【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

極右を斬り、極左を撃つ

日本極右よりはるかに増しだが微妙に危険なドイツ極右

Meloni高市Weidel626

かつての日独伊=悪の三国同盟とそこに巣くう極右勢力について考え続けている。

今日現在の3国の極右勢力のうちで、最も危険なのは日本の極右である。

先の大戦を自らで徹底総括した国であるドイツ。そのドイツの後進であるイタリア。

片や総括どころか、自国の加害の過去を否定する歴史修正主義者が跋扈する日本の極右は、似て非なるものだ。

ヒトラーを知り、ムッソリーニを意識しているドイツとイタリアの極右は、ヒトラーにならずムッソリーニの轍も踏まない。

たとえ彼らがそこに向かおうとしても、戦争を徹底総括して子供たちにナチスとヒトラーの悪をこれでもかと伝え徹底教育しているドイツの極右は、民衆の抵抗に遭い挫折する。

イタリアは戦争途中で民衆が蜂起してファシズムを倒した。そのためドイツほどの徹底的な戦犯追及はしなかった。

だがイタリアの民衆も道徳的思想的にドイツの厳しい戦争総括姿勢に感化された。加えてイタリアにはファシズムを厳しく断罪するバチカンが控え人々はそれにも大きく影響される。

その上さらにイタリアには、極論や過激論者を穏健に引き戻す効果のある多様性の精神が深く浸透している。そうした要素が極右の暴走を抑制する。

現にネオファシストとさえ批判されたジョルジャ・メローニ首相は、首相就任と同時に穏健保守へと姿を変えて、国内は元よりEUの多大な信頼さえ勝ち取った。

ドイツの極右も政権を握った場合、イタリアのケース同様に多かれ少なかれ現実路線に舵を切る。それは過激な主張や政策をより中道寄りにシフトするということだ。

ドイツの極右の台頭に関しては、しかし、一抹の不安は残る。

ドイツ人の中には、白人種の優越意識があり、さらに白人種の中でも彼らこそもっと優越だ、という秘めた自負がある。

ナチズムを忌み嫌うドイツ人の中にさえ、ヒトラーの優性思想の残滓を体の奥深くに密かに抱え込んでいる者らがいるのだ。

僕はそうしたドイツ人の暗い一面を、旅先やイタリアのリゾート地などで行き逢うドイツ人の中に見る。たとえば次のような状況だ。

北イタリアのガルダ湖畔はドイツ人が愛してやまないリゾート地である。5月から10月にかけて多くのドイツ人バカンス客が訪れる。同地に住まいを得て移り住むドイツ人も少なくない。

たまたま湖畔に家がある関係で僕はよくそこに行く。すると一帯のホテルやレストランやカフェなどにドイツ人客だけがあふれている状況に出会う。

普通彼らは礼儀正しく、静かで、友好的でさえある。観光産業で生きている地元の人々にも大いに歓迎されている。

ところがドイツ人同士が集まると、彼らは少し人が変わったようになる場合がある。例えばドイツ人バカンス客のほぼ貸切り状態になった夜のバールなどで、声高に話し始める。

ビールの大ジョッキを頻繁に空にしながらうるさく議論をする。果ては酔って放歌高吟し騒ぎ出すようなことも起こったりする。

周囲の人々は、ドイツ人が集団になると傲岸で危険な存在になる要素を秘めていることを知っている。歴史がそれを物語っている。

ドイツ人自身もそのことを知っている。だから彼らは自ら抑制し羽目を外し過ぎないようにしようとしている。周りの目も気にしている。それでも時としてある種のドイツ人はその性癖の露見を止めることができないようだ。

全てのドイツ人バカンス客が野放図であるわけでは無論ない。むしろ威儀を保ち続ける者のほうが多数派だ。その多数派が今のドイツ人の実相である。群れて騒ぐ人々はドイツ人のうちの少数派だ。

その少数派の行動が、大多数の「良いイメージのドイツ人」を悪く見せてしまい、「群れると崩れかねない危うさを内包しているドイツ人」という過去の亡霊を人々に思い起こさせる。

危険を自覚し、決してそこに向かわないように自制しているドイツ人は、欧米の人々の尊敬も集めている。それは疑いようがない。だがドイツ人を見る人々の中の一抹の不信感は断じて消えていないのだ。

最近はそこにさらなる負の要素が加わった。ドイツで極右政党の「ドイツのための選択肢」が台頭し、勢力を伸ばしている現実だ。

ナチスと、「ドイツのための選択肢」と、リゾート地のバールで騒ぐ「一部のドイツ人」が、人々の心の中でぴたりと重なり合って、それらを真っ向から否定する「大方のドイツ人」にまで偏見が及びかねない状況が出来上がる。

それはイタリアだけに見られる特殊な状況ではない。ドイツを除くヨーロッパ中のリゾート地や行楽地や観光地で、飽きもせずに毎年繰り返されている光景である。

欧州の人々はドイツ極右の台頭を目の当たりにして、彼らが胸に秘め続けているドイツへの不信感を少しづつ表に出しつつある。

ドイツ人自身は欧州人のその微妙な感情に極めて敏感だ。だが、同国に住む外国人、特に日本人などはそのことに無関心であるように見えるのが不思議だ。

ナチスの過去に負い目を感じているドイツ国民が、移民や外国人を進んで受け入れ、徹底して平等に扱い持て成しているおかげで、そこに住む人々が安心して彼らに同化するせいだろう。

もしも極右が政権を取れば、彼らはヒトラーにはならないまでも、移民や外国人を差別する政策を易々と進めるに違いない。

それは欧州の各国で既に起こりつつある動きだが、ドイツの場合は一味違う何かが発生しそうな気配がなくもない。




 EUならヒトラーの首に鈴を付け、ムッソリーニに引導を渡したかもしれない

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もしもヒトラーとムッソリーニの時代にEU(欧州連合)が存在していたなら、ヒトラーもムッソリーニも今われわれが知っているヒトラーとムッソリーニではなかったかもしれない。

先日僕はここに「彼ら(極右)の対極にあるリベラル勢力が、ドイツのみならず欧州全体からどっと圧力を掛ける。そこでもナチ的政策は強く抑制される。 」と書いた

欧州全体と書いたが、僕がそこで念頭においていたのは、言うまでもなくEU(欧州連合)である。

EUは欧州石炭鉄鋼共同体として1952年に誕生し、1958年に欧州経済共同体になって経済分野を統合した。

その後、外交・安全保障や司法・内務協力などの政治・社会・文化域の全てを巻き込み統合を進めて、ついに1993年「マーストリヒト条約(欧州連合条約)」を制定し現在のEUになった。

EUは統合の進展に伴って、究極の戦争防止装置としての機能を覚醒させていった

歴史を「たら・れば」で語るのは無意味という意見は無意味である。歴史を「もし〜だったら」「〜していれば」などの仮想シナリオで語り考察するのは、歴史の本質を深く知るために欠かせない手立てだ。

EUは多くの危機と挫折と失敗を繰り返しながら、その度に立ち直って発展を続けてきた。途中、重要なメンバー国であるイギリスが脱退(ブレグジット)するという最大の危機にも遭った。

だがその大難も克服して、トランプほぼファシスト政権や習近平専制一党独裁国家の中国、プーチン変形独裁国家のロシアなどに正面から立ち向かう唯一の民主主勢力であることが明らかになっている。

もしも1930年代に既にEUが機能していたならば、ヒトラーはわれわれが知る歴史上のヒトラーにはならず、ムッソリーニもわれわれの知るムッソリーニにならなかったかもしれない。

極右を超えて、ネオファシストというレッテルさえ貼られたイタリアのジョルジャ・メローニ首相が、EUとの連帯を梃子の一つにして、ファシストにはならずにEU勢力内の力強い保守政治家へと変身したように。



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Afdはナチスにならないしヒトラーも作り出さない

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直近の記事を捉えて「日独伊の極右のうちでは日本極右が最も危険とあなたは言うが、極右が政権を握ってもここまでは無事なイタリアはさておき、ドイツのAfdはどうだ。Afdは危険ではないのか」

という主旨のメッセージをドイツ在住の日本人からいただいた。

そこで僕は持論で回答した。

ヒトラーはヒトラーを知らなかった。だがドイツAfdはヒトラーを知悉している。

ムッソリーニはムッソリーニを知らなかった。だがイタリアの極右「イタリアの同胞」も「同盟」もムッソリーニを知りつくしている。

だからAfdはヒトラーにはならないしヒトラーを誕生させない。同様にイタリア極右もムッソリーニにはならないしムッソリーニも生み出さない。

片や安倍・高市路線に代表される日本極右は、昭和天皇・軍部・岸信介ほかの戦犯がうず高く積み上げた悪逆非道な罪過を知らない

あるいは、さらに悪いことには、それを全て知りながら確信犯的策略で知らない振りを装いこれを否定して、あまつさえ賞賛している可能性がある。

そこが日本極右の異様な実体であり、ファシズムを忌諱する世界の良心に真っ向から歯向かう、危険極まりない在り方だ。過去を見つめようとしない彼らはまた同じ轍を踏もうとしている。

それどころか、彼らと彼らの支持勢力である日本会議、靖国カルト、神社本庁、統一教会、そして何よりも日本の加害も天皇制ファシズムの無残もあずかり知らない羊の如き無為な国民。

それらの全てが手を取り合い自死を目指して総出で崖に向けて突っ走りつつある。

日本は戦争の徹底総括をせず、従って昭和天皇以下の戦犯を仕置きすることもなく、ゆえに啓蒙進歩的な国民的合意もない。

結果、将来を担う子供たちに日本の過ちを伝える正直な教育が実行されないまま、安倍に始まり高市で完成されつつある天皇制ファシズムへの回帰がいとも簡単に実現されようとしている。

ここイタリアで政権を握っている極右「イタリアの同胞」党首のメローニ首相は、ムッソリーニになるどころかファシズムを公に繰り返し批判し否定している。、

彼女は敵視してきたEU(欧州連合)とも協調的なスタンスを取っている。あまつさえ彼女は、今やEUを牽引する強力な保守派リーダーとして欠かせない存在になった。

イタリアの同胞とメローニ首相がファシズムに走らないのは、政治感覚の鋭いメローニ首相が現実路線に舵を切って、且つ支持母体の極右勢力を制御しているからである。

それが可能になるのは、首相の力量もさることながら、イタリア共和国の神髄にある多様性だ。イタリア社会の底に連綿と流れ広がる多様性のパラダイムが極右や極左の暴走を阻止するのだ。

イタリアは各地方が都市国家のメンタリティーに満ちあふれた国だ。かつての独立国家群、つまり都市国家とそれに準る自由自治体が蝟集してイタリア共和国を形成している。

ヴェネツィア、ジェノバ、ピサ、アマルフィなどの海洋共和国、フィレンツェやミラノに代表される自由都市・共和政自治体、公国や専制君主国家、王国や教皇の主権下にあった都市国群、いわゆる教皇領などの独立国が統一国家の中身だ

言い換えれば旧独立小国家群の国土と精神を内包して一つの国を作っているのがイタリア共和国なのだ。だから中央政府は常に強い中央集権体制に固執する。

もしもそうしなければ、イタリア共和国が明日にでもバラバラに崩壊しかねない危険性を秘めているからである。

各独立都市国家の末裔たちは、それぞれの存在を尊重し盛り立てつつ、常にライバルとして覇を競う存在でもある。

そこに強い多様性が生まれる。

そして多様性は政治の過激化を抑制する。多様性が息づくイタリアのような社会では政治勢力が四分五裂して存在するそこでは、極論者や過激派が生まれやすい。

ところがそれらの極論者や過激派は、多くの対抗勢力を取り込もうとして、より過激に走るのではなく、逆により穏健で現実的になる傾向が強い。

2018年に船出した極右同盟と極左五つ星運動による連立政権は、政治的過激派が政権を握っても、彼らの日頃の主張がただちに国の行く末を決定付けることはない、ということを示した。

多様性の大きな効能である。

そして2022年に成立した極右イタリアの同胞が主導する右派3党の連立政権は、既述したようにメローニ首相の強いリーダーシップによって、極右的な過激道を走らずに穏健な現実的政策を進めている。

ドイツAfdも政権を取れば必ずイタリアの同胞に似た道を歩む。むろんAfdは強い右派色の政策を推し進め、結果不寛容で息苦しい社会が立ち現れるだろう。

だが、Afdはナチス(NSDAP)にはならないしヒトラーも生みださない。なぜそうなるかにはいくつかの理由がある。

1.ここまで述べたようにヒトラーの巨大な悪を知っている彼らはヒトラーになることを避けようとする。

2.Afd単独で政権を確立するのは現代ドイツではほぼ不可能だから、彼らはイタリアの現政権と同様に複数の政党と連立を組む。連立だから彼らは単独で政権を運営する場合とは違い妥協しながら進むことになる。つまりそこで極右的なひいてはナチス的な先鋭な要素が削がれる。

3.彼らの対極にあるリベラル勢力が、ドイツのみならず欧州全体からどっと圧力を掛ける。そこでもナチ的政策は強く抑制される。

要するに長い血みどろの戦いを経て育まれた「欧州の良心」がナチズムを阻む。彼らは必ず中道よりにシフトする。イタリアの極右政権がそうであるように。

しかし間違ってはならない。

それらの政治勢力を放っておくとやがて拡大成長して社会に強い影響を及ぼす。あまつさえ人々を次々に取り込んでさらに膨張する。

膨張するのは、新規の同調者が増えると同時に、それまで潜行していた彼らの同類の者がカミングアウトしていくからである。

トランプ大統領が誕生したことによって、それまで秘匿されていたアメリカの反動右翼勢力が一気に姿を現したのが典型的な例だ。

彼らの思想行動が政治的奔流となった暁には、日独伊のかつての極右パワーがそうであったように急速に社会を押しつぶしていく。

そして奔流は世界の主流となってついには戦争へと突入する。そこに至るまでには、弾圧や暴力や破壊や混乱が跋扈するのはうまでもない。

したがって極右モメンタムは抑さえ込まれなければならない。激流となって制御不能になる前に、その芽が摘み取られるべきである。




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日本の解放記念日が待ち遠しい

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今日、4月25日はイタリアの解放記念日、つまり終戦記念日である。

第2次大戦末期の1945年4月25日、イタリアはナチスドイツとファシズムを駆逐して終戦を迎えた。

日本人の多くが、日独伊三国同盟の史実にひきずられて、イタリアを日本とドイツと同列に並べ一律に第2次大戦の敗戦国と考えがちだ。

イタリアはむろん敗戦国だが、イタリア自身のいわば生い立ちあるいは因縁、などという観点から見れば戦勝国でもある。

なぜならイタリアは、ナチズムに席巻された状況で終戦を迎えたドイツや、軍国主義に呑み込まれたまま天皇を筆頭とする戦犯さえ処罰できなかった日本とは違い、民衆の蜂起によってファシズムとナチズムを排撃したからだ。

盟友を装って仲良しこよしを演じていたドイツとイタリアは、大戦中の1943年に仲たがいしイタリアはドイツに宣戦布告。

民衆組織のイタリアパルチザン(レジスタンス)がナチスと激しく戦い、1945年4月25日、全国レジスタンス運動の本拠地だったミラノが解放されナチスドイツ軍が駆逐された。

その3日後にはナチスに操られて民衆を弾圧してきたムッソリーニが射殺され、遺体は彼の生存説の横行を避けるために、ミラノのロレート広場でさらしものにされた。

イタリアは日独と歩調を合わせて第2次世界大戦を戦ったが、途中で状況が変わってナチスドイツに立ち向かう勢力になった。

言葉を替えればイタリアは、開戦後しばらくはナチスと同じ穴のムジナだったが、途中でナチスの圧迫に苦しむ被害者になっていったのである。

イタリア共和国の最大で最良の特徴は「多様性」、というのが僕の持論だ

多様性は時には「混乱」や「不安定」と表裏一体のコンセプトだ。

イタリアが第2次大戦中一貫して混乱の様相を呈しながらも、民衆の蜂起によってファシズムとナチズムを放逐したのはすばらしい歴史である。




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トランプンは死ななきゃ治らない~イエス・キリストを気取るトランプの驕りの極み~

トラ本人投稿;救世主トランプ650

トランプ大統領は4月12日、自らをイエス・キリストに見立てたAI生成画像をSNSに投稿した。

それはイエス・キリストが重い病気や死の淵にいる病人を、額に手を当てて祝福するキリスト教伝統の宗教画を模したものだった。

トランプ大統領が古代の赤い表衣を着て、不遜にもイエス・キリストよろしく病人の額に手を当てて祝福するという、信じがたい愚劣な合成画像である。

これに対する世界中のキリスト教徒の反応はすばやく、怒りに満ちたものだった。カトリック、プロテスタントを問わず嵐のようなブーイングが地上に木霊した。

恐れをなしたトランプ大統領は、画像は(イエスではなく)医者のつもりだった、といつもの虚言に頼って言い逃れを図り即座に投稿画像を削除した。だが時すでに遅く、信者の怒りは大波となって世界中に広がっていった。

トランプ大統領の人格は、悪性のナルシシズムと変幻自在の虚言癖また万能幻想感覚で造られているように見える。

今回そこにむき出しのメシア・コンプレックス、つまり自らを救世主と信じ民衆を導く特別な使命を帯びていると思いこむ狂気が加わわって、彼の危険性はいよいよ増したようだ。

そこで不謹慎に聞こえるかもしれないことを承知で敢えて言っておくことにした。

馬鹿は死ねば治るが、殺しても死なないトランプ大統領は大王どころか神だ、と主張するMAGA系仕様のAIがあるらしい。

だがその人工知能は、当事者のトランプ氏以上の大嘘つきという見方もある。それって、ホントはどうよ? と僕は混乱するばかりだ。  

AIが馬鹿か利口か嘘つきかはAIの判断に任せるとしても、トランプ大統領が殺しても死なない、という主張には一理がある。

生身のトランプ氏の首を落とせばさすがに肢体は崩壊するだろうが、彼が作り出したトランプ主義は死なないからだ。

良識も倫理観も慈悲の心も、思い遣りも信義も人権意識も全く持ち合わせないらしいトランプ大王、もとへ、トランプ大統領は、排除されない限り世界を暗黒へと導き続ける。

要人を誅戮する行為は政治的に無意味だという考え方がある。

暗殺などの一過性の暴力は個人的な行為であり、一時的に社会の混乱や政治的な空白を招くことがあっても、根本的な世直しにはつながらない、というのがその理由だ。

それはつまり、議会主義や立憲民主主義の精神を重んじる立場からの意見だ。

暴力による政敵の排除を、文明を汚す野蛮行為と捉えて否定し、世の中を変えたいなら言論や政治活動によって成すべき、という崇高な気構えである。

だが世界の歴史を見れば、大物の暗殺が社会を大きく変えた例は少なくない。変えるきっかけになったケースはさらに多い。

近代なら例えばリンカーン、ケネディ両アメリカ大統領の暗殺、ガンジーのそれ、また古代にはカエサル暗殺など、多くのケースで政治体制や社会構造が変わるきっかけが生まれた。

ごく最近の例で言えば、安倍晋三元首相の暗殺事件も、統一教会と政治の癒着を暴き出して社会を震撼させた、という大きな意義を持つ。

だがそれによって日本の政治は変わるどころか、逆に隠蔽体質を強めた。そういう成り行き事態が日本社会の問題を抉り出している。

安倍元首相と統一教会と隠蔽体質の文化が社会の核心にある、と暴露された日本は最早安倍暗殺事件以前の日本ではない。やはり何かが変わったのだ。

では世界を揺るがせているトランプ悪太郎大統領を誅するのは果たして誰か?

習近平主席?プーチン大統領?あるいは彼らの連合軍?アメリカ抜きのNATO

いずれも力不足だ。トランプ大統領の敵ではない。

米軍を膝下に置くトランプ大統領は余りにも強すぎる。無敵と言ってもいいだろう。

いま挙げた全ての勢力が束になってかかってもあるいは勝てないかもしれない。

辛うじて彼を倒せるのはおそらくCIAだけだろう。だがCIAも今や完全にトランプ大統領の支配下にあるのだからお手上げだ。

トランプ大統領は国際法も人権も民主主義も同盟国との信義も司法の独立性も全て無視してやりたい放題をしまくっている。

彼は完全に排除されない限り止めることはできない。だが世界は彼を肉体的に粛清する術を持たない。

ならば彼はこのまま専横を続けるのか。むろんそうではない。

来たる11月の米中間選挙で民主党が勝てば、彼の政権はレームダックとなり、そのさらに2年後の大統領選挙で共和党が敗れれば、世界は一息つくことができる。

しかし、トランプ大統領が無理やり築いた無法者の論理、つまりトランプ主義は完全に消えることはなく、世界はしばらく暗黒の帳に覆われた状態が続くだろう。

例えて言えば世界は、再び弱肉強食の原始的な暴力時代に逆戻りし、各国が殺し合いを続ける。その後でようやく世界は対話と和合が支配する、トランプ以前の文明社会に戻る。

だがそれまでまでにはかなりの時間がかかるだろう。愚かな人類は学ぶことを知らないからだ。

アメリカ国民ではない者は米大統領を選ぶ選挙には参加できない。しかし、声を挙げることでアメリカの大統領選挙に影響を与えることはできる。

今このときはトランプ大統領を排除することは誰にもできないが、政治的に彼を抹殺することは可能だ。

われわれはそのことを信じて声を挙げ続けなければならないのである。



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悪鬼にも見えるヴァンス副大統領は救世主かもなの、かい?

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世界情勢は激しく動いている。

ハンガリーでは、EU加盟国でありながら反EUのスタンスを取り続けたオルバン政権が倒れた。

オルバン首相は2010年からハンガリーを牛耳った。

ロシアのプーチン大統領と米トランプ大統領の支持を受けて、彼はメディアを支配し選挙制度を改ざんするなどの手法で16年間ハンガリーに君臨した。

選挙前、トランプ大統領はルビオ国務長官とヴァンス副大統領をハンガリーに送り込んで、オルバン首相の選挙応援をさせたが、功を奏さずオルバン首相率いるフィデス党は大敗した。

勝者のマジャル氏はオルバン首相と同じ保守派だが、反EUのスタンスは取らないと見られている。それはEUにとっても世界にとっても朗報だ。

なぜならEUはロシアと中国の覇権主義と米トランプ主義に対抗する唯一の力であることが明らかになっている。

そのEUは英国の離脱(ブレグジット)で弱体化した。EUが団結して、特にトランプ強権主義に異議申し立てをし続けるのは重要だ。

その意味でEUの目の上のたんこぶ、オルバン政権の終焉は喜ばしい。

オルバン失脚とほぼ同時にイランとアメリカの停戦協議が決裂した。

それを受けてトランプ大統領は、ホルムズ海峡を米軍の力で封鎖するという、いつもの行き当たりばったり的な仰天策発表した。

思いつきとデタラメと嘘が主体ながら、世界最強の軍隊をバックに無理やり目的を遂げることもあるトランプ大王大統領である。

海峡を封鎖しているイラン軍もまとめて封鎖する、というコペルニクス的転回のとんでもアイデアを実行して、チャンスをモノにしないとは誰にも言えない。

僕はハンガリー選挙とイラン停戦協議に関わった、ヴァンス副大統領の動向を注視している。

骨の髄までのトランプ主義者で、トランプ大統領の後継者の筆頭と考えられている彼は、ハンガリーのオルバン首相救援に失敗し、イランとの停戦協議も達成できなかった。

そうしたことはトランプ大統領の不興を買って、彼はトランプ後継者レースから脱落するかもしれないという見方が出ている。

そうなればそれは、トランプ後のアメリカの行く末を大きく変える可能性がある。

なぜならトランプ大統領以上のトランプ主義者にも見える彼は、実はそうではないのかもしれない、と僕は考えているからだ。

彼がトランプ大統領の腰巾着の単純な日和見主義者なら、次期大統領になった暁には、トランプ後のトランプ主義をいよいよ加速させるだけだろう。

だが、そうではなく、彼が真に底の深いイデオローグであるなら事態は一変する可能性もある。

つまりその場合のヴァンス大統領は、トランプ主義から脱却して本来の共和党の良い面、あるいは健全な保守主義を、未来志向の目覚しい形に変容させるかもしれないと思うのである。

彼が次期大統領候補から脱落すればそのわずかな希望さえも消える。

のみならず他のトランプ主義者が権力を握るようなら、世界は今以上に暗く不安定な方向に進むのが確実に見える。



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欧州随一のトランプ主義者ヴィクトル・オルバンの崖っぷち

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4月12日に行われるハンガリー総選挙が、欧州のみならず世界の大きな注目を集めている。

EUきっての仁義なき戦い男、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相が、16年間(合計20年余り)にも渡る強権支配を終える日が迫ったかもしれないからだ。

ほぼ全ての世論調査によると、野党ティサ(Tisza党を率いるペーテル・マジャル氏が、フィデス(Fidesz 党のオルバン首相を大きくリードしている。

政権党による不正がない限り、ハンガリーの次期首相はペーテル・マジャル氏になる見込みだ。

オルバン首相はトランプ大統領とプーチン大統領の強い支持を受けている。

ウクライナ問題では、EUの総意に反してプーチン大統領に寄り添い、トランプ大統領のあらゆる政策を称賛している。

オルバン氏は1998~2002年に首相を務めた。その後、下野して2010年に再び政権を握った。

以後16年に渡って「民主主義ではない民主主義」の手法でハンガリーを統治してきた。

学識者は彼の政治手法を独裁ではないが民主主義でもない「ハイブリッド体制」「競争的権威主義」あるいは「情報独裁政権」などとと呼ぶ。

またオルバン首相自身は自らの政府を「非自由主義的民主主義」と規定した。

第12代欧州委員会委員長のジャン=クロード・ユンケル氏は、EUサミットでオルバン首相に会った際、「この独裁者~」とジョーク交じり言いつつ首相の頬を叩いた。

僕はオルバン首相を単純に「ハンガリーのミニトランプ」あるいは「EUの目の上のトランこぶ」などと呼んで呆れつつ憂鬱に眺めている。

ハンガリーは16年間の「非自由主義的民主主義」政権のおかげで、欧州連合の中で最も腐敗し、最も貧しく、最も自由度の低い哀れな国に成り下がったとされる。

オルバン首相のボスのトランプ大統領は、選挙応援のためにルビオ国務長官と、トランプ大統領に輪をかけたトランプ主義者であるヴァンス副大統領を、ハンガリーに送り込んだ。

彼らの力でオルバン首相の劣勢が覆せるとは思えない。

だが、もしも覆った場合は、オルバン首相のEU内での無頼度が勢いを増し、イラン戦争で躓いたトランプ大統領の強烈な悪運が回復するきっかけにもなりかねない。

そして何よりも気が滅入るのは、ボスよりもさらに危険なトランプ主義者にも見えるヴァンス副大統領が、次期米大統領としての足場をさらに固めるかもしれない事態である。



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限りなくママゴトに近い高市外交

米国会議事堂?ではしゃぐ高市661

イタリア戻りの直前、渋谷か羽田で強烈なウイルスの洗礼を受けた。高熱、激しい咳寝返りも打てないほどの重度の腰痛から一週間振りに生還した。

ベッドで朦朧としながらも、必死で這い出して19日のトランプvs高市の会談の模様をネットで見た。

世界が見ている中で、戦争犯罪者そのもののトランプ大統領に、「あなただけが世界平和を実現できる」と臆面もなく持ち上げた高市首相の感覚にのけぞった。

それは2016年、安倍元首相がトランプタワーに馳せ参じて、大統領就任前のトランプ氏を信頼できる指導者、と誉めそやした「事件」を彷彿とさせる。

なんらの批判精神もなく、ひたすらトランプ大統領に擦り寄るだけの属国外交は、安倍政権で完全無欠になった。

それをひたすら踏襲しているのが高市首相だ。

同時に彼女は、意識するしないとに関わりなく、女性であることを武器にして思い切り媚を売る体勢で強者に接し続けている。それがさらに見苦しい。

そうは言うものの、しかし、そのことをさておけば、トランプ大統領との邂逅は予想を裏切る幸運に満ちたものだった。

言うことがくるくると変わるご都合主義そのもののトランプ大統領が、恐らく欧州各国の強い反発もあって、ホルムズ海峡に艦船の派遣を要請しない、と豹変した事実に助けられて難を避けたのは、タナボタの幸運だった。

その言わば偶然の僥倖を外交的成果と主張するのは、「世界の真ん中で咲き誇る日本また高市外交」とおだを上げる態度とまったく同じ空虚な主張だ。

見方によっては、明るい率直な態度とも評価される高市首相の動きやパフォーマンスが、僕には常にママゴトに見えて仕方がない。

このことは高市首相が米艦船上で就任直後にトランプ大統領と腕を組んではぴょんぴょん跳ねたり、イタリアのメローに首相を招いて お遊びふうの歓迎式典を開いたり した時にも書いた。

日本初の女性首相を、必要以上に女性という属性を強調してフィルターにかけ、語ることは、秘めた女性差別の顕現とも見られかねないことを承知で敢えて言う。

僕には彼女のアクションのことごとくが幼く、やはりどうしてもおふざけそのものに見えてしまうのだ。

ところがそのママごとの主体は確信犯的な歴史修正主義であり、天皇制ファシズム容認であり、戦前戦中への回帰願望などという恐るべき超保守主義体質であることが不気味だ。

そんな高市早苗氏は、首相に成り上がったことがいつまで経っても嬉しくて嬉しくて仕方がない。

だからぴょんぴょん跳ね、にこにこ笑いを絶やさず、嬌声を上げ、相方を敢えて名前で「ドナルド」「ジョルジャ」などとと呼び、媚態と期待とお仕着せの上目誘いで見続ける。

見続けるのみならず、一国のトップにあるまじき動きで相手の腕を取り、ぴたりと寄り添い体を押し付ける。公の場でないならば、今にも衣装を脱ぎ捨てて相手を誘いかねないような恥ずかしい動きだ。

女は愛嬌、という言葉には女性の明るさがもたらす平穏と平和と希望と慈愛の温かみがこもっている。僕は女は愛嬌という言葉を耳にするとき、個人的には僕の母を思う。

母が備えていた優しさの中のたくまざるユーモアを思う。母は飽くまでも優しく、深い慈愛に満ちた笑顔で、かつ光のように常に明るかった。

高市首相の存在自体にはそれに似たオーラがないわけではない。だが彼女は、やはり日本国のトップである。

悪のカタマリのネタニヤフと組んで自らの魔性を最大限に発揮しては自在に戦争を始めるトランプ大統領に対し

「ドナルド、あなただけが世界中に平和と繁栄をもたらすことができる」

などと臆面もなく言えるのは、狂気と形容しても構わないほどの異様な動きだ。

世界中がそれを見ていたことを思えば、日本の恥辱ここに極まる、というほどの失態ではないか。

それは外交や政治をママゴト的感覚でしか捉えられない幼稚な精神のなせる業である。

女は愛嬌だが、一国の首相たる者は愛嬌以上に重大なミッションを背中に負っている。

高市首相はそのことをまるきり理解していないように見える。




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高市早苗首相への公開状

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高市早苗総理大臣

あなたが率いる自民党は単独で定数の3分の2310議席)を超える316議席を獲得する歴史的な勝利を収めました。

選挙戦ではあなたは、旧統一教会との切っても切れない絆の隠蔽、裏金議員の公認問題、不都合な真実からトンズラするためのNHK党首討論欠席など、 汚い手段の数々を使ったと非難されました。

にもかかわらず地滑り的としか形容のしようがない圧倒的な勝利を収めました。

あなたとあなたの支持者はむろん大喜びですが、私は異様とも言える勝率と、あなたの支持者のキワモノ的に風変わりな熱気に大きな危機感を抱きます。

あなたはかつて次のような驚きの言動をくり返しました。

1.1994年10月、国会で当時の村山富市首相に「過去の戦争に関して周辺国に勝手に謝罪をするな」と発言。

2.1995年3月、「私自身は、戦争の当事者とは言えない世代だから、反省なんかしていないし、反省を求められるいわれもない」と衆議院外務委員会で言明。

3.2016年2月には、気に入らないテレビ局の「電波を停めてやる」という主旨の傲慢極まる発言もしました。

スパイやテロリストでもない限り日本を悪くしようと思う日本人はいません。あなたもあなたなりに日本を良くしようと思っている。

しかしあなたの歴史認識、特に侵略戦争を侵略と認めず、むしろそれは欧米の支配からアジアを解放する聖戦だった、とするのは日本極右の十八番そのものの詭弁です。

詭弁を信じて疑わない様子は、戦前、戦時中の天皇制ファシズム遂行者と何も変りません。あなたのやり方、哲学、また歴史認識や知識では、日本は破滅の道を行くしかありません。

あなたは日本 初の女性首相、という誉れを手に入れても本性は隠しきれず、しきりに誤った言動を繰り返しています。

冒頭に述べた誑(たぶら)かし電撃解散は言うまでもありませんが、台湾有事発言、円安バンザイ発言などの後では、お笑い芸人 への威圧発言もかましました。まるでフル稼働の嘘の製造工場のように賑やかです。

これまでの最大の失策である台湾有事発言を、あなたはおそらく、あなたの仲間のネトウヨヘイト系人種集団を前に気勢を挙げる時のノリでつい口を滑らせた。

一国のトップとしての自覚が皆無であることを白状したその発言は、取り下げるべきなのに、あなたはどうやらこれまたあなたの本性である、間違いを認めるどころか「糊塗するのが好き」な習癖によって、頑なにそれを拒否し続けている。

その姿勢は無意味に勇ましいあなたの極右仲間の、嫌中国族の琴線に触れて、毅然として勇ましい上にブレない、などの評価を呼んであなたはますます舞い上がりました。

レアアースほかの経済懸案を持ち出すまでもなく、あなたは外交的政治的に中国と友誼を結んで国益を追求するべきです。それなのに、悪たれ小僧よろしく相手への対抗心を燃やして、人々の敵愾心を煽っています。

しかもそれがあなたの考える「国益」なのですから何をか言わんやです。それは国益どころか、最終的には戦争への道です。

危険域にまで入っている円安への危機感もあなたにはなく、円安にはメリットがあると強弁してさらなる円安に見舞われても、やはり無責任体質の本領を発揮してこれを撤回しない、ということを繰り返しています。

だが経済を筆頭にするそれらの国内政策の課題はさておき、私が最も懸念するのはあなたの歴史修正主義体質です。

日本の加害を徹底否定する幾多の暴言からも分かる通り、あなたは無知かあるいは意図的にか、はたまた確信犯的な動機から歴史修正主義にでっぷりと浸って人生を歩み政治を行っています。

あなたは、あなたが師ともアイドルとも仰ぐ安倍晋三元首相の盲従者であり傀儡です。それはつまり危険な極右ナショナリストと同義語。また同時に、現在の日本の極右の主要な関心事に即して言えば、あなたはそのものずばりの歴史修正主義者です。

歴史修正主義者とは何か。

それはあなたが繰り返し行っている日本の侵略戦争否定、植民地支配の正当化、日本は戦争加害者ではなく「ひたすら被害者である」論など、歴史的事実についての客観的な証拠を無視あるいは改悪し、または捏造し否定するか矮小化して、自らの主張や国家に好都合な形に歴史を改ざんし解釈する者のことです。」

それらの歴史の歪曲者は、あなたとあなたの支持者また仲間、つまり極右カルト全体、もっと具体的には日本会議、統一教会、神社本庁、自民党安倍派などに通底するモメンタムのことです。

その勢力は安倍元首相の在任中に勢いを増し膨れ上がりましたが、彼以前の自民党右派代表の小泉、中曽根両首相時代にも密かにまた時には公然と顕われ膨らみ続けました。

その道のりは、戦争加害の歴史を自虐史観などと批判する極右勢力に国が屈服し、「日本は戦争の被害者」という側面ばかりをひたすら強調して学校で教える風潮を招きました。

そこで重大なことは、知識階級を含む日本国民の多くが、加害の歴史を「向き合いたくない過去」として捉え、そこから目を逸らした現実です。

日本国民は同じ敗戦国で加害者のドイツやイタリアが直視した、辛く厳しい過去から目を逸らして、「無かったもの」としてきたのです。

その結果、広島と長崎の原爆も、沖縄の惨劇も、東京ほかの空襲も全て「日本は被害者」の視点で見、語り、怒りを募らせてきました。

むろんそれは間違いではない。だがその加害者を日本の外に求める態度は間違っています。

なぜなら真の加害者は敵国ではなく国内にいたからです。それが昭和天皇であり、軍部であり、軍事産業閥であり、それらを翼賛して煽り立てたマスメディアです。

広島長崎の原爆も、東京の焼失と全ての凄惨な空襲被害も、沖縄戦も、むろん被害の歴史です。だがそれらは-恐れることなく直視しなければなりません-残念ながら因果応報でもあるのです。

原爆は理由もなくある日突然空から落下したのではない。

イスラエルの横暴がなければハマスは存在せず、ゆえに10月7日攻撃もなかった。またアメリカがイスラエルと共にアラブ諸国への敵対施策ばかりを遂行していなければ、ビンラディンによる同時多発テロも起きることはなかった。

同様に、日本が無謀な戦争を起こし非情な攻撃に狂奔していなければ、原爆投下もなかった。

日本は欧米を猿真似て近隣諸国を侵略し暴虐を重ね殺戮を続けた。市民を巻き添えにした、あまつさえ市民を標的にした無差別殺戮は、旧日本軍が敵に先んじて実践したものです。

結果、日本は世界の憎しみを買った。アメリカは真珠湾奇襲以降ふくらみ続けていた自国民の日本への怨みもそこに重ねて正当化し、深重な決断をした。それが原爆投下です。

原爆攻撃は言うまでもなく無差別殺戮であり戦争犯罪です。

だがその前には既に、日本軍による残虐な無差別攻撃があり戦争犯罪があったことを忘れてはなりません。

例えば日本軍の錦州空襲は人類史上初の、また重慶空爆はそれに続くさらに大規模な無差別攻撃だったのです。

日本軍によるアジアでの無差別殺戮と真珠湾攻撃、さらにそれに続く日米間の殺し合いを通して、日本兵の狂暴残忍な正体を十全に見てきたアメリカは、広島と長崎に非人間的な原爆を投下するのを躊躇しませんでした。

日本人は自らの被害のみを語る前に、加害の歴史をまずしっかりと認識するべきです。そうすることで国民全員を加害者に仕立て上げた昭和天皇と、その周りの軍人またファシスト群像、ジャーナリズムとは無縁の国家翼賛マスコミなどがはっきりと見えてきます。

それらの戦犯はアジアを侵略し、蹂躙し、住民殺戮を遂行した犯人でもあります。日本国民ではなく、それら天皇制ファシズムの追随者こそが戦争の責任者です。そして戦後の日本の痛恨かつ最大の問題は、国民自身が彼らを裁き断罪しなかった歴史です。

日本は昭和天皇、軍部、翼賛官僚また知識人層、軍需産業閥、翼賛マスコミを国を挙げて一度必ず断罪しなければなりません。それが成就するとき日本の被害者は救われ日本国自体も再生します。

日本と同じ鬼の道を歩んだドイツは既にそれをやり遂げています。

敗戦国のドイツは、戦後あざやかに暗い過去を克服して行きました。だがその歴史の歩みは戦後すぐに始まったのではありません。

1970年、ドイツがまだ戦争犯罪の後遺症で苦しんでいた頃、当時のウイリー・ブラント首相はポーランドのゲットー英雄記念碑の前でホロコーストの犠牲者のために献花をしたあと、 おもむろに大地に跪(ひざまず)いて黙祷し世界を驚かせました。

それを政治家のポーズとして捉えることもできますが、彼は「そこに立っているだ けでは十分ではないと感じ自然に跪いた」と追って述懐しました。その後の歴史は、彼の行為が偽善ではなく勇気あるものだった、として讃えています。

彼の真摯な行為は最大の被害者だったユダヤ人やポーランド人を始め、世界中の人々の憤懣を氷解させました。しかし、ドイツ国内の保守派は、今のあなたやあなたの極右仲間と同様に、ブラント首相の行為をやり 過ぎだ、屈辱行為だとして糾弾しました。

彼らは、跪く行為が敗北であり屈服であるという、暴力や戦闘行為に関連付けた考え方をしたのでした。しかしな がらブラント首相の行動は、前述したように、屈服や屈辱の表明ではなく、ドイツが世界から許されて先の大戦の汚濁の中から立ち上がり、再び誇りと尊厳を取 り戻すきっかけを作ったのです。

ドイツの保守派が歴史の事実を受け入れて改心し生まれ変わるまでには、それからさらに時間が必要でした。

ブラント首相の跪座から15年が経った1985 年、つまり第2次対戦の終結からちょうど40年後、当時のヴァイツゼッカー独大統領は、終戦記念の議会演説で「歴史を変えたり、なかったりすることはできない」「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目になる」という表現で、ドイツの戦争責任やホロコーストと率直に向き合うよう国民に求めて、世界を感動させました。

戦後40年の節目に行われたその講話で、さらに大統領は「非人間的な行為を記憶しようとしない者は再び同じ危険に陥る」「戦争が終わった5月8日は“敗戦の日”ではなく、ナチスの暴力支配からドイツ国民が自由になった“解放の日”である」とも断言しました。

ブラント首相の謝罪をさらに推し進めた大統領の良心の叫びは、ついに国内の保守派の人々をも突き動かし、ドイツは歴史を真正面から見つめて揺らがない国へと変貌して行きました。ドイツの戦後はそこで終わり、未来へ向けての新しい歩みが始まったのです。

ドイツのブラント首相の行為は、あなたがかつて周辺国に謝るな、と凄んだ相手である村山元首相の、戦後総括談話になぞらえることができます。

一方で日本の加害の歴史を決して直視しようとしない極めつきの歴史修正主義者であるあなたが、なんと首相にまでなってしまったことが日本の危機を表しています。

中国や韓国を始めとする軍国日本の被害者たちの怒りは、徹底した謝罪をした筈の日本 政府内で、これを否定したり或いはないがしろにするネトウヨ閣僚や議員などが続出することから来ています。

閣僚どころか日本のトップであるあなた自身が、 そのあたりのゴロツキのネトウヨよろしく侵略戦争ではなかった、責任など感じないし謝りもしない、勝手に謝るな、などとと欺瞞を正当化するための暴言を吐くのは今後は慎んでほしい。

だが、台湾有事発言ほかのあなたの軽挙妄動を見ていると、大げさではなく絶望的な気分になります。

あなたは、中韓に限らず多くの国々が疑問を持つ靖国参拝を強行するなど、歴代内閣の「真摯な謝罪」を台無しにする行為も平然と行ってきました。それらは日本国内で歴史認識の筋道が未だ確立されず、故にその共有も全く存在しない現状を露呈するものにほかなりません。

そのために中韓はもちろん国際世論の大半が、日本の反省と謝罪は無条件に信用できるものではない、と今もなお判断し続けています。

先の大戦の総括に議論が及ぶ場合には、たとえ対象が中韓であっても、背後にその他の「世界の全て」が控え、監視していることを決して忘れてはなりません。

あなたとあなたの周囲の民族主義者らは、靖国参拝を正当化するとき「国の為に死んだ方々の御霊を慰めるのは日本人として当たり前のことだ。他国にとやかく 言われる筋合いはない」と実にもっともな反論をします。

戦争で国の為に倒れた人々の霊を敬うのは、口に出して言うことさえばかばかしいほど、当たり前のこ とです。その考えは真っ当なものです。世界基準の心の在り方、と言っても差し支えないでしょう。もちろんその心は、あなたとあなた仲間の靖国参拝に猛烈に反発している中韓でさえ同じです。

だが靖国に祭られている戦死者は天皇制ファシズムの犠牲者であり被害者です。あなたたちはそれをあたかも戦争の勇者という視点で見てそこばかりを強調します。

だが彼らは死ぬべき存在ではなかった。生きて人生を謳歌するべき存在だったのです。死した彼らは怨み言を言わない。だからあなたとあなたの仲間は、彼らは天皇のために喜んで死んでいった人々なのだ、と勝手に皇国史観つまりファシズム史観を押し付けます。

あなたの支持母体である民族主義者や反動右翼やネトウヨの皆さんは、世界から目を逸らしたまま日本という辺境の一軒家にこもって、壁に向かって常に怨嗟を叫び続けています。

私が「引き籠りの暴力愛好家」と規定している彼らの視界に辛うじて入っている外の世界は、隣の、彼らにとっての「劣等国」の中韓のみです。

あなた達は同類の者同士でつるんで、隣国の「劣等国民」を罵倒しては自己満足に浸ります。実はそれと同じことを、まさに中韓の一部の人々もやっています。あちらのネトウヨの皆さんです。

反日をあおる中韓のそれらの人々と、日本のネトウヨ民族主義者の皆さんは、実は同じアジアのDNAで強く結ばれた血縁の濃い兄弟です。心が狭く、未開で、無知で、ネチネチと細部にこだわり、怒りっぽい。

中韓のネトウヨの皆さんが怨みつらみに絡めとられて、こめかみの血管を膨らませて日本を罵倒すれば、日本のネトウヨの皆さんは、南京虐殺の被害者数を執拗に問題にし、慰安婦に軍が関わったことを示す証拠はないと重箱の隅をほじくっては得意になります。

挙句の果てには侵略の定義はない、などとかつての日本軍の蛮行をどうにかして否定しようと試みる。瑣末にこだわる粘着質のそうした性根は日中韓で共通しています。

戦後処理と和解には1-法的処理、2-謝罪、3-和解の3段階があるとされます。そのプロセスは加害者側が真摯に誠実にこれを執行するときにのみ完遂します。例えば韓国との間の法的処理は、1965年の日韓基本条約等で既に完成しています。

それを無視した言い分には冷静に対応し、なお埒が開かない場合には、事案を国際法廷に持ち込む可能性も考えつつ、しかし飽くまでも和解を目指している間柄ですから剣呑な動きは最終手段にして、そこでもできる限り話し合いによる解決を模索して行くべきです。

ネトウヨ民族主義者の皆さんは、何度謝罪すればいいのだ、とすぐに目を剥いて蛮声を挙げます。その答えは単純です。つまり、和解が成立するまでは何度でも謝るのです。あるいはそのつもりで相手と対するのです。

こちらに真心があるなら謝罪は必ず受け入れられます。確かに中韓共に日本に対して頑なに過ぎて、和解は遠いと見えることもあります。だが、日本はつい最近まで中韓とも完全和解に向けた歩みを続けていました。

それを停滞させたのは、日本側の事情に限って言えば、安倍元首相であり、彼の金魚のフンであるあなたとあなたの仲間の極右カルト神殿拝跪群像です。

日本は遅まきながらもドイツに倣うべきです。このことは歴史的に繰り返し指摘されてきたことです。しかし日本は全くそれを実践しようとはしなかった。

その苦渋の歴史の流れの果てに起きた鬱陶しい「事件」が、今回選挙でのあなた、高市自民党の大勝利です。

あなたが、あなたの政治家としての卑小な価値から見れば不当な、途方もない大きな比率で選挙を勝ち抜いたのは不吉です。

私はよく、戦争を徹底総括し過去を見事に清算したドイツの極右と、それに準じるここイタリアの極右と日本極右を比較して見、考えます。その度にほとんど絶望的な感慨を抱きます。

日本極右のボスとなったあなたは戦争総括を嫌い、日本の侵略戦争を正当化し、周辺の被害国への謝罪を拒み、天皇制ファシズムを賞賛、希求する圧倒的な歴史修正主義者である点で、欧州のどの国の極右よりも危険です。

それでも私は希望を持っています。あなたが、あなたを慕う若者らの熱い思いに応えることです。それは何よりも先ず戦争をしないことです。

そのためにはあなたは、例えばここイタリアのメローに首相に倣って、極右の過激思想を改め現実路線に舵を切ることです。

現実路線とは、あなたの大好きなトランプ主義とはそのまま仲良くしながら、中国ともロシアとも対話し友誼を求め、北朝鮮とさえ握手をすることです。

手始めに台湾有事発言でこんがらがってしまった日中関係が、今回の場合はひとえにあなた自身の不徳のいたすところであることを認めて、行動を起こすことです。

真に中国に立ち向かう勇気があるのなら、発言の撤回、謝罪などを恐れてはなりません。

それをすることであなたは中国に誠意を示し、何よりも反中国で危険に盛り上がるあなたの仲間と支持者を「あなた自身がしっかりと抑え掌握している」という強いシグナルを送ることができます。





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核弾頭を抱いて寝る高市首相に添い寝するのが歴史修正主義者である

嵐

高市首相が白紙委任を求めた、国論を二分する政策とはいったい何か。それほど難しくない問いに既存メディアを含む多くの答えがネット上に踊っている。

最もポピュラーな推理は憲法改正であり、自衛隊存在の明確化であり、スパイ防止法であり、皇室典範改正であり、外国人差別法の整備などだろう。

どれを見ても極右が改悪に向けてしゃかりきになるなるであろうイシューばかりである。

多くの推論の中で刺激的なのは、内田樹氏が指摘した「核武装挑戦論」だろう。

日本が核武装をするには、実現がほぼ不可能と考えられるほどの高いハードルがある。おそらく最大のものは「宗主国」アメリカを含む国際世論の反発である。

次いで開発費また維持運営費が膨大であること。

国際世論に匹敵する大きな壁もある。唯一の被爆国である日本国民の、核への強いアレルギー&絶対反対論である。

日本核武装論は、日本極右の主上アメリカが、自らの利益のために日本を核武装させるというものである。それはアメリカの国際政治・外交専門誌 「Foreign Affairs」に掲載された論文がになっている。

世界情勢とアメリカの立ち位置、また経済利益を最優先に政策を練るトランプ主義の実相を論理的に分析して、日本の核武装の可能性を説いたもので説得力が極めて高い。

トランプ大統領を含む米保守層の一部に、日本を核武装させようという考えがあるのは周知の事実だ。そこにもある程度の説得力がある。

今はあくまでも少数派だが、トランプ以後もトランプ主義がアメリカを席巻するようなら、もっと現実味を帯びていく可能性がある。

だが、そうならない可能性も高い。

なぜならアメリカのリベラル主流派は、日本に核武装をさせるのはナントカに刃物と同じ、という強い警戒感を抱いている。

第2次大戦を主舞台に激情に駆られて我を忘れ、殺戮と破壊の限りを尽くした暴虐狂気の日本人の姿を、彼らは決して忘れていない。

その陰鬱なイメージにつながるのが、戦争を総括することなく、従って日本人自身の狂気の意味も原因も知らない日本軍国主義者、あるいは歴史修正主義者の群れだ。

言葉を換えれば、高市首相から安倍元総理、さらにはその祖父の岸信介戦犯首相らの系譜へと遡る「激昂する極右」の精神の集合体が、依然として跳梁跋扈している。

そして過去を見つめようとしない彼らは、必ず過去の過ちを繰り返す。だから日本の核武装などもってのほか、というのがアメリカの半分の知性群の判断である。

ところが高市首相と政権を支える極右モメンタムは、歴史修正主義史観にまみれたままで総選挙を戦い、地滑り的勝利を収めると予測されている。

選挙結果が予測どおりになるならば、日本核武装論はあるいはトランプ主義の強いバックアップを受けて、前のめりになる可能性も否定できない。

憂鬱極まりない事態なのである。



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独裁者サナエ・タカイチが日本を再生させる


キンペー高市合成650

高市早苗首相の荒唐無稽&抱腹絶倒のスローガン「世界の真ん中で咲き誇る日本、また日本外交」が実現する可能性が高まっている

それを示唆するのは高市首相支持率が最大90%にも上るという統計さえある若年層国民の存在である。

インターネット世代の若者らには、彼らより年齢がはるかに上の高市首相と共通の、反知性的な思考パターンがある。

昔日の日本の、あるいは昭和世代の親たちの、仕事第一主義、伝統的な家族形態への強い執着、努力の神聖視などの古い価値観が、SNSを通して共有され極大拡散されて、それらが日本初の女性首相となった高市氏の成功物語とも重なり、いよいよ若者受けするようになった。

若い世代が高市首相を慕う心理は、ごく自然に反中国感情とも共鳴し重層的に広がって、彼らはさらに興奮し激昂高揚 して我を忘れる。

若者は高市首相の台湾有事発言に対する中国の反発に、その意味を理解することなく、また理解もできないながら“衝動“反発して、高市首相の強硬姿勢を称えますます意気衝天する。

台湾有事発言を撤回しない高市首相の思い上がった態度を支えているのは、中国に対する優越意識であり嫌中国感情である。それは実は、経済大国になり従って軍事大国ともなった隣への畏れと不安の裏返しに過ぎない。

日中の複雑な関係を天皇の赤子論に基づく胡乱な選民意識によって卑小化し、同国から朝鮮、さらにはアジア全体を侵略蹂躙した「暴虐日本の蛮人魂」は、極右カルト信奉者らのなかに今もしっかりと生きている。

故安倍元首相の虎の威を借りて、傲岸な態度で国会内を闊歩し睥睨していた過去からも判るとおり、高市首相には庇護者の力をバックにして威張り散らす傾向がある。

彼女が中国に居丈高になっているのは、既述の日本極右の専売特許である「中国からアジア全体蔑視主義」に加えて、アメリカという虎の威光を笠に着ての背伸びでもある。

彼女は日本の過去の加害の歴史を意図的に無視して、あるいは真にそのことに無知であるがために、天皇崇拝、靖国跪拝、日本会議抱擁、統一教会愛護、神社本庁恭順、また安倍晋三カルト神殿随順、 などの狂信的右翼ドグマに取り憑かれ、そのドグマの威光で中国を屈服させられると考えているように見える。

支持者の若者たちとそのアイドルの高市首相&取り巻きまた今述べた極右カルト勢力の全てには、戦争加害者の意識が完全に欠落している。

そしてもっとさらに現実を直視すれば、戦後の日本国民全体を金縛りにしている「我ら日本人はひたすら先の大戦の被害者」意識が、事態を一段と悪化させる。

戦争の総括を責任放棄したために、日本人はある時点から戦争の加害者であることを忘れて、自らを戦争の被害者と決め込み被害者意識の傷をなめることばかりにかまける性癖を獲得した

戦後の日本人は老いも若きも誰もが、広島、長崎の原爆も東京空襲も沖縄戦の悲劇もひたすら被害者の目線で見てこれを嘆き、恨み、怒ってきた。

ではそこでの加害者は一体誰なのか。アメリカか?連合軍か?中国か?

断じてそうではない。

加害者は昭和天皇であり、軍部であり、岸信介を筆頭にする戦犯である。

戦前、戦時中に日本国民は誰もが戦争を称揚し、喜び、悪鬼となって敵を憎み、勝利に酔い、アジア侵略に興奮した。従って日本国民は誰もが加害者だったという考え方もある。

だが国民をそこに導いたのは天皇を中心とする権力機構であり軍部でありそれを翼賛した多くの戦争共犯メディアだ。

それでもやはり日本国民に罪があるとするなら、国民が国民自身の手で戦犯のただの1人も断罪しなかった痛恨の歴史だ。

米占領軍の意向で天皇が助命され、やはりアメリカの心算で戦犯との取引がなされて、日本の暗部の多くがアメリカによる日本支配のためのツールとして利用された。結果、仕置きの機会が遠のいた、というのは言い逃れに過ぎない。

なぜならば同じ穴のムジナ仲間だった日独伊三国同盟の悪鬼ドイツを見てみればいい。それに続いた小悪魔のイタリアも凝視してみればいい。

彼らは、特にドイツは、日本がアメリカ主導の極東裁判だけで大戦の仕置きを終わらせたのとは違い、「ニュルンベルク国際軍事裁判」の後も徹底して戦犯を追及し処罰し総括した。それは2026年現在の、今も続いている驚くべきアクションだ。

またイタリアは、戦犯の格としてはいわば同国の昭和天皇であったムッソリーニを処刑し、彼の盲従者らの戦争遂行意志を根絶するために、敢えて遺体をミラノの中心広場の一つに逆さ吊りにして晒しものにした。

イタリアは大戦の途中でドイツと仲違いし連合国側に無条件降伏した後、ドイツに宣戦布告した。のみならず連合国側に味方したいきさつもあって、戦後はドイツのような厳しい戦犯追及はしなかった。

しかしドイツの徹底総括は、かつて彼らの仲間だったイタリアの良心も激しく揺さぶり続けた。ドイツの厳しい戦後処理は、ムッソリーニを処刑したイタリアの民衆の反ファシズム精神を刺激し伸張させて、やがて強固なものへと変貌させた。

ところが今日も戦犯の追及を続けているドイツにおいてさえ、驚いたことに近年は極右勢力が台頭している。それどころかイタリアでは、極右ともネオファシストとも規定されたりする政党「イタリアの同胞」が政権党になり、党首のジョルジャ・メローニ氏が首相の座に就いている。

だが日独伊の悪の枢軸を形成した3国のうち、戦前の全体主義勢力の陰湿な精神風土が残っているのは日本極右だけである。それはひとえに戦争総括の欠如と、その結果生じた「加害者日本」意識の消滅によっている。

戦後日本の最大の闇の一つが、雲霞のごとく湧き続ける歴史修正主義者の跋扈だ。高市早苗首相はその首魁なのである。

ヒトラーはヒトラーを知らなかったがドイツの極右はヒトラーを知っている。同じくムッソリーニはムッソリーニを知らなかったが、イタリアの同胞を筆頭にする同国の極右はムッソリーニを知悉している。だから彼らはヒトラーにはならず、ムッソリーニの轍も踏まないと僕は予測する。

たとえ彼らがそこに向かおうとしても、大戦を厳しく総括したドイツとそれに倣うイタリアの両国民、またその影響も受けて全体主義に立ち向かおうとする意志が強固な欧州全体の世論がこれを阻止するだろう。

日本の極右は日本軍国主義を知らない。わずかに知っていても歴史修正主義者の宿命で過去への反省がなく同じ轍を踏む可能性が極めて高い。

いま盛んに右カーブを切って燃えている若者たちは、日本がかつて巨大な加害者だったという戦争の実相を学校で習わなかったために、極右の醜顔を脱悪魔の仮面で覆って「強い日本を」と叫ぶ高市首相に魅入られている。

彼らは被害者である。だが過去を知らない危険で凶暴な被害者である点が憂鬱だ。

彼らはもしかするとごく近い将来、高い支持率に押されて独裁権を握る高市首相とファシズム勢力に加担して、中国に戦争を仕掛けるかもしれない。その時アメリカは、トランプ主義の流儀に則って自らの利益にならない仕事はしないと決め、日本を助けようとはせずにこれを静観する。

結果、日本は第2次大戦の轍を踏んで再び廃墟と化する。だが幸いにも民主主義を信奉するリベラル思考の国民が生き残って、戦場に行かず空爆やミサイル攻撃の難も逃れた権力中枢と軍部を徹底糾弾する。

国民は今度こそ戦犯の全員を断罪し、余罪を徹底追及し、殲滅する。そうやっていま現在のドイツとイタリアに近いメンタリティーの市民が繁栄する日本国が誕生する。

もしもそうなれるのなら、再び廃墟となる巨大な不幸を代償にしてでも日本は生まれ変わったほうがいい。

もっとさらに良いのは、しかし、言うまでもなく戦争が回避され且つ高市政権が崩壊して、ファシストの高市早苗首相が永遠に政治の舞台から去ることである。

だがその後は日本はやはり、忘れられつつある第2次大戦を必ず徹底総括して加害者としての自分を見つめなおし、せめてドイツまたイタリアのレベルにまで民度を高めて、真に世界に信頼される国家になるべきだ。

そうなれば「世界の真ん中で咲き誇る日本、また日本外交」などと、痴呆じみた笑劇スローガンを言い募る必要もなくなる。

なぜなら日本が歴史修正主義者のいない国家に生まれ変る暁には、世界のほうが懸命に日本に擦り寄って来て、日本は嫌でも世界の真ん中に押し祭られて行くからである。

その観測が荒唐無稽という者がいるならば、僕はこう訊きたい。

かつての軍国主義の亡霊が、生霊となって体内に出現したのでもあるかのような荒ぶる高市早苗氏が、日本の首相にまで成り上がった荒唐無稽をあなたは一体どう説明するのか、と。




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メローニ首相ににママごとを押し付けた高市首相の人間失格

高メロ自撮り650

115日から17日にかけてイタリアのメローニ首相が日本を訪問し、高市首相との友情を確認し合った。

友情を確認し合ったというのが、高市首相側が主張する邂逅の成果である。

それは就任以来、台湾有事発言などの失策が多い高市新米首相の、外交劇で得点を稼ぎたいという切実な思いがこもったドタバタ喜劇だった。

当時は既に、高市首相が衆院を解散するという憶測が乱れ飛んでいた。そのため2人の出会いを新聞テレビほかの大手メディアが大きくは報道することはなかった。彼らの主眼は解散総選挙にあった。

ネットメディアもそれは同じだったが、同時にYouTubeを中心にメローニ首相訪日の話題も盛んに伝えた。

ロンドン発のNHK衛星放送が消滅して以来、残念ながら同局の番組を観るのが日ごとに少なくなっている僕は、主にYouTubeで高市首相によるイタリアの相方の歓迎式またそれに続く大衆演芸風会談などをかなり詳細に見た。

歓迎セレモニーの式次第は、たとえ誰が首相でも同じなのだろうが、高市総理の動きはまるで女子高校生にも似た高揚感と幼さとが入り混じり溢れまくっていて、強烈な違和感を覚えた。

それは就任直後、彼女がトランプ大統領の脇でぴょんぴょん跳ね回り彼の腕にすがって満面に笑みを浮かべていた状況を髣髴とさせるもので、見ていて気恥ずかしかった。

高市首相はメローニ首相の隣ではぴょんぴょん跳ねることはなかった。

彼女の腕を同位の者として親しみをこめ自らの腕にからめるような仕草はしても、男に媚びる女が相手の腕にすがって艶笑する姿はむろんなかった。

だが彼女の気分の得意と媚と、さらに英語本来の意味での「ナイーブ」さなどが錯綜した軽挙妄動は、見ていてとても辛いものだった。

高市首相は外交の晴れ舞台で、少女のようにはしゃぐ心を懸命にこらえつつ、歓迎儀式の遂行に心を砕いていることがわかった。だが彼女がそうすればするほど、一挙手一投足が幼く見えたのだ。

そこに輪をかけるかのように彼女は、相方のメローニ首相を「ジョルジャ」、「ジョルジャ」と敢えてファーストネームで、しつこく、呼び続けた。

それは80年代に中曽根康弘首相がレーガン大統領とロン・ヤスの関係を結び、首脳同士が名前で呼び合う関係が定着して以降の、日本側の一方的な昼想夜夢だ。

その悲恋は直近では、故安倍首相がトランプ大統領とこれまたフェイクな友達関係を構築した物語

高市首相は、そこでもまた自身のアイドルの故安倍首相を猿真似て、ファーストネームを連呼する小恥ずかしいありさまを強調しては、メローニ首相を無理にそして無闇に名前で呼び続けたものである。

やることなすことの全てが、まるで女子高生のお祭りのように幼い高市首相の挙動に、メローニ首相が戸惑う様子が見え見えだったが、日本側はそれにまったく気づかないようだった。

その一方で首相職4年目に入るメロ-ニ首相は、極右と呼ばれた時間を経て、政権担当以後はいわば外柔内剛の中道保守とでも形容されるべき「穏健」な極右へと姿を変えた。

そんなメローニ首相には、高市首相が囚われている、男性中心の組織社会で女性が這い上がるために見せる「過剰同一化」の悲哀がない。

片や高市首相は、彼女の絶対的アイドル故安倍首相の腰にしがみついて、過剰に男性に同化する手法で自民党の男ジャングルの中を泳ぎ回りのし上がった人物だ。

彼女は生き延び栄進するに連れて、男への過剰同調をさらに過激に推し進めた。

結果、女性でありながら夫婦別姓制に反対するなどの奇怪な道をさえ歩み続けた。

そしてついには極まって、トランプ大統領の腕にすがって女子高生よろしくぴょんぴょん跳ねたり、メローニ首相歓迎儀式でみせたママゴト外交を、大真面目で遂行する噴飯ものの行動様式を獲得するまでになっている。

彼女はそうした自らのやり方を、再び自身のアイドル故安倍首相のひそみに倣って「世界の真ん中で咲き誇る日本また日本外交」と自画自賛する。

世界の果ての忘れられた島々で、噴飯逆説物語以外の何ものでもない「世界の真ん中で咲き誇る日本また日本外交」をキャッチフレーズに、お祭り騒ぎを演出する高市首相の、心の内奥の無念はいかばかりだろうか。

寂しい境涯にある高市首相がメロ-ニ首相歓迎式典や会談で見せた幼い言動は、彼女の戦争ごっこ好きや極右三昧言動などとあいまって、日本の行く手に垂れ込める暗雲そのものにも見え、憂鬱を通り越して不気味でさえあった。

もっともそこで寂しさを知るほどの感性があるのなら、「世界の真ん中で咲き誇る日本や日本外交」などという、穴があったら入りたいような尻こそばゆいフレーズを臆面もなく口にすることなどありないだろうが。

女性であることを侮られないように死に物狂いで男に過剰同化して、ついには日本のトップにまで上りつめた高市首相が、キャリアの仕上げの段階で女子丸出しにも見えたママゴト外交をやらかしたのは、結局彼女が女性だからというのが理由ではなく、ただの無能な宰相だから、というのがフェアな採点だろう。

世界には彼女のママごとに付き合わされたメローニ首相を筆頭に、サッチャー、メルケル、また歴史を辿れば シリマヴォ・バンダラナイケ、 インディラ・ガンディー、ゴルダ・メイア、 エレン・ジョンソン・サーリーフなどなど、優れた女性リーダーが数多くいる。

そして彼女たちは女性首脳だからではなく、卓絶したリーダーだからそう評価されているのである。





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高市首相はメローニ首相のプラグマティズムをしっかり見習え

拡大美人Meloni&高市319原版を450に

ここイタリアのジョルジャ・メローニ首相が1月15日から17日にかけて日本を訪問し高市首相と会談する。

イタリアと日本というG7の味噌っかす国の首脳同士が会って、いったい何を話すんだい、と訊きたいところだが、人は互いにマッチョ且つ男尊女卑な政界を持つ国で、初の女性首相となったともがらだ。なんとなく親近感を覚えるのだろう。

しかも双方ともに極右と規定されることが多い右派政治家である。

そのあたりにこの不思議な邂逅の秘密があるが、それでは国民を納得させられないので、どうでもいいような一応の理屈を幾つも発明している。

いわく、日伊外交関係樹立160周年を記念して両国の友好・協力関係を一層深化させる。いわく、両首脳の個人的な信頼関係を構築する。 いわく「戦略的パートナーシップ」の強化を図る。いわく安全保障協力の強化など、など。

だがその「催し物」は、日本側のほとんど懇願に近い要請で実現したことは明らかだ。

なぜなら、高市首相にはメローニ首相を招いて外交演出をすることで、台湾有事発言に始まる自らの危なっかしい政権運営に少しでも役立てたい思いがある。

片やイタリアにとっては、メローニ首相が日本の相方と会うメリットとは何もない。内政をおろそかにして日本までの長旅をするのは時間の無駄だ。むしろ迷惑だろう。

それでも行くのは日伊間の友情への配慮と、日本初の女性首相となった高市氏への義侠心だろう。

そんな2人だが、政治信条や手腕また人格には、天下一品メローニと生活必需品高市ほどの違いがある。

中卒程度の学力を持つだけのメローニ首相は、15歳でファシスト党の流れを組むMSIに参加し、活発な右翼活動家となった。

2012年には同じ流れの極右政党、「イタリアの同胞」を結成。以後、その泡沫政党を率いて党勢を拡大させた。

そしてついに2022年、総選挙で第一党に躍り出て政権を奪取。イタリア初の女性首相となった。

彼女は選挙運動では声高に、過激に、右派の主張を展開。その期間中は顔つきがほとんど狂暴にさえ見えた。

選挙中、彼女は極右と形容された右寄りの政策を声高に叫びつつ、一つのスローガンをさらに大声で主張した。

いわく、「私はジョルジャだ。私は女性だ。私は母親だ。そして私はイタリア人だ」と。

「私はジョルジャだ」は自らが自立自尊の人格であることを、「私は女性だ」は女性であることを誇ると同時にジェンダー差別への抗議を、「私は母親だ 」は愛と寛容を、「私はイタリア人だ」は愛国の精神を象徴していると僕は見た。

メローニ氏はそうやって国民の支持を得て首相の座に上り詰めた。

ところが彼女は、首相になると同時に険しい極右の言動を控えて現実路線にシフトし、いわば強硬中道保守とでも形容されるべき「穏健な」道を歩みだした。顔つきまで変わり穏和になった。

政治的にも極端な言動は鳴りをひそめ、対立する政治勢力を敵視するのではなく、意見の違う者として会話や説得を試みる姿勢が顕著になった。

敵対していたEU(欧州連合)とも良好な関係を築いた。同氏に懐疑的だったEUの主勢力は、警戒心を抱きながらもメローニ首相を対話の可能な右派政治家、と規定して協力関係を構築した。

彼女はそうやって中道寄りの現実路線にシフトして、イタリアのみならず欧州全体でも一目おかれる「保守政治家」へと変貌した。

そうした変化が可能になったのは、彼女がイタリア共和国のトップとして統率力を発揮し、支持基盤である「イタリアの同胞」に始まる極右モメンタムを抑えているからだ。

片や高市首相は、右翼政治家としての独自の強烈な活動歴はなく、自民党内の安倍極右カルト神殿の一員として男社会に尽くすことで、日本会議神社本庁集団、西田雑魚歴史改ざん組などの支持を得、日本初の女性首相になった。

思い込んだら百年目の極右熱情に支えられた高市首相には、日本のトップとしての独立した強い権限や独自性はない。

前述のカルト勢力に加えて全国に蠢くいわゆる自称文化人やアカデミック層また芸能人などを含む、有象無象のネトウヨヘイト系国民によって操られるパペットであることが明らかになりつつある。

彼女にはメローニ首相が強く意識する女性の権利推進や家父長制社会への挑戦などのイデオロギーもほぼ皆無で、ひたすら自民党男組の虎の威を借りてあたりを睥睨恫喝する存在に過ぎない。

歴史への洞察や知識も不足している高市首相は、軽々と台湾有事即ち日本存立危機発言をかまして、日本のトップとしての自覚も戦略的思考もゼロであることを世界に晒した。

高市首相の中国を敵とみなし、侮り、開戦も辞さないとする危険な思い上がり論法は、日本の加害の歴史も民主主義も知らない特に若年層に指示されて、国全体が熱に浮かされ極右のさらに右方向へと突き進んでいる。

日本は取り返しのつかない事態に至る前に冷静にならなければならない。

中国とのいらぬ軋轢を引き起こして正念場にある日本を、高石首相よりも政治的に存在がはるかに大きなメローニ首相が訪問してくれるのはいいことだ。

メローニ首相には、日本初の女性首相で、極右で、歴史修正主義者の危なっかしい高市氏を助けたいという気持ちがあるに違いない。

極右から身を起こして今や右派政治家として知恵を発揮するメローニ首相が、軽佻浮薄のカタマリのような高市首相を諌めることを期待したい。

それによって高市首相が、トランプ大統領の腕にすがってぴょんぴょん跳ねたり、中国との間に 軍事的緊張を誘発するなどの愚かな火遊びを止めて、シビアな世界政治の舞台に足を踏み入れてくれれば、あるいは戦争の危険はとりあえず遠のくかもしれない。




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高市早苗という国難を一刻も早く排除するべき

メローニ高市650

自身へのけじめを込めて年が変わる前に書いておくことにした。

僕は高市早苗氏が、日本初の女性首相になることにより極右スタンスの政治姿勢を改めて、より穏健な右派政治家に生まれ変わることを期待した。

それは言葉を替えれば、現実路線に舵を切って日本国のトップらしい主体的で思慮深く、人間的に磨かれたリーダーに生まれ変わることを意味した。

彼女はかつて次のようなおぞましい言動を重ねた。

1.議員一年生の1994年10月12日、国会で村山富市首相に「過去の戦争に関して周辺国に勝手に謝罪をするな」と言。

2.1995年3月16日、「私自身は、戦争の当事者とは言えない世代だから、反省なんかしていないし、反省を求められるいわれもない」と衆議院外務委員会で言明

3.2016年2月8日、気に入らないテレビ局の「電波を停めてやる」主旨の傲慢極まる発言もした。

ファシストやナチでさえ真っ青になりそうな呆れた発言を知りつつ、僕は彼女が首相になって変貌することをほんの束の間だけ思い描いたのである。

それはここイタリアのメローニ首相を念頭に置いての、無いものねだりの期待であり希望だった。

ジョルジャ・メローニ首相は、極右という形容は当たり前、政敵からはネオファシスト(新ファシスト)とさえ指弾されたりする存在である。

彼女は2012年にファシスト党の流れを組む右派政党「イタリアの同胞(FdI)」を結成した。

以来、泡沫政党「イタリアの同胞」の党首として、烈烈たる情緒と確固たる信念を胸に活動を続けた。

10年後の2022年、彼女は激しい選挙戦を闘い抜いてついに政権を奪取した。

選挙運動では声高に、過激に右派の主張を展開。その期間中は顔つきがほとんど狂暴にさえ見えた。

ところが彼女は首相になると同時に険しい極右の言動を控えて、いわば強硬右派とも形容されるべき穏健な道を歩みだした。顔つきまで変わった。

見苦しい激甚な表情が母親のように優しくなった。

極右政治家のメローニ首相が、政権奪取後には中道寄りへと舵を切るであろうことを僕は予想し何度もそう書いた

彼女はその通りの道を歩んでいる。

高市首相は、メローニ首相と同じファシスト気質の政治信条を持つばかりではなく、イタリア同様に圧倒的に男性優位の政治体制を持つ国で初の女性首相になった。

しかし彼女は日本国の首相として現実路線にシフトするどころか、政権の座に就いて間もない2025年11月7日、衆議院予算委員会で、「台湾有事は日本存立危機事態になり得る」と極右きわめ付きの発言をした。

僕はその時点で彼女の「化け」をあり得ないことと判断した。

彼女の台湾有事発言は、自らが師と仰ぐ安倍元首相の「戦略的曖昧さ」を否定して、その遺志を「国策」として具体化しようとする明確な信念の顕れとの意見もあるが、笑止千万だ。

彼女に戦略的な思惑があったとは考えにくい。

そうではなく、発言は彼女がネトウヨヘイト系差別主義教団カルトの仲間内で気勢を上げるノリで、つい言ってみた、というのが真実だろう。

彼女は、イタリアの過去、特にファシズムを明確に否定して国の舵を取る右派政治家のメローニ首相とは似ても似つかない。

このデタラメな政治家が、日本のトップであり続けてはならない。

僕はほんの一時はいえ、彼女が化けてメローニ首相のように周囲から尊重される存在になるかもしれない、と考えた自らの不明を恥じる。

と同時にそうした方向の発言の一切を撤回する。彼女の本性はもはや隠しようがない。

彼女は戦略的な思考ができない分、安倍元首相よりも危険な歴史修正主義者であり超国家主義者である。

取り返しのつかない事態が起こらないよう一刻も早く排除されるべきだ。




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高市総理を含む日本人は誰もが愛国者だ

キンペー高市合成650

はっきりさせておこう。

スパイやテロリストでもない限り、日本を悪くしようと思う日本人はいない。

右も左もない。

ただ右と左ではより良い日本という頂上に向かう道筋が違う。

そして頂上に向かう道のうちには遭難したり、事故ったり、地滑りや雪崩に遭ったりする危険なものがある。

危険を伴う道程の最たるものは過去を直視しないアプローチだ。それは歴史修正主義という深い迷い道へと続き、ついには脱出が不可能になる。

そして極端な場合は迷い道は、山自体が崩壊するにも等しいほどの結末を招く。それが第2次世界大戦の惨劇へと日本が辿った道だ。

登山の間違ったルートを行かないように右と左が互いに呼びかけるのが、民主主義社会における政治論争であり対話である。

極右や極左の人々でさえも「彼らなりの考えで」日本を良くしようとあれこれ模索している。

だが残念なことに彼らは、民主主義という仕組みを無視し破壊して、一息に頂上を目指そうとする。

それはつまるところ過激主義であり、専制政治や独裁政治に至る不吉な道だ。

保守やリベラルと規定される、過激派よりも穏健な政治思想を持つ人々も、むろん誰もが日本を良くしたいと願っている。

その意味では日本人は誰もが愛国者である。

ネトウヨヘイト系人士を含む右派の多くは、彼らだけが愛国者だと信じて、、対峙するリベラルや自由主義者などの左派を反日、売国奴、自虐史観主義者などと罵倒したがる。

だが彼らは、例えば日本の侵略行為を否定したり、靖国神社を盲目的に称揚したり、旧日本軍の蛮行を認めない等々の歴史修正主義に走ることによって、世界から批判される。

つまり実は彼らのそうした動きこそが、日本を貶める自虐史観行為だ。

平家、海軍、国際派という成句がある。

社会のメインストリームから外れたそれらの人々は、日本では出世できないという意味の言葉だが、政治の論壇などでは往々にして「反日」と同じ風に使われたりもする言い回しだ。

だがそれは間違いで、平家の中にも、海軍の中にも、国際派の中にも愛国者はいる。と言うか、そこには源氏、陸軍、国内(民族)派とまったく同数の愛国者がいるのだ。

そして僕自身は国際派の愛国者を自負している者だ。国際派だから、出世もできずに恐らく死ぬまで外国を放浪し続ける、という寂しい人生を送っているわけだが。

中国に宣戦布告をするのでもあるかのような、高市早苗首相の「台湾有事は日本の存立危機事態」の国会発言は、元を正せば歴史修正主義に根ざしている。

彼女は先の大戦は日本の侵略戦争ではないと信じている。従って被害国への謝罪も必要がないと結論付ける。そこには既に被害国への蔑視感情秘匿されている。

特に隣国の中国、韓国、北朝鮮への優越意識は強い。敵愾心と言い換えてもいい。

劣った国々だから優位にいる日本が彼らを支配しても問題はない、という思い上がった感情がそこにはある。

その気合いは、靖国参拝に反発するそれらの国々への怒りを呼んで、彼女の不機嫌がさらに募る。

高市首相の中国への敵対感情は特に深い。

日本が蹂躙しても構わないほど“劣って”いた中国は、近年経済的にも従って軍事的にも巨大化して、もはや日本は太刀打ちできない。その現実が彼女の怒りをさらに煽る。

そうやってアメリカを頼みにしつつ、台湾を卑小化し宗主国気取りでをこれ庇護するという思い上がりが加わった。

その結果中国に対して居丈高になり勇ましく拳を振り上げたのが、愚かな台湾有事=日本存立危機発言だ。

要するにその意思表明は、WEB上に踊るネトウヨヘイト系排外差別主義者らの勇ましくも空虚な反中国言論と大差ないのである。




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高市首相は世界ネトウヨ連盟のくび木から早急に抜け出せ

高市キンペー合成650

開いた口が未だに塞がらない。

高市早苗首相の台湾有事・日本存立危機発言とそれに対する中国の反応のことである。

どっちもどっちだ。

貧弱な政治文化の本質がてんこ盛りになった、恥ずかしくも見苦しい言動の数々だ。

高市首相が、台湾有事は日本の存立危機事態と口を滑らせたのは、日本の過去の蛮行を認めない歴史修正主義に凝り固まった精神が言わせたものだろう。

国際政治を知らず、従って外交に疎い迷妄もあるが、中国への深い蔑視と敵愾心も秘匿されている。日本のトップの人物がWEB上で汚い言語を撒き散らすネトウヨに似ているのは寂しい。

これに対して、大阪在の薛剣中国総領事が「勝手に突っ込んできた汚い首を斬ってやる」と、汚い首に付いた汚い口から腐臭を放つ言葉を投げつけた。

中国政府もこれを諌めるどころか、似たり寄ったりの野蛮醜悪な言動を続けている。

それらは“アジア”に共通した未開で好戦的な政治精神の発露だ。ここで言う“アジア”とは、外交も民主主義も理解しない中国的、アラブ的また日本極右的な勢力の全てである。

そこには無論ロシアも北朝鮮も含まれる。またネタニヤフのイスラエル、エルドアンのトルコもりっぱな、いや、“アジア”以上の“アジア”であることは論を俟たない。

最近そこには信じがたい巨大パワーも加わった。言わずと知れたトランプ主義が席巻するアメリカだ。

日本は一刻も早くそれらの「ああ喚(わめ)けばこう叫んで背中に斬りつける」蛮人連合体から抜け出したほうがいい。

そうしておいて意識改革を断行し、欧州並みの政治文化また文明を獲得する努力をするべきだ。

それにはどうするか。ひとえに過去の蛮行を認めて反省し、被害者の国と国民に腹からの謝罪を行って生まれ変わる以外には方法がない。

僕は再び、再三再四、繰り返し何度でも主張する。ドイツを見習え。イタリアを意識しろ。

僕は11月3日、「高市首相は、独裁者気質のトランプ大統領や、極右とも批判されるここイタリアのメローニ首相もできない急カーブのファシスト街道を走りまくって、すわ!中国と開戦、というゴールに飛び込まないとも限らない」

とここに書いた。

それから4日後の11月7日、高市首相は 台湾有事は日本の「存立危機事態になりうる」と既述のあっと驚く国会発言をかまして、露わすぎるほど露わに自らの本性を激白したのだ。

高市首相の―あえて大げさな意味合いで言うと―中国への宣戦布告じみ日本の存立危機事態発言は、彼女が仲間のネトウヨ人士らとの会合で気勢を上げるノリで口に出したものだろう。

高市首相の先の大戦は侵略戦争ではないに始まる一連の歴史修正主義発言や靖国称揚思想、テレビ局への停波するぞ恫喝などのファシスト気質を知りつつ、また政治信条的にも大いに疑問を抱きつつも僕は密かに彼女の❝化け❞を期待してきた。

ここイタリアのジョルジャ・メローニ首相に重ねて彼女を見ようとしたのだ。

イタリア初の女性首相となったジョルジャ・メローニ氏は、ファシスト党の流れを汲む「イタリアの同胞」を率いて選挙を勝ち抜いた。

ところがメローニ氏は、首相になると同時に険しい表情をゆるめ、極右独特の厳しい言動を控えて、いわば強硬右派とでも呼ばれるべき穏健な道を歩みだした。

高市早苗首相は、たとえ逆さに吊るして振り回しても“極右”という毒素しかこぼれ出ない政治家だが、日本のトップに押し上げられることで政治的にも人間的にも成長するのではないか、と僕は密かに応援する気持ちでもいたのである。

だがそれはしょせん、大いなる無いものねだりだったようだ。

高市首相は彼女の岩盤支持層である日本極右勢力、即ちネトウヨヘイト系差別主義者の国民や自民党安倍礼拝族、また日本会議や国家神道など同じ穴の貉会が一体になった、日本ほぼカルト 勢力に呑み込まれあるいは同調して、結局独自の政治信条も無いままさらに右へと急カーブを切り続け、ついには昏倒する運命であるように見える。




トランプの終わりの始まりが見えたかも。なの?

叫ぶトランプ切り取り650

アメリカ発の良いニュースと悪いニュースが飛び交っている。

最新の良いニュースは、トランプ大統領の支持率が急速に悪化していること。

悪いニュースは、それでもトランプ主義が引き続きアメリカを席巻しそうなことだ。

もうひとつの良いニュースと悪いニュースもある。

良いニュースはトランプ支持率が落ちているにもかかわらず、対抗する民主党支持率が上昇していないこと。

悪いニュースは、従って、民主党の早い政権奪取はありそうもないことだ。

今、は?とつぶやいた人も多いだろう。

要するにリベラルの民主党に政権を担ってほしいが、今のままの民主党ではNG、というのが僕の言いたいところだ。

民主党はトランプ主義者のエミリー・フィンリーが指摘した、「民意を無視し、平等、多様性、移民包容など、民主党が認める主張だけを“民意”として容認、やがてそれに合わない主張を排除」する“エリート主義”をかなぐり捨てなければ、“トランプの意のまま共和党”に勝つことはできない。

それどころか個人的には「勝ってはならない」とさえ思う。

なぜならリベラルとしての民主党が、平等の理念を全うし民衆の真のニーズや価値観や思いに寄り添って歩む本来の姿に立ち返らない限り、政権を担うべきではない。

それにしても、負け犬とはいえ米民主党は、トランプ大統領に噛み付き勝手を許さない動きを繰り返している。

ここイタリアでも敗者の民主党などの左派が、右派のメローニ政権に挑んで独断専横を監視している。他の欧州諸国も似たり寄ったりだ。

ところが日本はどうだ。結束すれば自維政権を小路に追い込むこともできるはずの野党が、特に立憲民主党のだらしなさ故にひたすら無力全開だ。

今のままの状況では高市首相は、独裁者気質のトランプ大統領や極右とも批判されるここイタリアのメローニ首相もできない急カーブのファシスト街道を走りまくって、すわ!中国と開戦、というゴールに飛び込まないとも限らない。



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高市であろうがなかろうが日本極右は欧州極右よりずっと危険だ

sohei-kamiya&参政党議員650

公明党が連立離脱というニュースが駆け巡っている。自民党の高市新総裁がほぼ自動的に首相になるどころか、誰が次の総理大臣になるのか見通せない、混とんとした状況になった。

どの党が連立に加わっても、また自民党が政権を掌握できなくても、極右化する日本の政治の危険度に変わりはないので❝高市政権が発足したなら❞という前提で意見を述べておくことにした。

高市早苗自民党総裁誕生に関する直近記事に多くの方からコメントやメッセージが寄せられた。

最も多かったのが記事の終わり:「高市政権は船出と同時により右カーブではなく左カーブ、即ち中道寄りへと政策も心情もシフトしていく」に対する疑問や反論である。

多くの方が、高市政権は左寄りにシフトする、と僕が主張したと誤解しているようだ。

極右の高市政権がリベラルになる訳がない。そうではなく、ファシスト気質の高市政権は船出と同時に❝現実路線❞を取るだろう、というのが僕の言いたいところだ。

それをしないなら、少し大げさに言えば、中国・韓国・北朝鮮、特に中国と戦火を交えない限り、彼女の極端な超国家主義者魂の立つ瀬がないだろう。

だがさすがの高市ちゃぶ台返しオヤジ首相でも、隣国と火ぶたを切るほどの狂気はまだ持ち合わせていないだろうから、とりあえずはファシストの正体を秘していわば脱悪魔化をはかる。

要するに現実路線に立ち返る、と考えたのである。

だが全く違う結果も考えられる。

高市首相は日本独特の右翼カルト暴風に吹き巻かれて、ますます右へと突き進みついには政治的に自爆死するかもしれない。

それはここ欧州の極右にはあり得ないことだ。

欧州にも右傾化の強風が吹き荒れている。

欧州に於ける極右の台頭はリベラル勢力の驕りに対する民衆の怒りもあるが、最大の要因は強い反移民感情である。増えすぎた移民に欧州の人々はいら立ち、右派はその不満を利用して勢力を伸ばしている。

だが欧州には「欧州の良心」がある。そのため各国政府による移民排斥の動きには一定のブレーキがかかる。

僕が規定する欧州の良心とは、欧州の過去の傲慢や偽善や悪行を認め、凝視し、反省してより良き道へ進もうとする“まともな”人々の心のことだ。

欧州は世界各地を侵略し殺戮をくり返し、域内の紛争も軍事力で解決するのが当たり前の、野蛮で長い血みどろの歴史を持っている。そして血で血を洗う凄惨な時間の終わりに起きた、第1次、第2次大戦という巨大な殺戮合戦を経て、ようやく「対話&外交」重視の政治体制を確立した。

それは欧州が真に民主主義と自由主義を獲得し、「欧州の良心」に目覚める過程でもあった。

欧州の良心はキリスト教の博愛の精神によって補強されより寛大な方向に展伸するが、第2次大戦後にさらに拍車がかかった。

つまりドイツ国民のナチズムへの徹底総括と深い反省、またイタリア国民の強力な反ファシズム感情がヨーロッパ中に大きな影響を与えて欧州の良心はいよいよ強固になった。

欧州に於ける政治の右傾化、また民衆の反移民感情は欧州の良心と並存している。

政治の右傾化や反移民感情は多分に感情的だが、欧州の良心には理がある。その理が政治の右傾化を監視し反移民感情に待ったをかける。制御心が働くのだ。

その情動には極右も無縁ではあり得ない。

例えば移民排斥を叫んで支持を広げ、ついには政権の座にまで就いたここイタリアのジョルジャ・メローニ首相がその好例だ。

メローニ首相は、ファシスト党の流れを汲む「イタリアの同胞」(党)を率いて反移民感情を人々の間に搔き立てては支持を伸ばし、ついには首相にまで上り詰めた。

昇りつめると彼女は政権公約を果たすべく移民規制に乗り出したが、思うようには進んでいない。いや、思うように進んでいないのではなく、彼女には移民を無慈悲に徹底的に排斥する意思はないのだ。

不法移民を規制する方向には動くものの、彼女の中にある欧州の良心がそれを抑制する。ましてや彼女は難民移民の徹底保護を主張してやまないローマ教会の信者だ。

彼女と同じ感情は欧州の右派に多かれ少なかれ宿っている。そして彼らは反移民レトリックを用いて民衆を主導し勢力を伸ばし続けている。

同時に彼らは政権の座に就くと常識的になるだろう。不法移民、悪意ある外国人は厳しく取り締まるとしつつも、欧州の良心に促されて彼らを平等に扱おうとする情動が働くのだ。

彼らは極右らしく暴力的だが、かつてのナチスのように非情な人種差別意識をむき出しにして人々に牙を剥くことはあり得ない。

欧州の今この時の極右勢力はかつてのナチスやファシストではない。

ヒトラーはヒトラーを知らなかった。だがいま欧州で最も大きな脅威と見られているドイツの極右Afdはヒトラーを知悉している。だから彼らはヒトラーの轍は踏まない。

同様にムッソリーニはムッソリーニを認識できなかったが、ムッソリーニを良く知るイタリアの同胞は、メローニ首相をより穏健な極右、あるいは中道寄りに向かう急進右派たる存在に造り変えた。

日本ではあたかも欧州の極右のように反移民をあおる参政党が躍進した。各野党もそれに近い主張をした。自民党の総裁選では高市早苗候補が外国人差別を煽る動きにさえ出た。

だが世界の国々に比較すると日本の移民の数などたかが知れたものだ。ところが参政党を筆頭にする右派は、アメリカや欧州の真似をして選挙で反移民キャンペーンを張った。つまり彼らは例によって欧米の物真似をしたのである。

そうであれば可愛いもので取るに足らない。

しかしながら、その中身は日本独特の天皇崇拝・靖国偏執跪拝・国家神道狂信・日本会議及び安倍憑依教団等々が一体になったカルトの顕れである恐れがある。

一見すると、右傾化という世界共通の現象の中にあるようだが、実はそこには属さずに孤立し鬱屈して牙を研いでいる、デモーニッシュななにかのように見えるのだ。

極右の流れが本流となり、さらに激流となって世の中を席巻するのは、中道や左派の主要政党が彼らの真似をして国民の関心を買おうと考える時だ。そうなると極右モメンタムは制御不能となって爆発する

欧州の極右の動きには因果があり筋道がある。熱に浮かされて天皇崇拝や靖国遥拝や国家神道などを叫ぶ神懸かり的な精神論が入る余地はない。

ところが日本の場合はそうした理や制御心が働かないように映るのだ。いわゆる先進国のうちでは圧倒的に少ない移民に対して、既述のように参政党が突然憎悪を爆発させ、他の保守勢力が追随する。政権党の自民党も例外ではない。

繰り返しになるが、欧米を含む世界の流行が日本で根拠なくコピーされるパターンである。だがその流行は歌やファッションの流行りではない。偏見差別と、究極には殺戮行為にまで簡単に進みかねない反移民運動の流行なのである。

それはやはり日本カルトの顕現としか形容の仕様がない異様な光景だ。カミカゼ的サイコパス政治勢力が何の障りもなく、誰にも阻止されずに当たり前に存在する、世界の中の異形の土地の恐怖だ。

異形の土地は天皇を神と崇める旧人魂と過去の対戦を総括できなかった無念の歴史事実とに守られて厳然として残った。

それに乗っかった日本極右の危険度は、ドイツAfdやイタリアの同胞、またその他多くの欧州極右とは比べものにならないほど高いのである。





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日本の解放記念日まで


日本ゲシュタポ憲兵隊650

今日9月2日は、世界の大半(特にアメリカ)が規定する第2次世界大戦の終結日である。つまり日本の敗戦記念日だ。

天皇を中心に物事を考え引きずり回すことが得意な旧弊族が、未だに社会を支配しがちな日本では、昭和天皇がラジオで国民に終戦を伝えた日、すなわち8月15日にこだわる。

あまつさえ彼の声を玉音と呼んでひれ伏したりもする。だが、善悪混交する戦中と戦後の彼の評判はさておき、昭和天皇はまぎれもなく先の大戦の最大の戦犯であることは疑いようがない。

僕は日本の敗戦日をここイタリアに倣って「解放記念日」と呼んでみたい。イタリアでは民衆がムッソリーニを処刑しファシズムを撃破したので、終戦の日を「解放記念日」と呼ぶのである。

しかし日本の場合は、戦争が終わっても戦犯の昭和天皇&軍部が徹底処罰されなかった無念の歴史があるため、とても「解放記念日」とは規定できない

日本は他者、つまりかつては占領軍による断罪、今日なら例えば世界世論などの“外圧”による指弾ではなく、日本国民自身が自主的に戦争を徹底総括する過程を経なければ決して生まれ変わることはできない。

それをしない限り、日本は将来必ずまた戦争を始めるだろう。

戦前を懐古するのみならず、日本社会を再び天皇中心の狂った仕組み、あるいは全体主義に作り変えようとするカルト的勢力が、急激に台頭しているのがそのだ。

戦犯の昭和天皇はもはや存在しない。だからといって彼の極大の罪がなくなるわけではない。

それでも彼の罪は、明仁上皇つまり平成の天皇の人徳と行動とによって、ある程度は軽減されたと考えることができるかもしれない。

平成の天皇は、 戦前、戦中における日本の過ちを直視し、自らの良心と倫理観に従って事あるごとに謝罪と反省の心を示し続けた。

さらに彼は、被害国と戦場を訪問してはひたすら頭を垂れて贖罪し、平和への歩みをたゆみなく続けた。その事実によって少なくとも「天皇家の罪」は浄化されたと個人的には考えたい

それはひとえに明仁上皇の、軍国主義日本による被害国への謝罪行脚と、誠実な人柄を尊崇しての思いである。

当代の徳仁天皇は、罪人の昭和天皇といわば聖人の明仁上皇の、それぞれの「負の遺産」と「業績」を継承したが、彼は断じて彼が天皇、つまり“何者であるか”によって評価されるべきではない。

そうではなく、彼は“何を成すか”によって評価されるべき存在だ。言葉を換えれば彼は、天皇としてではなく、人としてどう動くか、によって歴史の審判を受けるのである。

僕は徳仁天皇の同時代人として、彼が先の大戦の徹底総括に向けて「何かを成すこと」を期待する。

だが、言うまでもなくそれは、天皇よりもまずわれわれ国民が先鞭をつけるべき事案であり義務である。





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加害者の自分を忘れると、いつか大きなしっぺ返しを食わないとも限らない

玉音放送を聞きながら土下座

8月15日の終戦記念日が過ぎると、忘却が得意の日本国民の多くは戦争のことをぴたりと語らなくなる。

8月15日とは、前日に終戦の詔書に署名した昭和天皇が、ラジオ放送で敗戦を国民に知らせた日である。

それから2週間あまり後の9月2日、重光葵外相が米国の戦艦ミズーリ号で、ポツダム宣言の受諾を正式に表明する降伏文書に調印した。

世界ではこの日が第2次大戦の終結日とされるのが一般的だ。

8月15日にこだわるのは、表向きはさておき、天皇を神と崇める朴訥原始の精神を持つ旧人が多数を占める日本に於いては、この期に及んでも天皇の発言が何よりも大事、という心境の現れなのだろう。

ラジオから流れる声を玉音と呼び未だにそう形容しているのがその証だ。

戦争の徹底総括が行われれば、昭和天皇の巨大な罪は決して逃れようがなく、玉音などと言う民衆を見下した言葉もすぐに排除されるだろう。

昭和天皇と軍部という、化け物級の戦犯の徹底仕置きが、国民の手によってされなかった痛恨の歴史が招く不正義、また不条理はあまりにも多い。

そのうちで最も危険なのは、日本人が時間と共に急速に忘れつつある加害者としての自らの過去だ。

僕は8月15日前後の「日本国民による“戦争の犠牲者われら日本国民”称揚祭」の期間のみならず、何かにつけて日本の加害の歴史と、昭和天皇+軍部の超ド級の戦争犯罪を、国民自身で断罪できなかった苦渋の歴史を見つめ直す努力をしている。

その中でいつも心にひっかかっている事案がある。日本の戦争犯罪について書きこまれた次の主張である。

“「日本の軍国主義や右翼勢力が消滅しない限り、被害国の人々の反日感情はなくならない「(中略)」米国やロシアは日本に徹底的に報復したから、今は平穏な 気持ちで日本と付き合える。だが、中国人は何も報復していない」

というものだ。

文章の最後は、「中国人も韓国人も朝鮮人も、その他全てのアジアの被害者国の国民も、何も報復していない」と書き変えることもできる。

北朝鮮による日本人拉致は報復ではないか、という意見 もあるかもしれないが、書き込みの言う報復とは、軍隊による日本全国民への報復、という意味だと考えられるから、規模や恨みの深さが桁違いに違う。

中・韓・北朝鮮を筆頭にアジアの国々と国民をあからさまに、あるいは密かに見下している日本人、つまりネトウヨヘイト系排外差別主義者に加えて参政党とその一味の歴史修正主義者らは、日本の過去の蛮行の被害者であるアジアの人々の心に気を配る努力を怠ってはならない。

欧米の流行りである「~ファースト」を真の意味も知らないまま猿真似て、「日本人ファースト」と叫ぶうちに一歩間違えて、手痛いしっぺ返しをくらう可能性についても少しは心を砕いたほうがいい。

ちなみに上記の意見が書き込まれたサイト:

http://news.livedoor.com/article/detail/7924365/


は今は閉じられてしまっている。URLをここに貼り付けようとして知った。


サイトが閉じられた理由は分からない。あるいは故安倍ご一統さま等による何らかの介入でもあったのだろうか。 


僕は以前、そのサイトを引用して次の記事を書いたので参照していただきたい。

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52128918.html










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