隠し砦の3悪人、トランプ・ネタニヤフ・ハメネイの戦いと後日談をネットで追いかけつつ、沖縄-大阪-京都-東京回遊の旅を続けている。
ここ大阪では、これまでなぜか訪ねる機会がなかった大阪城だけを観光し、残りの時間は京都に出てあちこち動き回り、夕方は大阪に戻って居酒屋を巡る、という基本スケジュール。
大阪の食べ物が美味いのは相変わらずだが、ちょっと意外な体験もしている。大阪人のイメージが自分の記憶と違うと感じるのだ。
大阪人はジョークが好き。
大阪人はゆるい。
大阪人は友好的。
つまり大阪人は日本のナポリ人。
等々という決めつけ、あるいは一般論は、むろん常に危険である。
なぜなら一般論だからだ。
だが、一般論には永遠に一抹の真実もある。
一般論を、あえて僕の縄張りであるテレビや映像の世界に引き込んで例えると、それはいわゆる「絵葉書カット」である。
絵葉書カットとは、絵葉書に刷り込まれる写真のように誰もが知っている有名な絵という意味だ。
言葉を替えれば、絵葉書カットは当たり前過ぎる。独創性がない。要するにつまらない絵、という意味である。
大阪人は友好的で楽しいが軽い、というニュアンスの一般論は危険でつまらないが、そこはかとない真実も含む。
それは僕の過去の大阪体験にも当てはまるようである。
だか今回は違う。居酒屋の女性店員はシリアスで強く、ホテルの受付嬢は笑わず、軽便寿司屋(回転寿司ではない)の板前は、厳しい顔で客をたしなめるような言葉遣いまた態度を崩さない。
え?ええええ?となりつつ、僕は大阪の居酒屋街を妻と共に探索している。
大阪人は人見知りをする。
あるいは、大阪の皆さんは普通に日本人で、几帳面で真面目で繊細で、一見の客や見知らぬ者にはジョークなど言わない。
僕のオヤジぎゃくへの愛想笑いも一切なし。
大阪人は反権力。というのもどうやら怪しい。
政権与党の日本維新の会への支持も強く、高市首相への支持率も高い、とされている。
日本の危機はつづく。











