【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

感染症

欧州初のコロナ地獄国イタリアが、欧州初の集団免疫獲得国になる?!


腕に射す700に拡大

イタリアのワクチン接種数が急増している。

政府が、10月15日から全労働者にワクチンの接種証明「グリーンパス」の提示を義務付ける、と発表したからだ。

イタリアはことし4月、欧州で初めて医療従事者にワクチン接種を義務付けた。

「グリーンパス」の提示を全労働者に義務付けるのも、欧州ではイタリアが初めてである。

医療従事者に「グリーンパス」の提示を義務付けたのは、全国民へのワクチン接種義務化を目指す伏線、と僕はずっと考えてきた。

だから今回それが全労働者へと拡大されても驚かず、いよいよ全義務化に向けた取り組みが加速した、と捉えた。

マリオ・ドラギ首相が、ワクチン接種の義務化を否定しない、と何かにつけて示唆しつづけていることも僕の推測の根拠になっていた。

また僕自身も、ワクチン接種を義務付けない限り、イタリアの集団免疫確保は困難だろうと考えていた。

イタリア国内に根強くあるワクチン懐疑論や、過激な反ワクチン勢力NoVaxの存在などが気になっていたからだ。

NoVaxは暴力行為や脅迫さえいとわない狂的な反ワクチン運動である。

ごく少数の過激な人々で構成されているが、声が大きく行動が過激な分、影響力も大きい。

反ワクチン派の大多数は、言うならば「ためらい」派あるいは「慎重」派である。

彼らは正しい情報と正確な言葉によって説得すれば、将来はおそらくワクチンの接種を受けるに違いない人々だ。

だが、SNS上にあふれるFake情報がそれを困難にし、NoFaxをはじめとする反ワクチン過激派のかく乱行為が事態を複雑にする。

それやこれらで僕は、イタリア全国民へのワクチン接種の義務化は避けて通れないもの、と考えてきた。

ところが、各労働者に「グリーンパス」の提示を義務付ける、という法律が成立するや否や、ワクチン接種の予約が急増した。

この調子で行くとイタリアは、あるいは欧州で初の「集団免疫獲得国」になるのかもしれない。

楽観的思考また希望的観測に過ぎないけれど。。





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集団免疫効果“ただ乗り”の是々非々


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世論調査によるとイタリア人の8割がコロナワクチンの接種を義務化するべき、と考えている。

驚きの統計は、反ワクチン過激派NoVax(ノー・ヴァックス)が、ワクチン接種を証明するグリーンパスを阻止するとして、全国の駅を占拠すると宣言した直後に発表された。

列車の運行を妨害しようとしたNoVaxの試みは失敗した。強い危機感を抱いた当局が全国の主要駅に厳しい警護策を施したからだ。

グリーンパスはレストランや劇場等への入店入場のほか、飛行機や列車移動に際しても提示を要求される。NoVaxが駅を占拠して列車の運行を妨害しようとしたのもそれが理由だ。

イタリアのワクチン接種は割合順調に進んでいる。

しかしワクチン接種を拒む人々も一定数存在している。彼らはワクチンの拙速な開発や効果を疑って反対する。それは理解できる動きだ。

コロナワクチンが迅速に開発されたのにはれっきとした科学的な理由がある。また完璧なワクチンや効果が100%のワクチンは存在しない。その中でコロナワクチンは効果が極めて高い。

それを知らずに―だが理解できないこともない理由で―ワクチン接種をためらう人々とは別に、根拠のないデマや陰謀論に影響されてワクチン反対を叫ぶ人々もいる。

それらの人々のうち、陰謀説などにとらわれている勢力は、科学を無視して荒唐無稽な主張をするトランプ前大統領や、追随するQアノンなどをほう彿とさせる。

彼らを科学の言葉で納得させるのはほとんど不可能に近い。思い込みがほぼ彼らの宗教になっていて、他者の言葉に貸す耳を持たないからだ。

イタリアにおいてはそれがNoVaxを中心とする少数の反ワクチン過激派の人々だ。

彼らは単にワクチン接種を拒否するばかりではなく、政治家や医療専門家やジャーナリストなどを脅迫したり、ワクチンの接種会場に火炎瓶を投げつけたりするなど、過激な動きを続けている。

NoVaxを含む反ワクチン論者の人々は、彼らなりの考えで自分自身と愛する人々の健康を守ろうとしている。

従って彼らを排除するのではなく、政治が彼らを説得して、ワクチン接種に向かうように仕向けるべきだが、現実はなかなか難しい。

ワクチンはフェイクニュースや思い込みに縛られている人々自身を救う。同時に彼らが所属する社会は、コロナ禍から脱出するために「集団免疫」が必要だ。

反ワクチン派の人々は、それ以外の人々が副反応のリスクなどの対価を払ってワクチンを接種して、やがて社会全体が守られる集団免疫に達したとき、何の貢献もしないまま同じ恩恵を受ける。

それはいわゆる フリーライダーつまりただ乗り以外のなにものでもない。

ワクチン接種の必要性を理解しない者、あるいは理解してもワクチン接種を意図的に拒む者には、罰則が科されてもあるいは仕方がないと考える。反社会的行為にも当たるからだ。

いったんそうなった暁には、ワクチンの強制接種、という施策が取られるのも時間の問題だろう。

イタリア国民の80%がワクチンの強制接種に賛成という統計は、2020年に世界に先駆けて凄惨なコロナ地獄を体験した人々の切実な願いの表れと見える。

イタリアではワクチン強制接種論と平行して、基礎疾患のある高齢者を対象に3回目のワクチン接種を始めるべき、という意見も出ている。

後者はすぐにでも実施されるだろうが、ワクチンの強制接種に関しては、まだまだ紆余曲折があるのではいか、と思う。




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日本の感染爆発とワクチン無策の相関図

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ワクチン無策の危険

日本の今の急激なコロナ感染拡大は、経済活動を含む国民の全ての動きを封鎖する厳格なロックダウンを断行してこなかったことの当然の帰結である。

経済も維持しながら感染拡大も抑える、という理想像を追いかけて日本はここまで来た。

その延長で経済を回すどころか、必ず感染拡大につながると見られていたオリンピックさえ開催した。

そして予想通り感染急拡大がやってきた。

だが日本の課題は感染拡大ではない。ワクチン政策の失敗、あるいはもっと直截に言えば、ワクチン無策が最大の問題である。まともなワクチン政策があったならば日本の今の感染爆発などどうということもなかったのだ。

なぜならワクチン接種が進展していれば、感染拡大が起きても重症化や死亡が防げる。それは医療崩壊危機も遠ざけるということと同義語である。

ここイタリアを含む現在の欧州やアメリカ、またイスラエルなどがそういう状況下にある。

展望なき2人のボスの罪

ウイルス感染を予防するワクチンだけがコロナパンデミックから人類を救うというコンセプトは、コロナ禍が深刻になった時点で世界中の科学者や有能な政治家などに共有されていた。

だがそのことを理解した有能な政治家の中には、残念ながら日本の安倍前首相と菅首相は含まれていなかったようだ。

彼らはワクチン争奪戦が熾烈になることを予測するどころか、ワクチンそのものが人類を救うという厳然たる事実にさえ気づかないように、目の前の感染拡大と経済、つまり金との融和だけに気を取られた。

もっと言えばオリンピックという巨大イベントの開催を執拗に推し進めながら、ワクチンが五輪開催にとって命綱とさえ言えるほどに重要であることに気づかず、たずらに時間を費やした。

その意味では安倍前首相の罪は菅首相にも増して深い。なぜなら安倍前首相こそ五輪開催を熱心に唱えた張本人だからだ。

前首相の右腕だった菅首相は、ボスの足跡を忠実になぞっただけだ。だからと言って、現在は日本最強の権力者の地位にいる菅首相の罪が軽減されるわけではないけれど。

いつか来た道

今の日本の感染拡大のありさまは、イタリアの昨年の10月末~11月ころに似ている。

とはいうものの似ているのは一日当たりの感染者の増減で、重症者や死者の数は圧倒的に当時のイタリアのほうが多かった。

2波に見舞われていた当時のイタリアには、今とは違ってワクチン接種が進行している事実から来る希望も余裕もなかった。

イタリアは世界に先駆けてロックダウンを敢行した第1波時とは逆に、同国に先んじてロックダウンを導入したドイツ、フランス、イギリス等を追いかけて、部分的なロックダウンを断行しながら第2波の危機を乗り切った。

そして20201227日、世界の情勢が読めない日本がまだぼんやりとしている間に、ワクチン接種を開始してコロナとの戦いの新たなフェーズに突入した。

ワクチン争奪戦

ワクチンの入手は当初は困難であることが明らかになった。イギリスのアストラゼネカ社のワクチン生産が間に合わずEUはワクチン不足に陥った。

EUは一括してワクチンを購入し加盟各国に分配する方式を取った。そのためEU加盟国であるイタリアもワクチン不足で接種事業が停滞した。

ところがBrexitEUを離脱したばかりのイギリスは、EUをはるかに凌ぐ勢いでアストラゼネカ社製を含む各種のワクチンを入手して、急速に国民への接種を進めた。

EUは疑心暗鬼になった。イギリスの製薬会社であるアストラゼネカが、秘密裡に母国への供給を優先させているのではないか、と考えたのである。

EU加盟国はこぞってアストラゼネカを責め、同社の製品をボイコットするなどの対抗措置に出た。イギリス政府への不満も募らせた。

誰も表立って認めることはなかったが、そこにはEUを離脱して連合の弱体化を招いたイギリスへの反感もくすぶっていた。それはEUとイギリスの将来の関係を示唆する出来事のようにも見えた。

EUとイギリスは、後者の離脱によって発生したドーバー海峡での漁業権をめぐって既に対立を深めていた。イギリスは海峡に戦艦を送りフランスが対抗するなどの事態にさえなった。

ワクチン争奪戦は一歩間違えば、血で血を洗う武力衝突が日常茶飯事だったかつての欧州への先祖返りさえ示唆するような、深刻な事態を招く可能性もゼロではなかった。

しかしアストラゼネカ社の不正がうやむやになる中、幸いにもファイザー社のワクチンを始めとする各社の製品の供給が進んで、EUのワクチン接種戦略は2月末~3月にかけて大きく進展した。

イタリアの安心

EUへのワクチン供給がスムーズになるに連れて、イタリアのワクチン接種環境も大きく改善した。

2021823日現在、イタリア国民の61,2%が2回の接種を済ませている。

それによって人々の日常は―マスクを付けたまま対人距離を保つ習慣はまだ捨てられないものの―コロナ禍以前と同じ生活に戻りつつある。

それはEUに加盟する国々にほぼ共通した状況である。

イタリアの過ぎた地獄と日本のノーテンキ

イタリアは20203月、コロナの感染爆発に見舞われ医療崩壊に陥った。そのため世界に先駆けて全土ロックダウンを敢行した。

それは功を奏してイタリアは地獄から生還した。

イタリアの先例は後に感染爆発に見舞われたフランス、イギリス、スペイン、ドイツの欧州各国やアメリカなどの手本となり、ロックダウンは世界中で流行した。

世界の成り行きを固唾を飲みながら見守っていた日本政府は、感染爆発の気配が見えた時、「緊急事態宣言」を発出して国民の移動を規制し危機を脱しようと企んだ。

強制力のない「緊急事態宣言」は、日本社会に隠然とはびこる同調圧力を利用しての、政権安易なコロナ政策にほかならない。

国民が自らの「自由意志」によって外出を控え、集合や密を回避し、行動を徹底自制して感染拡大を防ぐ、とは言葉を替えれば「感染拡大が止まなければそれは国民自身のせいだ」ということである。

日本社会の同調圧力は、時として「民度の高さ」と誤解されるような統一した国民意識や行動規範を醸成してポジティブに作用することも少なくない。

だがそれは基本的には、肌合いの違う者や思想を排除しようとするムラの思想であり精神構造である。村八分になりたくないなら政府の方針を守れ、と恫喝する卑怯な政策が緊急事態宣言なのである。

それに対してロックダウンは、政府が敢えて国民の自由な行動を規制して感染拡大を食い止める代わりに、不自由を押し付けた代償として政府の責任において国民生活を保障し国民の健康を守る、という飽くまでも国民のための「不愉快な」強行政策なのである。

日本の幸運がもたらした不幸

安倍前政権と菅政権は、1度目はともかく2度目以降は必ず“宣言慣れ“や“宣言疲れ”が出て効果が無くなる緊急事態宣言を連発して、災いの元を絶たない対症療法に終始した。

その結果起きているのが、閉幕したオリンピックの負の効果も相乗して勢いを増している、今現在の感染爆発である。

だがそれは、日本のコロナ禍が世界の多くの国に比較して軽いという、「僥倖がもたらした行政の怠慢」という側面もあると思う。

つまり日本はこれまで、ロックダウン=国土の全面封鎖という極端な策を取らなければならなくなるほどの感染爆発には見舞われなかった。

だからこそコロナパンデミックの巨大な危機に際して、緊急事態宣言という生ぬるい政策を思いつき、gotoキャンペーンのような驚きの逆行策がひねり出され、挙句にはオリンピックの開催という究極の反動策まで強行することができた。

そうした日本の幸運な、だがある意味では不幸でもある現実に照らし合わせてみれば、安倍前首相や菅総理を一方的に責め立てることはできないかもしれない。

万死に値する無定見

ところが現実には彼らは、日本の最高責任者として万死にも値するというほどの失策を犯した。

それが冒頭から何度も述べているワクチン政策の巨大なミスである。いや、ワクチン対応の巨大な無策ぶりと言うべきかもしれない。

彼らは世界中の多くの指導者が早くから見抜き、遠慮深謀し、そこへ向けてシビアに行動を開始していた「ワクチン獲得への道筋」を考えるどころか、それの重要性さえ十分には理解していなかった節がある。

だからこそ安倍前首相は、東京五輪を開催すると繰り返し主張しながら、長期展望に基づいたワクチン戦略を策定しなかった。いや、策定できなかった。

そんなありさまだったからこそ日本はワクチン争奪戦に敗れた。

そのために欧米またイスラエルなどがワクチン政策を成功させて、パンデミックに勝利する可能性さえ見えてきた情勢になっても、日本国内にはワクチンが不足するという目も当てられないような失態を演じることになった。

それだけでは飽き足らず、日本は人流と密と接触の増大が避けられない東京五輪まで強行開催した。

その結果、冒頭でも例えた如く「予定通りに」感染爆発がやってきた。

祈り

コロナ地獄に陥ったイタリアで、身の危険を実感しながら日々を過ごした体験を持つ僕の目には、実は今の日本の感染爆発はまだまだ安心というふうに見える。

その一方で、ワクチン不足と接種環境の不備という2つの厳しい現実があることを思えば、それは逆に極めて不気味、且つ危険な様相を帯びて見えてくるのもまた事実である。

僕は遠いイタリアで、母国のワクチン接種の進展と、さらなる僥倖の降臨を祈るばかりである。





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渋谷君への手紙~台湾へのワクチン供与は快挙です

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『 渋谷君

《日本政府が新型コロナウイルスの感染が急拡大している台湾に対し、アストラゼネカのワクチンおよそ124万回分を無償で提供したのは、日本自体がワクチン不足である現実を思うと理解できない》

というあなたの意見には賛成しかねます。

アストラゼネカ製のワクチンを日本は認可したものの、ごくまれに血栓が生じるとされることを懸念して使用していません。眠らせておいて有効期限が切れるかもしれませんから、同ワクチンを普通に接種している台湾に送るのは良いことだと考えます。

ただし、僕が良いことだと考えるのはもっと別の意味からです。つまり台湾へ、ひいては尖閣を介して日本へも軍事的な圧力をかけ続けている中国に対抗する意味でも、また単純に友好国の台湾を支援するという意味でも、ワクチン供与は快挙だと思うのです。

管政権が船出して以来はじめて行ったまともな仕事だとさえ考えます。菅首相の時代錯誤とも見える訥弁や、泥臭さや、無能ぶりなどをうんざりしながら眺めていた僕ですが、ここでは素直に賛辞を贈ります

台湾の皆さんが東日本大震災の際に多くの義援金を送ってくださったのは記憶に新しい。その友情にこたえる意味でもワクチンを迅速に送ったのはきわめて適切な行為です

台湾は周知のように親日の情の厚い国です。しかし日本人は台湾の皆さんの友誼また情誼に十分に応えているとは言いがたい面もあります。

これをきっかけに日本が台湾にもっと目を向け日台の友情がさらに深まれば、と思います。

個人的には僕は2019年に台湾を旅して以来、以前にもましてすっかり台湾ファンになりました。

その理由としては台湾そのものの魅力が先ずありますが、台湾の人々が示す親日の情がとてもうれしかった、という事実もあります。

日本と台湾の間には、こだわるつもりになれば気分が重くなる過去の因縁もあります。それを忘れてはなりませんが、負の遺産ばがりにかかずらうのではなくお互いに未来志向で向き合うべきです。

日本はかつては加害者でした。したがってこちらから過去を水に流してください、とは言えないし言ってもなりません。それは台湾の方々の自発的な意思があって初めて成立することです。

そして台湾の皆さんはあらゆる機会を捉えて、過去のわだかまりを越える努力をし実践されています。日本の側も気持ちは同じですが、今後はもっともっとその機運を高め実行していくべきです。

中国は台湾への威嚇を続けています。香港も脅しています。尖閣諸島への我欲も隠そうとはしません。日本はまず台湾と共闘し、香港も仲間に入れつつ中国に対抗するべきです。それが尖閣を守ることにもつながります。

幸いアメリカも台湾と香港を中国の奸計 から守る意志を示しています。日本はアメリカとも連携して台湾や香港にもコミットメントするべきと考えます。

日本政府はワクチン提供をあえて6月4日に実行しました。それは明らかに天安門事件を意識した動きです。ご存じのように天安門事件は1989年6月4日に発生しました。

日本は中国が台湾のワクチン政策を妨害しているとの観測に基づいて、民主化勢力を弾圧した天安門事件に重ねて行動を起こしたのでしょう。

一党独裁国家中国は、民主化を要求する学生らを弾圧し多くの死傷者が出たその事件の記憶を封印しようと躍起になっています。

その心根は、台湾や香港を抑圧し他国の領土に食指をのばす悪行も生みます。日本はそろそろ覚悟を決めて、同盟国と連携しつつ中国に対峙するべきです。

その意味でもあえて6月4日を選んで台湾にワクチンを届けたのは意味のあることだと考えます。中国に勝手なまねばかりをさせてはならない、という覚悟を少しは示したのですから。

中国は例によって自らの行為を棚に上げて、日本はワクチンを政治目的で台湾に供給している、と鉄面皮な非難をしています。

常識や誠意のなかなか通じない野蛮性は相変わらずです。ワクチンを誰よりも政治的に操っているのは中国なのです。

中国をけん制し蛮行を阻止するためにも、日本はアメリカほかの同盟国とも協力して、必要ならば台湾へのワクチン提供をさらに進めるべきではないでしょうか。


以上


                                       それではまた』





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ベルルスコーニを許すイタリア人はワクチン抜け駆け接種者も斬り捨てない


イタリアを含むEU(欧州連合)のワクチン接種戦略は、宇紆余曲折をたどりながらもほぼ軌道に乗りつつある。

2021年、5月18日現在のイタリアのワクチン接種状況は:18.977.897人 人口の 31,82% 。このうち2回接種を受けた者:8.787.150 人口の14,73%

接種率約32%というイタリアの数字は、EU全域の数字と見てほぼ間違いない。

EU27ヵ国は共同でワクチンを購入し、人口に応じて公平に分配する仕組みを取っている。人口が多いほど受け取るワクチンの数は多いが、比率はほぼ同じである。

しかし国によって国民間の接種状況は違う。

ある国は高齢者への接種を優先させ、ある国は医療従事者への接種をまず徹底するなど、国によってワクチンの使い道は自由に裁量できるからだ。

例えばここイタリアでは医療従事者への優先接種を大幅に進めたあとで、80歳以上の高齢者への接種を始めた。

5月18日現在は、50歳代の国民への接種も開始されている。

ちなみに僕はワクチン鑑識表上は40歳~49歳をジジババ予備軍、50歳~69歳を若ジジババ、70歳~79歳をジジババ、80歳~99歳を老ジジババ、100歳~を超人老と呼んで区別している。

ワクチンの数が足りなかった2月から3月にかけては、順番や年齢を無視して抜け駆け接種をする不届き者の存在が問題になった。

僕の近くでも、介護で多くの老人に接することが多い、と偽って抜け駆け接種をした女性がいる。50歳代の彼女は他人の家で働くいわゆる家事手伝い。

長い間寝たきりだった夫を介護していた事実を利用して、あたかも他者の介護もする介護人資格保有者のように装い2月頃にワクチンの優先接種を受けた。

そのことがバレて近所で評判になったが、彼女は悪びれず「私は他人の家に入って清掃をするのが仕事。人の家だから感染のリスクが高い」と強弁してケロリとしていた。

似たようなことがイタリア中で起こった。4月初めの段階で、自分の番でもないのに割り込みで抜け駆け接種を受けた者は全国で230万人にものぼった。

中でも南部のシチリア、カラブリア、プーリア、カンパーニャ各州で割り込み接種が多く、4州ではそのせいで優先接種を受けるべき80歳代以上の住民の接種が大幅に遅れた。

そのうちナポリが州都のカンパーニャ州では、デ・ルーカ州知事自身が順番を無視して抜け駆け接種をしたことが明るみに出た。

批判を浴びると知事は、「カンパーニャ州は年齢順ではなく業種別に接種を進める」と開き直った。

南部4州に加えて、フィレンツェが州都のトスカーナ州でも割り込み接種が多かった。同州では80歳以上の人を尻目に接種を受けた不届き者が、弁護士や役場職員や裁判官などを中心に12万人にも及んだ。

似たようなことは、お堅いはずのドイツでさえ起こっている。例えば旧東ドイツのハレ市では、64歳の市長が優先接種の対象となっている80歳以上の人々を出し抜いてワクチン接種を受けた。

彼は「時間切れで廃棄処分に回されそうなワクチンを接種しただけ」と言い訳したが、規則に厳しいドイツ社会は抜け駆けを許さず、辞職を含む厳しい処分を受けると見られている。

同様な問題は日本でも起こっているが、ドイツほどの苛烈な批判にはさらされていないようだ。むろんイタリアほどひどくはないが、コネや地位を利用しての抜け駆け接種はやはり見苦しい。

その一方で、ドイツの厳格さも息が詰まるように感じるのは、よく言えばイタリア的寛容さ、悪く言えばイタリア的おおざっぱに慣れた悪癖なのかもしれない。

「人は間違いをおかす。だから許せ」が信条のイタリア人は、醜聞まみれのあのベルルスコーニさんも許し、ワクチン抜け駆け接種の狡猾漢も最終的には許してしまう。

人間が小さい僕は、どちらも許せないと怒りはするものの、結局イタリア人の信条にひそかに敬服している分、ま、しょうがないか、と流してしまういつもの体たらくである。




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特許権停止という世迷言

バイデン横顔 650

バイデン大統領が、コロナワクチンの特許を一時停止することに賛成、と表明して世間を騒がせている。

特許を開放して、ワクチン開発者たちの知的財産を世界中に分け与えるべき、という主張だ。

特許権を停止することで、企業秘密である生産ノウハウに誰もがアクセスしてワクチンを製造することができる。そうやってワクチンが貧しい国々にも行き渡る。だから公平だ、という論法だ。

しかし、それを果たして公平と呼べるのだろうか?

新型コロナは変異種の猖けつ もあり世界をますます恐慌に陥れている。その中でも特に苦しんでいるのがインドをはじめとする途上国だ。

そのインドと南アフリカが口火を切って、ワクチン特許の一時停止論が盛んになった。

ワクチン製造の秘密をまず彼らが無償で手に入れて、世界中の途上国も同じ道を行きワクチンを大量に製造して、コロナ禍から脱するというわけだ。

その主張をバイデン大統領が支持した。彼は善意を装っているが、ここまでアメリカは同国産のワクチンを独り占めにしている、という途上国などからの批判をかわす意図も透けて見える。

それに対して主に英独仏をはじめとする欧州各国が不支持を表明した。彼らは貧しい国々へのワクチンの流通を阻んでいるのは特許権ではなく、生産能力や品質基準の問題だと主張している。

またIFPMA(国際製薬団体連合会)も「ワクチンの特許を停止しても、生産量が増えたり世界規模の健康危機への対抗策が直ちに生まれるわけではない」と反論。

IFPMAはさらに、増産の真の障害はワクチンの原材料不足、サプライチェーンの制約、各国のワクチンの囲い込み、貿易障壁などが主要な要因だとも言明している。

当事者たちのそうした懸念を待つまでもなく、特許を保護しなければ研究開発に必要な民間投資が活性化せず、政府等の資金提供も損なわれる。それはイノベーションが起こらずワクチンの製造が不可能になることを意味する。

インドの惨状に心を痛めない人はまれだろう。また先進国だけがワクチンの接種を進めて途上国や貧しい国々にまで行き渡らなくてもよい、と考える者もよほどの冷酷漢でもない限りあり得ない。

弱者や貧しい人々は必ず救済されなければならない。だが、そのために多くの努力と犠牲と情熱を注いでワクチンを開発した人々や会社が、犠牲になってもいいという法はない。

ワクチン製造は慈善事業ではない。能力と意志と勇気と進取の気性に富んだ人々が、多大な労力を注ぎ込み且つ大きな経済的リスクを冒して開発したものだ。

彼らは成功報酬を目当てにワクチンを開発する。利益を得たいというインセンティブがあってはじめてそれは可能になる。それが自由競争を根本に据えた資本主義世界の掟だ。

懸命に努力をしても彼らの知的財産が守られず、したがって金銭的報酬もなければ、もはや誰も努力をしなくなる。しかもパンでミックは今後も繰り返し起きることが確実だ。

製薬会社は高く強い動機を持ち続けられる環境に置かれるべきだ。それでなければ、次のワクチンや治療薬を開発する意欲など湧かないだろう。彼らの努力の結果である特許権を取り上げるのは間違いだ。

特許権を取り上げるのではなく、それを基にして生産量を増やし急ぎ先進国に集団免疫をもたらすべきだ。その後すばやく途上国や貧困国にワクチンを送る方策を考えればいい。

世界はひとつの池のようなものだ。先進国だけが集団免疫を獲得しても、他の地域が無防備のままならコロナの危険は去らない。だから前者をまず救い同じ勢いで他も救えばよい。

先進国は、それ以外の世界のコロナを収束させなければ、どうあがいても彼ら自身の100%の安全を獲得することはできないのだ。

そのためにも特許権を守りつつ生産を大急ぎで増やして、まず先進国を安全にし、その安全を他地域にも次々に敷衍していけばいいのである。

途上国はコロナという大火事に見舞われている。同時に先進国も熱火に焼かれている。自家が燃えているときには、よその家の火事を消しに行くことは中々できない。

まず自家の火事を鎮火させてから、急ぎ他者の火事場に向かうのが最も安全で効果的な方法だ。それでなければ共倒れになって、二つの家が焼け落ちかねない。

バイデン大統領は、ここは善人づらで無定見な政治パフォーマンスをしている場合ではない。重大な発明をした製薬会社を守りつつ、世界の健康を守る「実務」パフォーマンスもぜひ見せてほしいものである。




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しびれるワクチン


入り口看板と女性650


4月27日、イタリアが3度目のロックダウンを緩和した翌日、待望のワクチン接種を受けた。

副反応は注射跡のほんの少しの痛み。毎年受けているインフルエンザワクチン接種後の症状にも似た、軽いだるさもあるような、ないような。

コロナの恐怖と不快とに比べたら“それがどうした、河童の屁だぜ”という程度の差し合いにすぎないけれど。

5月には早くも2回目の接種を受ける。それでコロナの全てが終わるわけではないが、ある程度の行動の自由は保障されるのではないか。

知らぬ間に年をくって、もはや無駄にできる時間はない、とコロナ自粛・閉鎖中にしみじみと気づいた。

仕事も旅も趣味も、特に旅と趣味にハジケてやる、とひとりひそかに決意中。

4月27日現在のイタリアのワクチン接種状況は:累計13142028 回。5475401人が2回接種済み 。

4月26日に始まったイタリアの規制緩和は早すぎるのではいか、と実は僕は少し気にしている。

ワクチン接種数は、たとえば日本に較べればはるかに多いが、イギリスやイスラエルまたアメリカなどに及ばない。

拙速な規制緩和は強烈なリバウンドを呼びかねない。いま大問題になっているインドがそうだ。

ほかにも枚挙にいとまがない。

ここイタリアでも起きた。

4月初めには感染防止の優等生だったサルデーニャ州が、規制緩和が始まった4月26日には、唯一のロックダウン継続地(レッドゾーン)と指定された。

3月終わりから4月初めにかけての復活祭期間に、安全地帯として規制をゆるめたとたんに、感染再拡大に見舞われたのである。

始まったばかりのイタリア全土のロックダウン解除も同じ結末になりかねない。

だが遅れがちだったワクチン接種計画が軌道に乗りつつあるのも事実。

だから高齢者の入り口あたりでウロウロしている僕にもすぐに順番が回ってきた。

リバウンドが起こらないことを祈りつつ、2回目の接種をわくわくと、且つじれったい思いで待つことにする。

ところで

世の中にはワクチンを喜ばない人々もいる。喜ばないどころか彼らはワクチンを敵視さえする。

理由は拙速な開発や効果を疑うという真っ当なものから、根拠のないデマや陰謀論に影響された思い込みまである。

後者の人々を科学の言葉で納得させるのはほとんど不可能に近い。

それらの人々のうち、陰謀説などにとらわれている勢力は、科学を無視して荒唐無稽な主張をするトランプ前大統領や、追随するQアノンなどをほう彿とさせないこともない。

ここイタリアにもそれに近い激しい活動をする人々がいる。「NoVax(ノー・ヴァクス)” 」だ。

NoVaxはイタリア政府のワクチン政策を乱し、結果最終目標である「集団免疫」の獲得を邪魔する可能性もある。きわめて深刻な課題だ。


そのことについてはまた報告しようと思う。





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たかがオリンピック、されどワクチン~強気のイタリア&大風呂敷のEU?


中庭的ストーブ付き650

ことし3月中旬から事実上のロックダウン下にあったイタリアは、4月26日から規制を段階的に緩和していくことになった。

2020年、イタリアは世界初の全土ロックダウンという地獄を体験した後、年末年始と4月の復活祭にかけてもロックダウンをかけた。

だが、強い規制とワクチン接種の進展が効を奏しつつあり、感染拡大の鈍化のきざしが見え始めた。

状況はまだ全く予断を許さないが、ドラギ政権は規制緩和に踏み切った。

過酷な封鎖措置に国民の疲弊はピークに達している。特に打撃の大きかった観光業界や飲食業界では不満が爆発してデモが頻発。抗議の声が日ごとに高まっていた。

それらを受けての決断である。

イタリアはコロナの警戒レベルを高い順に赤、オレンジ、黄色、白と4段階に色分けして規制を掛けている。規制が最も弱い白の地域は今のところは存在しないに等しい。

今月初めの復活祭期には、島嶼州のサルデーニャが唯一白の安全地帯と規定された。ところが今やそこは赤の危険地帯に。人の移動が活発になるとウイルスも活性化する、という典型的な例である。

現在は全国が赤とオレンジで埋まっているが、4月26日からはほとんどの州が警戒レベルが“やや弱い”に当たる黄色に規定される。最高警戒域の赤の州はいったん無くなる予定。

黄色域では各州間の移動が自由になり、オレンジと赤の州にも許可証(グリーンパス)を所持すれば移動ができる。

許可証はワクチンを接種済みか、コロナに掛かったことのある人のそれは6ヶ月間有効。コロナ検査で陰性とされた人のものは48時間だけ有効となる。違反すると禁固刑を受ける可能性がある。

レストランは店の外の席のみ昼夜営業可能。店内での接客は6月1日からランチのみ営業可。映画館、劇場、博物館はオープン。屋外でのコンサートやショーも許可される。

屋外プールは黄色州では5月15日から営業可。屋内ジムは6月1日から。全国レベルのスポーツイベントは観客を数を制限して6月1日から開催してもよい

フィエラ(見本市)は6月15日から再開。コングレス(大会議、各種大会)またテーマパークなどは7月1日より開催許可。

高校生は70%が対面の授業を許される。残りはオンライン授業。これはバスや電車などの公共交通機関が密になり過ぎることを避ける措置。現在は25-50%が対面授業中。小中学校はこの規制対象ではない。

夜間外出禁止令は当面は従来どおり午後10時以降朝5時まで。これに関してフォルツァ・イタリアと同盟またイタリア・ヴィヴァが午後11時からを主張して対立。多党連立のドラギ内閣では初の造反込みの政策となった。

イタリアは4月30日までにEUの査定(2090億ユーロ)より多い2215億ユーロ(28兆円弱)分のコロナ復興資金を申請する。認められればEU内で最悪クラスの打撃を受けた経済のカンフルになると期待されている。

4月22日現在、イタリアのワクチン接種実績は約1150万回。2回接種された者は約480万人。秋までに国民の80%の接種を終えるのがドラギ政権の目標。

だがEUはもっと野心的な計画を持っている。7月までに全加盟国の成人人口の7割に接種を済ませるというのである。達成すればEU全域での集団免疫がほぼ獲得されることになる。

イタリアよりもEUの計画のほうが早期実現することを祈りたい。

そうはいうもののEUは一枚岩ではない。先日もいわば組織の双頭とも呼べるEU大統領とEU委員長が、トルコのエルドアン大統領に侮辱されながらも共闘できず、弱点をさらけ出した。

それでもEUはワクチン接種を加速させるために必死に動いている。無論イタリアもそれは同じ。EUにとってもイタリアにとっても、遠い日本で騒がれているオリンピックなど念頭にはない。

たかがオリンピック、されどワクチン。誰も大っぴらには口にしないが、欧州でも、親日国のイタリアにおいてさえも、そして世界でも、人々の気分は今のところはそれに尽きるのである。



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伊コロナ地獄の象徴絵

BARE-ESERCITO800

2020年3月18日、つまり昨年の今日、世界最悪のコロナ被害国になりつつあったイタリアのロンバルディア州ベルガモ県の道路を、15台の軍用トラックが列を作って通った。

荷台に積み込まれた荷物は全て新型コロナ被害者の遺体。ベルガモ県内の墓地も火葬場も受け入れ限界を超えたため、隣接のエミリアロマーニャ州まで遺体を運んで火葬することになったのだ。

イタリア政府はその悲しい現実を記憶にとどめるために、3月18日を「新型コロナ犠牲者を悼む日」と定めた。今日がその1周年記念日ということになる。

当時のイタリアのコロナ死者は2978人。1年後の今日の103432人に較べたら嘘のような少なさだが、それは死者の山のほんの始まりに過ぎなかった。

イタリアの惨状は速やかにスペイン、フランス、イギリス、アメリカなどに伝播。欧州の優等生という陳腐な異名を持つドイツにも広がった。

正確に1年後の今、アメリカとイギリスはワクチンの普及が進み、イタリアほかの欧州各国はワクチン不足に悩まされている。

コロナ変異種の猖けつにおののいているイタリアは、昨年3月-5月、クリスマスから正月に続いて3度目のロックダウン中。

2021年3月18日現在、イタリアの累計コロナ感染者数はアメリカ、ブラジル、インド、ロシア、イギリス、フランスに続いて世界7番目の3281810人。

死者数は既述のように103432人。欧州ではイギリスの次に多い世界6番目の悲惨な状況である。

またワクチンの接種者は2211454人(2回接種者)。回数は4955597(1回接種者含む総計)。

ワクチンの接種状況は予定より大幅に遅れている。

イタリアはワクチンが行き渡るまでは、他の欧州諸国と同じように、ロックダウンやロックダウンに近い移動規制を繰り返しながら進むことになる。








ロックダウン・ぶるーす



焚き火、ビール、サルミ&豆腐800

2020年の過酷なロックダウン開始から1年と5日目の今日、イタリアは再び都市封鎖を敢行した。

ただし今回は全国20州のうち11州が対象。

残り9州のうち8州にはややゆるい準ロックダウンが適応される。

島嶼のサルデーニャ州は唯一、規制の対象から外れる。島の感染防止策がうまくいっているからだ。

期日は復活祭が終わる4月5日まで。

復活祭期間の4月3日~5日はサルデーニャを除く全土が完全封鎖される。復活祭中は例年、祭りを祝う人の動きが盛んになるからだ。

2020年3月10日からのロックダウンに比べて世間が割と穏やかに見えるのは、国民がコロナに慣れたから。危険は人々が慣れた分、むしろ高まっていると見るべきだろう。

昨年の第1波以来、常に最悪の感染地であり続けているロンバルディア州に住まう僕にとっては、いわば毎日が変わらずロックダウン中である。

食料の買出しや仕事また通院などでは外出できるが、必ず自己申告の外出証明書を携帯しなければならない。

僕はその証明書とマスクまた消毒液等を常時車に積んで動くのが習慣になっている。わが家は田園地帯にあって何をするにも車が必要なのである。外出しない時はむろん自宅に留まっている。

僕は必要以外には全く外出をしないで、執筆を含む仕事とWEB巡りと読書三昧の暮らしをしている。その合間にテレビも結構見る。 日伊英3ヶ国語のニュースとスポーツ。また主にNHK系の日本のドラマ。

コロナ禍以前からやっている料理もよく作る。春から夏には菜園も耕す。夜はRAI(イタリアのNHK)の8時のニュースをじっくり見ながらワインやビールを飲む、という暮らし。

昨年はロックダウンが明けた6月から8月の間は、感染拡大がかなり収まったこともあって外出もひんぱんにした。

バールでワインを楽しみレストランにもよく出かけた。常にマスクをして対人距離を取り、密を避ける努力をしながらの動きだったが、それなりに楽しく時間を過ごした。

バカンス期が過ぎて再び感染拡大が始まってからは、毎日がほぼロックダウンの状態に戻った。そこでは庭で焚き火をすることも覚えた。

日本のコタツにヒントを得たと考えられる鉄製の焚き火台が手に入った。冬の間しきりに焚き火をした。

実を言えば、2021年3月半ばの現在もーまたおそらく今後もしばらくはー焚き火台のぬくもりと明かりを大いに楽しんでいる。

午後5時ころから暗くなる7時あたりまで、暖まりつつ、例によってワインをはじめとする酒を楽しむ。読書をするときもある。

そこでもチーズやサラミまたプロシュットをはじめとするいわゆるサルーミ(加工肉)類、自分で作る肴などをさかんに食べる。

結果、動かず飲んで食べる日々が重なって、体は丸くなりナチュラル落髪も進んで頭はテカるものの、人間のできていない悲しさで心は未だ丸くはなりきらない。

それでも寒さが大きく和らぐまでは庭火を続けるつもりでいる。泣いても怒っても楽しんでも同じ人生。ならば泣かず怒らず楽しむべき、と信じるからである。

そんな具合に退屈しない毎日だが、それでも自在に外出をできない生活には少しうんざり気味、というのが正直なところ。

この閉塞状況から脱出するにはワクチンの普及しかないことは明らかだ。相変わらずワクチンを一日千秋の思いで待ち続けている。





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ロックダウン1周年の憂うつと希望と


モクレン壁込み中ヨリ2021年3月8日650

2020年の今日、イタリアは新型コロナの感染拡大防止のために全土のロックウンを断行した。

薬局と食料品店を除くすべての店が閉鎖され、病気治療や食料の買出し以外の国民の外出が厳しく制限された。

イタリアは、そのほぼ20日前の2月21日から23日にかけて、クラスター絡みの感染爆発に見舞われた。

感染者と死者が激増する中で医療崩壊が起こり、北部の感染爆心地では、軍のトラックが埋葬しきれない遺体を満載して列を成して進んだ。

その凄惨な映像は世界を震撼させた。

ロックダウンはイタリアの前に中国の武漢でも行われた。だがそれは国民を思いのままに生かし、殺すことができる独裁国家での出来事。

民主主義国家イタリアにとっての十全の参考にはならなかった。

国民の自由を奪うロックダウンは憲法違反、という強い批判もある中、イタリア政府は民主主義国では不可能とも考えられたほぼ完全な都市封鎖を決行した。

当時のジュゼッペ・コンテ首相は「明日、強く抱きしめ合えるように今日は離れていましょう。明日、もっと速く走れるように今日は動かずにいましょう」という名文句を添えて国民に忍耐と団結と分別ある行動を要請した。

見習うべき手本のない状況の下、死臭を強烈に撒き散らすコロナの恐怖におののいていたイタリア国民にとっては、他に選択肢はなかった。彼らは政府の強硬な施策を受け入れた。

国と法と規則に従うことが大嫌いなイタリア国民が、ロックダウン中は最大96%もの割合いで政策を支持した。

そこにはコンテ首相の熱い誠実とそれを国民に伝える卓越したコミュニケーション力があった。

イタリアの先例はその後、次々に感染爆発に見舞われたスペイン、フランス、イギリス、アメリカなどの規範となった。

それらの国を介して規範はさらに拡大し世界中が恩恵にあずかった。

当のイタリアは、過酷ですばやいロックダウン策が功を奏して、5月以降は感染拡大に歯止めがかかった。

しかし夏のバカンスが終わるころには、前述の国々を追いかける形で、感染拡大第2波に呑み込まれて行った、

ロックダウンからちょうど1周年の今日、イタリアは再び全土ロックダウンを敢行するか否かの瀬戸際に立たされている。

コロナウイルスの変異種による感染拡大が激しくなっているのだ。

3週間の全面封鎖を要求する声もある。が、今のところは週末だけをロックダウンし、状況によってオンとオフを繰り返す方式が有力視されている。

それは昨年末から年始にかけても取られた方策だ。

ロックダウンが始まった昨年のこの時期には、庭のモクレンの花が7分咲きほどになっていた。

モクレン頭&青空2021年3月8日650

ことしは去年より寒く、開花が遅れた。それでも蕾がほころび出している。

コロナは花を枯らすことはできない。

季節を止めることもできない。

人の歩みを止めることも実はできない。

人は勇気を持ってコロナに対峙しワクチンを開発してそれを克服しようとしている。

おそらく僕は来年の庭のモクレンの開花を、マスクを付けずに、春の空気を思い切り吸いつつ眺めていることだろう。

そう切に願いたい。



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数字で見るイタリアコロナ地獄の1年

ブドウ園南西角方向650


昨年の今頃のイタリアは厳しかった:

コロナ地獄が始まって、恐怖の絶頂にはまだ至らないが、不安と暗鬼と疑心があたりに充満しつつあった。

マスク姿のイタリア人がひどく鬱陶しく見えたことを覚えている。

それは間もなくごく当たり前の光景になった。


2021年2月27日現在の新型コロナ状況を数字で確認しておくと:

感染者累計:290万7千825人

死者:9万7千507人(米、ブラジル、メキシコ、インド、イギリスに次いで世界6番目。なおイタリアの後には、フランス、ロシア、ドイツ、スペインが続く)

1日あたりの最大死者数:993人(2020年12月3日・第2波。第1波の最大数は3月27日の921)

1日あたりの最大感染者数:4万896人(2020年11月13日・第2波。第1波の最大数は3月21日の6554人。第2波に較べて少ないのは検査数が限られていたから)

1日あたりの最大ICU(集中治療室)患者数:4068人(2020年4月3日。第2波最大は11月25日の3848人)

死者平均年齢:81歳(80-89歳の死者数は全体の40%近くにのぼる)

治癒したコロナ患者:239万8千352人

累計検査数:約2千万
 
コロナ殉教医師数:332


経済関連の数字:

GDP:2020年は前年比8、9%の下落。下げ幅は意外にも小さいように見える。

失業&失職:2020年2月-12月の10ヶ月で42万の職が失われる。例によって女性が多く犠牲に。

最も打撃を受けた観光業やケータリングなどのサービス業を中心に、2020年12月の1ヶ月だけで女性は9万9千の職を失った。同じ期間の男性失業者の増加数は2千。
 
EU復興基金:EUからイタリアへのコロナ復興資金は約2090億ユーロ(およそ26兆5000億円)。そのうち約60%は低金利の融資。約40%が援助金。



ロックダウン開始前後の状況についてもおさらいをすると:

2020年2月22日:ロンバルディア州コドーニョ含む11の自治体を封鎖(人口5万人)。

2月23日:北部数州内の学校・美術館・劇場・映画館などの閉鎖命令。ヴェネツィアのカーニバルも中止

3月8日:ロンバルディア州と近郊の14県をロックダウン。

3月9日夜:ロックダウンを全土に拡大と発表(実効は10日から)。全国6千万人余りがほぼ全面移動禁止に(5月3日の一部緩和まで55日連続)。

3月11日夜:ジュゼッペ・コンテ首相はテレビ放送で食品など必需品の店と薬局以外の全ての店を閉鎖すると発表。






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神さまは私を忘れた

Fatima Negrini108歳


108歳のイタリア人女性、ファティマ・ネグリーニさんは昨年新型コロナに感染したが、奇跡的に回復した。

死の淵から生還した時、ファティマさんは「神様はどうやら私を呼び寄せるのを忘れたようだ」とジョークを飛ばして医師や看護師らのスタッフを笑わせ、それはメデァアで大きく伝えられた。
 
イタリアでは2021年2月1日現在、 8万8千人以上の人々が新型コロナで亡くなり、その多くは80歳以上の高齢者である。

そのために新型コロナから回復したお年寄りには注目が集まる。

欧州全体でもその傾向は強い。 

例えばイタリアよりも新型コロナの犠牲者が多い英国は、世界で最も早く新型コロナワクチンの接種を始める際、最初の患者として90歳の女性を選んで話題になった。

英国ではその後も94歳と99歳のエリザベス女王夫妻がワクチン接種を受けてニュースになった。

普通ならそんな事案がメディアをにぎわすことはない。ニュースバリューのある話題ではなく、且つ個人情報の争点にもなりかねないからだ。

だがそのトピックは、おそらく女王夫妻の了解も得て、ニュースに仕立てあげられた。

そこにはできるだけ多くの人にワクチンを受けるように促す宣伝の意味合いが込められている。

世界にはワクチン接種を嫌い、科学を疑う人々が少なからず存在している。
 
ここイタリアでは2020年12月27日にコロナワクチンの接種が始まり、2021年1月月31日現在、195万8千691回分が接種された。

新型コロナを克服した冒頭のファティマ・ネグリーニさんも、1月18日にワクチンの接種を受け、そのことも再びニュースになった。

イタリアのワクチン接種件数は欧州では英国に次いで多い。だがその数字は当初の計画に比べると遅れている。

製造元の欧州での生産が追いつかないというのが理由だが、説明に少々不明瞭な部分もあって、EU(欧州連合)と製薬会社が対立している。
 
コロナワクチンは医療関係者に優先的に接種され、次に感染すると重症化しやすい高齢者に接種される。

ことし6月に109歳の誕生日を迎えるファティマ・ネグリーニさんは、むろん高齢者として優先的に接種を受けた。

同時に、ワクチン接種者としては世界最高齢とも見られるその年齢によって、イタリア中に明るい話題を振りまいている。

それはさておき、

日本政府のワクチン接種戦略の迷走ぶりは目もあてられない。

いくつかの製薬会社とワクチン購入契約を結んだというが、中身はどうなっているのだろうか。

昨年からワクチンの供給を受けはじめているEU(欧州連合)でさえ、購入契約をめぐって製薬会社ともめている。

コロナ対策すらもしっかり行えない管政権が、生き馬の目を抜く世界のワクチン獲得ゲームで勝てるとはとうてい思えない。

いつから、誰に、どのようにワクチン接種を開始するかも不明瞭なら、ワクチンの入手そのものでさえ覚束ないように見える。

最短で2月の末に初のワクチン接種が行われたたとしても、EU(欧州連合)に2ヶ月以上も遅れてのスタート。

世界で初めて新型コロナワクチンの接種を始めたイギリスに比較すると、ほぼ3ヶ月もの遅れになる。

日本はワクチン接種戦略で大きく失敗して、その結果経済で欧米ほかの国々に太刀打ちできなくなる、という懸念が世界のそこかしこで出始めている。

そんな折に菅首相は、国会質疑で議員の批判を受けて「失礼だ。一生懸命仕事をしている」などと子供にも劣る愚かな答弁をした。

日本最強の権力者、という願ってもない地位をタナボタで得た彼は、その僥倖に深く感謝して謙虚になるどころか、権力を笠に着て居丈高になっている。

何おか言わんや、である。

民主主義の底の浅い日本の権力者は、お上に無批判に頭を垂れる国民が多いことに乗じて、自らが国民の下僕であることも忘れてすぐに増長しがちだ。

管首相の「失礼だ」発言はそのことを端的に示している。

国民への真摯な語りかけもコロナ対策も不得手な彼は、国民に「失礼」だ。さっさと退場してもらうほうがよほど国益にかなうのではないか。




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世界最古のカフェの瀬戸際

Florian外景回廊650


ベニスのカフェ・フローリアンが廃業の瀬戸際に立たされている。言うまでもなく新型コロナパンデミックが原因である。

カフェ・フローリアンは1720年12月29日に開業した。ベニス最古の、おそらく世界でも最古のカフェと言われている。

昨年12月29日がちょうど創業300年の節目だったが、都市封鎖下のベニスでは飲食点の営業が禁止されている。

禁止が解かれても、観光客でもっているカフェ・フローリアンは生き延びられない。ベニスにはほとんど観光客がいない。

カフェ・フローリアンは開業300年記念を祝うどころか、店の扉さえ開けられないまま昨年暗い年末を過ごし、年が明けた今も店の営業ができずにいる。

カフェ・フローリアンはひとことで言えば喫茶店だが、歴史と物語と文化に彩られて、もはや単なる飲食店ではなく古都ベニスの欠かせない一節になっている。

店は17世紀に完成した街の行政館の回廊にある。建物の完成から80年後に開業したが、店自体も古色美しい荘重な雰囲気に満ちている。

大理石のテーブルの間を完璧に正装したウエイターが行き交う。壁の金箔や絵画や年代ものの装飾品などがそれを見つめている。

カフェ・フローリアンはカフェ・ラッテの発祥地としてもよく知られている。軽い食事も提供される。だが店の醍醐味は飲食物ではなく充満する「時間の雰囲気」である。

「時間の雰囲気」の中にはカサノバからバイロン、ディケンズからヘミングウエイ、チャップリン、ワグナー、そしてアンディ・ウォーホルなど、など、世界中のセレブが残した夢の残り香も含まれる。

カフェを訪れた世界の有名人は枚挙に暇がない。いま述べた人々は記録に残っている大物のほんの一部だが、記録にはなくてもベニスを訪れたあらゆる分野の世界中のスターは、1人残らず店を訪れている可能性がある 。

ベニスを旅する一般の観光客もほとんどの人が カフェ・フローリアンを訪れているのではないか。訪れないのは、おおかた店の名を知らない者ぐらいだろう。

仕事とプライベートでベニスを頻繁に訪れる僕も店内を撮影したり、店の内外の席で飲食を楽しんだりしてきた。その経験から訪問者は店の「雰囲気」に魅了されるのだと実感として分かる。

店は常時70人ほどのスタッフを雇い、夏の最盛期にはさらに多くのスタッフが働く。 カフェ・フローリアン=ブランドは2019年には1千万ドル以上の売り上げがあった。

ところがコロナが蔓延した2020年にはその80%が失われた。ワクチンが行き渡るなど、劇的な展開がない限り、ことしも見通しは暗い。

カフェはロックダウンが始まって以来、国からの援助を一切受けていないという。倒産の瀬戸際にある。おそらく決定的な閉鎖に追い込まれるだろう。

とは言うものの―これは私見だが―ベニスの歴史の一部をなす店は、たとえ倒産しても誰かが買い取って事業を継続するのではないか。由緒ある店にはそれだけの魅力と価値がある。

だが言うまでもなく、そうやって再開された店が、これまでの優雅な雰囲気と伝統と心意気を維持していくのかどうかは不明だ。

イタリアの多くの歴史的なブランドやモニュメントや工芸や商品などと同様に、中国人ビジネスマンやロシア系商人らが、新しい伝統を作ろうと群がり集うのかもしれない。

また近年はカフェ・フローリアンも、母体の古都ベニスも、ボー大な大衆観光客に占領されることが多くなっていた。特に中国人旅行者が目立った

新型コロナの猖けつで事態はふいに転回した。たとえコロナが終息しても観光客はすぐにはベニスに戻らない、という分析もある。

それならばそれで、ベニスもカフェ・フローリアンも、昔日の実態と面影を取り戻すチャンス、と考えるのは多分単なる希望的観測だろう。

たとえその可能性があるとしても、ベニスの街自体はともかく、カフェ・フローリアンが将来も存続しているのかどうか覚束ない、というのはとても寂しいことである。



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パンデミックよりもパンデミックなイタリア・レンツィ元首相


実写ピノキオ切り取り


マッテオ・レンツィ元首相が、支持率3%以下の自身の極小政党「Italia Viva」を連立政権から引き離した。コンテ内閣は一気に崩壊の危機にさらされた。

このままコンテ政権が倒れるなら、レンツィ元首相は進行中の新型コロナパンデミックよりも悪質なイタリアのパンデミックとして歴史に名を刻むことになるかもしれない。

レンツィ元首相の反乱の動機は、EU(欧州連合)からイタリアに贈られる莫大な新型コロナ復興資金の使い道に対する不満。

いろいろもっともらしい言い分があるが、結局彼の真意を翻訳すると⇒【俺にも分け前を寄越せ】あたりである。

レンツィ元首相は、若くしてイタリア政界にデビュー。彗星の勢いで首相にまで上り詰めた。頭の回転が速く弁舌が得意なところが新鮮に見えた。

ほどなくして、回転の速い頭はジコチューな発想をもたらすだけの機能に過ぎず、能弁は巧言令色以外の何ものでもないことが判明。

それらの残念な能力はさらに悪いことに、彼に傲岸という風体も付け加えた。

僕はかつて彼を評価し将来に期待した。多くの不誠意で老体の政治家が跳梁跋扈するイタリアでは、若いという事実だけでも貴重に見えた。

レンツィ元首相はEU(欧州連合)信奉者でもある。EUは欧州の国々の融和と、その結果としての経済的メリットの顕現という意味でも重要だ。

さらに独裁勢力の中国やロシア、また狂犬的な米トランプ主義とそれに連なる政権等に対抗する総合力としても見逃せない。

加えてEUは―少なくない問題を抱えつつも―これまでのところは究極の「戦争回避装置」という重要な役割も十分に果たしている。僕はEUを強く支持するが、レンツィ元首相には失望しか感じない。

レンツィ元首相は2016年12月の憲法改正を問う国民投票で、「私を取るか、私を失うか」という尊大なキャッチフレーズをかかげて戦って大敗。権力の座から引き摺り下ろされた。

彼はそれでも懲りず、民主党の党首になってからもいかにも彼らしいさまざまな権謀術数を展開。陰湿な動きはイタリア政局を揺らし続け、彼は「壊し屋」と異名された。

「壊し屋」は政界の多くのシステムや関係やルールを壊し続け、ついには彼自身が所属する民主党さえも壊して、追随する少数の国会議員を率いて極小政党「Italia Viva」を結成した。

レンツィ元首相は今回、その極小政党「Italia Viva」を道具にして、存在意義を見せたい、落ち目の党勢を拡大したい、などの強い我欲に駆られて「俺の言うことを聞かなければ連立の枠組みを抜ける」とコンテ首相を脅した。

そして脅しが効かないことを悟ると、すぐさま自らも寄って立つコンテ連立政権を「壊し」にかかったのである。そこにはレンツィ氏らしい邪悪且つ狡猾な駆け引きだけが透けて見える。

イタリアは依然としてコロナ危機のまっただ中にある。そして危機を乗り越えるにはジコチューな主張が多い従来の政治家ではなく、敵を作らずバランス感覚に優れ且つ誠実なコンテ首相が最適だ。

そのことは昨年3月から5月にかけてのコロナ地獄のまっただ中で十分以上に証明された。

大学教授から突然内閣首班に抜擢されたコンテ首相は、最初の頃こそ周囲の政治家連の操り人形と批判された。だが間もなく彼は有能なリーダーであることが明らかになっていった。

狡猾な既成政治家らをうまくかわし、また別のときには彼らを適切にまとめて政権を運営した。そのコンテ首相の武器は、敵を作らない温厚とバランス感覚と、国民に愛される誠実さだった。

やがてコロナパンデミックが起こった。コンテ首相の政治手腕は、世界最悪のコロナ地獄の中で最も良く発揮された。

首相は阿鼻叫喚のコロナ修羅場の底で、テレビを通して文字通り連日連夜、団結と我慢と分別ある行動を、と国民に語りかけ訴え続けた。

全土ロックダウンの呪縛の中、恐怖と不安にわしづかみにされながらテレビ画面で彼の演説を見、聞く人々は、その誠心に説得され共感し勇気付けられていった。

第1波の過酷なロックダウンでは、法律や規則や国の縛りが大嫌いな自由奔放なイタリア国民の、なんと96%もが施策を支持した。

それ以外には当時のイタリア国民には選択肢がなかったこともある。だが、過酷な政策への異様なほどに高い支持率は、コンテ首相の類い稀な意思伝達能力と誠実と情熱によって成就されたものだった。

特に重要なのは首相の誠実さである。彼の言動にはうそ偽りのない誠情があふれているため国民の信頼を集め、その度合いは日々大きくなっていった。

レンツィ元首相にはコンテ首相にある清廉正直な資質が全く感じられない。あるのは自己中心的な能弁と政治的駆け引きだけだ。

稀代の策略家であるレンツィ元首相は、彼と彼の政党が、三角波の渦巻くイタリア政局の藻屑となって消えるかもしれない瀬戸際で、ぎりぎりの政治ゲームを仕掛けている。

だがイタリアは、今この時も新型コロナ危機のまっただ中にいる。そしてコンテ首相は、世界最悪のコロナ第1波の地獄を先導し克服した立役者だ。

少なくともパンデミックが終わるまでは、国民の信頼が厚いコンテ首相が政権を担うべきではないか。

レンツィ元首相は論外だが、この国の他の政治家らにも、未曾有のコロナ危機を切り抜ける力量と勇気、そして何よりも人としてのまた政治家としての誠実さがあるとは全く思えない。



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プリンシプルを欠くと人も国も右往左往する


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2020年12月27日早朝、いつものように書斎兼仕事場の机の前に座ってネットにアクセスした。するとそこかしこのサイトに「日本、全世界からの外国人入国を拒否」「Japan bans new entries of foreigners」という類いの見出しが踊っていてびっくりした。

新型コロナウイルスの変異種に感染した人が国内で見つかったことを受けて、28日から来月末まで、全世界からの外国人の新たな入国を拒否する、のだという。

BBCやロイターやCNNなどの大手を筆頭に、外国メディアが特に大きく伝えている。

ところが衛星放送で見るNHKニュースはそのことを取り上げていない。ようやくNHKネットで扱っているだけである。

ためしに朝日新聞を見た。やはりニュースになっていない。そこで見出しの一覧を一日前までたどって探したが、表記されていなかった。

つまりそのニュースは、日本国内では重要とは見なされていないのである。だから大手メディアを中心に扱いが極小になるか、扱ってもすぐに消えている。

ところが世界では、日本のような先進国が、いとも簡単に「全世界からの訪問者をシャットアウト」するなどというのは、一大事なのである。だから外国メディアは騒いでいるのだ。

世界の多くの国々は、変異種のウイルスがはびこっている英国からの訪問者を拒否している。英国からのウイルスに染まりかけているいくつかの国からの訪問者も拒絶している。

それは理解できることだし正しい動きのように見える。

だが、数人の感染者が見つかったからといって、突然世界中からの入国者を一斉に拒絶する、というのはどう考えても異様だ。

日本政府の施策は特にコロナ関連では混乱しっぱなしだ。つい最近も絶対に見直さないと言い続けていたGoToトラベルを突然やめた。その前には「勝負の3週間」でコケた。

パンデミックのしょっぱなでは、中国に遠慮すると同時に彼の国からの観光客が落とす金に目がくらんで、今とは逆に中国人を受け入れ続けて感染拡大を招いた。

その後も安倍前政権の失策は続いた。前政権を受け継いだ菅内閣は、安倍さんの失策癖まですっかり継承したようだ。

いや、突然の「全世界からの外国人入国者を拒否」の如く、右から左、極端から極端へとぶれる政策を見ていると、前政権よりもアブナっかしい。

菅首相と幹部は「全世界からの訪問者を拒否」という施策が、いかに重いものであるかを理解していないように見える。

理解していないから重大な施策をいとも簡単に導入してたじろがない。そこにプリンシプルの欠如という誤謬が重なるから、政策が大ぶれにぶれる。

だが「全世界からの訪問者を拒否」ということの意味を理解していないのは政府ばかりではない。実はメディアも全く理解していない。だからそれを軽く見て大きなニュースにはしないのだ。

一国の政府やメディアは国民の鏡である。それらは先ず国民がいてその後に存在する。政府やメディアがある事柄を理解しないのは、国民が理解していないからである。

そうやって国民と政府とメディアによる、巨大な無知また無関心が形成される。

日本は12月28日から1月末まで江戸時代以来の鎖国体制に入る。

そのことの重みもさることながら、そういう施策を何のためらいもなく導入してしまえるメンタリティーの軽さが、面白くもあり、怖いといえば怖いようでもある。


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イギリスが新型コロナ対策をドタキャンした理由(わけ)


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イギリスが昨日(12月19日)までの新型コロナ対策を突然変更して、クリスマス期間中も厳しい移動規制をかけ続けると発表した。

感染力の強い変異したウイルウが発見されたからだ。

変異種のウイルスは、伝染力が従来の種より最大で70%以上強い可能性がある。一方で従来の種と比べて重症化率や致死率が高いという確証はない、ともされる。

20日から導入される厳しい規制では、不急不要の外出が禁止され、生活必需品を扱う店以外は全て営業停止となる。19日までは小売店や美容室などの営業は許されていた。

またイギリス政府はこれまで、12月23~27日のクリスマス休暇中は最大3世帯まで集うことを許可するとしていた。だが、これも覆して移動規制が強化された地域では集まりを禁止すると発表した。

僕はジョンソン政権の出し抜けな方向転換におどろいた。欧州各国がクリスマスから年末年始にかけて規制を強化する中、イギリスだけは逆に規制をゆるめるとしていたからだ。

その決定は異端者のジョンソン首相の意向に沿っていた。

政府方針に対してイギリスの医学会は、クリスマス前後の5日間に制限を緩和するのではなく、強化する必要があると指摘。政府は多くの命を犠牲にする過ちを犯そうとしている。制限強化を発表したドイツ、イタリア、オランダなどにならうべき、と強く警告をしていた。

野党やロンドンのカーン市長らも警告に賛同しジョンソン首相の翻意を求めていた。

激しい反対運動に対してジョンソン首相は、クリスマスの集いを禁止したり、違法化はしたくない。政府があらゆるケースを見越して法律を定めることはできない、などと主張して飽くまでも規制緩和にこだわった。

新型コロナの感染拡大阻止を目指す先進民主主義国の共通の悩みの一つは、厳しい移動規制やロックダウンを導入することで、人々の個人の自由を強く抑圧しなければならない現実である。

個人の自由は民主主義社会の最重要な構成概念の一つだ。ジョンソン首相は、ジレンマを押して個人の自由を抑圧する厳しい規制を打ち出す世界の指導者を尻目に、民主主義社会の根幹を成す要素を死守しようとしているようにも見える。

だが一方で、彼がパンデミックの始まりの頃にこだわった集団免疫の考えや、米トランプ大統領ばりの経済至上主義やコロナ軽視の自らの信条を秘匿して、個人の自由の守護神を装っているだけなのではないか、という疑惑も呼び起こさないではない。

国民に人気があると見えるジョンソン首相のコアな支持者は、つまるところトランプ大統領の岩盤支持者にも親和的な英国の保守層であり、反知性主義的心情も強いと考えられるBrexit賛成派である。

ジョンソン首相は彼らの親玉的存在だ。彼が打ち出す新型コロナ対策が時として異様に見えるのは、それらがトランプ大統領の施策にも似た色合いを帯びているからである。

彼はそれを嫌う欧州の良心に気づいている。だから往々にしてその生地を包隠しようとする。その態度が彼をさらに異様に見せる、というふうである。

そんなジョンソン首相が、頑なにこだわってきたクリスマスの規制緩和を撤回する気になったのは、引き金となった変異種のウイルスの正体が、あるいは見た目以上に険悪な性質のものであることを意味しているのかもしれない。

万が一そうであるなら、ウイルスは当のイギリスが世界に先駆けて国民に接種を行っている、新型コロナワクチンを無効にする能力を秘めている可能性もある。ある意味ではジョンソン首相の二枚舌や仮面性よりもはるかに怖い事態である。



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コロナ色のクリスマスが見える

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2020年12月17日現在、イタリアの新型コロナの累計死者数は6万6千537人。欧州最悪である。

死者数は長くイギリスがトップだったが、12月13日にイタリアがイギリスを超えた。

なお累計の感染者数では依然としてフランスが最も多い246万5千126人。2位はイギリスの191万8千736人。3位はイタリアで188万8千144人。続いてスペインの177万3千290人。

イタリアの1日当たりの感染者数はいわば高止まり状態。連日1万5千人前後から1万9千人の間で推移している。

イタリアの死者数は相変わらず多い。感染者数が減少傾向にあった12月3日、突然993人もの死亡者が出て過去最悪を更新した。

その後はさすがに減少して1日あたり500人前後で推移しているが、12月10日にはまたふいに887人が死亡するなど、凄惨な状況は変わらない。

なぜイタリアの死者数は多いのか、という疑問への解答はまだ出ない。十年一日のごとく「イタリアが欧州一の高齢化社会」だから、という答えが繰り返されるのみである。

答えはおそらく今後何年もかけて、分析・研究がなされた後に明らかになるだろう。それまでは、死者数が劇的に減らないのならば、せめて頭打ちになることを願うのみである。

良い兆候もある。ICU(集中治療室)の患者数が着実に減り続けていることである。治癒した者と亡くなった患者が多い、とも言えるが ICU全体の数字が減少しているのは朗報だろう。

イタリアの状況は、例えば日本などに比べたら惨状以外の何ものでもないが、欧州の中では増しなほうだ。あるいは普通程度に悪い環境。

いま厳しいのはドイツであるように見える。優等生のドイツは、新型コロナに苦しんでいるとはいえ、欧州の主要国の中では、また欧州全体の中でも、常に症状が軽かった。

だがここに来て事態が深刻化している。ドイツは先月から行ってきた部分的ロックダウンが功を奏していないことを認めて、12月16日から規制をさらに強化し来月10日まで続ける。

例えば小売店の営業は全て禁止。公共の場での飲酒も禁止。学校も閉鎖される。メルケル首相は規制強化前の12月9日、より過酷なロックダウンを受け入れてくれるよう、ほとんど涙ながらに国民に訴えた。

12月11日には、ドイツの1日の感染者は過去最多のほぼ3万人にのぼり、死者も過去最多の589人を数えた。それらの数字はさらに悪化の一途をたどっている。

フランスは感染が急拡大した10月末、罰金を伴う厳しいロックダウン措置を導入した。12月半ばまでに感染拡大を抑えて、国民にクリスマス休暇を楽しんでもらおうという思惑があった。

それに向けてフランス政府は具体的な数値目標を立てた。12月15日までに1日の感染者数を5千人程度、ICU患者数を2千500~3千人程度に抑える、というものだった。

感染拡大は徐々に静まり、11月28日からは小売店の屋内での営業再開を許可。また12月15日からは外出禁止を緩和して、朝6時から20時までは外出自由、それ以外の夜間だけ外出禁止とした。

しかし、前述の数値目標のうち、12月15日までにICU患者数を2千500~3千人程度に抑えるという目標は達成したものの、感染者を5千人程度に減らす計画は失敗して、1万人程度に留まった。そのため16日から予定していた 映画館、劇場、美術館などの再開は見送られた。

第1波の全土ロックダウンで経済を徹底的に破壊されたイタリアは、再びのロックダウンを回避すると同時に、クリスマス休暇明けに襲うことが容易に予想される第3波にも神経を尖らせている。

そこでクリスマスイブの12月24日から年明け、あるいはさらに先まで、週末と祝日には飲食店の営業を禁止し商業施設も閉鎖する。また不要不急の移動を禁止し、これまで行われてきた夜間外出禁止措置も延長する。

そうした施策を察知した国民の中には、規制が強化される12月24日までに帰省して、家族と共にクリスマスと年末年始を過ごそうともくろむ者が出始めている。そうした不届き者の多くは、ほぼ常に南を目指して動く。

イタリアのクリスマスも、欧州の他の国々のクリスマスも、重苦しい雰囲気の中で過ぎることが確実だ。が、多くの人々は騒がず怨まずに休暇を耐え過ごして、1月から始まるワクチン接種に希望を見出そうとしているようだ。


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地獄から見上げてみれば


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12月6日、イタリアの新型コロナの死者の累計は節目の6万人を超えた。欧州ではイギリスの6万千42人に次いで多い数字である。

イタリアの死者のうち40%近い2万2千252人は、パンデミックの始まりから常に最悪の被害地域であり続けている、ミラノが州都のロンバルディア州の犠牲者。

2番目に犠牲者が多いのはボローニャが州都のエミリアロマーニャ州の5805人(10,4%)。以下トリノが州都のピエモンテ州5556人(10%)、ヴェネツィアが州都のヴェネト州3899人(7%)、首都ローマが州都のラツィオ州2525人(4,5%)などと続く。フィレンツェが州都のトスカーナ州、ナポリが州都のカンパーニア州、ジェノバが州都のリグーリア州などの死者も多い。

僕の住むブレッシャ県は、イタリアで最もコロナ被害が大きいロンバルディア州の12県のうちの一つ。第1波では隣のベルガモ県と並んで感染爆心地になった。僕の周囲でも親戚を含む多くの人々が犠牲になった。

今進行している第2波でも、ロンバルディア州が相変わらずイタリア最悪のコロナ被害地だが、感染爆心地は州都ミラノ市とミラノ県に移っている。むろんブレッシャ県の状況も決して良好ではない。

イタリアのコロナ死者の平均年齢は80歳。死者のうち50歳以下の人は657人。全体のたった1%強に過ぎない。また死者の97%が何らかの持病あるいは基礎疾患を持つ。

僕は死者の平均年齢の80歳にはまだ遠いが、50歳はとっくに通り過ぎて且つ基礎疾患を持つ男。パンデミックのちょうど1年前に狭心症のカテーテル治療を受けたのだ。従ってコロナに感染すると重症化する危険が高いと考えられる。

還暦も過ぎたので、死ぬのはしょうがない、という死ぬ覚悟ならぬ「死を認める」心構えはできているつもりだが、コロナで死ぬのはシャクにさわる。死は予測できないから死ぬ覚悟に似た志も芽生えるのではないか。避けることができて、且つ死の予測もできるコロナで死ぬのは納得がいかない、と強く感じる。

2週間前には同期の友人がコロナで亡くなった。彼は長く糖尿病を患っていた。既述の如くこれまでにも親戚や友人・知人がコロナで逝った。だが全員が70歳代後半から90歳代の人々だった。年齢の近い友人の死は、なぜかこれまでよりも凶悪な相貌を帯びて見える。

僕はパンデミックの初めから、世界最悪のコロナ被害地の一つであるイタリアの、感染爆心地のさらに中心付近にいて、身近の恐怖を実感しつつ世界の恐慌も監視し続けてきた。その僕の目には、最近の日本がコロナに翻弄され過ぎているように見える。

コロナはむろん怖れなければならない。感染を阻止し、国の、従って国民の生命線である経済も死守しなければならない。それが世界共通の目標だ。ところがイタリアは、第1波で医療崩壊の地獄を味わい、全土ロックダウンで経済を完膚なきまでに打ち砕かれた。

そのイタリアに比べたら日本の状況は天国だ。欧州のほとんどの国に比べても幸運の女神に愛されている国だ。アメリカほかの国々に比べても、やっぱり日本のコロナ状況は良好だ。むろんそれがふいに暗転する可能性はゼロではない。

だが日本が、イタリアを始めとする欧州各国の、第1波時並みの阿鼻叫喚に陥る可能性は極めて低い。万万が一そんな事態が訪れても、日本は例えばイタリアや欧州各国を手本に難局を切り抜ければいいだけの話だ。

ここ最近僕は、あらゆる機会を捉えて「日本よ落ち着け」と言い続けている。言わずにはいられない。コロナに対するときの日本の大いなる周章また狼狽は、おどろきを通り越して、僕に少し物悲しい気分さえもたらすのである。




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スカラ座と聖母マリアとジョン・レノン

無題


毎年12月7日と決まっているスカラ座の初日は、イタリアの全ての劇場が閉鎖されている新型コロナ禍の規制から逃れられず、無観客でのバーチャル公演となった。

プラシド・ドミンゴほか23人のアーチストが劇場で歌うパフォーマンスが公共放送のRAIで流され、世界中に配信された。スカラ座の本当の再開は、コロナの行く末に左右される危うい未来。誰も正確なことは分からない。

スカラ座のバーチャル開演の翌日は、ジョン・レノンの40回忌。偉大なアーチストはちょうど40年前の今日、1980年の12月8日にニューヨークで理不尽な銃弾に斃れた。

僕はジョン・レノンの悲劇をロンドンで知った。当時はロンドンの映画学校の学生だったのだ。行きつけのパブで友人らと肩を組み合い、ラガー・ビールの大ジョッキを何杯も重ねながら「イマジン」を歌いつつ泣いた。

それは言葉の遊びではない。僕らはジョン・レノンの歌を合唱しながら文字通り全員が涙を流した。連帯感はそこだけではなくロンドン中に広がり、多くの若者が天才の死を悲しみ、怒り、落ち込んだ。

毎年めぐってくる12月8日は、イタリアでは「聖母マリアの無原罪懐胎の祝日(festa dell'immacolata)」。多くのイタリア人でさえ聖母マリアがイエスを身ごもった日と勘違いするイタリアの休日だが、実はそれは聖母マリアの母アンナが聖母を胎内に宿した日のことだ。

イタリアの教会と多くの信者の家ではこの日、キリストの降誕をさまざまな物語にしてジオラマ模型で飾る「プレゼピオ」が設置されて、クリスマスの始まりが告げられる。人々はこの日を境にクリスマスシーズンの到来を実感するのである。

普段なら12月の初めのイタリアでは、スカラ座の初日と「聖母マリアの無原罪懐胎の祝日(festa dell'immacolata)」に多くの人の関心が向かう。

イタリア住まいが長く、イタリア人を家族にする僕は、それらのことに気を取られつつもジョン・レノンの思い出を記憶蓄積の底から引き上げることがないでもない。それはしかし、ひどくたよりない。

だが今年は、偉大なミュージシャンが逝って40年の節目ということもあり、メディアのそこかしこで話題になったり特集が組まれたりすることさえあった。それで僕もいつもよりも事件を多く思う機会を得た。

新型コロナは、ジョン・レノンの故国イギリスと首都ロンドンを痛めつけ、彼が愛し住まったニューヨークを破壊し、スカラ座を抱くミラノを激しくいたぶっている。

それらの土地と僕は縁が深い。ロンドンは僕の青春の濃い1ページを占め、ニューヨークは僕をプロのテレビ屋に育ててくれ、ミラノは仕事の本場になりほぼ永住地にまでなった。

そうはいうものの、3都市は普段は何の脈絡もなく、したがって僕はそれらの土地をひと括りにして考えることもほとんどない。が、今では3都市は新型コロナによってしっかりと束ねられている。

それはどの街もが新型コロナの被害者、というネガティブなコンセプトの下での統合である。だが、それらは確かに結ばれている。

運命を共にするものとしてあるいは泥舟に乗り合わせた者同士として、愛しささえ伴いつつ僕の日々の意識に頻繁に刻印される存在になった。

そんな状況はむろん心地よいものではない。

僕はそれらの魅惑的な都会が、コロナごときに収れんされるものではなく、独立した多様な都市として勝手に存在する、コロナ以前の美しい時間の中に戻ることを渇望するのである。


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