イラスト by KA Nakasone
僕のPCのブログフォルダには、ある程度書き進んだネタや、ほぼ書き上げて後は推敲するだけのテーマ、などというものも結構ある。それらは時事ネタである場合がほとんどである。時事ネタだから腐ってしまっている。しかし、書き進んだテーマにはその時々の自分の思いが既にきっちりと現れている。そこで、《過ぎた時事ネタを今振り返る》みたいなコンセプトで「掲載し遅れたこと」あるいは「投稿し忘れたこと」というカテゴリにまとめてそうした事案も公表してみようと考え付いた。つまらなければさっさとやめるつもりで。
【2016年6月11日付け・掲載し忘れ稿】
ベルルスコーニ元首相、愛称ベルルスカ(以下ベルルスカ)さんが、心臓手術のために入院し、大動脈弁を人工心臓弁に取りかえる手術を受けた。同氏は10年前にアメリカで心臓ペースメーカーの手術を受け、最近電池交換の手術も受けていた。元首相は入院したとき命の危険もある重篤な状態だったが手術は成功。経過も順調でリハビリなどを経て1ヶ月後には政界復帰も可能とのこと。
病気からの回復は良かった。めでたい。お大事に。と心から思うが、御ン歳 ほぼ80歳の元首相がまだ政界復帰を目論んでいるという話には、そういうのが政治家然とした成り行きだと知りつつ、またそいういう脂ぎった性格でないと強い政治家にはなれないことなども熟知しつつ、余計なお世話ながら、ここで政界から足を洗って静かに余生を生きれば彼の人生も大きく変わるだろうに、惜しい。とも思う。
元首相は、イタリア第3の政治勢力であるForza Italia党の党首である。だが脱税の有罪判決を受けて2013年11月に議員資格を剥奪され、その後いかなる公職にも就けない前科者の身である。他のいわゆるまともな先進民主主義国ならそれだけでも十分に政治生命が終わる事態だが、ここは不思議の国アリス、じゃなく不思議の国のベルルスカさん。よく言えば寛大、悪く言えばいい加減な国民も多く住むイタリア共和国である。しっかりと生き延びてきた。
しかし、もうそろそろそういう無駄な戦いは終わりにしたほうが良い。そうすることで彼は、政治的に晩節を汚した(晩節ではなくずっと汚れていたという厳しい声もある)あまたの汚職疑惑、未成年者買春容疑、贈収賄容疑、そして議員生命に止めを刺した脱税有罪判決など、100件以上の裁判沙汰や、ブンガブンガ乱交パーティ疑惑などで地に落ちた評判を回復することも可能だと思うからだ。
なぜ可能なのかというと、ベルルスカさんが基本的にはコミュニケーション能力に優れた楽しい面白い人だからだ。そして数々の放言暴言差別発言などにもかかわらず、彼は多分それほどの極悪人ではないと考えられるからだ。ベルルスカさんの放言暴言差別発言は、深刻な根を持たない軽はずみな、誤解を恐れずに言えば「イタリア人的な趣味の悪いジョーク」の類ではないか、というのが僕の持論である。
あるいはイタリア人的な「ノリ過ぎ」から来る軽佻浮薄発言といっても良い。要するに子供メンタリティーから出たもの。いつまで立ってマンマ(おっかさん)にド頭をなでられてかわいがられていたい、イタリアの「コドモ男たち」の一人ベルルスカさんならではの、お調子者丸出しのおバカな言動なのである。
性格が明るくジョーク好きな彼は、政界入りする前には実に輝いていた。こ ぼれるような笑顔、ユーモアを交えた軽快な語り口、説得力あふれるシンプルな論理、誠実(!)そのものにさえ見える丁寧な物腰、多様性重視の基本理念、徹頭徹尾の明朗と人なつっこさ、などなど・・・元首相は決して人をそらさない話術を駆使して会う者をひきつけ、たちまち彼のファンにしてきた。それはイタリア政界を牛耳る権力者になってもからも変わらなかった。
ベルルスカさんのポジティブな一面は、軽薄や際限のないお喋りや隠蔽や利己主義や鈍感や無思慮などのネガティブな面と表裏一体なのだが、ポジティブ好きの多くのイタリア国民によって裏の要素は無視されて、表の要因ばかりがスポットライトを浴びてきた。そうやって彼はイタリア政界のスターであり続け、スターであることが彼にカリスマ性を付与してきた。
一代で巨万の富を築いた自信満々のベルルスカさんは、政界に打って出た当初、ドロ沼のように停滞したイタリアの古い政治体質を変えるのではないかと期待された。それは表面的には成就されたように見えた。だが、3期およそ9年に渡って政権を担い、野にあった時期も含めると20年もイタリア政界を牛耳った男が腐らない訳がない。彼は自身のビジネス王国を守り発展させることと、国政とを混同して最終的には失脚した。
2011年に失脚したものの、ベルルスカさんは普通の政治家とは違っていた。民放テレビ3大ネットワークを中心とするメディアグループを筆頭に、「ベルルスコーニ・ビジネス王国」が巨大な力を持ち続けて、イタリア政治経済のあらゆる局面に影響力を行使した。結果としてそこの主である彼の政治基盤も揺らぐことなく存在し続け、今も存在している。
当然彼の主たる関心はビジネスであり、国を思い国を憂う、英語で「公正でりっぱな政治家」と表現されるいわゆる『Statesman(ステイツマン)』としての高邁な哲学ではない。そんな具合いに、全てが真っ黒とは言わないまでも、灰色一色の政治家生活を病気を機会に捨てて、彼本来の面白い人『Simpatico(シンパーティコ)』に戻ればいいのに、と僕は余計なお世話に思うのである。
イタリア には人を判断するのに「Simpaticoシンパーティコ⇔Antipaticoアンティパーティコ」という基準があるが、これは直訳すると「面白い人⇔面白くない人」という意味だ。そし て面白いと面白くないの分かれ目は、ひとことで言ってしまえば「おしゃべりかそうでないか」ということなのである。自己表現に長けたおしゃべりで面白い人が『Simpatico(シンパーティコ)』であり、しかもそれは、イタリア人が人を評価するときに頻繁に用いる、最上のほめ言葉なのである。
彼が『Statesman(ステイツマン)』と呼ぶにふさわしいい政治家だったならば、ベルルスカさんは自らの後継者も育てるはずだった。しかし彼はそれをしなかった。そのため今回、彼の入院手術の報が出ると、即座に元首相の後釜に座るのは誰かという憶測が流れた。ベルルスカさんの支持を受けてミラノ市長に立候補しているParisi氏や元教育相のGelmini 氏、また彼の片腕とみなされる81歳のLetta氏(レッタ前首相の叔父)などが取りざたされたが、いずれも強い調子で否定。
まるで噂に上ることはベルルスカさんの不評を買う、とでもいいたげな性急な否定の仕方が、ちょっと不自然な感じだった。彼らが後継者ではないなら、党内にトロイカ体制が組まれるのではないかなどとも噂されたが、これは党の指導部が強く否定するなど、ベルルスカさんのほぼ独裁体制を思わせる動きが矢継ぎ早に出た。
こういう動きからも、ベルルスカさんが常に私利私欲で行動しているらしいことが分かる。彼は恐らく自分の子供らに家督、つまり党首の地位を引き継ぐ形以外には後継者には興味がないのではないか。以前はアルファーノ内務大臣が後継と見られていたが、彼はアルファーノ氏をこき下ろすような言動もいとわず、同氏は2013年にベルルスコーニ党(FI)を割って出て、新党「新中道右派(NCD) 」を結成した。
ベルルスカさんはそのころは、どうやら娘のマリーナさんを自らの後継者にする構想を持っていたようだ。その計画は彼女の拒否で立ち消えになったが、ベルルスカさんは前述したように多分彼自身の家族以外には党の権力を譲る気持ちにはなれないのだろう。つまり、家族以外の人間には心を許せないのだ。それって典型的な独裁者の心理状態と同じ不穏なものだ。
ベルルスカさんには男女4人の子供がいて、全員が彼のビジネス王国で重要な役職を担っている。そうした事実も相まって、ベルルスカさんの行状の全ては私利私欲のため、という批判が絶えない。ならば彼は今こそ、我欲オンリーの自らのあり方を捨てて、若かりしころの『Simpatico(シンパーティコ)』な男に戻るべき、と僕は再び老婆心に思うのである。
2017年3月7日現在、 ベルルスカさんはいたって元気。この記事に書いた心臓手術のあと、予定通りほぼ1ヶ月後の2016年7月5日に退院。その後は順調に回復して、昨年12月4日に行われた憲法改正を問う国民投票では、当時のレンツィ首相降ろしのキャンペーンに暗躍して成功。現在は単独での政権獲得が無理なことを察して、連立政権の一角に食い込むか、少なくとも影響力を行使することを念頭に、相変わらずイタリア政界最強の魑魅魍魎振りを発揮している。