
かつての日独伊=悪の三国同盟とそこに巣くう極右勢力について考え続けている。
今日現在の3国の極右勢力のうちで、最も危険なのは日本の極右である。
先の大戦を自らで徹底総括した国であるドイツ。そのドイツの後進であるイタリア。
片や総括どころか、自国の加害の過去を否定する歴史修正主義者が跋扈する日本の極右は、似て非なるものだ。
ヒトラーを知り、ムッソリーニを意識しているドイツとイタリアの極右は、ヒトラーにならずムッソリーニの轍も踏まない。
たとえ彼らがそこに向かおうとしても、戦争を徹底総括して子供たちにナチスとヒトラーの悪をこれでもかと伝え徹底教育しているドイツの極右は、民衆の抵抗に遭い挫折する。
イタリアは戦争途中で民衆が蜂起してファシズムを倒した。そのためドイツほどの徹底的な戦犯追及はしなかった。
だがイタリアの民衆も道徳的思想的にドイツの厳しい戦争総括姿勢に感化された。加えてイタリアにはファシズムを厳しく断罪するバチカンが控え人々はそれにも大きく影響される。
その上さらにイタリアには、極論や過激論者を穏健に引き戻す効果のある多様性の精神が深く浸透している。そうした要素が極右の暴走を抑制する。
現にネオファシストとさえ批判されたジョルジャ・メローニ首相は、首相就任と同時に穏健保守へと姿を変えて、国内は元よりEUの多大な信頼さえ勝ち取った。
ドイツの極右も政権を握った場合、イタリアのケース同様に多かれ少なかれ現実路線に舵を切る。それは過激な主張や政策をより中道寄りにシフトするということだ。
ドイツの極右の台頭に関しては、しかし、一抹の不安は残る。
ドイツ人の中には、白人種の優越意識があり、さらに白人種の中でも彼らこそもっと優越だ、という秘めた自負がある。
ナチズムを忌み嫌うドイツ人の中にさえ、ヒトラーの優性思想の残滓を体の奥深くに密かに抱え込んでいる者らがいるのだ。
僕はそうしたドイツ人の暗い一面を、旅先やイタリアのリゾート地などで行き逢うドイツ人の中に見る。たとえば次のような状況だ。
北イタリアのガルダ湖畔はドイツ人が愛してやまないリゾート地である。5月から10月にかけて多くのドイツ人バカンス客が訪れる。同地に住まいを得て移り住むドイツ人も少なくない。
たまたま湖畔に家がある関係で僕はよくそこに行く。すると一帯のホテルやレストランやカフェなどにドイツ人客だけがあふれている状況に出会う。
普通彼らは礼儀正しく、静かで、友好的でさえある。観光産業で生きている地元の人々にも大いに歓迎されている。
ところがドイツ人同士が集まると、彼らは少し人が変わったようになる場合がある。例えばドイツ人バカンス客のほぼ貸切り状態になった夜のバールなどで、声高に話し始める。
ビールの大ジョッキを頻繁に空にしながらうるさく議論をする。果ては酔って放歌高吟し騒ぎ出すようなことも起こったりする。
周囲の人々は、ドイツ人が集団になると傲岸で危険な存在になる要素を秘めていることを知っている。歴史がそれを物語っている。
ドイツ人自身もそのことを知っている。だから彼らは自ら抑制し羽目を外し過ぎないようにしようとしている。周りの目も気にしている。それでも時としてある種のドイツ人はその性癖の露見を止めることができないようだ。
全てのドイツ人バカンス客が野放図であるわけでは無論ない。むしろ威儀を保ち続ける者のほうが多数派だ。その多数派が今のドイツ人の実相である。群れて騒ぐ人々はドイツ人のうちの少数派だ。
その少数派の行動が、大多数の「良いイメージのドイツ人」を悪く見せてしまい、「群れると崩れかねない危うさを内包しているドイツ人」という過去の亡霊を人々に思い起こさせる。
危険を自覚し、決してそこに向かわないように自制しているドイツ人は、欧米の人々の尊敬も集めている。それは疑いようがない。だがドイツ人を見る人々の中の一抹の不信感は断じて消えていないのだ。
最近はそこにさらなる負の要素が加わった。ドイツで極右政党の「ドイツのための選択肢」が台頭し、勢力を伸ばしている現実だ。
ナチスと、「ドイツのための選択肢」と、リゾート地のバールで騒ぐ「一部のドイツ人」が、人々の心の中でぴたりと重なり合って、それらを真っ向から否定する「大方のドイツ人」にまで偏見が及びかねない状況が出来上がる。
それはイタリアだけに見られる特殊な状況ではない。ドイツを除くヨーロッパ中のリゾート地や行楽地や観光地で、飽きもせずに毎年繰り返されている光景である。
欧州の人々はドイツ極右の台頭を目の当たりにして、彼らが胸に秘め続けているドイツへの不信感を少しづつ表に出しつつある。
ドイツ人自身は欧州人のその微妙な感情に極めて敏感だ。だが、同国に住む外国人、特に日本人などはそのことに無関心であるように見えるのが不思議だ。
ナチスの過去に負い目を感じているドイツ国民が、移民や外国人を進んで受け入れ、徹底して平等に扱い持て成しているおかげで、そこに住む人々が安心して彼らに同化するせいだろう。
もしも極右が政権を取れば、彼らはヒトラーにはならないまでも、移民や外国人を差別する政策を易々と進めるに違いない。
それは欧州の各国で既に起こりつつある動きだが、ドイツの場合は一味違う何かが発生しそうな気配がなくもない。


















