対して開き直ったのがギリシャの【ノー】の意味だった。

そこで当のEUや世界の多くの人々は、図々しい、怠け者、恥知らず、盗人たけだけしいなど、など、とギリシャを罵倒している。そこには一面の真実がある。金を借りたら返す。それが当たり前の人の道だからだ。

しかしそうした主張には、貸した者にも責任がある、という片面の真実が抜けている。金の貸し借りでは、借りた方の100%の責任に加えて、貸した側にも一つの蓋然性をしっかりと認識しておかなければならない、という意味でのやはり100%の責任があると考えるべきである。

つまり、債権者は金を貸したのだからそれを返済してもらうのが当然のことながら、借りた側がそれを返済しない、あるいは返済「できない」可能性がある、ということをはっきりと認識しておかなければならない。

ギリシャ危機、つまりギリシャの国庫の粉飾決算が明らかになった2010年以降、EU、ECB(欧州中央銀行)、IMF(世 界通貨基金)のいわゆるトロイカは、同国が財政破綻するかもしれない現実を熟知しながら、ギリ シャに金を貸し続けた 。見返りを期待したからだ。

EUは「いや、見返りを期待したからではない。EUの一員であるギリシャを援助したかったからだ」と言うだろう。それはきっと本心だ。だがその本心は、金に縛られた現実を金ではない何か、つまり「心」に置き換えてモノゴトを語る、全き偽善以外の何ものでもない。

財政破綻が明らかになってからは、ギリシャも緊縮政策を実施してギリシャなりに頑張った。ギリシャ人は怠け者、と決め付ける単細胞の人々は、ギリシャが頑張ったなどとは決して認めようと しないだろう。しかしギリシャも頑張ったのだ。

ギリシャ国民の頑張りが見えづらいのは、ギリシャ人は怠け者という悪意ある先入観と、ドイツを筆頭にする成金国の主張ばかりがメディアに充満していたからだ。それに加えて-- 実はこれがもっとも重要なのだが-- 緊縮策によるギリシャ経済の疲弊があったから、ますます彼らの頑張りが見えにくくなった。

それをいいことに、ギリシャ自身が頑張らないから財政難が少しも改善しない、と前述の成金たちはさらに執拗に主張しまくった。だが、そうではなく、彼らが債務の減免をしないでギリシャだけに節約を押し付け続けたから、同国の財政危機は一向に改善しなかったのだ。

2010年に財政赤字の隠蔽が明るみに出たことを機に、いわゆるギリシャ危機が始まった。以来EUはギ リシャに厳しい緊縮財政策を要求した。ギリシャは懸命に、忠実にこれを履行した。これが真実だ。繰り返す、ギリシャはギリシャなりのやり方で懸命に、忠実にこれを履行したのだ。 EU、特にドイツはそのことを忘れている。

経済成長を無視した緊縮財政は、十中八九その国の経済を悪化させる。借金の返済のためにひたすら節約をし続ける家計には消費活 動をする余裕はない。だから経済は沈滞する。沈滞する経済は税金も払えない。なのに国は払えない税金を無理に徴収する。だからさらに経済が落ち込むという 悪循環に陥る。それがギリシャの状況だったのだ。

EUの要求を達成しようと緊縮策を懸命に実行した結果、ギリシャの名目のGDPは、2011年から昨年までの3年間で約14%も減少した。当たり前だ。増税と緊縮策が同時進行したのだから経済が転ばない方がおかしい。それにもかかわらずにドイツを柱とするEUは、彼らが規定する「怠け者」のギリシャに、もっと節約し ろ、年金をカットしろ、増税もしろ、そうやって財政を立て直せと言い続けた。

彼らは言うばかりではなく、その間に実際に資金も投入し続けた。何のために?借金返済のために。つまり、EUが投入した資金は借金の返済金として「EUに舞い戻り」、ギリシャ社会にはほとんど流通しなかった。ギリシャ社会は節約のみによって辛うじて生きながらえてきた。その証拠が大きな経済減速だ。

両者ともに何かがおかしいとは気づきつつも「何とかなるだろう」と自らに言い続けた。そうやって破綻がきた。破綻がきたら、債務者ギリシャに節約緊縮を求めるのは当然だが、貸した側も債権放棄、つまり借金の棒引きを含む大きな痛みを受け入れないと問題は解決しない。

特にドイツは、通貨統合によって得た巨大な利益の一部をギリシャに還元するべきだ。その状況が受け入れられないのなら、1953年にギリシャを含む欧州各国 が、戦争で疲弊したドイツを救済するために、借金を棒引きにした親切を思い出すべきである。「怠け者の貧しい」ギリシャはかつて、「ケチで大金持ち」のドイツの借金をチャラにしてやった歴史があるのだ。

もう一度強調しておきたい。ギリシャ危機を招いたのはギリシャ自身である。だが、ギリシャの「放漫財政」が明らかになって以降のさらなる危機、あるいは「一向に改善しない」ギリシャ問題の責任は、ドイツに代表されるEUにもある。EUは国民投票の後でギリシャが示してきた妥協案を受け入れて、2010年時点で拒否したギリシャ負債の大幅免除を実施するべきだ。既に溺れているギリシャを、お前だけがもっと頑張れと強要するのは「死ね」と言っているようなものだ。

ギリシャとEUが互いの主張ばかりに固執すると、ギリシャのみならず両者が沈没しかねない。それは経済のみならず大きな政治危機を招く恐れがある。つまり生活の苦しいギリシャにはロシアと中国が近づいて欧州の分断を狙う。欧州が分断されると、中東へのEUの圧力が弱くなって「イスラム国」などの勢いが増してさらなる混乱が起きる。

ロシアと中国は、反欧米のスタンスから中東の混乱を容認し、それを是正しようと動く欧米はさらに疲弊していく。欧米と立場を同じくする日本もそれに引きずられていく、という最悪のシナリオが待ち受けている可能性がある。ギリシャ問題は遥かな遠い国の出来事ではなく、世界の多くの事案と同じように日本にも関係する重要課題であることは、いまさら僕がここで言うまでもない。


東京五輪に続け!と言い出したイタリア


2020年東京オリンピック決定の嬉しいニュースは、ここイタリアでも好感を持って伝えられています。

そればかりではなく、東京開催が決定した直後からその次の2024年のオリンピックをイタリアに招致しよう、という声まで挙がり始めました。

1964年、東京は60年のローマ大会に続いてオリンピックを開催しました。今度はローマが東京に続くべきだ、という訳ですね。

かつて祭典が相前後して2都市で開催された偶然もさることながら、五輪が東京に行くことを喜んでいる多くのイタリア国民は、それにあやかりたいという気分になっているのです。

現在の段階では、2024年の有力な開催都市候補がパリであることをイタリア国民も良く知っています。でもそれは飽くまでも噂であり、ローマが立候補すれば十分に勝機はあると感じているようです。

2024年のオリンピックで今から確実なのは、ヨーロッパの持ち回りになる、という点だけでしょうからそれはあながち不思議な考えではありません。

2016年開催地のリオデジャネイロは下馬評の高かったシカゴを破り、2020年開催地の東京は、開催都市決定直前まで有力と見られていたマドリードを押さえて勝ちました。

事前に強いと見られていた候補都市が開催地決定選挙で落選する確率は、五輪ではとても高いのです。従って2024年ローマ五輪の可能性は、多分パリと同程度に高い、と考えてもいいのでしょう。

2024年がパリになるなら100年振りの開催。従って節目という意味で優位にあるのかもしれない。しかし、パリは1924年の前に1900年にも開催地 になっています。そうすると3回目のパリと2回目のローマという観点では、数が少ないローマが優位にあるのかな、とも個人的には思います。

イタリアがオリンピック招致に傾く実利的な理由ももちろんあります。

今回東京と招致合戦を繰り広げたマドリードのスペインと同様に、イタリアは深刻な財政危機にからむ不況の中にあります。スペインがマドリードに五輪を呼び 込んで、特に若者のための仕事を創出しようと企図したように、イタリアもオリンピックを景気回復の起爆剤にしようと考え始めているのです。

実はローマは、今回日本が勝ち取った2020年五輪の招致を目指していたのですが、破産危機のまっただ中にあるイタリア政府が、大会の財政保証を拒否したために立候補を断念した、といういきさつがあります。昨年2月のことです。

あれから1年半余りが過ぎましたが、イタリアの財政危機は依然として深刻なままです。失業率も特に若者を中心に異常に高く、前述したように第二次大戦後では最大と言われる不況から脱出できずにいます。

それでも、いやだからこそ、オリンピックを招致しようと考える人々が増えてきたのです。1年半前に財政難を理由に諦めたくせに、なんと節操のない態度だと いう批判もありますが、五輪開催に前向きな人々は、同じく財政難の中で行なわれたロンドン五輪の成功を見、今回また不況を押して招致活動を展開して、見事に権利を勝ち取った日本の活動に刺激を受けたのです。

五輪大会は周知のように中国やブラジルなどの新興国での開催と、現在の日本や英国などの成熟国家での開催には大きな違いがあります。経済発展を続ける新興国は国威発揚を目指して五輪を活用しようと考え、それは概ね成功しています。1964年の東京五輪がそうでしたし、2008年の北京オリンピックもそうで す。

経済が発達した成熟国家であるイタリアは、同じ成熟国家であるギリシャが2004年アテネ五輪で経済的に失敗した厳しい現実を目の当たりにして、2020 年の大会招致に二の足を踏みました。しかし、繰り返しになりますが、その後に行なわれた英国ロンドン五輪の成功を見て再び心を動かされ、さらに今、東京の 明るい展望にあふれた招致運動を見て、これに大きく啓発されたのです。

国全体への経済効果、という観点からはその価値を疑問視されることも多いオリンピックですが、恐らく世界最大のイベントである五輪のもたらす文化的社会的な利益は計り知れない物があります。だからここまでの成熟各国家の開催前、開催、開催後の取り組みを参考にしながら計画を立てていけば、イタリア・ローマ が2024年開催を「経済的にも」成功に導くことは夢ではないように思います。

イタリアのそうした動きが、東京の見事な誘致活動の影響であることは本当に嬉しいことですし、そんな風に世界に影響を与えていること自体が、既に2020年東京五輪の大きな成果の一つとも言えるのではないでしょうか。

五輪招致を勝ち取った東京は、今この時から大会後の施設等の運営法や経済効率なども深く考慮しながら7年間の工事を進めて行くものと確信します。それは きっと東京に、また日本全体にポジテブな効果をもたらすでしょうし、そのことがまたイタリアの招致活動にも好影響をもたらすに違いない。

「2024年パリ五輪」というのも良い響ですが、フランスはこの国に比較した場合それほど経済的には逼迫していません。そこで一つここは「欧州財政危機からの脱出」という大きなテーマにもからめてパリには辞退してもらい、2024年のオリンピックを同危機の元凶国の一つであるイタリア・ローマで開催してほ しい、と考えるのは馬鹿げているでしょうか。

もし実現した場合、イタリアを第二の母国と考えている僕にとっては、2度の五輪が連続して「故国」で開かれることになるわけで、少し大げさに言えば、今から興奮して夜もろくに眠れない日々が続きそうです。

カオス風がイタリア的秩序である



数字上の明確な勝者がいなかった2月の総選挙の後、イタリアはカオスのただ中にあるように見える。

 

政府もなく、例えて言えば国王たる教皇ベネディクト16世が退位して、国家元首もいない。大統領は健在だが、イタリア国民の精神的支柱という意味では、やはりローマ教皇が最大最強の存在である。

 

そのことを踏まえて、敢えて再び例えて言えば、今のイタリアの状況は、政府が無く、天皇もいない日本国のようなものである。

 

日本がもし本当にそんな状況に陥ったら、どうなるだろうか。

 

恐慌が社会を支配して惨憺たる有り様になるのではないか。

 

指針がなければ自らを律せない、無節操な大勢順応主義社会の限界である。

 

その点イタリアは実は、カオスなどに嵌(は)まりこんではいない。

 

カオスに絡め取られるかもしれないと誰もが警戒していて、その警戒心が崩壊しようとする社会をしっかりと支えている、という局面である。

 

ということは、イタリアは大丈夫、ということである。

 

国のガイドラインがなくてもイタリアの各地方は困らない。都市国家や自由共同体として独立し、決然として生きてきた歴史がものを言って、地方は泰然としている

 

イタリア国家が消滅するなら自らが国家になればいい、とかつての自由都市国家群、つまり旧公国や旧共和国や旧王国や旧海洋国などの自治体は、それぞれが腹の底で思っているふしがある。

 

思ってはいなくても、彼らの文化であり強いアイデンティティーである独立自尊の気風にでっぷりとひたっていて、タイヘンだタイヘンだと口先だけで危機感を煽りつつ、腹の中ではでペろりと舌を出している。

 

「イタリア国家は常に危急存亡の渦中にある(L`Italia vive sempre in crisi)」

と、イタリア人は事あるごとに呪文のように口にする。

 

それは処世術に関するイタリア人の、自虐を装った、でも実は自信たっぷりの宣言である。

 

誕生から150年しか経たないイタリア国家は、いつも危機的状況の中にある。

イタリア国家は多様な地域の集合体なのであり、国家の中に多様な地域が存在するのではない。

 

つまり地域の多様性がまず尊重されて国家は存在する。というのが、イタリア国民の国民的コンセンサスである。

 

だから彼らは国家の危機に対して少しも慌てない。慣れている。アドリブで何とか危機を脱することができると考えているし、また実際に切り抜ける。歴史的にそうやって生きてきたのだ。

 

イタリア人ではない僕でさえ、彼らがなんとか危機を克服するだろう、と楽観的に見ている。

その認識は、言うまでもないことだが、イタリアでの日々の暮らしの中で僕が実際に見聞きしてきた、多くの事象に基づいて形成されたものである。

その顕著な事例の一つが、僕がこれまで何度も行なってきた、イタリアと日本を結ぶ衛星生中継の現場。

 

衛星回線を利用してのテレビの生中継の現場は、失敗の許されない極度に緊張した空気の中で進行する。

 

ディレクターの僕は言うまでもなく、スタッフの作業を見守るプロデュサーもカメラマンも中継車スタッフも誰もかもが、それぞれの持ち場で一回限りの本番に備えて完璧を期して仕事をする。

 

そうした中で必ず起こるのがイタリア側の仕事の遅れ。あるいはミス。あるいは不正確。あるいは緊張感の無さetc・・

 

極端なケースでは、本番間近になっても衛星回線が繋がらなかったり、繋がっても映像が出なかったり、音声が途切れたりということが平然と起こる。

 

それにも関わらず、少なくとも僕が手を染めた番組では、彼らは生中継に穴を開けたことがただの一度も無い。ぎりぎりのところでいつも「なんとか」してしまうのである。

 

一時が万事、イタリア人はそんな風に当意即妙の才に長けている。あるいは反射神経が鋭い。あるいは機転がきく。

 

繰り返しになるが、それはほんの一例である。でも、あらゆる局面で見られるイタリア人の目覚ましい才覚だと僕は密かに感じ入っている。

 

そんな訳で、無政府状態に陥った今回の政治の混乱も、彼らはその才能を十二分に発揮して無事に切り抜ける、と僕は信じて一向に疑わないのである。

 

潰れ貴族



「潰(つぶ)れ百姓」という歴史的事実を表す言葉がある。

江戸時代、凶作や税(貢租)の重さや、商品経済の浸透による負債の累積などが原因で、年貢が納められなくなって破産した農民のことである。

潰れ百姓たちは飢え、餓死し、生きのびた者は江戸などの都市に流れ込んで、そこでも悲惨な生活を送った。


世界を揺るがしている欧州の財政危機は、イタリアで「潰れ百姓」ならぬ「潰れ貴族」を大量に生み出しかねない状況を招いている。

フランス革命のような激烈な世直しが起こらなかったイタリアには、今でも古い貴族家が所有する館などの歴史的建造物が数多く存在している。またイタリアの世界遺産の登録件数は世界一(47件)。世界の文化遺産の40%がこの国にあるとも言われている。

イタリアの膨大な歴史遺産の有様はざっと見て次の如くである。
1)大規模な歴史的旧市街centri storici principali:900箇所  
2)小規模な歴史的旧市街centri storici minori:6850箇所 
3)歴史的居住集落nuclei abitati storici:15.000箇所
4)歴史的居住家屋dimore storiche:40.000 軒 
5)城及び城跡rocche e castelli:20.000箇所
6)空き家の歴史的居住家屋abitazioni storiche non utilizzate:
1.300.000軒

このうち妻の実家の伯爵家の住居などが含まれるのは4)の歴史的居住家屋。つまりイタリアには「現在も人が住んでいる」4万軒もの貴族の館やそれに準ずる古い建築物が存在し、また人が住んでいない貴族館等の6)の歴史的建築物を含めると、その数はなんと134万軒にも上るのである。

そうした家の固定資産税は低く抑えられ、相続税はほとんどゼロに近い優遇策が取られている。それはなぜか。

それらの古い広大な家には、膨大な維持費や管理費が掛かるからである。

本来ならほとんど全てが国によって管理されるべき歴史遺産や文化財に匹敵する建物群が、個人の支出によって管理維持されている。

イタリア共和国は彼らの犠牲に応える形で税金を低く抑えてきた。

僕は今、「犠牲」と言った。それは真実だが、外から見れば「犠牲」などではなく逆に「特権」に見える場合も多い。また、広大な館を有する貴族や名家の中には、今でも充分に実業家などに対抗できるだけの富を維持している者も、わずかながらだが確かにいる。

しかし、そうした古い家々の多くは、昔の蓄えを食い潰しながら青息吐息で財産の維持管理をしている、というのが家計の状況である。固定資産税や相続税がまともに課されたら、彼らのほとんどはたちまち困窮して、家を放棄するしかないであろう。

イタリアの歴代政権は、国家財政が困窮するたびにそうした家への課税を強化しようとしたが、増税の結果「潰れ貴族」が出現して逆に国家の財政負担が一気に拡大するリスクを恐れて、一回限りの特別課税などとしてきた。

イタリア中の貴族家や旧家の建物を全て国が維持管理することになれば、イタリア共和国の国家財政は明日にでも破綻してしまうだろう。

一方でイタリアには「労働憲章法18条」一般に「条項18」と呼ばれる、世界でも珍しいほどの労働者保護の立場に立った法律がある。

それは実質、雇主が労働者を解雇できない強い規制を伴なうもので、イタリアの労働市場をガチガチに硬直させている。

要するにこの国の経営者は「条項18」を恐れるあまり、めったに人を雇わないのである。その結果古くて無能な労働力が会社に残り、そのあおりを食って若者の失業者が増え、経済のあらゆる局面が停滞して悪循環に陥る、ということがくり返されてきた。

今回のイタリア財政危機を回避するべく政権の座に就いたマリオ・モンティ首相は、様々な改革を推し進めているが、中でも彼がもっとも重要と見なして取り組んでいるのが「条項18」の改正。必要に応じて経営者が労働者を解雇できる普通の労使関係に戻すべく動いている。

そこで出てきたのが例によって歴史的居住家屋への増税案。最大で現行の年間税率の6倍にもなる固定資産税を課すことも検討されている。

「国民が平等に痛みを分かち合う」ことをモットーにしているモンティ政権は、40年前に発効した「条項18」を死守しようとする強力な労組への懐柔策として、これまた長い間改正されずに来た貴族館などへの増税をバーターとして提示しているのである。

増税率がどの程度に落ち着くのかは今のところ不透明だが、大幅な増税が一時的ではなく持続的なものになった場合、イタリア全国で相当数の「潰れ貴族」家が出るのは間違いないだろう。

「斜陽貴族」でも書いたように、栄華を極めた者が没落するのは歴史の必然である。古い貴族家が潰れたなら、新規に富を得た者がそこを買い入れて、建物の歴史を新しく書き続けていけばいいだけの話だ。


しかし、今回のような不況のまっただ中で「潰れ貴族が」出た場合、彼らの住まいなどの歴史的建造物が打ち捨てられたまま荒廃する可能性が高くなる。

なぜなら新たに富を得た実業家なども経済的に困窮している時期だから、買い手が付かなくなるケースが増大すると考えられるからである。

膨大な数のイタリアの歴史的遺産は、たとえそれが私有物であっても、最終的には国の財産であることには変わりがない。

モンティ首相は就任以来、財政危機を確実に修正してイタリアをまともな方向に導いているように見える。

が、一歩道を間違えると、国の文化遺産を破壊したトンデモ首相として、歴史に名を残す可能性も又、無きにしも非ずなのである。

 

スーパーマリオ、イタリア・モンティ首相に乾杯!



イタリア、モンティ首相の日本訪問は予想以上に成果があったのではないか。

 

日本との経済協力関係強化とか友好関係の強化とかいうことではなくて、前首相ベルルスコーニがまき散らしたイタリアの負のイメージの払拭(ふっしょく)という意味で。

 

欧州連合の信奉者で優れた経済学者でもあるモンティ首相率いる現政権は、ドイツ並みの固さと精密と実直で、ゆるみ切ったイタリア財政の改革を進めていて欧州各国から高い評価を受けている。

 

その政策は首相の人となりとも重なる。

 

今回の日本訪問では、モンティ首相の真面目で実直で落ち着いた物腰や考え方が、NHKのインタビューなどを通して日本国民に知れ渡ったように見える。

 

日伊の友好や経済関係は、今さら強化するまでもなく良好なものだと思う。

 

それでも

前首相ベルルスコーニが、いい加減で不誠実な言動や少女買春容疑などで不評を買い、イタリアのイメージを大きく損ねたことは否めない。

 

その前首相の失点を、モンティ首相が今回の日本訪問である程度回復したように見えるのは嬉しい限りである。

 

第二の母国とも言えるほどに長く住んでいるこの国を、僕は故国日本に対するのと同じように時には批判もし怒ったりもするが、日本と同様に深く愛している。だから、イタリアが外から悪く見られるのは悲しい。

 

ましてやそれが日本からの批判や罵倒だったりすると、悲しいを通り越してほとんどつらい思いさえする。

 

だから、

 

スーパーマリオ、すなわち仕事師マリオ・モンティ首相バンザイ、という心境なのである。

 

ただ、


ここまで話したことと完全に矛盾するようだが、真面目で堅物でどちらかというとドイツ人的なモンティ首相を見ていると、ベルルスコーニさんが懐かしく見えたりもするから、おかしなものである。

 

以前の記事<スケベで嘘つきで怠け者のイタリア人?>でも書いたように、僕は明るくていい加減で遊び好きなイタリア人が好きなので、堅苦しいだけの人を見るとちょっとつらい。

 

からかったり茶化したくなって、しまいには避けたくなる。

それはきっと、自分がいい加減でノーテンキな人間だからに違いない・・

 

 


ギリシャのまぶしい憂うつ(Ⅱ)


【加筆再録】

ギリシャ危機はいったん回避されて、ヨーロッパには少し平穏が戻りつつある。ギリシャの国家財政は病んだままだから、いつ再び問題が起きても不思議ではないが、財政危機に陥ったEU自体が、問題児のギリシャを切り捨てかねない、という経済効率のみの視点からの論は間違っていたことが証明されたのである。それは少しも偶然ではない。

「ヨーロッパとは何か」と問うとき、それはギリシャ文明と古代ローマ帝国とキリスト教を根源に展開する壮大な歴史文明、という答え方ができるのは周知のことである。ということはつまり、現世を支配している欧米文明の大本(おおもと)のすべてが、地中海世界にあるということになる。なぜなら、南北アメリカやオーストラリアやニュージーランドでさえ、天から降ったものでもなければ地から湧き出たものでもない。そこを支配している文明はヨーロッパがその源である。


また近代日本は欧米を模倣することで現在の繁栄を獲得し、現代中国も欧米文明の恩恵を受けて大きく発展し続けている。世界中の他の地域の隆盛も同じであることは言うまでもない。

ヨーロッパの核を形成した3大要素の中でもギリシャは、地中海の十字路として沿岸各地の異文化や文明を吸収し融合させ発展させたことで特に重要なものだった。多大な変転や衝突や紆余曲折を繰り返しながらも、古代ギリシャに始まる壮大な文明を共有し連綿と受け継いできたヨーロッパ、つまりEUが、経済動向だけを拠り所にギリシャを切り捨てるとは、経済以外の自らの大きな根源を切り捨てる行為でもあるから、EUはそう易々とはできないのである。

EUとは言うまでもなく経済を核に形成された運命共同体ではあるが、加盟国間の絆がそれだけに留まらない事実もまた言うに及ばないない。EUがギリシャを切り捨てる確率は今後も、同じEUが彼らにとっては宗教的に「異邦人」のトルコを、連合に組み入れる確率よりも低いのではないか。

西洋文明の揺籃となった地中海は場所によって呼び名の違う幾つかの海域から成り立っている。イタリア半島から見ると、西にアルボラン海があり、東にはアドリア海がある。北にはリグリア海があって、それは南のティレニア海へと続き、イタリア半島とギリシャの間のイオニア海、そしてエーゲ海へと連なっていく。またそれらの海に、トルコのマルマラ海を組み入れて、地中海を考えることがあるのは周知のことであろう。

昨夏、僕はギリシャ本土を訪ねた後に、エーゲ海に浮かぶミロス島とサントリーニ島を旅した。エーゲ海はイオニア海とともに南地中海を構成するギリシャの碧海(へきかい)である。

地中海の日光は、北のリグリア海やアドリア海でも既に白くきらめき、目に痛いくらいにまぶしい。白い陽光は海原を南下するほどにいよいよ輝きを増し、乾ききって美しくなり、ギリシャの島々がちりばめられたイオニア海やエーゲ海で頂点に達する。

乾いた島々の上には、雲ひとつ浮かばない高い真っ青な空がある。夏の間はほとんど雨は降らず、来る日も来る日も抜けるような青空が広がっているのである。

そこにはしばしば強い風が吹きつのる。海辺では強風に乗ったカモメが蒼空を裂くように滑翔(かっしょう)して、ひかり輝く鋭い白線を描いては、また描きつづける。

何もかもが神々(こうごう)しいくらいに白いまばゆい光の中に立ちつくして、僕はなぜこれらの島々を含む地中海世界に現代社会の根幹を成す偉大な文明が起こったのかを、自分なりに考えてみたりした。

ギリシャ文明は、大ざっぱに言えば、メソポタミア文明やエジプト文明あるいはフェニキア文明などと競合し、あるいは巻き込み、あるいはそれらの優れた分野を吸収して発展を遂げ、やがて古代ローマ帝国に受け継がれてキリスト教と融合しながらヨーロッパを形成して行った。

その最大の原動力が地中海という海ではなかったか。中でもエーゲ海がもっとも重要だったのではないか。

現在のギリシャ本土と小アジアで栄えた文明がエーゲ海の島々に進出した際、航海術に伴なう様々な知識技術が発達した。それは同じく航海術に長(た)けたフェニキア人の文明も取り込んで、ギリシャがイタリア南部やシチリア島を植民地化する段階でさらに進歩を遂げ、成熟躍進した。

エーゲ海には、思わず「無数の」という言葉を使いたくなるほどの多くの島々が浮かんでいる。それらの距離は、お互いに遠からず近からずというふうで、古代人が往来をするのに最適な環境だった。いや、彼らが航海術を磨くのにもっとも優れた舞台設定だった。

しかもその舞台全体の広さも、それぞれの島や集団や国の人々が、お互いの失敗や成功を共有し合えるちょうど良い大きさだった。失敗は工夫を呼び、成功はさらなる成功を呼んで、文明は航海術を中心に発展を続け、やがてそれは彼らがエーゲ海よりもはるかに大きな地中海全体に進出する力にもなっていった。

例えば広大な太平洋の島々では、島人たちの航海の成功や失敗が共有されにくい。舞台が広過ぎて島々がそれぞれに遠く孤立しているからだ。だから大きな進歩は望めない。また逆に、例えば狭い瀬戸内海の島々では、それが共有されても、今度は舞台が小さ過ぎるために、異文化や文明を取り込んでの飛躍的な発展につながる可能性が低くなる。

その点エーゲ海や地中海の広がりは、神から与えられたような理想的な発展の条件を備えていた・・

イタリアからギリシャ本土へ、そしてギリシャ本土から島々へ、あるいは島から島へと移動する飛行機の中から見下ろすエーゲ海には、その美しさと共に悠久の歴史を思わずにはいられない魅惑的な光が満ちあふれている。

光の中の島々は、ギリシャ危機、イタリア危機、さらにはEU危機の混乱の中で脱税の巣窟のような見方をされ、僕自身も島々を訪ねる際にそうした考えにとらわれて感慨に耽ったりもした。

が、

島々には経済の憂うつに伴なう暗い影はなく、ただひたすらにまぶしい光が爛漫と踊り狂っているばかりなのである。

 

 

イタリア危機に群がる欲望たち




イタリア危機がやって来てベルルスコーニが去って、モンティ新政権が危機脱出のための緊縮財政策を始めて以来、イタリア国民の生活は日々苦しさを増している。

 

原発が稼動していないことが大きく影響して、この国の電気料金はもともとヨーロッパ一高く、ガソリンの値段もほぼ同じ状況がつづいていた。

 

増税と歳出カットを柱にしたモンティ緊縮策がスタートしてからは、あらゆる分野に似たような状況があらわれた。

 

そして、ついにイタリア国民一人当たりの年収は、先週末の統計で約2万3千ユーロとなって、ドイツやオランダのそれの半分近くにまで減った。

 

その数字はギリシャやスペインよりも低いのだ。すべて危機脱出を図るモンティ政権の増税策が原因である。

 

イタリアの元々の財政状況は実はそれほど悪くはなかった。たとえばドイツなどに比べれば、それは確かに良いとは言えないが、基礎的財政収支いわゆるプライマリーバランスは、イタリア危機が叫ばれる直前でもプラスだったのだ。

 

基礎的財政収支がプラスということは、日本や米国などと比較した場合は優等生と言っても過言ではない良好な状況だったのである。

 

それでもイタリアは財政危機に陥った。なぜか。

 

それが世界経済(特に金融市場)の摩訶不思議なところで、数字や論理やファンダメンタルズ(経済活動状況を示す基礎的な要因や数値)だけでは説明ができない。

 

投資家や投機筋や金融機関などの思惑や、不安や、期待や、術策などが複雑にからまって動いているからだ。

 

つまり世界中の投資家や投機筋や金融機関が、ギリシャの財政危機を見てイタリアにも不安を持った。そのためにイタリア国債(イタリア政府の借金)に信用不安が生まれて価値が下がった。

 

国債は価値が下がれば金利が上がる。この上がった金利をイタリア政府は支払えないのではないか、という疑心暗鬼が生じてますます状況が悪くなる・・

 

簡単に言えばそういうことだ。

 

要するに損をしたくないという人間の感情、つまり「欲」が大きく影響してイタリア危機は生まれた。

 

そして、今のイタリア国民の生活の痛みを通してやがて財政収支は改善し、それを見た世界の投資家は安心して、今度は儲けたいという欲に駆られて再びイタリアへの出資を始める。

 

つまりイタリアを危機に陥(おとしい)れた彼らの感情、つまり「欲」が今度はイタリアを財政危機から救い上げるのである。

 

人間の欲って醜悪だし気持ち悪いけど、でもしたたかに面白い・・



ステレオタイプたちのステレオタイプなののしり合い(Ⅱ)



ドイツ国民とイタリア国民が、週刊誌のデア・シュピーゲルと新聞のイル・ジョルナーレを介して
いがみ合いを続けている間も、両国政府は欧州財政危機の回避に向けて緊密に連絡を取り合って仕事をしている。先週末にはメルケル首相がローマを訪問してモンティ首相と会談するはずだったが、ドイツのウルフ大統領が汚職疑惑がらみで辞任したことを受けて、ローマ訪問を中止した。

ウルフ氏は映画制作者から金銭を含む便宜供与を受けたり、他の事業者とも癒着するなど、イタリアの汚職政治家も顔負けの悪徳為政家だったわけだが、幸いイタリアのメディアは、ドイツ大統領の汚職事件をデア・シュピーゲル対イル・ジョルナーレの口論にからませて、不毛な水掛け論に持ち込んだりはしていない。

ドイツのメルケル首相とイタリアのモンティ首相は強い信頼関係で結ばれている。前任のベルルコーニ首相の時とは大違いである。それはあえて言えば、モンティ首相の財政の舵取りがドイツ的だからである。あるいはEU信奉者であるモンティ首相が、EU(つまりこの場合は主にドイツ)の意に沿った方向でイタリアの財政再建に向けて邁進しているからである。国民に多くの犠牲を強いる財政緊縮策を厳しく、緻密に、且つ粛々として押し進めている彼を、ドイツを中心とするEUは今のところ評価している。ドイツ政権とイタリア政権の蜜月関係はそこに起因している。

しかしそれは、デア・シュピーゲルの記事をきっかけに表面に出た、イタリア国民とドイツ国民の間にくすぶっている古くて新しい問題とは別の話である。さらに言えば、両国の間にくすぶっている古くて新しい問題とは実は、ドイツ国民とその他の全ての欧米諸国民との間の問題、と普遍化してもいい極めて重要な論点なのである。

イル・ジョルナーレがデア・シュピーゲルに『われわれにスケッティーノがあるなら、ドイツ人のお前らにはアウシュヴィッツがある』と言い返したことを受けて、ヨーロッパでは国境を越えて大きな反響があった。ネットなどの書き込みを見ると、人々はイル・ジョルナーレの立場に寄り添いつつも「アウシュヴィッツ」という言葉に困惑し、それでもやはりナチスのアウシュヴィッツでの蛮行を心のどこかで糾弾する思いにあふれたものが多かった。僕がこの前の記事でドイツ国民の言動を憂い、それだけでは飽き足らずにまだこうしてこの問題にこだわっているのもそれが理由である。

最近のドイツは危なっかしい。特にギリシャの財政危機に端を発したEU危機以降、その兆候が強くなった。ドイツは言うまでもなくEU加盟国の中では財政的にもっとも強く且つ安定している経済大国である。そればかりではなくEUの牽引車としてフランスとともに危機脱却のために奮闘している。そのあたりから来る自信のようなものが、ドイツ国民をどうも少し驕慢にしつつあるようにも見える。危なっかしいとはそういうことである。

兆候がはっきりと現れたのは2010年2月。ドイツの週刊誌が、右手の中指を突き立てているミロのヴィーナス像の合成写真を表紙に使って『ユーロファミリーの中のペテン師』というタイトルで、ギリシャの財政問題を強く避難する特集を組んだ頃である。その4ヶ月前の2009年10月、発足したパパンドレウ新政権の下で旧政権が隠蔽しつづけていた巨額の財政赤字が表に出た。それまでギリシャの財政赤字はGDPの4%程度とされてきたが、実際は12、7%に膨らみ、債務残高も113%にのぼっていることが分かった。いわゆるギリシャ危機の始まりである。ドイツの週刊誌は、そのことを皮肉って特集を組んだのだった。

それはギリシャ政府の放漫財政を攻撃したジャーナリズムの当たり前の動きだった。ギリシャはドイツにとって外国とはいうものの、統一通貨のユーロという船に乗った運命共同体である。しかも、ギリシャ危機のツケをもっとも多く被るのは、EUの優等生ドイツになることは火を見るよりも明らかだった。従って、ドイツが怒っても少しも不思議ではない、と第三者の僕のような人間の目には映った。

ところがギリシャ人にとってはそうではなかった。週刊誌の写真はギリシャを侮辱するものだとして激しい反発が起こった。パリのルーブル美術館に所蔵されているミロのヴィーナスは、古代ギリシャの巨大な芸術作品のひとつであり、ヨーロッパの至宝である。週刊誌は、そのミロのヴィーナス像を汚した上にギリシャ人を侮辱したとして人々は怒った。中指を突き立てるのは欧米ではもっとも嫌われる行為。それは尻の穴に中指を突き立てる、という暗喩で顔に唾を吐きかけるのと同じくらいの侮辱、挑発と見なされる。

週刊誌は、神聖なヴィーナス像に最悪のアクションを取らせて彼女自身を侮辱した上に、そのヴィーナスの中指がギリシャの尻の穴にずぶりと突き立てられる、という実にえげつないメタファーを示してギリシャ国民を侮辱した、と多くのギリシャ人は感じた。今でこそ国力ではドイツに遠く及ばないが、ギリシャ人には、過去にヨーロッパの核を成す文化文明を生み出したという自負がある。それは歴史的事実である。だからギリシャ人は、彼らにとってはいわば「新興成金」に過ぎないドイツからの侮辱を甘んじて受けたりする気はない。その上、ドイツはナチスのおぞましい闇を抱えた国だ。思い上がるのもほどほどにしろ、と反発したのである。

ギリシャ人を含めた全てのヨーロッパ人は、ドイツの経済力に感服している。同時にドイツ以外の全てのヨーロッパ人は、心の奥で常にドイツ人を警戒し監視し続けている。彼らはヨーロッパという先進文明地域の住人らしく、ドイツ人とむつまじく付き合い、彼らの科学哲学経済その他の分野での高い能力を認め、尊敬し、評価し、喜ぶ。

しかし、ドイツ人は彼らにとっては同時に、残念ながら未だにヒトラーのナチズムに呪われた国民なのである。ドイツ以外の全てのヨーロッパ人が、心の奥で常にドイツ人を監視・警戒している、というのはそういう意味である。いや、ヨーロッパ人だけではない。米国や豪州や中南米など、あらゆる西洋文明域またキリスト教圏の人々が、同じ思いをドイツ人に対して秘匿している。

僕はここではたまたま、欧州危機の元凶とされるギリシャとイタリアに対するドイツメディアの反応、というところから論を進めることになったが、ドイツとギリシャあるいはドイツとイタリアとの関係性は、ドイツと欧米のあらゆる国とのそれに当てはまる。

それと矛盾するようだが、今メディアを通してドイツといがみ合っているイタリアを筆頭に、欧米諸国のほとんどの人々は、前述したようにドイツ国民の戦後の努力を評価し、アウシュヴィッツに代表される彼らの凄惨な過去を許そうとしている。しかし、それは断じて忘れることを意味するのではない。「加害者は己の不法行為をすぐに忘れるが被害者は逆に決して忘れない」という理(ことわり)を持ち出すまでもなく、ナチスの犠牲者であるイタリア人(枢軸国の一角であるイタリアも加害者だが、最終的にはイタリアはドイツと袂を分かち、あまつさえ敵対してナチスの被害を受けた)を含む欧米人の全ては、彼らの非道を今でも鮮明に覚えている。そのあたりの執念の深さは、忘れっぽいに日本人には中々理解できないほどである。

ドイツ国民は他者の寛大に甘えて自らの過去を忘れ去ってはならない。忘れないまでも過小評価してはならない。なぜなら、ドイツ国民が性懲りもなく思い上がった行動を起こせば、欧米世界はたちまち一丸となってこれを排斥する動きに出ることは間違いがない。ドイツと欧米各国の現在の融和は、ドイツ国民の真摯な反省と慎みと協調という行動原理があってはじめて成立するものであることを、彼らは片時も忘れてはならないのである。

ステレオタイプたちのステレオタイプなののしり合い(Ⅰ)



財政危機で四苦八苦しているEU(ヨーロッパ連合)の加盟国間に不協和音が深く静かに鳴り響いている。イタリアの豪華客船コスタ・コンコルディアが座礁した事件にからんで、ドイツの有力ニュース週刊誌「デア・シュピーゲル」が客船のフランチェスコ・スケッティーノ船長を非難する記事を発表した。そこまではいいのだが、記事は「スケッティーノ船長がもしもドイツ人かイギリス人だったなら、決してあのような軽薄な操船をすることはなく、船を見捨てて自分だけが助かる行動も取らないだろう。スケッティーノは典型的な卑怯者のイタリア人だ」という趣旨の論陣を張ってしまった。


この記事に対してイタリア中が激しく反発し、イタリアのドイツ大使も正式にデア・シュピーゲルに抗議をする騒ぎになった。つまりイタリアは国民のみならず政府も一体になってドイツに反発しているのである。ドイツ人が持つイタリア人へのステレオタイプな見方に対してイタリアの各メディアは怒りを表明したが、特にミラノの新聞「イル・ジョルナーレ」は『われわれにスケッティーノがあるなら、ドイツ人のお前らにはアウシュヴィッツがある』というキツイ見出しで反ドイツキャンペーンを張り、「ドイツ人へのステレオタイプな見方」に縛られている多くのイタリア国民の支持を得た。

さらに同紙はドイツ人の臆病と卑怯の典型として、2009年9月4日にアフガニスタンで起きたジョージ・クレイン大佐のアフガニスタン市民虐殺事件を引き合いに出して論じた。ドイツ軍のクレイン大佐はタリバンを怖れるあまり、自らは安全な場所に身を隠したまま市民のいる場所を友軍に爆撃させて102人を殺害した。そのことが明るみに出たとき、ドイツ防衛相は辞任に追い込まれた。大佐の行動は、彼が軍人であることを考慮すればなおさら、臆病と卑怯さにおいてスケッティーノ船長をはるかに凌駕する、と新聞はたたみかけた。

イタリア国民が他者の評価や指弾に本気で反発するのは稀である。彼らは外国からの批判や揶揄や悪口には動じない。むしろそれを受け入れて冷静に分析したり受け流したり無視したりする。こう書くと、熱い血を持つラテン人、というステレオタイプのイタリア人像に染まっている人々はきっと驚くだろう。彼らは確かに興奮しやすく大げさな言動も多いのだが、自らを見つめる自己批判の精神が旺盛で日ごろから物事を冷静に見つめるところがある。古代ローマ帝国を築き、繁栄させ、滅び、分裂し、イタリア共和国に収斂するまでの、波瀾と激動と紛擾に満ち満ちた長い歴史の中で培われた「大人の精神」は実は、冷静で緻密で真面目な印象のあるドイツ人よりも、イタリア人の中に顕著なのである。

デア・シュピーゲルの記事はタイミングも悪かった。巨大客船の運行を一手に任されていた男が、個人的な付き合いのある元船乗りを喜ばせるために巨船を無理に陸側に近づけて岩礁に激突、座礁せしめるという前代未聞の行為。その上、船と運命を共にするはずの同船長は、信じがたいことに乗客・乗員合わせて4200人もの人々を沈み行く船に残して、自らは救命ボートに乗り移ってのうのうと生きのびた。イタリア中がスケッティーノ船長の驚愕の行動に言葉を失い、困惑し、大きな怒りに包まれているそのただ中に、デア・シュピーゲルの記事が出てしまったのである。

イタリア国民は二重の意味でこれに激烈に反発した。まず、彼ら自身が誰よりもよく知っているスケッティーノという男の卑劣を、ドイツ人記者があたかも新発見のようにしたり顔で言い募ったことへの怒り。そして二つ目、これが一番大きいのだが、スケッティーノという個人の失態を「イタリア人全体の失態」ととらえて、イタリア人は皆同じ、つまりイタリア人は皆スケッティーノ」というニュアンスで論理を展開したことへの怒りである。ステレオタイプのカタマリ以外の何ものでもない愚かな主張に、イタリア中が激昂のマグマと化してしまった。そこから右寄りの新聞「イル・ジョルナーレ」の『われわれにスケッティーノがあるなら、ドイツ人のお前らにはアウシュヴィッツがある』という厳しい言葉を使った反撃記事が出るまでは時間を要さなかった。ドイツ人=アウシュヴィッツというくくり方は、昨今の欧米論壇ではほとんどタブーに近い表現である。

デア・シュピーゲルのステレオタイプにイル・ジョルナーレがステレオタイプで言い返しただけ、という見方もできるが、毒矢の大きさはイル・ジョルナーレの方がはるかに大きい。記事を書いたデア・シュピーゲルのフレシャウアー記者は、そのつもりがないままイタリアに切りつけてみたが、激しい返り討ちに遭ってしまった、という具合である。

ところで、このフレシャウアー記者の「そのつもりがないまま」というアブナイ態度が何を意味するかというと、それはずばり、想像力の欠如ということである。ここで言う想像力とは、今自分が描写したり表現している事案が「ステレオタイプになっていないかどうか」と一瞬立ち止まって絶えず自問することである。それだけでも多くの間違いが回避できる。人は誰しも「ステレオタイプなものの見方」から完全に自由でいることはできない。しかし、ステレオタイプの可能性を絶えず意識する者と、そうでない者の間には天と地ほどの違いが生まれるのである。

卑怯という言葉がひどく軽く見えるほどのスケッティーノ船長の驚愕の行為を、誰よりも先に非難し、怒り、罵倒するのはイタリア人であろう、と想像するのはたやすいことではなかっただろうか?フレシャウアー記者にはそのほんの少しの想像力が欠如していた。その想像力の欠如という致命的な欠陥は、もっと大きな間違いにつながった。つまりステレオタイプをあたかも重大な発見でもあるかのように書き連ねたことである。この愚かさが、フレシャウアー記者一人のものであることを祈りたい、と言いたいところだが、それはきっとあり得ない。

雑誌記事は記者が書いたものがそのまま掲載されることはまずない。編集者やデスクや編集長や部長や局長など、雑誌の責任者らが目を通し管理をした後に掲載が決定される。ということはつまり、デア・シュピーゲルの責任者達は誰一人として、フレシャウアー記者の書いた記事のステレオタイプな内容に気づかなかった。だからその記事は世の中に出た、ということになる。

それは偶然だろうか?・・・僕にはとてもそうは思えない。

考えられるのは、欧米では今でもよく指摘されることだが、ドイツ人の中にどす黒く沈殿しているごう慢な優越意識が彼らを支配して、皆が集団催眠状態に陥ってしまった。そのために記事の重大な誤謬が誤謬とは見なされずに表に出た。あるいは、彼らの全員が記事の誤謬を充分に知っていてあえて、つまり「わざと」それを世に問うた。もしそうだとするなら、ドイツ国民(読者)の中にヒトラーの選民思想につながる前述の優越意識があり、その要求に従ってジャーナリストたちは記事を発表したという考え方もできる。読者の読みたい内容を意識的に或いは無意識のうちに提示することが多いのが、メディアのアキレス腱の一つだ。

もし本当にそこにナチスの過去の魁偉に直結するようなものがあったとしたら、それはまず誰よりもドイツ国民にとってマズイことである。なぜなら、ドイツを除く欧米各国の国民は、アウシュヴィッツの惨劇とナチスの極悪非道な振る舞いを、今もって微塵も忘れてはいないのだ。それはヨーロッパやアメリカに住んでみれば誰でも肌身に感じて理解できる、いわば欧米の良心の疼きである。開かれた文化文明を持つ西洋人は、ナチスの台頭を許してしまったドイツ人の過去の「誤り」を許すつもりでいて、ドイツ国民に対してそのように振る舞っている。が、誰一人としてその歴史事実を忘れてなどいない。

イタリア人の場合はなおさらだ。彼らにはヒトラーと手を結んだムッソリーニを有した歴史がある。最終的にはイタリアはドイツと袂を分かち、あまつさえ敵対してナチスの被害を受けたが、初めのうちはナチスと同じ穴のムジナだった、という負い目がある。だから彼らは他の欧米諸国民よりもドイツ人に対して寛大である。彼らが過去に数え切れないほど起きた、ドイツメディアのイタリアへの皮肉や非難やステレオタイプに常に鷹揚に対してきたのもそうした背景があるからである。しかし、イタリア国民の多くは今回のデア・シュピーゲルの記事に対しては激しく反論し、今も反発している。これまでとは何かが違っている。それは恐らく今ヨーロッパに大きな影を投げかけている財政危機とも関係がある。

が、それでなくても、アウシュヴィッツの非道を人々に繰り返し思い起させるような行動は、ドイツにとっては少しも良いことではない。なぜなら人々はその度に、ドイツ人が未だにナチスそのものでありアウシュヴィッツの悪魔である、という巨大なステレオタイプにとらわれて、あっさりと過去に引き戻されて盲信してしまうことが多いからである。

それはドイツ国民が戦後、自らの過ちを認め、謝罪し、ナチスの悪行を糾弾し続けて世界の信頼を徐々に取り戻してきた、自身の必死の努力をご破算にしてしまいかねない、愚かな行為以外のなにものでもない。

 

 

イタリア危機です。でも・・正月だもんね。



イタリアにいても、又たまに日本に帰っても「イタリアのクリスマスや正月はどんな感じですか」とよく人に聞かれる。その質問に僕は決まって次のように答える。

 

「イタリアのクリスマスは日本の正月で、正月は日本のクリスマスです」と。

 

祝う形だけを見ればイタリアのクリスマスは日本の正月に酷似している。ここでは毎年クリスマスには家族の全員が帰省して水入らずでだんらんの時を過ごす。他人を交えずに穏やかに、楽しく、かつ厳かな雰囲気の中でキリストの降誕を祝うのがイタリアのクリスマスである。

 

カトリックの総本山バチカンを抱える国だけあって、アメリカやイギリスといったプロテスタントの国々と比較しても、より伝統的で荘厳な風情に満ちていると言える。たとえば日本のクリスマスのように家族の誰かが外出したり、飲み会やパーティーを開いて大騒ぎをしたりすることは普通はまずないと断言してもいい。

 

 

ところが正月にはイタリア人も、他のキリスト教国の人々と同じように、家族だけではなく友人知己も集まって飲めや歌えのにぎやかな時間を過ごす。それが大みそか恒例のチェノーネ(大夕食)会である。食の国イタリアだけに、クリスマスイブの夕食会にもチェノーネと呼ばれるほどの豊富な料理が供されるが、大勢の友人が集まって祝うことが圧倒的に多い大みそかのチェノーネは、クリスマスよりもはるかにカラフルでにぎやかで、かつクリスマスよりもさらに巨大な夕食会、というふうになるのが一般的である。

 

チェノーネはたいてい大みそかの夜の9時前後から始まり、新年をまたいで延々と続けられる。年明けと同時にシャンパンが勢い良く開けられて飛沫(しぶき)の雨が降り、花火が打ち上げられ、爆竹が鳴り響く中で人々は乾杯を繰り返す。そしてひたすら食い、また食う。食いつつ喋り、歌い、哄笑する。新年を祝う意欲にあふれたチェノーネは、にぎやかさを通り越してほとんど「うるさい」と形容してもいいくらいである。

 

あえて言えば、チェノーネで供される食材がイタリアのお節料理ということになる。チェノーネにはお節料理のように決まった「型」の類いはほとんどないが、それに近い決まりのようなものはある。それは食事の量がムチャクチャに多い、ということである。チェノーネ(大夕食)という名前はまさにそこからきている。

 

イタリア料理のフルコースというのは、もともと日本人には食べきれないと言い切っても良いほど大量だが、チェノーネで供される食事の量はそれの2倍3倍になることもまれではない。とにかくはんぱじゃない量なのである。

 

チェノーネではまず「サルミ」と総称される生ハムやサラミなどの加工肉類と、魚介のサラダなどにはじまる前菜がテーブル狭しと並べられる。小食の人はこの前菜だけで腹いっぱいになることは間違いがない。

 

そこにパスタ類が運ばれる。パスタは通常は一食一種類だが、チェノーネではスパゲティ、マカロニ、手打麺など、何種類も並ぶことも多い。

 

次に来るメインコースがすごい。大量の肉料理の山である。魚も入る。コントルノ(つけ合せ)と呼ばれる野菜類も盛大にテーブルを飾る。

 

それが終わると果物とデザート。食事の最後になるこの二つも普通は一方を食べるだけである。チェノーネでは両方出ると考えてほぼ間違いない。

 

この間に消費されるワインも大量になる。午前0時を回ると同時に開けられたシャンパンは言うまでもなく、ワインや食後酒のグラッパやウイスキー等々の強い酒もどんどん飲み干される。酔っ払いを毛嫌いするイタリア人だが、この日ばかりは酔って少々ハメをはずしても許されることが多い。

 

それは各家庭だけではなく、レストランなどの夕食も同じ。大みそかにはほとんどのレストランも、そのものずばり「チェノーネ」という特別メニューを設定して大量の料理で客を迎える。もちろん料理の嵩(かさ)に応じて値段も普通より高くなるが、新年を祝う催しだから客も気前よく金を払う。

 

イタリア財政危機が叫ばれる今回の年末年始では、イタリア全国でチェノーネに費やされた飲食費は、残念ながら前年と比較して20%余り低かったことが分かっている。

 

前述したようにチェノーネには、日本のお節料理のように決まった形というものはないが、地方によって食材の定番というものはある。良く知られているのはカピトーネと呼ばれるナポリの料理である。カピトーネは大ウナギを豪快に切断して油で揚げたもの。その脂っこい料理には必ずレンズ豆が添えられる。

 

レンズ豆はお金に似ているということで、カピトーネに限らず新年の料理には付け合せとしてよく添えられる食材である。お金が儲かって豊かになれますように、という願いがこもった縁起物なのである。そればかりではない。レンズ豆は脂っこい食材を淡白にする効果がある。だからえらく脂っこいウナギ料理の付け合せとしても最適なのである。

 

わが家のチェノーネにはよくザンポーネが出る。僕が好きでできるだけ出してもらうようにしている。ザンポーネは豚の足をくりぬいて皮だけにして、そこに肉や脂身をミンチにして詰めて煮込んだものである。味はどちらかというとスパム(SPAM・ポークランチョンミート)に近いが、スパムよりもこってりとしていて、かつイタメシだけにスパムよりもうまい。

 

ザンポーネの中身を食べた後の皮は普通は捨ててしまうが、そこの脂っこさが好きでわざわざ食べる人もいる。僕も一度だけ味見をしてみた。味は不味くはないが脂っこさと匂いに辟易して一口以上は食べられなかった。ザンポーネの付け合せもレンズ豆が定番。レンズ豆はやっぱり、縁起がいいだけではなく脂っこいものに強いのである。

 

北イタリアの厳しい寒さの中で食べるザンポーネはとても美味しい。カロリーの高い食べ物だが、きっとカロリーが高いからこそ寒さの中で最も美味しく感じられるものなのだろう。ダイエットさえ気にしなければ、脂っこさにもかかわらず幾らでも食べられそうに思えるのが、ザンポーネのすごいところだと僕は勝手に感心している。

 

 

イタリア危機地元の明け暮れ



欧州危機は収まるどころか、フランス国債の格付け引き下げが取り沙汰されて金融市場が悶々とする中、その欧州危機の台風の目である「イタリア危機」渦中のこの国は、モンティ新政権が打ち出した緊縮財政策に対する国民の受容と諦めと、そして当然ながら怒りも巻き込んで、一年で最も大きな消費経済活動が展開されるクリスマス期を迎え、乗り切って、今は新年を待つばかりとなっている。

 

緊急財政緊縮策は案の定イタリアの景気に暗い影を投げかけた。イタリア人はクリスマスイブと大晦日に「チェノーネ(cenone)」と呼ばれる巨大食事会を各家庭やレストランや宴会や懇親会などで催す習慣がある。

 

去ったクリスマスイブの夕食と、翌クリスマス当日の昼食の2食で、イタリア全国では23億ユーロ(約2400億円)分の飲食物が消費された。それはたった2食分の消費量としては、一人頭の計算では恐らく世界でも1、2を争う水準の金額であると考えられる。

 

しかしその巨額の飲食費は実は、昨年に比べて18%少なく且つ2000年以来で最低の水準だった。モンティ首相の緊縮・増税策はやはり、国民の消費意欲にブレーキを掛けることになったのである。クリスマスイブの夕食よりもさらに大きな消費が期待される大晦日の「チェノーネ」も、昨年に比べて大幅な減少になると試算されている。

 

その実態を見て、たった一ヶ月余り前に失脚(と言ってもあながち過言ではないだろう)したばかりのベルルスコーニ前首相は、自らの失策を棚に上げて「増税策が不況を招きつつある。不況になれば国民に信を問う選挙は避けられず、わが党の勝利は間違いない」と、権力にしがみついていたい本音をあからさまに口にし始めた。

 

先日発効されたモンティ首相の緊急財政策の一つに、1000ユーロを越える全ての取引の電子化を義務付ける脱税防止措置がある。イタリアの脱税額は1年で2000億ドル、16兆円程度(それよりもはるかに多いという説もある)と見られている。脱税の防止は歴代政権の最重要課題の一つだが、なかなか有効な手を打てずにきたというのが現実である。

 

そうしたなか、1227日付のミラノの新聞「Libero」にドイツの脱税問題を大きく扱った記事が掲載された。首をうなだれて悩む恰好のドイツ・メルケル首相の写真と共に「脱税はドイツの国民的スポーツ」という刺激的な見出しが躍(おど)る報告だった。

 

ドイツ税務労働者組合(German Tax Workers Union)のトップ、トーマス・エイゲンターラー氏はその記事の中で、国外送金を隠れ蓑にしたドイツ人の脱税額は1年で約300億ユーロ(約31千億円)に登ると語っている。

 

しかし実は、外国を巻き込んだそうした「目立つ」脱税例とは別に、ドイツ国内の連邦、州、自治体などに於ける脱税の総額は年間1000 億ユーロ(10兆円余)を超える、というのが定説である。イタリアよりかなり低い数字だが、EUの優等生ドイツにもやはり脱税問題は存在する、という当たり前の話である。

 

脱税というのは欧州内では南に行くほどひどくなる印象がある。北欧よりは南欧、その南欧の中でも例えばイタリアなら北部イタリアよりローマ、ナポリ、シチリア島と南に下るほど脱税への罪悪感が薄れて行き、国境を越えてギリシャに至ると、もはや脱税がトーマス・エイゲンターラー氏の言う「人々の国民的娯楽」のようにさえなってくる。いや娯楽という生易しいものではない。まさに生活そのもの、とでも言った方がいい日常茶飯の出来事である。

 

たとえば僕が今夏滞在したギリシャでは、アテネよりもエーゲ海の島々に明らかにその傾向が強かった。一つ具体的な例をあげると、アテネではガソリン代をカードで支払うことができるが、エーゲ海のミロス島では現金以外は一切受け付けなかった。カードでは売買記録が残って課税を免れない。そこで島のガソりンスタンドでは客に現金清算を強要する。そればかりか、レンタカー会社などでは値引きをしてまでカードでの支払いを避けようとする。ことほど左様にヨーロッパでは、一般的に南に下るほど脱税への罪意識は低くなっていくのである。

 

とは言うものの、少なくともここ北イタリアあたりでは「1000ユーロを越える全ての取引の電子化」という脱税防止策は、効を奏しつつあるように見える。銀行は1000ユーロ超のキャッシュの動きについては顧客にその都度注意を促がし、出入りの職人や自動車整備士などとの間の支払いも、現金ではなくカードや小切手を使うようになっている。そうしたやり取りには確実に20%の消費税が加算されるのは言うまでもない。

 

 


ミラノ・スカラ座にはイタリア危機などないのだ。のだ!


さすがはイタリア人。役者やのう~、という思いで僕はマリオ・モンティ・イタリア新首相のパーフォーマンスを眺めていた。

 

財政危機で国中が緊張しているさ中の12月7日、首相はなんとエルザ夫人を伴なって、ミラノのスカラ座のオープニング公演に悠然と顔を出したのである。しかもそこにはナポリターノ大統領夫妻も同席するという周到振りだった。

 

オペラの殿堂、ミラノのスカラ座の公演は毎年12月7日がシーズン初日と決まっている。イタリアはもちろん世界中のセレブ、つまり王侯貴族や芸術家や富豪や映画スターや政治家等々が一堂に会する大イベントである。

そのきらびやかなスカラ座の初日に、
タキシードを身にまとった宰相と国家元首が夫人と共にロイヤルボックスに並んで座って、2011年~2012年のオペラシーズンの華々しい幕開けをさらに盛り上げたのである。

  

オペラ初日の3日前の12月4日、モンティ首相は深刻なイタリア財政危機の回避をねらった300億ユーロ(約3.2兆円)の緊縮会計策を発表した。

 

その中身は国民に多くの苦痛を強いる内容で、付加価値税率を2ポイント引き上げるほか、年金支給開始年齢も大幅に引き上げる。さらにベルルスコーニ前首相が廃止した居住用不動産への固定資産税を復活させ、ヨットや高級車種などのぜいたく品に対する新税も導入する。また脱税防止策として、1000ユーロを越える全ての取引の電子化を義務付けることなどを盛り込んでいる。

 

ひとことで言うと、100億ユーロ余りを歳出削減で、また残りの約200億ユーロを増収分でまかなう計画である。

 

緊縮策は実は週明けの12月5日に発表される予定だった。が、スカラ座のオープニング公演を鑑賞すると決めていたらしい首相は、あえてそれを一日繰り上げて閣議決定し、公表したのである。スカラ座でのパフォーマンスまでに、少しでも長い緩衝(かんしょう)期間がほしかったのだろう。

 

そうとは知らない国民の多くは、前倒しの政策発表が首相と新内閣の「やる気」の表れた仕事振りだと思い、その動きを歓迎した。結果、首相の「やる気」は本物で、その上さらに深謀遠慮とも言える計画があったことが明らかになった。それが首相自身と大統領によるオペラ観劇だったのである。

 

その目的は、国内はもちろん世界中のメディアが注視するスカラ座の晴れの舞台で、優雅にゆったりと行動してみせることでイタリアの国家財政が修正可能であり、安泰であることを国民に印象付けるための演出だったと考えられる。

 

同時にそれは賭けでもあった。国民に多大な犠牲を求める政策を推し進めている当人が、この厳しい緊急時にオペラ鑑賞なんて何を悠長な、不謹慎な、と強い非難が湧き起こっても不思議ではなかったからである。

 

結果として首相の賭けは成功した。大統領と二人三脚で演じたパーフォーマンスは功を奏して、国内メディアはスカラ座の舞台と、2人の首脳をはじめとする観客の写真を一面トップにふんだんに使って報道を続けた。おかげでイタリア国民は、財政危機の憂うつをしばし忘れて、スカラ座のきらびやかな舞台と出席者の典雅な遊宴模様に酔いしれたのである。

 

それは地に落ちたイタリア国民の誇りをくすぐる十分な効果があった。

イタリア経済は先進国の中で二流か三流、もしかすると四流かもしれない。その結果、イタリアには財政危機がもたらされた、という国民の忸怩(じくじ)たる思いは、スカラ座の舞台と出席者が織り成すきらびやかな絵模様を目の当たりにした時に遠くに消えて、芸術文化における独創性と見識は、未だ世界中のどの国にも負けない、というイタリア人の誇りが甦ったのである。

  

僕は新首相のしたたかな動きを見ながら、イタリア人が好んで口にしたがる格言を思い出した。曰く「イタリア共和国は常に危機を生きている」。

 

都市国家と呼ばれた多くの独立国が、わずか150年前に結びついて統一国家となったこの国では、あらゆる事案に意見が百出してまとまる物も中々まとまらない。まとまらないから政治経済がしばしば滞(とどこお)り紛糾する。イタリアのほとんどの危機の本質はそこにある。しかし余りにも危機が多いために、イタリア人はそれに慣れて、めったに慌(あわ)てることがないという余得も生まれた。彼らはあらゆる危機をアドリブで何とか乗り切ることに長(た)けている。今回の財政危機もたぶん同じ結果になるのだろう。

 

この国の人々は、ギリシャ危機の影響もあって、今回の債務危機に対しては早くから犠牲を払う覚悟ができていたように思う。モンティ首相のパフォーマンスが肯定的に受け止められたのは、その辺にも原因があるのだろう。国民の暗い心に一条の光を投げかけたのが、首相の動きだったのだ。

 

今のところイタリアは、自国の救済も含めた欧州債務危機に関しては、一国が成すべきことを一応全てやったと感じている。国内には緊縮策に対する反対ももちろんあるが、国民は最終的には政府が打ち出した案を全面的に受け入れるだろう。そのほかには道はない、とういうのがイタリア国民の総意であるように見える。

 

あとはイタリアが属するEU(ヨーロッパ連合)の出方次第である。イタリア経済が沈没するようなことがあれば、それはEU圏の崩壊につながりかねないのだが、当のEUは一枚岩ではなく、イギリスが包括的な財政統合案を拒否するなど、依然として不透明な状況が続いている。

 

イタリア国民は、強い楽観と、一抹の不安と、この先の生活の劣化の可能性をひしひしと肌身に感じながら、事の成り行きをじっと見守っているというところである。



確かにギリシャ危機にイタリア危機です。で?それがなにか?





ここのところ、日本の誰かと連絡を取るたびに、イタリアは大変ですね、とよく同情される。
 

ギリシャに始まったヨーロッパの財政危機は、イタリアに飛び火し、スペインを巻き込み、フランスにまで及びかねない情勢である。
 
イタリアの財政危機は、この国の札つきの前宰相・ベルルスコーニを辞任に追いやるという幸運ももたらした。が、借金漬けの国家財政が破綻にひんしている事態そのものは、もちろん良いことではない。

→<ベルルスコーニ「いったん」降参?


ギリシャの破綻→イタリア、スペイン沈没→欧米恐慌→世界恐慌へ、というような図式は、可能性としては本当にあり得ることだろう。
 
が、たとえそうなったとして「だから? なに?」というのが僕の腹の底の、さらにその底での思いである。
 
僕は決して運命論者ではない。経済を無視する夢想家でもなければアナキストでも皮肉屋でもない。ましてや悲観論者などでは断じてない。それどころか、楽観論者でありたいと願い、その努力もしているつもりの人間だが、未だ手放しの大いなる楽観論者にはなれずにいる凡人である。
 
その中途半端な凡人の視線で見てみても、ギリシャ危機に始まる世界恐慌など大したことではないのだ。
 
ギリシャが財政破綻したとする。
 
それは事件だが、ギリシャの人々は翌日から食うに困るわけではない。生活は苦しくなるだろうが、世界の最貧国や地域の人々のように飢えて死んで行くのでは決してない。
 
それどころか、依然としてこの地上で最も豊かな欧米世界の一員として、それなりの生活水準を維持していくだろう。
 
ギリシャの今の、そして将来の貧しさなんて、ヨーロッパ内や米国や日本などと比較しての貧しさでしかない。
 
昨今、その豊かさが大いに強調されて報道されたりする、中国の大多数の国民と比較してさえ、まだまだ雲の上と断言してもいい「貧しさ」だ。
 
それって、断じて貧しさなんかじゃない。
 
ギリシャの破綻が、イタリア、スペインなどの欧州諸国に波及したとする。

それもまた大いなる事件だが、人々はやはり飢え死にしたりはしない。生活の質が少し悪くなるだけだ。
 
危機にあおられて、同時不況に見舞われるであろう世界の富裕国、つまり日米欧各国や豪州なども皆同じ。今のところそれらの国々は、依然として豊かであり続けるだろう。
 
最近の騒ぎは ―― そして僕も少しそれに便乗してブログに書いたりあちこちで発言したりしているが ―― 日米欧を中心とする世界の金持ちが集まる、ま、いわば「証券取引所」内だけでの話、と矮小化してみても、当たらずとも遠からずというところではないか。
 
たとえギリシャが破綻し、イタリア経済が頓挫し、欧州の恐慌が世界に波及しても、今の世界の「豊かさの」序列がとつぜん転回して、天地がひっくり返るのではない。
 
それらの出来事は、この先何年、何十年、知恵があれば場合によっては何百年あるいは何千年かをかけて、ゆっくりと、しかし確実に衰退し、没落し、落下していく日米欧を中心とする富裕国家間に走る激震、一瞬のパニックでしかないのである。
 
地震は過ぎ、パニックは収まる。

そして富裕国家は被害を修復し、傷を癒やし、また立ち上がって、立場を逆転しようとして背後に大きく迫るいわゆる振興国の経済追撃の足音を聞きながら、それでも今の地位は守りつつ破滅に向かっての着実な歩みを続けるだろう。
 
各国経済はグローバル化している。従って富裕先進国のダメージは新興国にも及び、さらに弱者の貧困世界をも席巻するに違いない。
 
つまり、ギリシャやイタリアの破綻→世界恐慌の図式の中で真に苦しむのは、今もその時も同じ、世界の貧しい国の人々でしかないのである。
 
日伊を含む富裕国の国民は「ギリシャ危機「」や「イタリア危機」を心配するばかりではなく、少しはそれらの不運な人々に思いをはせて、自らの巨大な幸運を喜んでみることも必要ではないか。
 
それにしても
 
たとえ世界恐慌が起ころうとも、今この時でさえ餓死者が出る世界中の貧困地帯に、それ以上の悲惨が待っているとも思えない。

底を打った彼らの極貧は、もはや下には向かうことはなく、富裕国の落下と入れ替わりに上昇あるのみではないのか。

たとえそこに途方もない時間がかかろうとも……。
 
そうやって見てみれば、世界経済には何も悲観するべきことはないように思える。

全てがなるようになる。

なるようにしかならない世界は、なるようにしかならないのだから、きっとそれ自体がまっとうである。

ならばそれを悲観してみても始まらない。
 
流れのままに、世界も、イタリアも日本も、また人間も、流れていけばいいのである。

記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

なかそね則

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ